中弁連の意見

 弁護人の刑事弁護活動に対し、暴力を背景としてこれを脅迫する行為は、弁護人の刑事弁護活動を萎縮させることによって被告人の弁護人依頼権という憲法上の権利を蹂躙し、刑事裁判の適正な遂行およびその目的の実現を極めて危うくする反社会的行為である。

 当連合会は、刑事弁護活動へのあらゆる脅迫行為を断じて許さないこと、刑事弁護活動に対する妨害行為に対し全ての弁護人が決して屈することなくその職務を全うすることができるよう最大限支援していくこと、刑事弁護の重要性・必要性に対する国民の理解が得られるよう不断の努力をすることをここに表明する。

 以上のとおり決議する。

2007年(平成19年)10月12日

中国地方弁護士大会

提案理由

  1.  近時、光市事件の弁護人に対する脅迫行為に見られるように、刑事事件の弁護人に向けて、弁護に携わる弁護人の事務所や弁護士会あるいは新聞社等に、脅迫的言辞を含む文書や銃弾様の物が送付されるなど、弁護人の活動に対する脅迫行為が相次いでなされるという極めて憂慮すべき事態が発生している。
     しかし、全ての刑事事件において、被告人の弁護人による弁護を受ける権利(弁護人依頼権)は十分に保障されなければならず、その権利実現のための弁護人の活動の自由もまた十分に保障されなければならない。
     
  2.  周知のとおり、被告人の弁護人依頼権は、人類の刑事裁判の歴史の中で、自白強要、拷問、冤罪事件など多くの人権侵害が繰り返されてきたことから確立されるに至った極めて重要な権利であり、あらゆる被告人に対し保障されなければならない。
     このような歴史的事実を踏まえ、我が国の憲法は、第31条において「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」として刑事裁判における適正手続の原則を定め、さらに第37条3項において「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる」と規定し、弁護人依頼権を明文で定めている。
     また、「死刑に直面している者の権利の保護の保障の履行に関する国連決議」(国連第44回総会1989年12月15日採択)は、第1項(a)において、「死刑が規定されている罪に直面している者に対し、死刑相当でない事件に与えられる保護に加えて、手続のあらゆる段階において弁護士の適切な援助を受けることを含む弁護を準備する時間と便益を与えることによって特別な保護を与えること」を求めている。
     
  3.  このような被告人の弁護人依頼権を実効あらしめるために、弁護人たる弁護士の弁護活動の自由もまた最大限保障されなければならない。
     この点について国際連合の「弁護士の役割に関する基本原則」(国連第45回総会1990年12月14日採択)は、弁護士の職務遂行のための保障として、その第16原則において、「政府は、弁護士が、(a)脅迫、妨害、いやがらせ、困惑あるいは不当な干渉を受けることなく、その職分のすべてを果たすことができ、(中略)(c)一般に承認された職業的専門的職務をすべて果たしうること、確立された職務上の義務、基準、倫理に従ってとったいかなる行為についても、そのために訴追を受け、あるいは行政的、経済的またはその他制裁を受け、あるいはその脅しを受けることのない状態を確保しなければならない」と定め、さらに第17原則において、「弁護士が、その職務を履行したことをもって、その安全が脅かされた場合には、彼らは官憲によって十分に保護されなければならない」と規定している。
     
  4.  刑事事件において被告人のために弁護活動を行うことは、弁護士に与えられた極めて重要な社会的使命であり、また、弁護士がその職責を全うすることの社会的意義は大きい。
     弁護人が十分な弁護活動を行うことによって、冤罪の防止など適正な国家刑罰権の行使が実現する。また、弁護人が被告人の権利の擁護者として被告人の言い分を最大限主張することにより、被告人が真摯に事実と向き合う環境も整う。
     弁護士は、このような被告人のために最大限の弁護活動を行うことの社会的な有益性を認識しているからこそ、刑事弁護を自らに与えられた重要な社会的な職責の一つと自覚し、時に世間の批判を浴びながら、刑事法廷において被告人のために敢然と弁護活動を展開するのである。
     暴力を背景とする脅迫行為によって刑事弁護活動を妨害しようとすることは、弁護人の弁護活動の重要性を全く理解しないものであり、絶対に許すことができない。
     
  5.  刑事事件に携わる者に対する脅迫行為が今後も繰り返されるとすれば、およそ2年後に実施される裁判員制度にも、極めて深刻な影響を与えることは必至である。裁判員に選任されて被告人を裁く立場に置かれることによって、自らの身が危険に晒される可能性があるとなれば、裁判員への選任を拒否する者が相次ぐことが予想されるし、評議における判断でも、被害感情や報道の論調ばかりを気に掛け、罪刑の均衡などを考慮できなくなることが危惧されるからである。
     
  6.  以上述べてきたことから、刑事弁護活動に対するいかなる脅迫行為も許容されるものではない。そして、そのような妨害行為に対し全ての刑事弁護人が屈することなくその職務を全うできるよう最大限支援していくこと、また、刑事弁護の重要性・必要性に対する国民の理解が得られるよう不断の努力をすることが、当連合会の責務である。

 よって、上記のとおり決議する。

以上