中弁連の意見

 市民は、弁護士が守秘義務を負うことによって、弁護士に何でも安心して相談することができる。ところが、マネーロンダリング対策やテロ資金対策のために弁護士を金融取引の門番としようとするゲートキーパー制度は、相談あるいは依頼に訪れた市民の「疑わしい取引」について、警察に密告することを弁護士に義務付けるものであり、市民と弁護士の信頼関係を根本的に失わせるものである。当連合会は、このような制度の立法化に強く反対し、これを阻止するために全力を尽すことを決議する。

2006年(平成18年)10月13日

中国地方弁護士大会

提案理由

1 弁護士から警察への依頼者密告制度(ゲートキーパー制度)について

 ゲートキーパー制度とは、弁護士業務のうち、不動産の売買、依頼者の資産の管理、銀行預金等の口座の管理、会社の設立運営のための出資金のとりまとめ、法人等の設立運営、事業組織の売買という取引の準備及び実行をするに際し、マネーロンダリングやテロ資金の疑いがあった場合、弁護士に対し、警察に通報する義務を課する制度である。

 

2 現在の立法状況

 現在、既に、ゲートキーパー制度を具体化する「犯罪収益流通防止法(仮称)」が策定され、同法案によれば、弁護士が警察庁に通報すべき対象犯罪は600以上にのぼることが判明するなど、ゲートキーパー制度の危険性が現実化してきており、予断を許さない状況にある。

 

3 ゲートキーパー制度の問題点

(1)市民と弁護士との信頼関係の破壊
 現在、弁護士が守秘義務を負っているため、自らが行おうとする、あるいは行った行為が適法であるか否かを問わず、安心して弁護士に相談することができる。
 しかし、ゲートキーパー制度が立法化されれば、弁護士は、相談内容にマネーロンダリングやテロ資金に関係している疑いがある場合、警察に通報する義務を負うこととなる。
 この場合、弁護士に相談しようとする市民は、自らが相談した弁護士において、相談内容が「疑わしい」取引に該当すると判断された場合、警察に通報され、逮捕されることとなるため、弁護士に相談する前に、自らが「疑わしい」取引に当たるか否かの判断をすることを迫られる。
 さらには、警察に通報されることを恐れ、弁護士に全ての事情を説明しなくなる恐れもある。
 これでは、法律の専門家である弁護士に適法か否かを判断してもらおうとする相談行為を過度に萎縮させてしまい、弁護士による違法行為を抑制する機能が失われてしまい、その結果、これまでのような市民と弁護士との信頼関係をも損なうこととなる。

(2)「疑わしい」取引と判断する基準
 ゲートキーパー制度は、マネーロンダリングやテロ資金の疑いがある場合、警察に通報する義務を課すものであるが、この「疑わしい」との概念自体が不明確であるため、この判断は極めて困難となる。
 実際に、同制度が導入されたイギリスにおいては、通報基準が不明確であるため、ソリシターが刑罰を恐れて、2004年(平成16年)には、1万数千件もの通報を行っている現状にある。

(3)守秘義務との関係
 FATF(OECDの加盟国等で構成されている政府機関)の勧告は、守秘義務の対象となる情報については、報告義務を負わないとしているが、報告義務を負わない守秘義務の範囲が不明確なままであり、警察当局等の解釈によってこの範囲が狭められることは容易に想定されるところである。

 

4 各国のゲートキーパー制度に対する取り組み

 諸外国においても、このゲートキーパー制度には重大な問題があるものとして認識されている。

 例えば、アメリカ合衆国においては、米国法曹協会が同制度に反対の姿勢を示しているため、同国政府は具体的な立法化の提案はなされていないし、また、カナダでは、刑罰によって極めて広範な通報義務を負わせる法律が制定されたが、全ての州において、弁護士対する同制度の適用は違憲である旨判断がなされ、その執行が停止されている状況にある。

 また、ベルギーやポーランドでは、ゲートキーパー制度を違憲とする提訴がなされている。

 

5 結論

 以上より、当連合会は、市民と弁護士との信頼関係を破壊し、市民が弁護士に安心して相談することを不可能にするゲートキーパー制度は到底容認しえないため、この立法化に強く反対し、これを阻止するために全力を尽すことを決議する。