中弁連の意見

 1985年(昭和60年)、国連女性差別撤廃条約批准に伴う国内法整備の一環として、男女雇用機会均等法が成立した。それから20年経過した今日においても、募集・採用や賃金等の労働条件において、男女間の格差は未だ大きい。その要因には、コース別人事制度において女性が劣位の雇用区分に置かれ、また、賃金などが低いパートなどの非正規就労に圧倒的に女性が多いこと、未だに女性を男性に比較して劣った労働力と見る傾向などがある。

 現在、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」について改正の準備作業が進められているが、上記のような状態を解消するためには、改正法に、1997年(平成9年)改正で残された課題である、間接差別禁止、ポジティブ・アクション推進(義務規定化)などを明記することが必要である。そして、これらの規定が有効に機能していくためには、差別の実効性ある是正・救済を確保するための特別の規定が不可欠である。

 そこで、当連合会は、国に対し、改正法に、性による差別的取扱について、01.gif調査権限を有し、差別的取扱に対する救済是正命令・緊急命令を発することができる、独立した行政救済機関を設置する旨の規定、02.gif均等法違反に対する制裁規定、03.gif訴訟上の立証責任の転換に関する規定を新設することを求める。

2005年(平成17年)10月14日

中国地方弁護士大会

提案理由

1 はじめに

 現在、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(以下「現行均等法」という)について、労働政策審議会・雇用均等分科会において審議が進められており、2006年(平成18年)度通常国会に改正案が提出される見込みである。

 

2 現行均等法の問題点

(1)均等法は、1985年(昭和60年)に制定され、1997年(平成9年)に改正、現行均等法が成立した。
 現行均等法は、雇用の全ステージについて差別を禁止し、その実効性を確保するため、是正勧告に従わない企業名の公表規定、調停制度の規定などをおいている。

(2)しかし、調停には強制力がなく、差別に該当するか否かの裁定権限もない。実際の調停申請件数も、2002年(平成14年)度11件、2003年(平成15年)度2件、2004年(平成16年)度3件と極めて少数にとどまり、機能していない。また、企業名公表も実際には行われた例がなく、罰則を含めそれ以外の制裁規定も存在しておらず、実効性確保のための規定は極めて不十分である。

 

3 訴訟による救済とその限界

(1)1990年代以降、雇用における男女差別をめぐる訴訟は増加し、男女同一賃金原則を定める労基法4条や、民法90条を活用して、昇進・昇格差別、賃金差別を救済するいくつかの判決も出された。

(2)しかし、訴訟において、性による差別であることの立証責任は労働者の側にあるが、他方、賃金や人事制度等に関する資料は専ら事業主にある。さらに、男女間の格差が、「採用区分の違い」に基づく事案や、「職種」の違いが問題となる事案などについて、性による差別であることを立証するのは非常に困難である。
 均等法には、このような立証の困難を救済する規定はおかれていない。

(3)また、判決という形で救済が図られる範囲にも限界がある。例えば、採用について、性を理由として採用拒否がなされた場合に、現行法下で、従業員たる地位の確認判決を出すことができるかは疑問である。

 

4 均等法制定・改正によって、男女間格差は是正されたのか

(1)均等法後の女性労働
 女性の労働力率(人口に占める労働力人口の割合)を見ると、未婚女性の労働力率は大きく上昇したが、有配偶者女性については低下傾向にあり、特に、3歳以下の子どもをもつ女性の労働力率は殆ど上昇していない。均等法後も、女性は結婚や出産を契機に就労が中断する傾向にあり、年齢による労働力率カーブにおいて、20歳代後半から30歳代にかけて労働力率が落ち込む、いわゆるM字型が未だ明瞭な形で残っている。
 また、パートタイム、派遣、契約社員等のいわゆる非正規就労が増加しており、女性労働者の5割を占めるに至っている。特に1990年(平成2年)から2002年(平成14年)にかけては、女性正規労働者の減少率と非正規労働者の増加率が大きい。現在、パートタイム労働者の9割が女性であり、他方、正規労働者の7割が男性という構成となっている。

(2)男女の処遇格差
 女性の管理職への昇進の程度については、均等法施行後、増加傾向にはあるものの、未だに管理職の9割以上は男性であり、係長職でさえ、女性は1割程度である。
 男女の賃金格差は、2003年(平成15年)の女性正規労働者の所定内給与は男性の66.5%と国際的にも突出して大きい。しかもその是正速度は20年間でわずか10ポイントとあまりに遅い。賃金格差の背景には、均等法後増加したコース別人事制度(労働者を採用時から「一般職」「総合職」などのコースに分け、配置、昇進、賃金などで異なる取扱をする人事制度)がある。賃金や昇進などで不利な「一般職」に圧倒的に女性が多く、コース別人事制度をとっている企業の方がとっていない企業より男女の賃金格差が大きい。
 さらに、女性が9割を占めるパートでは、年収ベースで見た時間給は男性正規労働者の36.3%、女性正規労働者の54.2%であり、格差はむしろ拡大傾向にある。

(3)このように、コース別人事制度や非正規就労の増加などにより、均等法後も、男女の平等、格差の是正が進んでいるとは言い難い状況にある。

 

5 このような状況において、改正法には何が必要か

(1)政府は、前回の改正で残された課題として、01.gif男女双方に対する差別の禁止、02.gif妊娠、出産等を理由とした不利益取扱禁止、03.gif間接差別の禁止、04.gifポジティブ・アクションの効果的推進方策を掲げ、現在、前記審議会での審議が進められている。

(2)上記4点が今般の改正における緊急の重要課題であることは確かである。とりわけ、間接差別の禁止の明記(性を理由としない規定、基準または慣行等に基づく事業主の取扱いであっても、その適用の結果、一方の性の労働者に対して、他の性の労働者と比較して、不利益を与える場合は、性を理由とした不利益取扱いとみなすこと)、ポジティブ・アクションの義務規定化(事業主に差別是正のための積極的措置を義務付けること)は不可欠である。
 しかし、均等法の実効性を確保するための規定が極めて不十分であることが、格差の是正が進んでいない大きな原因であることもまた明らかであり、改正法においてはこの点の整備も不可欠である。

(3)即ち、まず、機能していない調停制度に替えて、使用者・労働者・公益委員の三者構成による独立した行政救済機関を設置し、調査、斡旋・調停・仲裁、差別に該当するか否かの判定、事業主に対する勧告・救済命令を行わせる制度を創るべきである。そして、救済機関には、強制力ある調査権限を与え、それを可能とする人的措置、予算措置を講じること、救済命令に違反した事業主に対する制裁規定や緊急命令の規定をおくことなどが必要である。
 それらによって、労働者は、簡易、迅速、低廉な手続で差別是正・救済を受けることができる。また、違法な採用拒否の場合に当該応募者の採用を命じること、現に採用すべき空職がない場合は、空職ができた時に当該応募者を優先的に採用するよう命じることなど、現在、訴訟・判決によっては困難な、しかし内容的に柔軟、適切、直裁、かつ、効果的な救済を実現することも可能となる。

(4)次に、違反に対する制裁規定も不可欠である。特に、企業にとって効果的な社会的、経済的制裁(企業名の公表、入札資格の制限、融資の制限等)を検討すべきである。

(5)さらに、訴訟における立証の困難を救済するために、労働者が、男女格差という性差別を疑わせる客観的事実の存在を証明したときは、事業主が、その格差が合理的な理由に基づくものであることを証明できない限り、その格差は性を理由とする差別と推定する旨の立証責任の転換規定を設けるべきである。

 

6 以上のような諸規定について、日弁連は、前回の改正にあたっても、今般の改正に向けて提出した2005年(平成17年)6月16日付意見書においても同様の意見を述べている。独立した救済機関の設置や制裁規定、立証責任の転換規定の必要性については、労働法学者や労働団体等もかねてより主張しているところである。

 しかし、これらの問題は、政府・国会のレベルでは、前回改正時の両議院での付帯決議でも言及されず、今般の改正に向けての前記検討課題にも含まれていない。審議会においても、殆ど議論されていないのが実情である。

 性による差別をめぐる訴訟は複雑化しており、簡易・迅速かつ実効性ある救済機関の設置等は今や喫緊の課題である。そこで、当連合会は、改正法において、上記規定を新設するよう強く求める。