中弁連の意見

 中国地方弁護士会連合会は、日本国憲法の理念と教育における子どもの権利を尊重する立場から、各弁護士・弁護士会と共同して、新学習指導要領において「法に関する教育」が取り入れられ学校教育における法教育の実施の可能性が拡大したことに鑑み、学校教育における法教育の一層の普及、推進に向けて、以下の事柄に取り組むことを宣言する。

 

  1.  法教育、とりわけ学校現場で法教育を行うことの意義・目的とそれにふさわしい内容について理解・研究を深めるとともに、各地で実践されている法教育の手法、教材、普及活動の工夫等について、弁護士会相互の情報交換や支援体制を確立すること
     
  2.  弁護士・弁護士会が、授業担当ないし支援、教員との情報交換、教材開発等を通して、学校での法教育授業の実施に、教員及び教育委員会と連携し、一層積極的に関与すること
     
  3.  教員及び教育委員会に対し、教員研修に弁護士が関与した形で法教育を取り入れるなど、学校での法教育授業の実施に向けて、弁護士と連携して取り組むよう働きかけること

 

 これらの運用改善を実行することによって、今後もより良い裁判員裁判が実施されるために努力し続けることを宣言する。

2010年(平成22年)10月1日
中国地方弁護士大会

提案理由

1 新学習指導要領の実施

 文部科学省は、2008年(平成20年)1月の中央教育審議会答申を受け、法に関する教育の充実を掲げ、法や規範の意義・役割、法の基本的な見方・考え方、司法制度のあり方等、法に関する教育の充実を図ることを1つの大きな目的として、2008年(平成20年)3月に小中学校の、2009年(平成21年)3月に高校の学習指導要領をそれぞれ改訂した。

 新学習指導要領は、2009年(平成21年)度からの一部施行期間を経て、2011年(平成23年)度以降2013年(平成25年)度までに、小学校・中学校・高校と順次実施される。

 

2 法教育の意義・目的

(1)法教育とは、法律専門家でない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎となっている価値を理解し、法的なものの考え方を身に付けるための教育である。

 法教育の特徴は、01.gif法曹養成教育や法学教育とは異なり、一般市民を対象としていること、02.gif法律や条文の制度を覚える知識型の教育ではなく、例えば、正義、公正、自由、平等、責任といった法の背景にある基本的価値観及び司法制度の機能・意義を考える思考型の教育であること、03.gif社会に参加することの重要性を意識づける社会参加型の教育であること、にある。

 法教育における「法」とは、「法律」あるいはこれに準ずる「条約」「政令」等の既定の成文法ではなく、社会において何らかの意味で社会関係を規律する規範のことである。

 

(2)日本国憲法は、個人の尊厳の尊重と基本的人権の保障を規定するとともに、国民主権を宣言し、立憲民主主義を採用している。

 このような憲法が理想とする自由で公正な民主主義社会は、それを構成する市民、即ち、法の背景にある基本的価値観や司法制度の機能意義に関する知識を有するだけでなく、法的思考や法的参加の技術を習得し、さらに、法や法の基礎に従って行動する意欲をも備えた市民によって初めて成り立つものである。

 

(3)法教育は、国民一人ひとりがそのような知識、技術、意欲について学習し身に付ける機会を提供するために行うものであり、これらは多様な価値観や背景を持つ者が相互に尊重しあい共生していく社会を作るために必要不可欠な基礎的素養であり、成長・発達の過程にある子どもが、それぞれの発達段階に応じ、社会に出る前の段階でそのような機会を与えられることは有用であって、学校教育における法教育の重要性は論を待たない。

 

3 新学習指導要領における法教育

(1)改訂前の学習指導要領の下においても、限定的ではあるが、学校教育で法教育が実践されてきた。

 2003年(平成15年)7月に、文部科学省、裁判所、弁護士会等が協力して法務省に設置された法教育研究会は、その報告書において、わが国における法教育の必要性・重要性や目指すべき法教育を指摘するとともに、同研究会作成にかかる「はじめての法教育」において中学校の公民的分野における法教育の実践のための参考教材を紹介しており、これまでも、一部ではあるがこれを応用しての法教育授業の実践などが行われていた。

 

(2)しかし、今回の学習指導要領改訂は、教育改革の流れの中で、2005年(平成17年)2月以降、国の教育課程の基準全体の見直しについて検討を続けていた中央教育審議会が、2008年(平成20年)1月、法教育を学習指導要領に盛り込む旨の答申を取りまとめたのを受け、「法に関する教育の充実」を掲げて行われたものであり、これによって、学校教育における法教育の実施の可能性は大きく広がったということができる。

 

(3)新学習指導要領における法教育の取扱いについて、高校・公民科・現代社会を例にその一端を見てみる。

 まず、内容を、「(1)私たちの生きる社会」「(2)現代社会と人間としての在り方生き方」「(3)共に生きる社会を目指して」の三つの大項目で構成し、(1)を科目の導入と位置づけ、「現代社会における諸課題を扱う中で、社会の在り方を考察する基盤として、幸福、正義、公正などについて理解させる」などとしている。

 次に、(2)においては、従前の「現代の民主政治と民主社会の倫理」という中項目を再構成し、政治の仕組みを中心とした「現代の民主政治と政治参加の意義」という中項目と新たに設けた基本的人権の保障と法の支配に関する内容を中心とした「個人の尊重と法の支配」という中項目としている。

 そして、(3)は科目のまとめとして、議論などを通して自分の考えをまとめたり、説明したり、論述したりするなど課題を探求させる学習を行うとしている。

 「個人の尊重と法の支配」の項目においては、「個人の尊重を基礎として、国民の権利の保障、法の支配と法や規範の意義及び役割、司法制度の在り方について日本国憲法と関連させながら理解を深めさせるとともに、生命の尊重、自由・権利と責任・義務、人間の尊厳と平等などについて考察させ、他者とともに生きる倫理について自覚を深めさせる」とし、内容の取扱いとして、「法に関する基本的な見方や考え方を身に付けさせるとともに裁判員制度についても扱うこと」としている。

 

(4)新学習指導要領に盛り込まれた法教育とその意義・課題

 まず、現代社会の諸課題をとらえて考察するための基本的な枠組みを構成するものとして「幸福、正義、公正」という概念、即ち、法の背景にある基本的価値観を取り込んだこと、また、「法に関する基本的な見方や考え方を身に付けさせる」ことを指導のねらいとして明確に盛り込んだことは、学校現場での法教育の実施の可能性を拡大する成果として評価することができる。

 内容についても、新学習指導要領の解説では、前記「個人の尊重と法の支配」の「法や規範の意義及び役割」については、「社会規範には、法や宗教、道徳などがあり、それぞれの役割を有していることや、法は刑罰などによって国民の行為を規制するだけではなく、国民の活動を積極的に促進し、紛争を解決するなど、日常生活に密接に関連していることについて認識を深めさせる。・・(中略)・・法の一般性、明確性など、法が備えるべき特質を理解させ、法の適切さを考える視点を身に付けさせるとともに、民主社会に主体的に生きる個人として、法やその他の規範の内容を吟味して、よりよいものにしていこうとする努力が大切であることに気付かせるとともに、法と道徳の関係について留意して、法の役割の限界についても気付かせるようにする」としており、既に存在する法を理解させその遵守を説くものではなく、法が国民の行為を規制するだけでなく、国民の活動を積極的に促進し、紛争を解決するなどの役割を担っていること、法の備えるべき特質とより良い法にしていこうとする努力が大切であることなどを理解させるとしている点では、法教育の基本的な方向性を取り入れたものということができる。

 しかし、他方、上記記述は、社会規範として、「法、道徳、宗教など」があるとし、法の役割について述べるものの、「法」(社会において何らかの意味で社会関係を規律する規範)と「法律」(「法律」あるいはこれに準ずる「条約」「政令」等の既定の成文法)との相違、関係を意識していないことから、結果として、既定の法律を前提とし、その遵守を説くものに陥る危険性を有している。また、上記記述の前に位置する「法の支配」の記述も、「法の支配が、暴力等による恣意的支配を排除し、合理的な議論に基づく統治を目指すものであって、国家権力を含めてすべての者を等しく法に服させることにより、その自由と平等を確保しようとするものである」とされているが、「法の支配」の定義として正確さを欠いているし、「法の支配」の「法」と「法や規範の意義や役割」における「法」との混同も生じかねない。これらを教員自らが正確に理解したうえ、学校現場において正確に指導することは容易ではない。

 これはほんの一端であるが、新学習指導要領に盛り込まれた「法教育」が、法教育の意義・目的に照らし問題点・課題がないか、検討・検証する必要がある。

 法教育は、社会の隅々にまで法の支配を及ぼすための基礎をなす活動であり、このような検討・検証の取組みは、法律専門家であり、人権擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士会及び弁護士として行うべき活動ということができる。

 

4 法教育の実践と見えてきた成果・課題

(1)司法改革と法教育

 このように、法教育が学習指導要領に盛り込まれ、学校教育に取り入れられるに至る大きな契機となったのは司法改革であり、これに前記した教育改革の流れが合致したと考えることができる。

 前記の法教育研究会は、2001年(平成13年)6月に提出された司法制度改革審議会意見書において司法教育の充実が提言されたのを受けて設置されたものであり、同研究会の成果は2005年(平成17年)5月に発足した法教育推進協議会に引き継がれて現在に至っている。また、日本弁護士連合会は既に1990年代から司法教育の重要性を説き、全国各地の弁護士・弁護士会は「市民のための法教育委員会」を中心として弁護士が学校に出向いて司法に関する講義や模擬裁判の指導等を行って司法教育の実践を積み重ねてきていた。

 このような法教育研究会などの研究成果・実践と、各地の教育学者、現場の教員、弁護士を含む法律家による理論と実践の積み重ねが、学校教育における法教育の実施へ、大きな流れを作ったということができる。

 

(2)各地で実践されつつある法教育

 既に全国各地の教育学者、教員、弁護士を含む法律家によって、法教育が試行、実践されている。そこにおいて広く行われているのは、様々な立場によって考え方や利害が異なる身近な問題や時事問題等の具体的な問題を素材に、双方向やグループディスカッションによる議論を行うという手法を用いて、個人の尊厳の尊重や法の支配、正義や公正等について考えさせ、理解させるというものである。

 前記「はじめての法教育」において教材が紹介されたルールづくりに取り組む例が多いが、他にも、例えば、札幌弁護士会が2010年(平成22年)3月に行った高校生を対象とするジュニアロースクールでは、「違憲立法審査権」をとりあげた。その手法は、まず、生徒達が国会議員となり、いくつかのグループに分かれてそれぞれ「地球環境保護のための法律案」を作り、これを議決する。次に、可決された法律に関して、私的な権利を侵害される場面を設定し、今度は、生徒達は法律相談を受ける立場になって、法律を検討し、違憲判決を下す、というものであった。

 

(3)中国地方における取組み

 まず、広島弁護士会では、裁判員制度実施委員会が中心となって、2004年(平成16年)度からは法教育の出前授業に取り組み、2006年(平成18年)度からは毎年夏休み期間中に中高生を一般公募してジュニアロースクールを開催している。2009年(平成21年)度は、100名もの生徒が参加した。このジュニアロースクールでは、有志教員と弁護士によるチームティーチングを実施し、連携ができつつある。

 次に、山口県弁護士会では、裁判員制度・刑事司法改革問題プロジェクトチームが、2006年(平成18年)より、裁判所・検察庁と合同で教員向けセミナーを開催し、消費者問題対策委員が中心となって、高校生を対象に消費者教育の出前授業を行う等の取り組みを行っている。

 また、岡山弁護士会では、1999年(平成11年)に会内に設置された県民ネットワーク委員会が、「高校生のための刑事裁判傍聴」等に取り組み、2004年(平成16年)度から3年間、岡山市教育委員会の中学校での「法教育実践モデル授業」の実践研究を担当した。また、2005年(平成17年)度以降はジュニアロースクールを開催している。他にも高校生のための刑事裁判傍聴、高等学校教員公民科法教育研修(法教育に関する夏期教員研修)、高校生の裁判所見学引率、中学校法教育憲法派遣授業、中学校「地域の職業・職場調べ学習」受け入れ協力等を行っている。なお、岡山では、県民ネットワーク委員会委員と岡山大学法学部・教育学部・県消費生活相談センター相談員・県教育庁指導課指導主事等による「岡山法教育研究会」が組織され、各種講演会実施、弁護士会県民ネットワーク委員会と共催して上記のジュニアロースクール実施、派遣授業の実施、法教育に関する調査・研究に取り組んでいる。

 更に、鳥取県弁護士会では、2006年(平成18年)度、法教育委員会が設置され、2007年(平成19年)には鳥取・米子で高校生を対象としたサマーロースクールを開催、2008年(平成20年)度からは、県内すべての中学校・高校への出前授業(ルール作り、裁判員裁判に関する講義、模擬裁判)の案内を行い、2008年(平成20年)度は、中学校4校、高校1校で、2009年(平成21年)度は、中学校7校、高校2校で出前授業を行った。新しい教材づくりにも取り組んでいる。

 島根県弁護士会は、2005年(平成17年)度に法教育委員会が設置され、2007年(平成19年)から、県内の小学校・中学校・高校すべてに出前授業(法教育・憲法・消費者・裁判員裁判等)、法廷傍聴サポート活動等のチラシを配付している。2007年(平成19年)度は高校、中学、養護学校等合計24校、2008年(平成20年)度は合計22校、2009年(平成21年)度は合計19校で出前授業を行った。他に、2007年(平成19年)度、2008年(平成20年)度には島根県立松江教育センターでの教員研修で法教育講座を行い、2009年(平成21年)度からは、島根大学教育学部と連携し、教員免許状更新研修と大学教育学部学生のための法教育授業(2コマ)を担当している。また、出前授業でつながりのできた教員との連携が少しずつ進み始めている。

 ところで、島根県弁護士会が本年の中国地方弁護士大会のシンポジウムにむけて取り組んだ島根大学附属中学校での法教育授業では、「困ったどうしよう。町内会のゴミ出し問題~課題解決の中からルールについて考えよう」というテーマでルールづくりに取り組んだ。教材は法教育研究会が作成した「はじめての法教育」に掲載された教材のひとつである「ゴミ収集に関するルールをつくろう」をベースにしたもので、架空の町内会で長年、自宅前がゴミ収集場所となっている住民Kさんが、収集場所の変更を要望し、これを機に、さまざまな立場の住民がゴミ出しのルール作りを進めるという設定に、地域には日本語がよく分からないため、ゴミ出しのルールを守れない外国人労働者や、体の不自由な一人暮らしの高齢者もいるという設定を加えた。生徒たちはまず、Kさんや高齢者など、立場が異なる5人の住民ごとにグループを作り、グループ別に、それぞれの悩みや要望について討論し、次に、立場が異なる住民が集まり、1クラスで7つの町内会を開催、それぞれの立場で意見を出し合い、利害などを調整して町内会のルールを作成、最後に町内会ごとにルールを発表し、互いに評価し、授業の最後に、それまで授業を見守っていた弁護士が、ルールについて具体的な例を挙げながら、「良いルールの条件」についてコメントする、と言うものであった。

 

(4)法教育授業の実践によって見えてきた成果と課題

ア まず、全国各地の実践による成果を検討・確認する。
 法教育の教材と教育の手法は、次のような具体的な力を子どもたちに身に付けてもらえるものでなければならない。
 第1に、子どもたちは、それぞれの年齢・発達段階に応じて、ルールにはそれぞれ目的があるということを理解する。
 第2に、子どもたちは、社会の中には様々な立場の人たちがいること、自分たちの身近な問題も人によってその受け止め方・利害等に様々な違いがあることを理解する。
 第3に、ルールは上記を踏まえ、自分たちで決めることができること、決める手続はみんなが参加し、少数者の意見も尊重されなければならないことを知る。
 第4に、子どもたちは、ルールにも条件があること(良いルール・法律の合憲性)を具体的な問題を解決するプロセスを通じて理解する。
 最後に、これらを通じて子どもたちは、法とは、社会における様々な人々の共に生きていく上での調整の道具であり、これを、守り、使いこなしていくことを通じて紛争を解決し、主体的に生きていく力を身に付ける。
 これまで、全国各地で先進的に取り組まれてきた法教育教材は、いずれもこのような目的を達成するための手法として、まず、子どもたちにとって身近に疑問を持つ様々な問題、様々な立場により意見の異なる問題、社会的弱者や少数意見に配慮しなければならない問題を取り上げること、次に、子どもたち全員が積極的に参加するグループディスカッション・ロールプレイ等の方法を用いて法的・合理的な観点から問題を理解し、最終的な合意形成はできなくとも、共通認識を持つことのできるものにすること、更に、解決のためには、正確な事実認識のもとに、法的・合理的な思考を必要とするものにすること等が取り入れられており、これらは法教育の先駆であるアメリカでの実践例や、法教育の理念にも合致したものと評価することができる。

 

イ 他方、課題も明らかになっている。
 即ち、これらの取り組みは、一部の先進的な教員や弁護士・弁護士会によって試行錯誤的に行われているに過ぎず、弁護士会内での認知度も高いとは言えず、他会の取り組みについての相互の情報交換も不十分である。一方、教育委員会レベルでは、更に、取り組みが遅れ、ほとんど系統的な研修や研究授業等の試みもされていないところが多い実情にあり、教員の自主的な研究活動も低調である。更に、教員養成にかかわる大学の教育学部でも、法教育の講座を開講しているところは、寡聞にして知らない。
 そこで、文部科学省及び法律専門家・教育関係者においては、連携して、すべての子どもたちが実際に授業を受けるようになる2011年(平成23年)以降2013年(平成25年)までに、子どもたちの成長・発達段階に応じた系統的な法教育のあり方の研究や教材作成を進めることが急務である。
 また、このような子どもたちの成長・発達段階に応じた系統的な法教育のあり方の研究や教材作成は、各地の弁護士・弁護士会と教育委員会・大学等の教育関係者との協力・連携なしには不可能であり、弁護士・弁護士会は、率先してこれらの関係者に協力・連携を呼び掛ける活動を行うべきである。
 更に、実際の法教育授業の実践は、教材や手法が定着するまでの当面の間は、法律家である弁護士が実際の授業を担当する教員と共に協働して取り組むことが望ましい。そして、そのためには、協働・連携する多くの弁護士が人材として必要である。
 一方、多くの学校現場に弁護士が常に出向くことは実際問題として困難であり、また、本来学校における法教育は、教員が主体となって行うものであることからすれば、法律専門家の役割は、教員研修の場面において、より重要である。そこで、教員研修を行える人材の育成と確保もまた弁護士・弁護士会の課題である。

 

5 学校教育における法教育の普及、推進のために取り組むべきこと

(1)教員と弁護士との連携・協力

 以上のように、学校現場での法教育の実践は、広がりつつあるとは言え一部にとどまり、学校教育における法教育の普及は未だ十分とは言えない。

 学校での法教育の主な担い手は教員であるところ、現状では、教員自身が、法について体系的に学んだ経験に乏しく、法や司法制度の基礎となっている価値や、法的なものの考え方に対する理解が十分とは言えない。教員自身が、法を既定のもの、守るべきものとしてのみ捉えていると、学校教育に法教育を取り入れる意義は失われかねない。他方、弁護士等法律専門家は、法教育において教えるべき内容自体に対する知識は有しているが、それを生徒に伝えていくための技能や経験が十分とは言えない。そのため、新学習指導要領に法教育が取り入れられるに至ったものの、教員の関心も決して高いとは言えないし、教育委員会でも、系統的な法教育のあり方の研究や教材作成はもとより、教員研修等を組織的に行う体制もできているとは言えず、学校現場での取り組みはまだまだ不十分である。

 そこで、学校教育における法教育の一層の普及、推進のためには、学校現場における法教育授業の実践については、教材や手法が定着するまでの当面の間は、教員と弁護士とが連携協力し相互の知識・技能・経験を共有することが必要であり、弁護士・弁護士会としては、教員と連携しながら、法教育授業を担当する、教員の行う法教育授業を支援(助言や共同で実施)する、教材開発等を行う、教育内容に関する各種研修の機会を提供する、教員と情報交換を行うことなどを通して、学校での法教育の実施に一層積極的に関与することが必要である。

 また、弁護士・弁護士会としては、会内において、法教育、とりわけ学校現場で法教育を行うことの意義・目的とそのためにふさわしい授業内容や手法について理解・研究を深めるとともに、法教育を担う人材、教員と連携・協力して法教育に取り組み、教員研修をも行いうる人材を育成・確保することが必要である。  そして、中国地方弁護士会連合会としては、各地で実践されている法教育の手法、教材、普及活動の工夫等について、弁護士会相互の情報交換や支援体制を確立することが必要である。

 

(2)教員及び教育委員会に対する働きかけ

 弁護士による学校での模擬授業や教員と弁護士が共同しての法教育授業の実践を積み重ねる必要があることは前記の通りであるが、学校教育での本格的な法教育の実施に際しては、これらの弁護士を学校に派遣するという方法のみでは限界がある。

 弁護士と教員との連携のひとつとして、教員と弁護士が共同で法教育の普及活動や授業作りを行う「法教育研究会」を設置している会が、2010年(平成22年)3月時点で、茨城県、栃木県、長野県、愛知県、岐阜県、福井、岡山、佐賀県、仙台、岩手及び札幌の11弁護士会ある。また、研究会は設置しないものの、教育関係者と協議や連携の機会を持っている会は相当数にのぼる(「法律のひろば」2010年6月号)。さらに、教育委員会や教育センター等が実施する研修会の講師を弁護士が担当した例も報告されている。

 また、神奈川県では、教育委員会が「法に関する教育推進連絡協議会」を設置し、弁護士が委員として参加している。

 今後、弁護士・弁護士会としては、法に関する教育(法教育)を学校教育に取り入れ実践していく上での体制や条件、法律家との連携のあり方等について、教育委員会と協議を行い、また、教育手法や教材の開発・研究、授業の実施や改善等に関しても、弁護士と教員との連携を強化するよう、教員に働きかける必要がある。

 また、教育委員会に対しては、教員研修に法教育を取り入れ、弁護士を講師として派遣する体制をとるなど、学校での法教育の担い手である教員に対し、法教育について十分な研修の機会を提供すべき立場として、弁護士・弁護士会と連携をするよう働きかけることが必要である。なお、その際は、研修受講が強制にわたることや、研修内容に教育委員会が干渉することがないように留意する必要がある。

 よって、宣言の趣旨記載のとおり宣言する。

以上