中弁連の意見
議 題
山口県弁護士会
司法試験の合格者数を適正水準まで
削減するよう求める議題
司法試験合格者の大幅増員は弁護士志望者の就職難並びに法曹の質の低下をもたらすおそれが大であるから、法曹に対する需要の予測と司法試験の合格水準の検証を行い、速やかに司法試験合格者数を適正水準まで削減するよう関係各機関に求める。
提案理由
1 法曹人口大幅増員の経緯
政府は、2002年(平成14年)、司法制度改革審議会の意見を受けて法曹人口を大幅に増員する方針を立て、司法試験合格者数を2010年(平成22年)ころには3,000人程度とする内容の司法制度改革推進計画を閣議決定した。これにより、全国に74校の法科大学院が設立され、2006年(平成18年)には最初の法科大学院卒業生を対象とする新司法試験に1,000人余りが合格した。2007年(平成19年)には旧司法試験と新司法試験に合格した約2,500人が司法修習を修了し、新法曹人として業務を開始することになる。
2 司法修習修了者の就職難
ところが、このうち大多数を占める弁護士志望者の就職が極めて厳しい状況にある。日本弁護士連合会(以下「日弁連」という)は昨年からこの状況を予測し、全国の法律事務所に新人弁護士の採用をさかんに呼びかけ、新たな雇用形態として無給で法律事務所内に机だけ置かせてもらう「ノキ弁」の提案まで行ったが、志望者全員の雇用が果たされるか楽観できない状況にある。
他方、相応の需要があるとされていた企業や官庁における弁護士資格者の採用意欲は現実には微々たるもので、法律事務所以外への就職は低迷している。このような現状を打開するため、日弁連は日本経済団体連合会に働きかけ、2007年(平成19年)7月9日には「企業経営の新しい課題と企業法務、企業内弁護士に関するシンポジウム」を開催するなどして需要の開拓に努めているものの楽観できる状況にはない。法律事務所への就職は、現在はまだ東京や大阪などの大都市や弁護士人口の少ない地方に雇用吸収力が残存しているが、裁判官や検察官の増員は多くを期待し得ない状況にあり、日本経済がおおむね回復基調にあるとはいえ、少子化の時代を迎え、法律事務所だけで2010年(平成22年)以降毎年生まれる3,000人の司法試験合格者に対応できるだけの雇用が創出され続けるかは予断を許さない。
3 法曹としての質の低下
司法試験合格者3,000人体制のもと毎年2,700人の新人弁護士が誕生し続けると、平均稼働期間を40年と仮定した場合、40年後には10万人の弁護士人口となる。2007年(平成19年)4月現在の弁護士登録数は約2万3,000人であるから、4倍以上の増加となる。
他方、我が国は少子化が進み50年後には総人口が9,000万人弱にまで減少すると予想され、また、高齢化の進展により就業人口及び国内総生産の減少も懸念されるなか、果たして10万人もの弁護士が必要とされるかは疑問である。日弁連は、2000年(平成12年)11月1日の臨時総会において適正な法曹人口の算出について種々のアプローチから概ね5万人程度という試算数値を紹介し、司法制度改革審議会も、2018年(平成30年)ころまでに実働法曹人口を5万人規模とする意見を出しているが、これらの数値と比較しても2倍である。
今後、弁護士に対する需要が拡大していかない場合、全国各地に弁護士がひしめき合い、弁護士・法律事務所間の競争が激化することとなる。これは、一方では自由競争の促進により法律事務所の敷居を低くすると言えるが、他方では就職浪人や経済的基盤の不安定な弁護士を多数生み出し、過当競争を招く。そして、厳しい生存競争にさらされた弁護士がプロボノ活動などは止めてしまい、依頼者の犠牲のもとに営利獲得に走るのではないか、基本的人権の擁護と社会正義の実現という弁護士の使命をなおざりにしていくのではないか、ということさえ懸念されるのである。
このような事態になれば、弁護士としての職業倫理は崩壊し、弁護士に対する国民の信頼も低下していくこととなる。さらに、優秀な人材が法曹を目指さなくなり、ひいては法曹全体の質が低下し、その結果、司法全体に対する国民の信頼も揺らぎ、弁護士や司法に法的解決を委ねようという需要もなくなっていく。そうなれば弁護士間の生存競争は更に激化し、更なる質の低下を招くという悪循環に陥る。このような負のスパイラルに一旦陥れば、そこから脱することは極めて困難となる。
もとより、日弁連は、会員数増加に対応して、弁護士の質の維持・向上のための方策を講じているところであるが、それで万全とは言い難いであろう。
4 実証的な需要予測の必要性
司法制度改革では法曹増員の結論ありきで議論が始った感があり、何故、どこに、どの程度の法曹が必要なのかが実証的に検討されてこなかった。「市民のために」のかけ声のもと先進諸国の法曹人口との量的比較を根拠に、司法コストを抑制したい経済界からの要望が規制緩和の波に乗って実現されたことは否定できない。しかし、経済界にも法曹に対する具体的な需要が存在したわけではなく、そのことが既に司法試験合格者の就職難として表面化しつつある。
そもそも、先進諸国と我が国の法曹人口を単純に比較して我が国の法曹人口が著しく不足しているとした司法制度改革審議会の指摘が誤りであった。我が国では、法律事務を取り扱う職種として、弁護士以外にも司法書士(1万8,000人)、弁理士(7,000人)、税理士(6万9,000人)、行政書士(3万9,000人)、社会保険労務士(3万1,000人)、土地家屋調査士(1万8,000人)などが存在するが、諸外国では職務区分が異なっており、これら隣接法律専門職種をも弁護士が取り扱っている場合がある。したがって単純に弁護士の数だけを国際比較した論拠には問題があったと言わざるを得ない。
需要なき法曹の大幅増員により需給のバランスが崩れれば、弁護士志望者の就職がより困難となっていくだけでなく、すでに登録している弁護士も過当競争から幅広い教養と豊かな人間性を基礎にした十分な職業倫理を保持する余裕を失っていくおそれが大である。質の高い司法を維持し、発展させるためにも、改めて我が国における法曹に対する需要が、どこに、どの程度存在するのかを実証的に調査・検証し、その成果に基づいて将来の適正な法曹人口を算出する必要がある。
5 司法試験合格水準の維持
2004年(平成16年)の司法試験合格者を1,500人程度に増加させるとした司法制度改革推進計画の数値目標に従って年間の司法試験合格者が初めて約1,500人となった後に実施された2006年(平成18年)の司法修習生考試(いわゆる二回試験)において、1,493人中107人の司法修習生が不合格又は合格留保となった。司法試験合格者の増加に比例した司法修習生考試における不合格者等の増加傾向は、少なからず予想はされたものの、関係者に驚きをもって受け止められた。司法試験における合格者数が大幅増ありきで定められたため、法曹としての知識・能力に乏しい人材が合格し、実務修習や司法研修所での修習では対処しきれなかったのではないかと懸念される。今後、司法試験合格者が3,000人となれば、2~3年の法科大学院の履修期間とその後の1年間の司法修習期間の合計3~4年間を一連の法曹養成期間と考え、司法試験をその通過点として法曹を養成するとの観点から関係者が法曹養成のために一致協力してあたったとしても、十分な知識・能力を得られない人材が法曹として輩出され、厳しい生存競争のなかでOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)もままならず、資質向上の機会を得られない状態が生ずるのではないかと危惧されるところである。
弁護士が国民の基本的人権の擁護と社会正義の実現という使命を担う以上、司法修習を修了すれば、法曹として活動を行うことのできる一応の能力を備えていなければならないのであるから、司法試験においても一定の合格水準を確保すべきであり、法曹人口がどうあるべきかということとはまた違う視点から、すなわち、法曹の使命を全うするに足る知識・能力を具備した者を合格させるという視点から、司法試験の水準をどこにおくべきかということを、今一度検証し直す必要に迫られている。
6 まとめ
21世紀における我が国の司法を支える基盤としての法曹の質は、国民の権利義務に直結する問題であり、法曹人口及び司法試験の合格水準のあり方は法曹の質の確保を図ることを大前提として議論すべきものであって、最初に増員ありきで決すべきものではない。また、弁護士志望者の就職難はその人生を大きく狂わせるとともに、早晩優秀な人材が法曹を目指さなくなり法曹の質を低下させてしまう危険をはらんだ深刻な問題であって、看過することはできない。
以上の理由により、本提案に及んだ次第である。
以上