中弁連の意見

第1 中国地方弁護士会連合会は、選択的共同親権制度が子の利益に資する運用となるよう、以下のとおり、求める。

1 裁判所に対し、父母の別居や離婚に伴う子の養育をめぐる事件の審理に関して、子の権利利益を保護する観点に留意した適切な審理運営がなされるよう、裁判官、家事調停官、家庭裁判所調査官等の裁判所職員の増員及び専門性の向上、調停室や児童室等の物的環境の充実、子が安心して意見陳述を行うことができる環境の整備など、必要な人的・物的な体制を整備すること

2 国に対し、日本司法支援センターによる民事法律扶助、DV等被害者法律相談援助制度を充実させ、上記1の体制整備のため及び児童手当・児童扶養手当給付の充実のための予算措置を講じること

3 地方公共団体に対し、

(1)選択的共同親権制度に関し、住民に対する行政サービスの一環として、専門的知見に基づいた情報提供ができるよう、相談員を拡充するなどして、相談体制を構築すること

(2)児童手当、児童扶養手当などの給付及びDVや児童虐待等の被害者保  護のための支援をより一層充実させること

(3)上記(1)及び(2)の施策のための予算措置を講じること

4 全国の弁護士会に対し、選択的共同親権制度の運用について、

(1)国、地方公共団体、裁判所、関係機関等と連携すること

(2)研修等を実施し、所属弁護士が研鑽を積む機会を設けること

第2 我々弁護士は、選択的共同親権制度について、研修を受ける等研鑽を積むよう努力する。

 

以上のとおり決議する。

 

2025年(令和7年)10月31日

中国地方弁護士大会

提案理由

 

1 2024年(令和6年)5月の民法等改正について

(1)選択的共同親権制度の導入の背景及び経過

1989年(平成元年)11月、国連総会において児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)が採択され、わが国は、1994年(平成6年)、同条約を批准した。上記条約では、「締結国は、児童の養育及び発達について父母が共同の責任を有するという原則についての認識を確保するために最善の努力を払う。父母または場合により法定保護者は児童の養育及び発達についての第一義的な責任を有する。」としている。

他方、離婚後の養育費の支払いや面会交流の実施の状況をみると、児童の養育及び発達についての父母の共同の責任が果たされているとはいいがたいのが現状であり、特にひとり親家庭の経済的貧困が社会的な問題として取り上げられ、年々その深刻さを増している。

2011年(平成23年)、民法第766条が改正され、離婚後の子の監護について、「父又は母と子との面会及びその他の交流」及び「子の監護に要する費用の分担」が明示されるとともに、これらを取り決める際には、子の利益を最も優先して考慮しなければならないとされた。そして、同改正の際の衆参両院法務委員会の附帯決議として、離婚後の共同親権・共同監護についての検討が決議された。

2021年(令和3年)2月、法務大臣から法制審議会へ、「父母の離婚に伴う子の養育への深刻な影響や子の養育の在り方の多様化等の社会情勢に鑑み、子の利益の確保等の観点から、離婚及びこれに関連する規定等を見直す必要があると思われるので、その要綱を示されたい」と諮問があった。

2024年(令和6年)2月、法制審議会から法務大臣に答申があり、父母の離婚を経験した子のおかれている状況、子育てのあり方やそれに関する国民意識の多様化、社会の各分野における女性の一層の参画といった社会情勢等をふまえ、子の利益の確保という視点で、現行民法の一切の例外を認めない単独親権の制度を修正するということが改正の基本的視点として提示された。

以上の経緯から、同年3月、法律案が閣議決定された。

(2)選択的共同親権制度の導入

2024年(令和6年)5月17日、民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)(以下「本改正法」という。)が成立した。本改正法は、現行民法が父母の婚姻中はその双方を親権者とする一方で、父母の離婚後は必ずその一方のみを親権者と定めなければならないとしている点を見直し、父母の離婚後もその双方を親権者とすることができる選択的共同親権制度を導入した(改正民法第819条)。

諸外国においては、共同親権を原則とする立法の動きがみられ、これらの動きも、離婚後の共同親権を可能とする法改正の背景にある。もっとも、共同親権を原則とする制度下においては、DVや児童虐待がある場合に、子どもが暴力や虐待から守られるか問題となっている国もあり、共同親権を原則とする立法論に対しては慎重な検討がなされてきた。本改正法は、単独親権・共同親権のいずれも原則としない選択的共同親権制度を採用した。これは、子の利益の観点から、多様性を確保する一方で、DVや児童虐待がある場合にこれらが離婚後も継続するリスクへの懸念を考慮した結果といえる。

(3)選択的共同親権制度の概要

本改正法によれば、父母が協議離婚をするときは、父母の協議でその双方又は一方を親権者と定め(同条第1項)、裁判上の離婚をするときは、裁判所が、父母の双方又は一方を親権者と定めるとされている(同条第2項)。

裁判所が父母の双方を親権者と定めるか、その一方を親権者と定めるかを判断するにあたっては、子の利益のため、父母と子との関係、父と母との関係その他一切の事情を考慮しなければならないが、父母の双方を親権者と定めることにより子の利益を害すると認められるときは、必ず父母の一方を親権者と定めなければならない。父母の双方を親権者と定めることにより子の利益を害すると認められるときとは、「父又は母が子の心身に害悪を及ぼすおそれがあると認められるとき」(同条第7項第1号)、「父母の一方が他の一方から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動を受けるおそれの有無」、親権者の定めについての「協議が整わない理由その他の事情を考慮して、父母が協同して親権を行うことが困難であると認められるとき」(同項第2号)等である。

また、子の利益のため必要があると認めるときは、家庭裁判所は、子又はその親族の請求によって、親権者を変更することができる(同条第6項)。親権者を変更することについて、子の利益のため必要があるか否かを判断するにあたっては、父母の協議により定められた親権者を変更する場合には、協議の経過、その後の事情の変更その他の事情を考慮する。そして、協議の経過を考慮するにあたっては、父母の一方から他の一方への暴力等の有無、家事事件手続法による調停の有無又は裁判外紛争解決手続の利用の有無、協議の結果についての公正証書の作成の有無その他の事情を勘案するとされている(同条第8項)。

さらに、父母が婚姻関係になく、父が認知した子に対する親権は、母が行うとし、父母の協議で、父母の双方又は父を親権者と定めることができる(同条第4項)。

(4)親権の行使方法

現行民法は、父母の婚姻中、父母双方が親権者であるときは、父母が共同して親権を行うと定めている。本改正法では、父母双方が親権者である場合において、「子の利益のため急迫の事情があるとき」や「監護及び教育に関する日常の行為」をするときには、親権の単独行使が可能であるとされた(改正民法第824条の2第1項第3号、同条第2項)。

そして、父母双方が共同で親権を行うべき事項について父母の意見が対立した場合に対応するため、家庭裁判所が、父母の一方を当該事項についての親権行使者と定めることができる手続きを新設した(同条第3項)。

(5)監護について

現行民法は、父母の離婚後に、親権者の定めとは別に、監護者の定めその他子の監護について必要な事項を定めることができると定めている。本改正法では、父母の離婚後の子の監護について、父母が分担する監護の分掌を定めることができるとされている(改正民法第766条第1項)。監護の分掌の定めの有無や内容は、他の子の監護に関する事項の定めと同様に、離婚をする父母の協議により定めることができ、父母の協議が整わないとき又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、父又は母からの申立てを受けて、子の利益を最も優先して考慮した上で、当該父又は母が求める定めをすることの必要性や相当性を判断することになる。

 

2 選択的共同親権制度の課題(本改正法制定過程における懸念事項)

(1)DVや児童虐待等を防止して親子の安全・安心を確保する必要性があること

法制審議会家族法制部会及び立法過程においては、DVや児童虐待等が離婚後共同親権により継続するおそれや離婚前に子連れで別居することが制限される可能性への懸念が示された。

そこで、本改正法では、上記1(3)選択的共同親権制度の概要で述べたとおり、必ず単独親権と定めなければならない事由を設けた。

また、共同親権のもとにおいても、監護及び教育に関する日常の行為に係る親権の行使を単独ですることができるとする(改正民法第824条の2第2項)など、親権者の一方が単独で親権を行使できる場合を定めている。これは、離婚後に共同親権が選択された場合を主に念頭に置き、共同親権により生じ得る子の不利益を避ける趣旨で設けられたものである。法制審議会家族法制部会では、このような場合に該当する具体例として、入学試験の結果発表後の入学手続きを一定期間内にすべき場合、DVや子への虐待から避難する必要がある場合、緊急に医療行為を受けるために診療契約を締結する必要がある場合などが挙げられた。

さらに、親権変更の申立てがなされた場合、それが父又は母の真意による判断であるかどうかを慎重に検討するため、「家庭裁判所は、父母の協議により定められた親権者を変更することが子の利益のために必要であるか否かを判断するにあたっては、当該協議の経過、その他の事情の変更その他の事情を考慮するものとする」(改正民法第819条第8項)として、事情変更の有無だけではなく、協議の経過も判断基準として挙げた。

そして、衆議院及び参議院において、概要、次のアないしエの附帯決議がなされており、DVや児童虐待等を防止して親子の安心・安全を確保するための対策等が要請されている。

ア 施行後の本法改正後の家族法制による子の利益の確保の状況、親権者の指定等における父母の真意の反映の程度、DVや児童虐待等を防止して親子の安心・安全を確保するものとなっているか等について不断に検証し、必要に応じて法改正を含むさらなる制度の見直しについて検討を行うこと

イ 本改正法により家庭裁判所の業務負担の増大及びDV・虐待のある事案への対応を含む多様な問題に対する判断が求められることに伴い、裁判官、家事調停官、家庭裁判所調査官等の裁判所職員の増員及び専門性の向上、調停室や児童室等の物的環境の充実、オンラインによる申立てやウェブ会議の利用の拡大による裁判手続きの利便性の向上、子が安心して意見陳述を行うことができる環境の整備など、必要な人的・物的体制の整備に努めること

ウ 司法手続きにおける利用者負担の軽減を図るため、法テラスによる民事法律扶助、DV等被害者法律相談援助や地方公共団体における支援事業など、関係機関との連携を一層強化し、必要な施策の充実に努めること

エ DV及び児童虐待が身体的な暴力に限られないことに留意し、DVや児童虐待の防止に向けて、被害者支援の一環としての加害者プログラムの実施の推進を図ることを含め、関係機関と連携して被害者の保護・支援策を適切に措置すること。また、居住地や勤務先・通学先等が加害者に明らかになること等によるDV被害や虐待の継続、SNSなどインターネット上の誹謗中傷や濫訴等の新たな被害の発生を回避するための措置を検討すること

(2)共同親権下において単独で行える行為が曖昧なこと

離婚後共同親権を選択した場合でも、子と同居している親と別居している親がいる生活実態は現行法下と変わりがないことが多いと予想される。にもかかわらず、共同親権を選択すると、すべての事柄について、双方の親が判断しなければならないことになると、判断までに時間を要し、かえって子の利益に反するおそれがある。そこで、本改正法では、親権の行使方法について規定し、①監護及び教育に関する日常行為(改正民法第824条の2第2項)、②子の利益のため急迫の事情があるとき(同条第1項第3号)、③家庭裁判所で定めた「特定事項」(同条第3項)の場合、単独で親権を行使できるとした。

しかし、具体的にどのような事項が上記①や②にあたるかが明らかでないと、どのような場合に単独親権を行使できるのかわからないことに変わりがなく、子の利益のために、迅速かつ適切な対応ができなくなる。

そこで、本改正法の制定過程における、衆議院及び参議院の附帯決議でも「特に、親権の単独行使の対象となる民法第824条の2各項の「急迫の事情」、「監護及び教育に関する日常の行為」、「特定事項」及び第766条第1項の「子の監護の分掌」等の概念については、その意義及び具体的な類型等をガイドライン等により明らかにすること」とされた。

弁護士においても、国や裁判所に対し、ガイドライン等の作成周知を求めるとともに、相談者や相談業務を連携して行う地方公共団体に対し、適切な情報を提供できるよう研鑽していかなければならない。

(3)子の意思を聴く機会を確保する必要があること

この度の民法改正において、「子の意思の尊重」の明文化はなされなかった。もっとも、これは子の意思を尊重しなくともよいことを意味するのではない。例えば、親権を定める場合の判断基準である「父母と子の関係」、「その他一切の事情」(改正民法第819条第7項)を検討する中で、子の意思も考慮すべきとされる。そうすると、子どもの人格の尊重の観点から、子どもの意見に耳を傾け、その意見を適切な形で尊重することが求められるべきなのである。

そのために、父母が離婚する際の親権のあり方についても、子の意思を聴く機会を確保していく必要がある。現在、家庭裁判所の調査官による調査等や子の手続代理人制度があるところ、これらをより充実したものにする必要がある。

本改正法の制定過程における、衆議院及び参議院の附帯決議でも「子の利益の確保の観点から、本法による改正後の家族法制による子の養育に関する事項の決定の場面において子自身の意見が適切に反映されるよう、専門家による聞き取り等の必要な体制の整備、弁護士による子の手続代理人を積極的に活用するための環境整備のほか、子が自ら相談したりサポートが受けられる相談支援のあり方について、関係府省庁を構成員とする検討会において検討を行うこと」とされた。

子の手続代理人制度を子が積極的に利用できるよう、弁護士は同制度の利用を推し進めるべきであり、また、費用負担を理由に利用をためらうことのないよう、未成年者が民事法律扶助を単独で利用できるようにする必要がある。そして、未成年者(子)のための代理援助については、立替償還制ではなく、給付制への変更や償還免除を拡充すべきである。

(4)児童手当等社会保障給付などが後退するおそれ

共同親権が選択され、父母双方が親権者となることにより、養育費が少なくなるのではないか、また、児童手当等社会保障給付がどうなるのかという懸念もある。

例えば、現在、同居親に児童手当が支給され、同居親の所得に応じて児童扶養手当が支給され、障がいを有する児童の同居親に特別児童扶養手当(所得制限あり)が支給されている。また、親権者の収入により、義務教育の就学援助制度や高等学校等就学支援金制度がある。税制上は、同居親には所得税の扶養控除やひとり親控除が認められている。これらが、共同親権を選択した場合にどうなるのかが心配されている。

しかし、共同親権を選択したとしても、同居親と別居親がいる現状と生活状況が大きく変わるものではない。そして、本改正はひとり親の貧困の改善が求められる中で、子の利益の確保等の観点から行われたものであり、子の利益にならない解釈は許されるものではない。

制定過程における、衆議院及び参議院の附帯決議でも「離婚後の養育費の受給や親子交流等が適切に実施されるよう、我が国における実情調査のほか、諸外国における運用状況に関する調査研究等を踏まえ、養育費・婚姻費用について裁判実務で用いられている標準算定表を参照して取り決められる額が適正なものとなるための配慮等を含め、国自らによる取組の在り方に加え、民間の支援団体や地方公共団体の取組等への支援の在り方について検討を行うこと。また、調査研究に当たっては、公的機関による養育費の立て替え払い制度など、養育費の履行確保のさらなる強化について検討を深めること。」、「本法の下で新たな家族法制が円滑に施行され、子の利益を確保するための措置が適切に講じられるよう、関係各府省庁等が連携して必要な施策を実施するための体制整備を進めること。また本法の施行に伴い、税制、社会保障制度、社会福祉制度等への影響がある場合には、子に不利益が生じることはないかという観点に留意して、必要に応じて関係府省庁が連携して対応を行うこと」とされた。

弁護士会においても、地方公共団体等関係各所と連携し、また、実務にかかわる団体として、関係機関に情報を提供しながら、本改正により、子どもの利益が害されないよう配慮していく必要がある。

 

3 子の利益に資する運用がなされるために求められること

(1)家庭裁判所の人的・物的な体制整備

今後、本改正法が施行された場合、家庭裁判所はこれまで以上に大きな役割を果たすことになり、その負担増大は必至である。増加が予想される子の監護に関する事件をはじめとする各種家事事件を、適正かつ迅速に判断し、もってあまねく全国でそのニーズにこたえていくためには、本庁・支部・出張所を問わず、裁判官、家事調停官、家庭裁判所調査官等の裁判所職員の増員及び専門性の向上を図るほか、調停室、待合室等の物的体制を充実すること、また、本改正法が最優先する「子の利益」に資する運用がなされるために、子が安心して意見陳述を行うことができる環境の整備を行うこと及びそのための財源が確保されることが必須である。

(2)法律相談の体制整備及び費用負担軽減の措置

選択的共同親権制度の導入により、今後、離婚協議をすることになる当事者のみならず、すでに離婚した子をもつ当事者についての相談ニーズが高まると予想される。また、相談にとどまらず、司法手続きを利用することによる当事者の費用負担が増大することも懸念される。そのため、国によって、日本司法支援センターによる民事法律扶助、DV等被害者法律相談援助の制度の充実化を図り、当事者の費用負担軽減の措置が講じられることが必要である。

(3)ひとり親やDV・児童虐待等の被害者支援の充実化

国と地方公共団体による既存の税制・社会保障制度におけるひとり親支援については、離婚後の共同親権の導入により、子に不利益が生じることのないよう、子の権利利益の観点から、給付による支援をより一層充実させることが求められる。また、DVや児童虐待等の被害者の保護ないし支援も、選択的共同親権制度の導入により後退させることなく、より一層実効性のある体制を整えることが求められる。

(4)市民への情報提供

選択的共同親権制度については、漠然とした不安や誤った知識を持つ市民は少なくない。地方公共団体は、専門的知見に基づいた情報提供ができるよう相談員を拡充するなどして相談体制を構築することが必要である。

(5)弁護士会及び弁護士の取組

弁護士会及び弁護士は、選択的共同親権制度の運用について、子の利益に資する運用がなされるよう、国、地方公共団体、家庭裁判所、関係機関等と連携していくことが求められる。また、弁護士会として、所属する弁護士が研修等により、研鑽を積む機会をもうけるとともに、各弁護士も、基本六法の一つである民法の改正によって創設された選択的共同親権制度について、研修を受ける等研鑽を積むよう努力をし続けることが大切である。

 

以上の理由から、本決議を提案するものである。

 

以上