中弁連の意見
議 題
島根県弁護士会
全面的な国選付添人制度の実現を求める議題
国(国会、政府)に対し、少年法を速やかに改正し、国選付添人制度の対象事件を、少年鑑別所送致の観護措置決定により身体拘束された少年の事件全体に拡大することを求める。
以上
提案理由
1 少年事件における弁護士付添人の必要性
少年は、成人に比して精神的に未成熟であり、被暗示性、迎合性が強いという特性をもっているため、虚偽の自白により冤罪が生じる危険性がある。自白事件であっても、非行事実の認定や保護処分の必要性の判断を適正に行い、適正手続きに従った少年審判手続きを保障するために、弁護士付添人の関与は不可欠である。
また、弁護士付添人は、少年の立場に立って事件をとらえ、被害弁償等被害回復の措置をとる、家庭・学校・職場等少年を取りまく環境の調整を行うなどして、少年の立ち直りを支援する活動を行っている。
少年たちの多くは、家庭で虐待を受け、あるいは、学校で疎外されるなど、どこにも居場所がなく、信頼できる大人に出会えないまま、非行に至っている。少年審判において、そのような少年を受容・理解した上で、少年に対して法的・社会的な援助をし、少年の成長・発達を支援する弁護士付添人の存在は、少年の更生にとって極めて重要である。
2 現行国選付添人制度では、身体拘束された少年の約3.7%しかカバーされていないこと
現行の国選付添人制度は2007年(平成19年)11月から導入されたが、その対象事件は 故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪、 死刑又は無期若しくは短期2年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪、という重大事件に限定され、しかも、家庭裁判所が「弁護士である付添人が関与する必要があると認めるとき」に裁量で付すことができる制度に止まっている。
その結果、家庭裁判所に送致され観護措置決定により少年鑑別所に収容された少年1万186人のうち、国選付添人が選任された少年は、わずか378人(約3.7%)に過ぎない(2011年(平成23年))。
2009年(平成21年)5月21日以降、いわゆる必要的弁護事件については、被疑者段階から国選弁護人を選任できることになったため、少年も、窃盗、傷害などの必要的弁護事件について、被疑者段階においては国選弁護人が選任されることになった。
成人であれば、起訴されると同時に被告人国選弁護人が選任される。
しかし、少年については、上記のとおり国選付添人制度の対象事件が極めて限定されているため、被疑者段階で国選弁護人が選任されながら、家庭裁判所送致後は、国選付添人が選任されないことが殆どである。国選付添人制度の対象外事件で少年が弁護士付添人の援助を受けるためには、私選付添人を選任しなければならないが、少年の多くは資力に乏しく、結果として、成人より防御能力に劣る少年の方が弁護士による援助を受けられないという事態が生じることになる。
3 付添人を確保するための日本弁護士連合会、各弁護士会の取組み
国選付添人制度が極めて限定的な中で、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)及び全国の弁護士会は、身体拘束を受けた全ての少年に対して弁護士付添人の援助を受ける権利を保障すべく、取組みを進めてきた。
まず、資力に乏しい少年に弁護士付添人の援助を実質的に保障するためには弁護士費用の援助が不可欠である。日弁連は全ての会員から特別会費を徴収して当番弁護士等緊急財政基金(2009年(平成21年)6月以降はこれを引き継いで少年・刑事財政基金)を設置し、これを財源として資力のない少年に弁護士費用を援助する少年保護事件付添援助制度(以下「付添援助制度」という。)を実施している。現在、全国の会員から月額4,200円の特別会費を徴収し、付添援助制度による少年保護事件の援助件数は2011年度(平成23年度)で8,742件(終結件数)、援助総額は約8億4,533万円に上っている。
また、福岡県弁護士会が、身体拘束された全ての少年を対象に「全件付添人制度」を実施したことを受けて、全国の弁護士会で、少年が希望すれば無料で弁護士が面会する当番付添人制度の実施を目指して取組みを進め、2009年(平成21年)11月には全国での実施が実現し、さらに、対象事件や対象年齢を拡大する取組みも進め、既に50弁護士会で、身体拘束事件全件を対象とした当番付添人制度を実現している。
さらに、各弁護士会では、被疑者国選弁護人を務めていた弁護士が当該少年の家裁送致後も、上記付添援助制度の利用により引き続き付添人として活動する(やむを得ず継続できない場合は他の弁護士が付添人として活動する)体制作りを進めている。
以上の取組みの結果、弁護士付添人選任数・選任率は飛躍的に上昇し、全国で、観護措置決定に占める弁護士付添人の選任割合は、2006年(平成18年)が26.5%に過ぎなかったのに対し、2011年(平成23年)には72.3%に上った。
4 中国地方各弁護士会の取組み
中国地方の各弁護士会においても、少年が弁護士付添人の援助を受ける権利を保障すべく、取組みを進めてきた。
広島弁護士会では、当番弁護士として出動した事件については全件弁護人となり、家裁送致後も引き続き付添人となるよう会員に協力を要請するとともに、付添人になることができない会員に代わり弁護人さらに付添人となる者の名簿を作成して、少年が被疑者段階から継続して弁護士の援助を受ける権利を保障すべく取り組み、また、定期的に会員研修やシンポジウムを実施したり、少年に対し当番弁護士について積極的に説明するよう裁判所に申し入れるなど、付添人活動の拡充を図っている。
山口県弁護士会は、2009年(平成21年)4月から、身体拘束事件全件を対象とする少年当番弁護士制度を実施し、また、少年について被疑者国選弁護人となった場合は、家裁送致後も引き続き付添人として活動するよう会員に広報し、少年事件に限らず子どもの事件を取り扱う弁護士名簿の作成にも取り組んでいる。また、県内にある少年鑑別所は山口少年鑑別所(山口市)のみであるところ、多くの会員が所在する下関支部管内からは遠距離であるため、距離の近い小倉少年鑑別所を利用できるようにするための取組みも行っている。
岡山弁護士会は、2006年(平成18年)11月から、週1回少年鑑別所で当番の会員が待機して少年の面会希望に応じる形での当番付添人制度を開始し、2007年(平成19年)10月からは、少年の面会希望に応じて出動する形で実施し、該当会員に対しては可能な限り受任するよう呼びかける書面を交付している(なお、少年については、被疑者段階で当番弁護士の出動を要請していても、鑑別所での弁護士出動要請があれば応じることにしている)。また、家裁との間で、裁量的国選付添人事件について一定の書式を用いることで付添人選任をすることを合意している。被疑者国選弁護人に交付する書面に、家裁送致後引き続き付添人につくことを促す注意書きを記している。
鳥取県弁護士会でも、2007年(平成19年)11月から、身体拘束事件全件を対象とする当番付添人制度を実施し、2009年(平成21年)7月には被疑者国選弁護人となった会員が家裁送致後に付添人とならない場合は会に連絡し、付添人を確保する体制を整備している他、付添援助制度の利用促進等のためのパンフレットを作成・利用している。
島根県弁護士会は、2007年(平成19年)4月から、身体拘束された全ての少年を対象とした当番付添人制度を実施するとともに、2009年(平成21年)5月以降、被疑者国選弁護人が選任された事件については、家裁送致後も引き続き付添人として活動しうる体制を整備しており、身体拘束を受けた全ての少年事件を対象とする国選付添人制度に対応することが可能な体制作りを進めている。なお、当番付添人の出動要請がされた背景に、裁判所が付添人を必要と考えたことが窺われるケースが相当数あり、このことから、少年審判を担当する裁判官も、付添人の援助の必要性・重要性を認識していると考えることができる。
これらの取組みの結果、中国地方の各家裁本庁・支部においても、次のとおり、観護措置決定事件における弁護士付添人選任率が上昇した。
2006年(平成18年) | 2011年(平成23年) | |
---|---|---|
広島家裁本庁 | 32.0% | 54.4% |
広島家裁呉支部 | 41.7% | 64.3% |
広島家裁尾道支部 | 27.3% | 41.7% |
広島家裁福山支部 | 19.1% | 43.8% |
広島家裁三次支部 | 38.5% | 50.0% |
山口家裁本庁 | 3.4% | 82.3% |
山口家裁岩国支部 | 14.3% | 50.0% |
山口家裁下関支部 | 13.3% | 74.1% |
岡山家裁本庁 | 17.6% | 73.6% |
岡山家裁津山支部 | 0.0% | 100.0% |
鳥取家裁本庁 | 6.7% | 50.0% |
鳥取家裁米子支部 | 32.1% | 41.7% |
松江家裁本庁 | 21.7% | 97.2% |
5 日弁連・各弁護士会による費用負担
前記のように、弁護士付添人選任率は飛躍的に上昇し、身体拘束された少年が弁護士付添人の援助を受ける権利を保障する取組みは着実に成果を上げつつある。
しかし、現在、弁護士付添人の殆どは、付添援助制度を利用したものであり、前記のとおり、弁護士費用は、全国の会員から徴収した会費で賄われている。
また、付添援助制度により支払われる弁護士費用(報酬)の額は、少年・家族との面会、家庭・学校・職場等の環境調整、被害弁償等様々な活動を、しかも、限られた観護措置期間中に行うことが求められる付添人活動の内実に見合っているとは言い難い上、交通費や記録謄写費用等付添人活動にかかる費用も保障されない。
そのため、各弁護士会においては、各会の実情にあわせて、弁護士報酬や実費について会の財源から上乗せして支払っている会も少なくない。
中国地方の各弁護士会においても、会の財源あるいは会の外郭団体である認可財団法人の基金から、上乗せ等を行っている。
広島弁護士会では、法テラスへの移行時に法律扶助協会から引き継いだ基金と会員からの贖罪寄付を財源として、交通費の補助(主に鑑別所への面会)を行っているが、財源についてはやはりこの数年で枯渇する可能性が高く、財源確保・上乗せのあり方について検討をすべき時期にさしかかりつつある。
山口県弁護士会では、付添人から増額の申請があった場合に、子どもの権利委員会において検討し、相当と認められる範囲で、謄写費用、交通費を増額することとしている。財源は、当初は法律扶助協会からの引き継いだ基金を原資としていたが、それが枯渇したため、一般会計から繰り入れて財源としている。
岡山弁護士会では、1956年(昭和31年)設立された財団法人岡山県法律扶助協会がその30周年事業として設置したひまわり基金がそのまま、同法人が1995年(平成7年)に財団法人リーガル・エイド岡山に名称変更した後も引き継がれ、これを財源として、付添人の活動上負担の重い事件につき、報酬の上乗せをするほか、困難案件等の場合、財団法人リーガル・エイド岡山から、個別に、費用の援助・加算等を行っている。しかし、財団法人リーガル・エイド岡山の原資は、会員からの贖罪寄付と有志会員の遺贈などの各種寄付等を財源としたもので、しかも、高齢者・障がい者支援センターを初めとした経済的・社会的弱者全般への法律扶助活動の支援にも使用されるものであり、財源確保のあり方は大きな課題となっている。
鳥取県弁護士会では、法律扶助協会から引き継いだ基金と贖罪寄付を原資とする鳥取県弁護士会法律援助基金から、付添援助制度による弁護士報酬に一定額を上乗せしている。付添援助制度を利用した付添人活動が増加するに伴い上乗せ件数も増加しており、2011年度(平成23年度)の上乗せ件数は25件であり、基金の財源は減少傾向にある。
島根県弁護士会では、報酬額の上乗せ及び交通費・謄写費用・医師等の意見書作成費用等費用について上限を設けての加算の制度を設けており、その財源は、法テラスへの移行時法律扶助協会から引き継いだ基金にその後の会員からの贖罪寄付を加えたものである。ところが、この基金は、少年の付添援助制度の上乗せのみに使用されるものではなく、付添援助制度を含む日弁連委託援助事業(刑事被疑者弁護援助、犯罪被害者法律援助等、民事法律扶助や国選弁護制度等でカバーされていない者を対象として日弁連が弁護士費用等を援助するもので、手続きは法テラスに委託している。)の各制度における上乗せにも使用されるものである上、この数年の付添援助制度の利用の大きな増加に伴って基金の使用額も大きく上昇し、現状でも、約5年後には基金が底をつく可能性が高い状況にある。
このように、現在の付添援助制度は、全国の弁護士の負担、各弁護士会の財政的負担の上に成り立っているのであり、各会員、各弁護士会における負担額は決して軽いものではなく、これらの事情は中国地方の各弁護士会においても同様であって、このような制度は、あくまでも、国選付添人制度が全面的に実現するまでの暫定的なものであるべきである。
6 国選付添人制度拡大の必要性
少年審判における適正手続きの保障、少年の更生に対する支援は国の責務であり、日本が批准している子どもの権利条約第37条(d)は、「自由を奪われたすべての児童は、弁護人その他適当な援助を行う者と速やかに接触する権利を有し、」と規定し、同条約第40条第2項(b)(ⅱ)(ⅲ)は、「刑法を犯したと申し立てられ又は訴追されたすべての児童は」「防御の準備及び申立てにおいて弁護人その他適当な援助を行う者を持つこと」「事案が・・・法律に基づく公正な審理において、弁護人その他適当な援助を行う者の立会い・・・の下に遅滞なく決定されること」の保障を受けると規定しているところである。前記の弁護士付添人による援助の重要性に照らせば、弁護士付添人は、本来、国費によって付すべきものである。
日弁連、各弁護士会の取組みにより、全面的国選付添人制度の導入に対応できる体制は整備されつつあり、研修等の実施により、付添人活動の質的向上のための取組みも進めているところであって、中国地方の各弁護士会においても同様である。
よって、国は、少年法を速やかに改正し、国選付添人制度の対象事件を、少年鑑別所送致の観護措置決定により身体拘束された少年の事件全体に拡大すべきである。