中弁連の意見
2023年(令和5年)3月16日
中国地方弁護士会連合会
理事長 池 上 忍
第1 声明の趣旨
1 当連合会は、宇部拘置支所の収容業務を停止して、以後は同拘置支所が行ってきた収容業務を下関拘置支所に集約するという法務省の決定に対し、強く反対する。
2 宇部拘置支所が老朽化しているのであれば、必要に応じて修繕又は建替えを行い、同拘置支所における収容業務を継続することを求める。
3 拘置支所の廃庁や収容業務停止については、必ず十分な期間をとって事前に当該施設所在地弁護士会と誠実に協議を行い、同弁護士会の同意のもとに行うことを求める。
第2 声明の理由
1 はじめに
⑴ 拘置支所は主として、罪を犯したという疑いをかけられて勾留された未決拘禁者を収容するために使用される施設である。
当連合会所属の山口県弁護士会に対応する山口県宇部市に設置された宇部拘置支所は、主として宇部市・山陽小野田市管内の捜査機関により検挙された未決拘禁者(その多くは宇部市・山陽小野田市在住者である。)を収容するために使用されてきた。
宇部拘置支所は、山口地方検察庁宇部支部庁舎と一体のものとして1972年(昭和47年)に建築された。収容定員は35名であるところ、矯正統計年報によれば、2021年(令和3年)の1年間で、被告人は延べ2284人(1日当たり6.3人)、これに被疑者、受刑者、労役場留置者を含めると延べ3624人(1日当たり9.9人)が収容されている。
なお、宇部拘置支所は、山口地方裁判所宇部支部庁舎に隣接しており、同支部に起訴される刑事事件は年間約100件にのぼる。
⑵ 山口県弁護士会は、2022年(令和4年)9月12日、法務省広島矯正管区担当者、山口刑務所長等から同年11月末日をもって宇部拘置支所の収容業務を停止し、停止後は下関拘置支所に集約することが決定した旨の説明を受けた。収容業務を停止する主な理由は、施設の老朽化であるが、宇部拘置支所の建替えは庁舎管理権を持つ検察庁の所管であり、山口刑務所としては建替えの予定は不明であるとのことであった。
なお、下関拘置支所は、宇部拘置支所から自動車で片道1時間以上を要する位置にある。
⑶ その後、収容業務を停止する期限については、2022年(令和4年)11月末日から延期され、正式な通知はないが2023年(令和5年)3月末日までとする方針に変わったようである。
2 宇部拘置支所の収容業務停止によって発生する弊害について
⑴ 接見交通権の侵害となること
被疑者・被告人が弁護人の助言を得ることは憲法上の権利であり、最大限尊重されなければならない(憲法第34条前段)。この弁護人依頼権に由来する権利として、弁護人との接見交通権が定められている(刑事訴訟法第39条第1項、1999年(平成11年)3月24日最高裁判決「安藤・齋藤国賠事件」)。被疑者・被告人の権利を実質的に保障するためには、弁護人による接見交通権の行使は容易でなければならない。
山口地方裁判所宇部支部に起訴される刑事事件は年間約100件にのぼるところ、被疑者段階で選任される弁護人のほとんどは宇部市・山陽小野田市内の弁護人であるが、宇部拘置支所での収容業務が停止され、下関拘置支所に集約されることになると、弁護人は自動車で片道1時間以上を要する遠方まで接見に行くことを強いられる。それでは、被疑者・被告人は速やかに弁護人の助言を受けることができなくなるし、弁護人にも加重な負担となる。
加えて、公判は従前どおり山口地方裁判所宇部支部で開かれることから、被告人は公判のたびに下関拘置支所から狭い車内に拘束されて往復2時間以上の長時間に及ぶ押送の負担を強いられることとなる。
よって、宇部拘置支所の収容業務停止は、接見交通権の重要性、被疑者・被告人及び弁護人の過重な負担に対する認識と配慮を欠いた決定と言わざるを得ず、到底容認することはできない。
⑵ 被疑者・被告人の社会復帰・再犯防止を妨げること
2021年度の全部執行猶予率は60%を超える(令和4年版犯罪白書)。すなわち、相当数の被告人は、裁判を終えると直ちに社会に戻ってくるのである。
被告人は、身元引受人、福祉関係者あるいは医療機関等の社会資源による支援を受けることを条件に、勾留を解かれ、あるいは、刑の執行を猶予されるなどして、社会復帰する場合も多い。特に、障がいが疑われる被告人や高齢で身寄りのない被告人の場合には、社会資源に結びつける環境調整、いわゆる入口支援は再犯防止の観点からも近年の重点政策課題とされている。このような社会資源による支援体制を構築するためには、弁護人のみならず、身元引受人や関係者と面会し、緊密に社会復帰に向けた計画を立てることが不可欠である。そして、実効性のある社会復帰計画を立てるには、被告人が生活の本拠を置く地域の社会資源とつながることが不可欠である。
しかるに、宇部拘置支所の収容業務が停止され、被疑者・被告人が生活圏内から遠隔地となる下関拘置支所に収容されると、時間と費用の面からも社会資源から分断されてしまい、早期の社会復帰・再犯防止を妨げることとなる。
3 収容停止の理由と決定に至る手続上の問題点について
⑴ 法務省として宇部拘置支所の修繕又は建替えを検討した形跡がないこと
前項において指摘したとおり、宇部拘置支所の収容業務停止によって 発生する弊害は重大なものである。にもかかわらず、法務省には修繕又は建替えを検討した形跡が全く見受けられない。施設の老朽化が原因なのであれば、まずはその修繕又は建替えに必要な費用を算定し、財務省と交渉して予算を確保する努力をすべきものである。このような努力を怠っておきながら、一方的に宇部拘置支所の収容業務を停止することは断じて許されない。
⑵ 決定に至る手続に問題があること
山口県弁護士会が今回の決定について法務省や山口刑務所から説明を受けたのは、2022年(令和4年)9月12日であり、収容業務停止が予定されていた同年11月末の僅か2か月半前であった。さらに、同日の説明によれば、決定にあたり山口県弁護士会を含め関係機関に対する意見照会やヒアリング等は一切行われておらず、僅か3か月程度の検討期間で収容業務停止の決定に至っている。その後、収容業務停止時期が延期され、令和5年1月13日、山口県弁護士会に対して、法務省広島矯正管区担当者、山口刑務所長等から再度説明が行われたが、同じ内容の説明を繰り返すばかりで収容業務停止以外の方法が検討されたことは全く窺われず、山口県弁護士会を含め関係機関に対して十分な説明が尽くされたとはいえない。
また、山口県では、宇部拘置支所の収容業務停止は、2021年(令和3年)4月の萩拘置支所の廃庁に続く動きである。全国的にも毎年のように拘置支所の収容業務の停止・廃庁が行われており、拘置支所の適正な配置について十分な配慮がなされているとは言い難い状況にある。全国的に見ても決して少なくない人数を収容している宇部拘置支所でさえ一方的な決定で収容業務を停止し、修繕又は建替えも検討しないという法務省の姿勢には強い危惧感を持たざるを得ない。宇部拘置支所の収容業務停止は、決して一地方の問題にとどまることなく、さらなる拘置支所の統廃合に拍車をかけることになりかねない。これは、全国の弁護士の弁護活動に重大な弊害を生じさせ、多数の被疑者・被告人の人権保障に看過できない問題を生じさせるものである。
4 地元自治体の要望について
地元自治体も宇部拘置支所の収容業務停止の重大性を重く受け止め、山口県議会、宇部市議会及び山陽小野田市議会は、国に対して宇部拘置支所の収容業務の継続を求める旨の意見書を採択した。また、報道によれば、山口県市長会は、本年5月に開催される中国市長会で宇部拘置支所の収容業務継続を求める議案を提出するとのことである。
このような地元の民意を無視することは許されない。
5 結語
以上のとおり、宇部拘置支所の収容業務の停止決定は、被疑者・被告人及び弁護人の接見交通権を侵害し、防御権を大きく制約するものであるとともに、被疑者・被告人の早期の社会復帰・再犯防止を妨げるものであって、継続を求める民意にも反するから、到底容認することはできない。
よって、当連合会は、このような決定に対して強く反対するとともに、宇部拘置支所については必要に応じて修繕又は建替えを行い、同拘置支所における収容業務を継続するよう求める。
あわせて、今後の拘置支所の廃庁や収容業務停止については、必ず十分な期間をとって事前に当該施設所在地弁護士会と誠実に協議を行い、同弁護士会の同意のもとに行うことを求める。
以上