中弁連の意見

 毎日口にする食品が生命・健康に害のない安全なものであることは、われわれが生きていく上で極めて重要なことである。

 2001年(平成13年)9月、国内初のBSE感染牛が発見されたこと等を契機として、2002年(平成14年)8月、食品衛生法の改正により厚生労働大臣が特定の食品について検査を必要とせずに販売、輸入等を禁止できる仕組みが創設され、2003年(平成15年)5月、食品安全基本法の制定により内閣府に食の科学的リスク評価を担う機関である食品安全委員会が設置されるなど、我が国における食品安全行政が大きく改革された。

 ところが、昨年(2008年)、中国製冷凍餃子による食中毒事件、相次ぐ食品の産地、原材料の偽装事件、人気ブランド品の日付表示の付け替え、有名料亭の客の残り物の使い回しなど、食品の安全に対する信頼を揺るがす事件が多発し、これらの予防や発生後の対応態勢など、行政のあり方に重大な疑問が生じる事態となった。

 こうした中、本年5月、消費者行政を一元的に推進するための法整備が行われ、9月1日、消費者庁及び消費者委員会が創設された。消費者庁は、消費者行政の司令塔と位置づけられ、消費者利益の擁護及び増進に関する基本的な政策の企画・立案・推進、関係行政機関の事務の調整などを所管することとされている。

 以上のような食の安全をめぐる危機的な状況の中で、消費者庁が中心となり、食の安全に関する以下の取り組みを推進することが必要である。

 

(1)食の安全に関する法律・行政の縦割り規制を見直し、消費者庁の下で、統一的な食品安全行政を推進すること。

(2)緊急に対応が必要な重大な食品事故において、情報の一元的管理を行い、事故情報の伝達を万全のものにするため、地方の行政組織を含めて、消費者を食品被害から守るための組織や仕組みを構築すること。

(3)科学的知見に基づく客観的かつ中立公正なリスク評価を実施することとされている食品安全委員会につき、その中立性・公正性を確保するため、委員会の業務体制や運営等の見直しを行うこと。

(4)地域における食の安全・安心のための施策を推進するため、01.gif生産、加工・製造における食の安全確保02.gif流通、販売、消費における食の安全確保03.gifリスクコミュニケーションの推進を図るとともに、それらの施策を推進するための予算を確保し組織を充実させること。

 

 当連合会は、食の安全が人間の諸活動の大前提にかかわるものであることを確認し、以上の施策が適切に推進され、食の安全が確保されるように全力をあげて取り組むことを宣言する。

 

2009年(平成21年)10月9日

中国地方弁護士大会

提案理由

1 食品の安全をめぐる状況

(1)毎日口にする食品が生命・健康に害のない、安全なものであることは、消費者にとって極めて重要なことである。過去には、1955年(昭和30年)の森永ヒ素ミルク事件の発生や、1968年(昭和43年)のカネミ油症事件など、食品を通じて人体に有害な物質を摂取したことによる重大な事件が発生し、社会問題化したこともあったが、これまで、日本国内で流通し、消費している食品は安全であることが前提となっていた。スーパー等で販売している食品の表示が偽装されていたり、食品に生命・健康に危害を及ぼす物質が含まれていることなど、これまではあまり深刻に考えることはなかった。

(2)2001年(平成13年)9月、国内初のBSE感染牛が見つかったことを契機として、「BSE問題に関する調査検討委員会」が設置され、また、2002年(平成14年)3月、中国産冷凍ほうれん草から国内基準の数倍もの残留農薬が検出されたことから、同年4月、内閣官房に「食品安全行政に関する関係閣僚会議」が設置され、食品安全行政の見直しが行われた。その結果、2002年(平成14年)8月、食品衛生法が改正され、厚生労働大臣が食品衛生上の危害の発生を防止するため特に必要があると認めるときは特定の食品について検査を要せずに販売、輸入等を禁止できる仕組みが創設された。さらに、2003年(平成15年)5月、国民の健康の保護を最優先とする新たな食品行政を展開することを目的として、食品安全基本法が制定された。同法は、食品の安全性の確保に関し、基本理念を定めるとともに、行政及び食品関連事業者の責務及び消費者の役割を明記し、食品の安全性の確保に関する施策の策定に係わる基本的な方針を定めている。また、同法により、内閣府に食の科学的リスク評価を担う機関として、食品安全委員会が設置された。同委員会は、中立的なリスク評価を行うものと位置づけられている。
 ところが、輸入牛肉の全頭検査の解除にあたり、本来科学的・客観的にリスク評価を行うべき食品安全委員会が、政治的に利用されているとの批判がなされるなど、食品安全委員会の役割や委員の構成については様々な問題点が指摘されている。
 その後、2007年(平成19年)には、不二家の期限切れ原材料の使用問題、ミートホープ社の牛肉偽装、赤福の消費期限不正表示などが発生したが、さらに、2008年(平成20年)には、中国製冷凍餃子による食中毒事件など消費者の身体に重大な危害を及ぼす事件も発生した。その後も、中国産ウナギを国産とする偽装事件、船場吉兆の食べ残しの使い回し、三笠フーズによる事故米転売事件など、食品の偽装事件が相次いで発生した。このような食の安全を脅かす事態に対し、食品安全委員会や食品安全を主管する行政官庁において、それらの予防や事件発生後の対応が有効になされたかについては疑問があり、消費者にとって、食の安全の確保が緊急の課題となっている。

 

2 法・行政の縦割り規制

(1)食の大量生産・大量消費、嗜好の多様化に伴う食のグローバル化、外食産業の飛躍的拡大、食料自給率の低下に伴う輸入依存度の増加等により、生産者や輸出入者の顔が見えない、食品や加工品の中身が見えないという状況の中で、食の安全を確保していくためには、食に関する情報が正確に、かつ、タイムリーに伝えられる仕組みが必要である。しかしながら、食品の表示規制は、食品衛生法、農林物資の規格化及び品質表示の適正に関する法律(以下「JAS法」という。)、不当景品類及び不当表示防止法(以下「景表法」という。)など表示に関する法律がいくつもあり、担当官庁も縦割りで、消費者のみならず、事業者にとっても非常にわかりにくい制度となっている。
 厚生労働省が主管する食品衛生法は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止するため、厚生労働省において食品や添加物などの規格基準や表示基準の策定等を行い、それ基づいて検疫所が輸入食品の輸入時の監視を、都道府県等が営業者に対する営業許可や監視指導等を行う仕組みを規定しているが、販売の用に供する容器包装された食品や食品添加物の表示が規制の対象であり、具体的な規制の対象や表示事項、表示方法は食品衛生法施行規則等により定められている。
 農林水産省が主管するJAS法は、農林物資の品質に関する適正な表示を行わせることによって、一般消費者の選択に資し、公共の福祉の増進に寄与することを目的としている。規制の対象はすべての生鮮食品、容器又は包装された加工食品の表示であり、具体的な規制の対象や表示事項、表示方法については、JAS法に基づく品質表示基準により定められている。  厚生労働省が主管する健康増進法は、国民の栄養の改善その他の国民の健康の増進を図ることを目的とし、特別用途食品の表示基準、栄養表示基準を定め、健康の保持増進効果等についての虚偽・誇大な表示等を禁止している。
 公正取引委員会が主管している景表法は、商品やサービスの取引に関連する不当な表示による顧客の誘因を防止し、独占禁止法の特例を定めることにより、公正な競争を確保して一般消費者の利益を保護することを目的としている。事業者の供給するすべての商品の表示が規制の対象であり、品質について実際より著しく優良であるかのような不当表示等を禁止している。
 上記のとおり、現在のわが国における食の安全に関する規制は、食品表示に関する規制として食品衛生法、JAS法、景表法等があり、かつそれぞれの所管も厚生労働省、農林水産省、公正取引委員会とバラバラである。このような状況のため、食品の安全表示に関する情報も集約化が困であり、法規制自体も、消費者のみならず、事業者にとっても非常にわかりにくいものとなっている。

 

(2)また、緊急に対応が必要な食品事故においても、千葉県等において発生した中国産冷凍餃子による食中毒事案で露呈したとおり、事故情報の伝達の不備により、被害が拡大するという重大な制度的問題がある。このような事故情報の伝達の不備に対し、政府は、「食品による薬物中毒事案の再発防止策について(原因究明を待たずとも実施すべき再発防止策)」という、関係閣僚による会合申合せを行い、情報の集約・一元化体制の強化、緊急時の速報体制の強化、輸入加工食品の安全確保策の強化を図った。さらに、関係各省庁に「消費者安全情報総括官」を設置し、緊急時における情報収集・情報の共有を行っているところである。
 しかしながら、このような連携・調整を基本とする体制では、関係各省庁で調整に時間がかかるなど効率も悪く、根本的な解決にはならない。より有効に一元的情報管理を行い、事故情報の伝達を十全なものにして消費者を食品被害から守るためには、その前提として食品を専門に扱う組織や仕組みが構築されるべきである。
 以上のような、現状のバラバラな法規制、縦割行政による弊害を打破するためには、消費者の視点に立ち、消費者行政を一元的に取り扱う組織を中心に据え、食品の安全に関する法律を主管させ、食品事故情報の集約並びに食品被害事案への対応について強い権限を持たせる必要がある。

 

3 食品安全委員会の問題点

 食品安全委員会は、食品安全基本法に基づき、科学的知見に基づく客観的かつ中立公正なリスク評価を実施するものとして、内閣府に設置された委員会である。食品安全委員会の設置により、それまで厚生労働省や農林水産省で渾然一体として行われてきた「リスク評価」と「リスク管理」は明確に区分され、リスク評価については食品安全委員会が一元的に実施することとされた。このことにより、「リスク評価」が、政治的・経済的な側面を持つ「リスク管理」から分離独立して行われ、行政判断の透明性が確保されることが期待されていた。

 しかしながら、この点に関し、食品安全基本法の制定の契機となったBSE問題により凍結されていた、米国産牛肉の輸入再開の判断に関連して、次に述べるような問題点が指摘されている。

 食品安全委員会は米国産牛肉の輸入再開の是非に関し、リスク管理機関より、「日本向け輸出プログラムを遵守する米国産牛肉に関して、わが国において流通する牛肉等と、リスクに差があるか」という、リスク管理がどの程度正しく行われるかによって結果が大きく左右される、すなわち科学的に回答することが困難な諮問を受けた。これに対し、食品安全委員会が「輸出プログラムを遵守されるものと仮定した上で、そのリスクの差は非常に小さいと考えられる」と回答したところ、この回答部分のみがクローズアップされ、米国産牛肉の輸入再開を食品安全委員会が認めたとして、米国産牛肉の輸入再開に対する責任が、あたかも食品安全委員会にあるかのような報道が一斉になされた。つまり、当初の制度的期待とは異なり、リスク管理機関が、自ら設定した前提条件のお墨付きに食品安全委員会のリスク評価を利用したのではないかと疑われる事態が生じたのである。

 本来的に、全ての食品に関する問題に対し、全て科学的に回答できるものではない。このBSE問題のように、リスク管理機関の前提条件の設定いかんによって、リスク管理機関に都合のよいリスク評価をするようであれば、食品安全委員会の存在は食品の安全にとってむしろ有害なものになりかねない。

 食品安全委員会のリスク評価自体が、科学的な見地から中立公正な立場で行われるべきものであることは勿論であり、消費者庁設置後、内閣府に引き続き設置されることとなっている食品安全委員会自体を、消費者庁で行うべきではないかとの意見もある一方、リスク評価よりも、むしろ中立公正な立場で行われたリスク評価に基づき、判断を行うリスク管理機関こそ、生産者保護や産業振興を担う官公庁と分離すべきであって、消費者の目線に立つ消費者庁こそが、そのようなリスク管理機関としてふさわしいのではないか、との意見もある。

 

4 岡山県における食の安全に対する取組状況

 BSEや輸入野菜の残留農薬、食肉の偽装表示の問題など、食の安全・安心を揺るがす事態が相次いで発生したことから、岡山県においても、知事を本部長とする「岡山県食の安全・食育推進本部」のもと、食の安全基本方針を2002年(平成14年)9月に策定し、生産から消費に至る食の安全・安心の確保に取り組んできた。さらに、2006年(平成18年)12月26日、これまでの取組状況を踏まえ、食の安全・安心に対する意識を高め、安全な食品への取組を強化するため、「岡山県食の安全・安心の確保及び食育の推進に関する条例」を施行し、かかる条例に基づき、「岡山県食の安全・安心推進計画」を策定した。

 「岡山県食の安全・安心推進計画」は、01.gif生産、加工・製造における食の安全確保02.gif流通、販売、消費における食の安全確保03.gifリスクコミュニケーション(※)の推進④関係機関との協働の推進、を基本方針とするものであり、岡山県民の食に対する信頼の確保・安全・安心な食生活の実現に向け、積極的な取組みが期待される。

 

5 消費者庁の設置と今後の課題

 2009年(平成21年)5月、消費者の利益の擁護及び増進に係る行政を一元的に推進するための法整備が行われ、9月1日、消費者庁及び消費者委員会が創立された。消費者庁は、消費者行政の司令塔と位置づけられ、消費者利益の擁護及び増進に関する基本的な政策の企画・立案・推進、関係行政機関の事務の調整などを所管することとされている。

 消費者庁は、消費者行政を一元的に所管する新組織であり、内閣府の外局に位置づけられ、その権限確保のため、表示、取引、安全、物価、生活の各分野に関連する29法令を関係省庁から移管あるいは共管することとなっている。食品に関連する法令でいえば、JAS法は消費者庁と農林水産省の共管、食品衛生法は消費者庁と厚生労働省の共管、食品安全基本法は消費者庁と経済産業省の共管となり、強力な権限を有して消費者被害の拡大防止や救済に取り組むこととされている。これにより、子どもや高齢者の窒息事故が多発したこんにゃくゼリーの問題のように、食品衛生法でも日本農林規格(JAS法)でも規制できない「すき間事案」に対しても、改善を勧告・命令することが可能となる。また、消費者庁とは独立の同格の組織として内閣府に設置された消費者委員会には、関係行政機関の長に対し報告や資料提出等の必要な協力を求めることができ、重要事項に関し自ら調査審議し、内閣総理大臣等に建議し、内閣総理大臣に対し必要な勧告及び報告要求をする権限が付与されており、消費者の立場に立った食の安全の推進が期待される。

 確かに、従来の「縦割り行政」の弊害で、官庁がそれぞれ監督する産業の振興・保護に走り、「業界の論理」が優先されてきた中で、今回の消費者庁の創設という、消費者の視点に立った組織の誕生は一歩前進したといえる。

 しかしながら、実際にこれまでの生産者や産業育成に偏りがちであった行政の体質改善がなされるか否かは、これからの消費者庁及び消費者委員会の具体的な内容及び委員構成、その運営方法いかんにかかっている。

 そして、以上のような食の安全をめぐる危機的な状況の中で、新しく設置される消費者庁が中心となり、食の安全に関する以下の取り組みを強力に推進することが必要である。

(1) 食の安全に関する法律・行政の縦割り規制を見直し、消費者庁の下で、統一的な食品安全行政を推進すること。

(2)緊急に対応が必要な重大な食品事故において、情報の一元的管理を行い、事故情報の伝達を万全のものにするため、地方の行政組織を含めて、消費者を食品被害から守るための組織や仕組みを構築すること。

(3)科学的知見に基づく客観的かつ中立公正なリスク評価を実施することとされている食品安全委員会につき、その中立性・公正性を確保するため、委員会の業務体制や運営等の見直しを行うこと。

(4)地域における食の安全・安心のための施策を推進するため、01.gif生産、加工・製造における食の安全確保02.gif流通、販売、消費における食の安全確保03.gifリスクコミュニケーションの推進を図るとともに、それらの施策を推進するための予算を確保し組織を充実させること。

 

6 まとめ

 当連合会は、食の安全が人間の諸活動の大前提にかかわるものであることを確認し、以上の施策が適切に推進され、食の安全が確保されるように全力をあげて取り組むことを宣言する。

 

※「リスクコミュニケーション」:リスク分析の全過程において、リスク評価者、リスク管理者、消費者、事業者、研究者、その他の関係者の間で情報および意見を相互に交換すること。リスク評価の結果およびリスク管理の決定事項の説明を含む。