中弁連の意見

議  題

島根県弁護士会

罪を犯した高齢者・障がい者の社会内処遇を支える
支援体制の構築に関する議題

 

 国に対し、罪を犯した高齢者・障がい者に対する社会福祉を充実させ、その社会定着を図ること、及び刑事弁護の充実を図ることを目的として、司法と福祉が連携する支援策の一つである「障がい者審査委員会」並びに「調査支援委員会」を設置するなどのモデル事業の成果を検証し、早期に本格事業化し、全国的に展開するよう求める。

提案理由

1 はじめに

 罪を犯した高齢者・障がい者に対する「司法」と「福祉」の連携は重要なテーマとなっている。

 近時、一部の弁護士会の動きとしても、罪を犯した高齢者・障がい者の支援に向けて、新たな制度が立ち上がる動きが生じている。例えば、後述するが、大阪弁護士会は、高齢者・障害者総合支援センターの下に、「障害者刑事弁護サポートセンター(以下、単に「サポートセンター」という。)」を発足させ、支援が必要な被疑者・被告人を弁護する弁護人を支援する取り組みを始めている。

 この点、社会福祉法人南高愛隣会(コロニー雲仙)によって、厚生労働科学研究「罪を犯した障がい者の地域生活支援に関する研究」が行われた。これは、矯正施設を出所した高齢者・障がい者に対する地域社会での自立促進を図る支援についての研究を行ったものであり、いわば、「出口」段階での支援であった。その次の段階として、同じく厚生労働科学研究として、「触法・被疑者となった高齢・障害者への支援の研究」が行われ、矯正施設に入所する前の、被疑者・被告人段階の高齢者・障がい者に対する支援、いわば「入口」段階での支援が検討された。

 「触法・被疑者となった高齢・障害者への支援の研究」が行った政策提言は多岐にわたっているが、そのうちの一つが発展的に実現したものとして、現在、「調査支援委員会」がモデル事業として行われている。この事業の概要は、福祉の専門家から、被疑者・被告人となった障がい者について、その犯罪要因や、福祉による更生支援において必要なメニュー等を、調査・検討のうえ意見書として提出してもらい、弁護活動に活用し、検察による終局処分や、公判での判決の判断材料にするというものであり、司法と福祉の連携を進める上での重要な一歩となっている。

 

2 高齢者・障がい者に対する支援の必要性、及びこれまでの支援の取り組み

(1)障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律の成立
 2013年(平成25年)6月19日、国会で「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」が成立した。本法律は、2006年(平成18年)に国連で採択され130ヵ国が批准している障害者の権利に関する条約の批准のための国内法整備として、行政機関等及び事業者に対し、障がいを理由とする不当な差別的取扱いの禁止を義務付け、また、行政機関等に対し、過重な負担でない限り、社会的障壁の除去につき合理的配慮義務を課すものである。
 そうすると、障がい者の刑事弁護においても、同法の趣旨に沿った十分な取り組みが必要である。

(2)大阪弁護士会における障がい者の刑事弁護についての取り組み
 また、先述のとおり、大阪弁護士会は、2009年(平成21年)、高齢者・障害者総合支援センターの下、「サポートセンター」を発足させた。これは、被疑者、被告人、又は少年に障がいがある場合、あるいはあるのではないかと疑われる場合に、その弁護人又は付添人が、サポートセンターのメーリングリストに投稿すると、経験豊富な弁護士が具体的な助言や情報提供をする。また、必要に応じて、個別に医師や社会福祉士、精神保健福祉士、社会福祉関係者等を紹介し、ネットワークにつなげていくことも行う、というものである。

(3)「罪を犯した障がい者の地域生活支援に関する研究」とその成果
 2006年度(平成18年度)から、社会福祉法人南高愛隣会(コロニー雲仙)によって、罪を犯した障がい者の自立促進をテーマに、関係各省庁と連携し、モデル事業を実施するために、厚生労働科学研究「罪を犯した障がい者の地域生活支援に関する研究」が行われた。
 当該研究は、罪を犯し、又は罪を犯す虞のある障がい者の地域社会での自立促進を図る観点から、実態調査を実施し、現状における問題点を分析するとともに、就労、生活訓練、地域生活支援への移行のありかた、社会復帰に向けた福祉分野の役割と矯正及び更生保護の関係機関などとの連携の具体的な取り組み、法的整備に関する課題などを分析することを目的として行われたものであった。
 その成果として、2007年(平成19年)には、矯正施設、更生保護施設と福祉サービス事業等の連携を可能にするものとして、都道府県単位で社会生活支援センター(仮称)の設立が政策提言の一つとしてまとめられた。
 この政策提言を受けて、厚生労働省では、2009年度(平成21年度)に「地域生活定着支援事業」を創設し、高齢又は障がいを有するため福祉的な支援を必要とする矯正施設退所者について、退所後直ちに福祉サービス等(障害者手帳の発給、社会福祉施設への入所など)につなげるための準備を、保護観察所と協働して進め、「地域生活定着支援センター」を各都道府県に設置した。「地域生活定着支援センター」は、2011年度(平成23年度)末までに、全都道府県に開設されている。
 「地域生活定着支援センター」では、現在①入所中から帰住地調整を行うコーディネート業務、②矯正施設退所後に行う社会福祉施設入所後の定着のためのフォローアップ業務、及び③退所後の福祉サービス等についての相談支援業務が行われており、2011年度(平成23年度)中には、上記①のコーディネート業務該当者が1,041人、②のフォローアップ業務該当者が722人、③相談支援業務該当者が708人、という支援実績を挙げているところである。

(4)「罪を犯した障がい者の地域生活支援に関する研究」が指摘した「入口」支援の必要性
 「地域生活定着支援センター」が行う支援は、矯正施設出所者に対する支援業務であり、いわば「出口」に焦点を当てたものであった。
 しかし、「罪を犯した障がい者の地域生活支援に関する研究」においては、犯罪事実には争いがなく不起訴処分になった高齢者・障がい者、及び執行猶予判決を受けた高齢者・障がい者などに対する支援の必要性が指摘された。
 つまり、例えば知的・発達障がい者はその特性から、単なる懲役刑では反省を促し、順法精神を身につけさせ、再犯を防ぐ効果が薄いことが指摘されているが、現状ではその特性に応じた刑事施策が十分に存在していない。また、矯正施設に至る前段階に当たる、警察・検察での取り調べや裁判においては、高齢者・障がい者という法的弱者に対する支援体制が確立されていない、などといった問題意識から、矯正施設に入所することのない再犯防止のための支援、いわば「入口」に焦点を当てた支援の必要性が指摘されるに至った。

(5)「触法・被疑者となった高齢・障害者への支援の研究」とその成果
 上記(4)の問題点の指摘をもとに、2009年度(平成21年度)以降、厚生労働科学研究として「触法・被疑者となった高齢・障害者への支援の研究」が行われた。
 同研究は、その中で、高齢者・障がい者について、その特性に応じた再犯に対しての矯正・更生教育等の予防策が不備な状況にあること、再犯防止の観点から、矯正施設に代わる更生教育の機能・制度が必要であることを指摘しており、モデル事業として、保護観察付執行猶予等を受けた知的障がい者の再犯防止や更生自立のための地域生活支援を行う「地域社会内訓練事業」を実施してきた。
 「地域社会内訓練事業」の概要は、まず、障がいをもつ被疑者又は被告人について、弁護人が「地域生活定着支援センター」に支援の依頼を行い、これを受け、「判定委員会」(弁護士や福祉関係者、精神科医などで構成される)が、矯正施設ではなく、福祉施設における受け入れの必要性や妥当性、期間の検討を行い「意見書」を作成し、そして「更生プログラム開発委員会」(学識経験者、福祉施設所長、発達障がい者支援センター、更生保護施設所長、作業療法士などで構成される。)が受け入れ先となる福祉事業所と一体となって、より具体的な更生プログラム(訓練技法、技術養成等)を行い、これを実施するというものである。
 なお、「障がい者審査委員会」は、この「判定委員会」をモデルに後記のとおり発展したものであり、「判定委員会」は、弁護士、地域生活定着支援センター所長、精神科医師、保護観察所、更生相談所、受入先となる福祉事業所長によって構成されていた。そして、①担当弁護士による事件及び対象者に関する概略の説明を受けて、②「地域生活定着支援センター」による福祉的所見、③精神科医による医学的所見、④受け入れ福祉事業所による福祉的所見、等の意見を出し合い、受け入れ福祉事業所受け入れの諾否、受け入れ機関の検討、更生プログラム開発についての助言を行い、意見書としてまとめることとなっていた。
 そのようにして、被疑者又は被告人及び保護観察付執行猶予などを受けた障がい者の、再犯防止や更生自立のための地域生活支援を行うに当たり、障がいの特性及び犯罪の状況を考慮し、更生のための適正な福祉への移行をスムーズに行うことを目的としていたのである。
「地域社会内訓練事業」の成果として、2010年(平成22年)中には、被疑者勾留中に療育手帳を取得できたケースや、介護給付の支給に繋がったケース等、福祉との連携へと繋げることを可能にした事例、執行猶予中に窃盗事件を起こし、第一審では実刑判決を受けていた被告人が、第一審後から控訴審の間に、「判定委員会」の意見等を踏まえた更生プログラムを実施した結果、その更生に向けた取り組みや広汎性発達障害等が控訴審において認められ、控訴審においては一審の実刑判決を覆し、保護観察付執行猶予判決を受けた事例もあった。

 

3 モデル事業としての「障がい者審査委員会」による支援の実施

 「触法・被疑者となった高齢・障害者への支援の研究」及びその成果としての政策提言を受けて、モデル事業が長崎県・宮城県・滋賀県の各県において行われ、「障がい者審査委員会」による審査の実施が行われた。
 この「障がい者審査委員会」とは、県との連携によって、「地域生活定着支援センター」にその事務局が設置され、福祉の専門家(更生相談所・児童相談所職員等)によって構成される。そして、弁護人又は検察官からの依頼を受けて、被疑者・被告人について、その障がいの程度、内容や家庭環境、年齢等を踏まえ、社会内での福祉的サポート等に関する調整を行い、社会内処遇に当たって必要な配慮等について助言を行うものである。
 具体的には、被疑者段階においては、弁護人からの相談依頼又は検察官からの照会を受けて、同委員会が、被疑者について、①犯罪に至った背景・要因の調査、②福祉による更生支援の必要性・妥当性の精査、③福祉による更生支援に当たっての留意点、サポートの内容について検討し、その結果を弁護人・検察官に対して報告し、弁護方針をたてる際の参考にするほか、検察官としても終局処分において考慮する、というものである。
 被告人段階においても、弁護人(場合によっては検察官)からの相談依頼を受けて、同様に審査のうえ、弁護人または検察官を通じて、裁判所に対して審査結果を報告することになる。

 

4 「障がい者審査委員会」から「調査支援委員会」へ

 「障がい者審査委員会」のモデル事業実施を踏まえて、2013年(平成25年)8月以降、「障がい者審査委員会」から「調査支援委員会」に名称を改め、新たに和歌山県・島根県の2県においても、2013年度(平成25年度)中に「調査支援委員会」のモデル事業が実施される予定である。
 両県では、「障がい者審査委員会」の実施体制を基本として、各県の実情に合わせてこれを一部変更し,実施体制が検討されている。

 

5 まとめ

 高齢又は障がいを有する被疑者・被告人に対しては、様々な側面からの支援が必要であり、「障がい者審査委員会」の設置はその第一歩に過ぎない。しかし、福祉と司法・捜査機関の連携を通じて、触法・被疑者となった高齢者・障がい者の社会定着を図るうえで、また、弁護活動における人権擁護の面からも、こうした取り組みは極めて重要である。

 もっとも、これらの事業は、現段階ではモデル事業として行われるにとどまっている。

 そこで、国に対し、「障がい者審査委員会」並びに「調査支援委員会」のモデル事業の成果を検証し、早期に本格事業化し、全国的に展開するよう求める。

以上