中弁連の意見

 中国地方において地震・風水害等による大規模災害その他これらに類する被害程度の災害が発生した際の被災者支援活動に関する相互協力について、2017年(平成29年)3月25日、鳥取市内において中国五県の弁護士会の会長が集まり、中国五県弁護士会被災者支援協定を締結した。

 この協定は、各弁護士会が中国地方の被災地会からの支援要請を受けた場合に、可及的速やかに法律相談担当弁護士の被災地への派遣・転送での電話相談等の支援活動を行うべきことを内容とし、そのために各会に事前の相談担当弁護士名簿整備を義務付けし、また、平時からの研修の実施等の準備を要請するものである。

 しかしながら、支援する側の弁護士会の財政基盤も潤沢ではなく、また、県境を跨いだ大規模災害が発生した場合には、行政担当部局を巻き込んだ広域的な連携が必要となる。これらの事情も踏まえて支援活動を実効的に行うためには、上記の相談担当弁護士を配置するための財政的基盤の整備、定期的な広域的研修の実施、中国地方の各行政担当部局との平時からの連絡体制の構築といった、各弁護士会が単独で行うには困難を伴う課題がある。

 よって、中国地方弁護士会連合会は、上記協定の実効性を高めるためにこれを支える体制作りとして、

 

  1. 早期に当連合会内に災害支援活動援助基金制度を発足させることにより、災害時に簡易迅速に補助金を支給することを可能とした上で、被災地への法律相談担当弁護士派遣・転送での電話相談等の支援にかかる担当弁護士会を財政的に援助すること、
  2. 定期的な地域を跨いだ広域的な研修を企画することにより、県境を挟んだ災害発生時の対応に備えること、
  3. 広域災害発生時の行政との援助活動の分担について早期調整を可能とする準備を行うために、連合会として定期的に中国地域内の各行政担当部局との連絡会の開催を呼びかけること、

 

を、ここに宣言する。


2017年(平成29年)10月13日
中国地方弁護士大会

提案理由

第1 はじめに

  1. 日本列島は、地球を覆っている十数枚のプレートのうち、太平洋プレート、フィリピン海プレート、北アメリカプレート、ユーラシアプレートの4枚のプレートの衝突部となっており、世界の中でも地殻変動が激しく、地震や火山活動が活発な地域の一つである。このプレートの衝突により発生した隆起により、日本列島では国土の約7割を山地が占めることになると同時に火山帯も多くなっている。温帯多雨という気象条件により河川による浸食活動も盛んなため、地形は起伏が大きく変化に富む内容となっている。そして、梅雨から秋期にかけては南太平洋上で発生した台風が日本列島全体を襲い、冬期にはユーラシア大陸から吹く乾燥した季節風が日本海を渡る際に対馬海流から水蒸気を吸収して山脈にぶつかることで日本海側に多量の雪を降らせる。
     
  2. このような我が国の地理的気候的特性から、我が国では地震や火山活動、積雪、台風などの自然現象により引き起こされる災害が多く発生している。
     近年では、国内全体を見れば、極めて大きな被害を生じたものに限ってみても、1995年(平成7年)1月17日に発生したマグニチュード7.3の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)に始まり、2011年(平成23年)3月11日に発生したマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)、2016年(平成28年)4月14日、及び、2日後の同月16日に発生した、マグニチュードが最大で7.3の規模となった熊本地震など、大地震が頻発している。
     中国地方について見ても、2014年(平成26年)8月の集中豪雨により発生した広島市北部の安佐北区や安佐南区の住宅地を襲った大規模土砂災害や、2016年(平成28年)10月21日に発生したマグニチュード6.6の鳥取県中部地震が記憶に新しいところである。
     
  3. そして、今後も、大規模災害の発生が予測されるところであり、例えば、広域的に見ればいわゆる南海トラフ巨大地震の発生がほぼ確実視されており、巨大地震が発生した場合には中国地方でも瀬戸内海側への津波被害が予想されるところとなる。なお、南海トラフとは、日本列島の西南部分が属するユーラシアプレートに対し、その南部に位置するフィリピン海プレートが太平洋上で衝突して沈み込み境界線となっている部分である。そして、南海トラフ巨大地震とは、この沈み込みによるひずみが解放されて発生するマグニチュート8を超える連動型の巨大地震であり、政府の地震調査研究推進本部の本年3月3日時点での発表によれば今後30年以内にこの地震が発生する確率は70%程度とされている。
     さらに、最近では、GPS衛星等の衛星測位システムを利用したGNSS(Global Navigation Satellite System)による地殻変動データを分析することにより、前述した4つの大きなプレートの動きだけではなく、実は日本列島を含む範囲にはより細かい複数のプレートが存在しており、その複雑な動きにより地震が発生しているとの研究結果も京都大学防災研究所の西村卓也准教授等から発表されている。また、国立研究開発法人産業技術総合研究所の活断層データベースには、全国各地の多数の活断層が記録され、熊本地震や鳥取県中部地震の発生機序についてはこれらのモデルによる方がより整合的に説明がつくとされており、中規模以上の地震はどの地域でも発生しうることが明らかとなっている。

 

第2 中国五県弁護士会被災者支援協定の締結

  1. このように、今後中国地方においても、いつ何時、地震・風水害等による大規模災害が発生してもおかしくない状況にある。
     
  2. 東日本大震災においては弁護士による被災者に対する法律相談等の迅速な実施の重要性が明らかになったが、昨年の熊本地震の際にも、特に地震発生直後の時点において、弁護士会への問い合わせや法律相談の要請が激増した。このような状況による地元弁護士会の困窮状態に対しては、東日本大震災の際の経験を踏まえ、隣県の福岡県弁護士会が、震災後の無料法律相談に対応するため、熊本に延べ21名の会員を派遣し、緊急電話相談についても肩代わりする等の対応が取られた。また、東京3会、大阪弁護士会も緊急電話相談の引き受けを行った。
     上記の熊本地震での協力関係は事前に約束されていたものではなかったが、昨年度の日本弁護士連合会の理事会等において、このような対応を行ったことにより一定の手応えのある成果を得たという実例報告がなされた。そして、中国地方でも大規模災害やこれらに準ずる被害の災害が発生した際の、被災者支援活動に関する弁護士会の相互協力の必要性が改めて認識されることとなった。
     
  3. 上記の相互協力については、その必要性が明らかである以上、事前に中国地方内部でも体制を固めておくべきことが望ましいこともまた自明であったことから、2017年(平成29年)3月25日、鳥取市内において中国五県の弁護士会の会長が集まり、ブロック単位でのものとしては全国で初めての取り組みとなる中国五県弁護士会被災者支援協定を締結する次第となった。
     この協定の内容としては、各弁護士会が中国地方の被災地会からの支援要請を受けた場合に、可及的速やかに法律相談担当弁護士の被災地への派遣・転送での電話相談等の支援活動を行うべきものとし、そのために各会に事前の相談担当弁護士名簿整備を義務付けし、また、平時からの研修の実施等の準備を要請するものとなっている。
     これにより、中国地方において、被災地となった地元の弁護士会が困窮状態に陥った場合でも支援要請を受けた他県の弁護士会の援助により、弁護士による被災者に対する法律相談等の迅速な実施がとりあえず可能となる体制が整うことになった。

 

第3 中国五県弁護士会被災者支援協定の実効性を高めるための課題

  1. 中国五県弁護士会被災者支援協定は、上記のとおり各弁護士会が中国地方の被災地会からの支援要請を受けた場合に、可及的速やかに法律相談担当弁護士の被災地への派遣・転送での電話相談等の支援活動を行うべきものとするが、支援弁護士会からは被災地の弁護士会へこれらの支援費用の請求を行わないものとしている。よって、今後この協定に基づく支援を継続的に行っていくためには、支援を求められた弁護士会が単年度で多額の費用負担をしなければならない事態が起こらないよう、長期的な仕組み作りが必要となる。
     
  2. この点、中国地方以外の地域においては、既に静岡県弁護士会、東京弁護士会、第1東京弁護士会、大阪弁護士会、新潟県弁護士会、茨城県弁護士会、兵庫県弁護士会等で独自の基金、又は、災害対策のための会計が設置されている状況にある。また、その他の地域においても、一定数の弁護士会が基金の導入を検討しており、現在、全国的に見て、災害対策に充てるための基金の必要性が徐々に周知されつつある状況にある。
     しかしながら、大規模会であれば、小規模・中規模の弁護士会と比べて、基金に充てる資金を用意する余力があるが、小規模・中規模の弁護士会においては、独自にこのような基金を用意することは基本的に困難が伴う。そのため、他の地域においては、ブロック規模で基金を用意する取組もなされている。
     なお、平成29年7月現在の時点においては、北海道弁護士会連合会、関東弁護士会連合会、中部弁護士会連合会、近畿弁護士会連合会、九州弁護士会連合会において災害対策に充てるための基金の設置がなされており、これらのブロックにおいては、既に基金の必要性に対する十分な周知がなされている。さらに、現在、四国弁護士会連合会においても、基金の設置に向けた協議がなされている状況にある。また、東北弁護士会連合会にも、東日本大震災の際の義捐金を主な原資とする基金があり、現実に災害による被害が生じた場合に、支援活動に充てるための基金が存在することが極めて有用であることは明らかである。
     そして、中国五県の弁護士会に目を向けたとき、鳥取県弁護士会、島根県弁護士会、山口県弁護士会の3会は小規模弁護士会協議会を構成する財政基盤が決して潤沢とはいえない弁護士会であり、岡山弁護士会や広島弁護士会であっても東京や大阪の弁護士会と比べれば単年で動かせる予算には大きな制約がある。
     以上より、中国地方においても、他の地域における取り組みに習い、当連合会が音頭をとって、早期にブロック規模での基金(災害支援活動援助基金制度)を発足させるべきである。
     
  3. また、大規模災害は単一の県域のみに発生するものではなく、県境を跨いだ大規模災害が発生する場合もある。前述した南海トラフ巨大地震が発生した場合には、中国地方でも同時に複数県が被災地となる可能性が高く、このような連動型の広域被災のケースも想定する必要がある。
     現実に複数県に跨がる大規模災害が発生した場合には、行政担当部局を巻き込んだ広域的な連携がなければ、必要な地域に適切な支援を適切な時期に届けることが困難となることが予想される。支援要請を受けた弁護士会が担うのは迅速な法律相談等の実施であるが、これまでの大規模災害の例でも被災地の地理的差異、被災からの時間的経過により相談を受ける分野が変化してくることが報告されており、行政からの情報を活用して適切な相談を実施できる体制を一早く構築しておくことが重要となる。また、災害に関連する分野の法律相談を適切に行うためには、事前に、関連する分野の知識をできる限り得ることや、被災者の精神的なショックに対応するための心構えをしておくことが必要となる。
     そのためには、複数の弁護士会が事前に合同で広域的な研修を実施しておくことが必須と考えられるが、その企画、実行にあたっては、当連合会が中心となって動く必要がある。なお、本年においては、災害時における弁護士会及び弁護士会連合会の体制整備に向けた研修が実施される場合には、日弁連から費用の補助がなされることとなり、日弁連も、各連合会・各弁護士会における平時からの体制整備を重視しているところとなっている。
     
  4. さらに、上記の複数県に跨がる大規模災害が発生した場合に適切な支援を実施するためには、弁護士会の事前の横の連携だけでは不十分であり、災害発生時の援助活動の分担について早期調整が可能となるように事前に中国地域内の各行政担当部局との連携を図っておくこともまた必要である。そのためには、定期的な中国地域内の各行政担当部局と各弁護士会との連絡会の開催が効果的であり、より多くの行政担当部局に参加を促すためには、当連合会からの呼びかけが必要となる。
     なお、昨年の段階においては、全国の52の弁護士会中、行政担当部局と、協定の締結など何らかの連携を行っている弁護士会の数は22会に及び、中国地方においても、昨年来、岡山弁護士会が、県内の赤磐市、笠岡市、総社市、岡山市、倉敷市、真庭市、新見市、高梁市、井原市、玉野市と災害時における法律相談に関する協定を締結し、平時からの体制整備に向けた極めて積極的な活動を行っている。
     当連合会としても、今後、このような各弁護士会における活動を、積極的に支援すべきである。
     また、被災者を支援するためのワンストップで効果的な相談を実施するためには、隣接士業との緊密な連携も必要となるが、この点についても、昨年の段階において、隣接士業との何らかの連携をとっている弁護士会の数は21会に及んでいる。当連合会としては、各弁護士会が隣接士業と緊密に連携することも積極的に支援していくべきである。

 

第4 結語

 これまで見てきたように中国五県弁護士会被災者支援協定の実効性を高めるためには、各弁護士会が単独で行うには困難を伴う課題が存在し、その課題をクリアするには当連合会の役割が極めて重要である。

 以上の理由から、本宣言を提案するものである。

以上

 

参考資料

  • 中国五県弁護士会被災者支援協定(PDF:346KB)