中弁連の意見
当連合会は、2009年(平成21年)5月までに始まる裁判員裁判制度の受け入れ態勢を整えるべく、
第1 裁判官は、現在の保釈の運用を抜本的に見直し、原則として保釈する
第2 検察官は、公判前整理手続における証拠開示を迅速かつ積極的に行う
第3 裁判所は、裁判員裁判用法廷等の物的施設を地方裁判所本庁及び主要支部にも増設し、かつ集中審理を実施できるよう裁判官・書記官・事務官の大幅な増員を図る
ことを求める。
以上のとおり決議する。
2007年(平成19年)10月12日
中国地方弁護士大会
提案理由
1 問題の所在
(1)裁判員裁判制度が立法化され、その施行まで残り2年を切った。
裁判員裁判制度の立法化後、裁判員裁判を想定して、具体的事件や模擬裁判において、公判前整理手続の積極的活用や、分かりやすい弁論の方法の探求などが行われている。
しかしながら、現在の刑事裁判手続の実務および裁判所施設の状況のままで裁判員裁判制度を導入しても、到底その制度趣旨に沿うような充実した裁判を実施し得ないのではないかとの懸念が、既に多く示されるに至っている。
(2)裁判員裁判は、一般市民が裁判員となって裁判体を構成する制度であるから、裁判員裁判における公判は、一般市民の負担等を考慮して、出来るだけ効率良く短期間で行われる必要があり、その結果、いわゆる集中審理が予定されている。
集中審理を実行するためには、公判前整理手続でできる限り争点を明確にして、証拠も必要最小限にする作業が必要となる。そしてこの公判前整理手続を充実させるためには、今まで以上に、弁護人は被告人と公判前整理手続の段階で事件全般について綿密な打合せをする必要があるのはもちろんのこと、検察官から十分な証拠開示がなされていることが重要である。
また、裁判所も集中審理に備えて、裁判員裁判のための物的施設(法廷・控室・評議室等)を1つの地方裁判所に少なくとも2カ所以上作り、主要支部には新設する必要があるし、裁判員裁判の集中審理が可能になるように裁判官・書記官・事務官を大幅に増員して適正配置する必要がある。
(3)しかるに、現状では公判前整理手続段階では被告人は保釈されていないことが多く、弁護人は被告人と打合せをするのにわざわざ勾留場所へ接見に赴かざるを得ない。
また、検察官が証拠開示に非協力的で、かつ、開示される証拠が断片的であるため、公判前整理手続に必要以上の時間を費やしている。
さらに、裁判所に関して言えば、多くの地方裁判所では本庁に1カ所の裁判員裁判用法廷を作っただけであり、2件の裁判員裁判事件が係属した場合には、どちらかの事件は裁判員裁判用法廷が空くのを待たなくてはいけない状況にある。また、当然配置されるべき主要支部に裁判員裁判用法廷が設置されていない。そして、各地の弁護士会連合会・単位弁護士会からの増員要求にもかかわらず、未だに裁判官・書記官・事務官の大幅な増員がなされておらず、現在、公判前整理手続を経た事件で集中審理を当事者から希望しても、裁判官に他の事件の期日が入っている、あるいは法廷が他の事件で使用されている等の理由で、集中審理が実現できなかったり、集中審理が実現したとしても数ヶ月先になってしまう状況にある。
以上のように、被告人の保釈が容易になされず、公判前整理手続に時間がかかり、集中審理を希望しても何ヶ月も先の期日になってしまう現状では、裁判員裁判が実施されたため被告人が不当に長期間勾留されるという不利益を受けることは必至である。
以下、詳述する。
2 被告人の保釈の運用
被告人の保釈については、権利保釈の除外事由である刑事訴訟法第89条4号(「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」)の適用が広範かつ一般的に認められ、第1回公判期日において検察官取調請求証拠を全て同意しあるいは人証調べを終了してようやく保釈が許可されるという実務慣行があった。このような慣行を前提にすると、争点が整理され証拠開示手続がなされる公判前整理手続中においてはおよそ被告人の保釈が許可されず、起訴から数ヶ月を経た第1回公判期日後にようやく保釈が検討されることになりかねないため、これまで以上に身体拘束が長期化することすらも危惧される。裁判員裁判事件では必ず公判前整理手続が実施されるところ、公判前整理手続自体、短い期日間のうちに多くの作業量を要する点で弁護人の負担が重いのに、これに加えて身体拘束中の被告人と身体拘束場所に赴いて接見して打ち合わせをするという時間的、場所的及び精神的な負担が従前通りに継続して課されるならば、弁護人の負担は一層増大するとともに、被告人の十分な防御権の行使に支障を生ずるおそれもある。
しかるところ、被告人が公訴事実を全面否認している案件で、公判前整理手続中ながら、「公判前整理手続において、十分な準備が行われるようにするとともに、できる限り早期にこれを終結させるためには、弁護人が被告人との間で十分な打ち合わせの機会を持てるように可能な限りの配慮をする必要がある。とりわけ、本件のように関係者が多数で、かつ証拠も膨大な事件については、その必要性が高い」として、保釈許可決定に対する検察官の準抗告申立てを棄却した決定例も存する(東京地方裁判所平成18年4月27日)。また、松本芳希判事による論考にも、「連日的開廷の下での審理を被告人の防御権を害することなく円滑に進行させていくには、基本的に、これまでよりもより弾力的な保釈の運用を行っていくべきであろう。強盗致傷罪、殺人未遂罪、傷害致死罪等では、保釈を考慮すべき事案が比較的多くあるように思われる」(ジュリスト1312号150頁)と述べられているところである。これらに指摘されているように、裁判員裁判による刑事裁判においては被告人の防御権を保障するために早期の保釈が必要となることが明白である。
よって、裁判員裁判制度の実施に伴い、裁判官は、原則として保釈するという運用にすべきである。
3 検察官の証拠開示
検察官の証拠開示については、検察官が証明予定事実記載書面の作成に時間をとられるためか、検察官取調請求証拠の開示までにも相当の日数が経過する傾向にあり、起訴から約2ヶ月後にようやくその一部が弁護人に開示されたという例も報告されている。本来、起訴の段階で捜査は一応終了し、検察官が公判を維持するための証拠収集は完了していなければならないのであるから、検察官が証拠開示に要する日数は、捜査担当検察官からの引継や証拠の整理等に要する時間を考慮しても、2週間程度あれば十分なはずである。
また、弁護人からの類型証拠開示請求や主張関連証拠開示請求に対しても、検察官の対応が柔軟さに欠け、証拠開示の是非を巡って公判前整理手続において多くの時間と労力が費やされている案件も多数生じている。
裁判員裁判においては必ず公判前整理手続が実施されるところ、このように公判前整理手続における検察官の証拠開示が遅延し、あるいは消極的なままであれば、充実した公判前整理手続が行えないほか、被告人の迅速な裁判を受ける権利を侵害する事態ともなりかねない。
よって、裁判員裁判において、争点や証拠を整理し、充実した審理を実施するためには、検察官は、より迅速かつ積極的に証拠開示を行うべきである。
4 裁判員裁判を視野に入れた裁判所の物的・人的資源増大の必要性
多くの地方裁判所本庁では裁判員裁判用法廷は1カ所しかなく、裁判所・書記官・事務官の人員も絶対的に不足しているため、裁判員裁判を視野に入れた連日的開廷はほとんど実施できない状況である。裁判所の物的・人的な資源の不足は、公判期日の指定が先送りとなる結果をもたらし、被告人の迅速な裁判を受ける権利を侵害する事態ともなりかねない。したがって、抜本的に裁判所の物的・人的資源を増大しなければ、裁判員裁判を充実させ国民の期待に応えることは到底不可能である。
そして、大多数の地方裁判所支部においては裁判員裁判用法廷が全く設置されていないため、地方裁判所支部管内で身体拘束された裁判員裁判対象事件の被疑者については、裁判員裁判用法廷がないという理由により、地方裁判所本庁へ起訴されるケースが生じることになる。このような場合、地方裁判所支部管内において被疑者段階で選任された弁護人は、地方裁判所本庁へ出頭しなければならないのみならず、被告人の身体拘束場所も地方裁判所本庁管内の拘置所へ移ることになるために接見の負担も重くなるので、弁護活動に支障をきたすことも十分予想される。また、本庁から遠方に居住する裁判員が選任された場合の負担も軽視出来ない。地方裁判所支部に裁判員裁判用法廷等の物的施設が設置されれば、上述のケースの問題は生じないこととなるから、弁護人の弁護活動や裁判員の出廷にも支障が生じないし、ひいては被告人の十分な防御権の保障にも資する。
よって、地方裁判所本庁に設置されている裁判員裁判用法廷等の物的施設を規模に応じて増設するとともに、主要な地方裁判所支部でも裁判員裁判を実施すべく裁判員裁判用法廷等の物的施設を設置すべきである。さらに、集中審理を実施できるよう裁判官・書記官・事務官の大幅な増員を図るべきである。
以上