中弁連の意見
中国地方弁護士会連合会は、各弁護士会が、その地域にふさわしい権利擁護のための高齢者支援センターのあり方を模索し、同センターを設置し、その業務内容を充実させるため、弁護士・弁護士会の活動を強化することを求める。
以上のとおり決議する。
2010年(平成22年)10月1日
中国地方弁護士大会
提案理由
1 はじめに
各地の弁護士・弁護士会はこれまで高齢者・障がいのある人の権利擁護のために努力してきたところであるが、昨年日本が超高齢社会になり、今年は介護保険制度施行10年の節目にあたることから、高齢者の権利擁護のための支援センターの設置・運営充実を提案するものである。高齢者の権利擁護に資する相談体制等の仕組みは、多くの部分が同時に障害のある人の権利擁護にも資するものと考える。この決議が障害のある人の権利擁護を阻害する意味に解釈されてはならないことは当然である。
2 超高齢社会の到来
(1)一般に、高齢者(65才以上)の人口が総人口に占める割合が7%以上を「高齢化社会」、14%以上を「高齢社会」、21%以上を「超高齢社会」という。
上記の区分で言えば、日本は1970年(昭和45年)に高齢化社会に、1995年(平成7年)に高齢社会に、2009年(平成21年)に超高齢社会になった。2009年(平成21年)の統計では、高齢者(65才以上)の人口は約2,800万人であり、総人口の約22%となっている。さらに、2020年(平成32年)には高齢者の人口が3,400万人になり、総人口の27%を占めることが予想されている。
主要な欧米の国々(独、仏、英、伊、スウェーデン、米)に比較して、最も遅く高齢化社会になり、最も早く超高齢社会になっており、日本では急速に高齢化が進んだといえる。
(2)しかし、これに対する対策は十分とはいい難く、超高齢社会において高齢者は様々な問題に直面している。
たとえば、近年、高齢者を狙った悪徳商法の消費者被害は深刻化している。高齢者の消費者被害の予防と救済、救済後の支援のために、弁護士、弁護士会と消費者行政、福祉関係者の連携が急務であるといえよう。
(3)高齢者の特徴として、
ア 心身の特徴として 孤独、耳や目が不自由、歩行が困難、情報収集が難しい、判断能力の問題があることがある、話しが長い、未整理、死が近い、
イ 財産管理面の特徴として 新しい収入が入らない(収入が減少していく)という不安がある、老後に備えるという意識が強い、多少資産を持っている、
などがあると言われている。
これらに目を付けた悪徳商法や犯罪が横行しており、これらに対応した救済、予防の方策が求められているのである。
3 日弁連高齢社会対策本部の設置
(1)日本は急速な高齢化により、様々な問題が生じているが、日弁連はこれまで、高齢者が直面する諸課題に対する取組みとしては、「高齢者・障害者の権利に関する委員会」を設置し、各弁護士会には、「高齢者・障害者支援センター」等が設置されている。これらの委員会、支援センターは、高齢者について、相談業務を拡充するために情報交換会を開催したり、また現実の努力を行ってきたところであるが、全国的にみるとその試みはまだ十分とはいえない。
高齢者の人権を擁護し、高齢者が最後まで自分らしい人生を全うできるように総合的な法的支援を行うことは、弁護士・弁護士会に課せられた社会的使命のうちの一つであるといえる。
そこで日弁連は、高齢者の権利擁護を様々な観点からさらに積極的に検討するため、2009年(平成21年)6月1日、「高齢社会対策本部」を設置した。
(2)この本部は、個々の高齢者が尊厳に充ちた生活を実現しこれを維持継続することができるように、高齢者に対する法的支援を全国で、また地域の実情を踏まえて具体的な方策を検討し、必要に応じて日弁連の各種委員会、各弁護士会及び高齢者を支援する各種団体と連携して取り組むための組織として設置された。 たとえば先の消費者被害についていえば、高齢者の関連委員会と消費者問題対策委員会が連携して取り組むべき課題も多く、両委員会ですでに集積された専門的知識の活用を図る必要性は高い。
あるいは、2008年(平成20年)5月に、日弁連法的サービス企画推進センター遺言信託PTが母体となって、NPO法人「遺言・相続リーガルネットワーク」が発足した。ここでは、NPO法人が各弁護士会を通して、弁護士に顧客を紹介するシステムが構想されているが、各弁護士の受け皿をどのようにするかが課題となっている。
以上のような従来の日弁連の活動や弁護士会との関係を整理しつつ、機動性のある組織を立ち上げ、高齢者の直面する諸課題について日弁連が総力を注ぎ、その克服ないし解決に向けた実践的な活動を展開することが同本部には期待される。
(3)同本部は、高齢者に関わる相談、受任(後見人選任、消費者被害事件などの事件処理等)、高齢者被害の予防など、生活をトータルに支援することを念頭に置き、市民はもとより、高齢者を周辺でサポートしている福祉、医療、行政、NPOなどの諸団体も含めて連携し、高齢者の個別支援業務の充実をめざすものである。そのため、これまでの日弁連の活動や先進的な取組み状況を踏まえてその英知を結集し、法的な支援のあり方やその体制、集積された情報、研究結果を実践に移していく方策を検討することを予定している。
そして、当面の活動としては、いくつかの弁護士会を中心にパイロット事業を展開しながら、その成果を検証しつつ、一方で各地において地域の事情に沿う事業展開を考え、他方では、新規事業と人材養成の方策を検討し実践に移すことを目標としている。
これまで、小規模弁護士会では、鳥取県、福島県において、中規模弁護士会では愛知県、福岡県がそれぞれ3ヶ月を1期間として「高齢者支援センター」のモデル事業を実施している。
4 各地域の実情の違い
・・・それぞれの弁護士会にふさわしいセンターの模索
(1)日弁連高齢社会対策本部は、弁護士数の多少によって、弁護士会を大規模、中規模、小規模と分けている。
小規模弁護士会を会員数何名までを言うのかは検討課題だが、概ね会員数が、日本の総弁護士数の0.5%以下(28,791名×0.5%=143名)の会員数の弁護士会とした。0.5%以下というのは、現在、日弁連小規模弁護士会協議会(通称「小単協」という。)のメンバーとなる基準である。
とすると、大規模会は、東京と大阪であるので、中国地方弁護士会連合会の中には、鳥取県(54名)、島根県(54名)及び山口県(125名)という小規模弁護士会と、岡山(282名)、広島(424名)という中規模弁護士会が存在することになる。(括弧内は、2010年(平成22年)4月1日現在の弁護士数)
ア 小・中規模弁護士会の問題点として、以下の事項が挙げられている。
多重会務状態で、新規事業実施は困難が伴う
会員数が少ないため、多重会務者問題が直接、活動に影響する。その結果、高齢者・障害者の権利に関する委員会の活動は、相対的に比重が低くなる。そのため、小規模弁護士会の高齢者・障害者支援センターの活動も低調ないしは開店休業状態がかなりある現状となっている。また、地域によって活動状況にバラツキが多い。
予算規模が小さい
人的・財政的に電話相談がしづらい。
スタッフの不足
弁護士会事務局の職員数が不足していること、弁護士会館を持たないか、持っていても手狭で活動に支障が出ている。電話での受付も限界に来ている小規模弁護士会が多い。 ④ 他職種との連携が不十分
高齢者問題では弁護士と他職種との連携が必要なことは既に共通の認識になっているが、連携の状況は地域によって大きなバラツキがあり、小規模弁護士会ではほとんど連携が出来ていない地域もある。 などが指摘されている。
イ 一方、大規模弁護士会の問題点としては、
若手会員の会務離れ
会務活動が専門化し、十分な人材が確保できない
などが指摘されている。
(2)当連合会の中では、鳥取県がモデル事業を行った。すなわち、鳥取県弁護士会は、日弁連高齢社会対策本部に協力して、小規模弁護士会の高齢者支援センターモデル事業を2期にわたって行った。第1期が、2009年(平成21年)12月7日から2010年(平成22年)2月25日まで、第2期が2010年(平成22年)5月7日から同年7月31日までであった。
第1期のモデル事業は、毎日の受付を社会福祉士(兼社会保険労務士)にお願いし、弁護士が電話相談を金曜日半日、面談相談を水曜日半日担当することにした。また、随時電話相談と随時面談相談を行った。いずれも相談者の相談料は無料とした。(担当した弁護士には、電話相談は1時間5,000円程度、面談相談は1件5,000円となるようにした。)出張相談は、相談者に1万円負担とした。
第1期の結果は、社会福祉士受付電話数185件、弁護士相談数136件(内電話相談79件、面談相談57件、出張相談0件)であった。3ヶ月という短期間で、上記の数字は、これまでの各地の支援センターの相談数と比較して非常に多い相談件数といえる。鳥取県が、全国最少人口県(鳥取県は人口59万人)であることを考慮すれば、なおさらである。
鳥取県弁護士会は、電話相談の必要性を強く認識した。と同時に、毎日受付をしても、相談にのる弁護士が不在であると、相談者に不満のもとになり、受付の社会福祉士に負担がかかったという反省もあった。また、受任に至った件数が5件で、少なかった。
第2期モデル事業は、第1期の反省点を加味し、受付を毎週月、水、金と3日とするとともに、電話相談日を毎週月、水、金の午後にした。同日は面談相談日も兼ねた。また随時面談相談は第1期と同様とした。出張相談の相談者負担を5,000円にした。
第2期の結果は、社会福祉士受付電話数148件、弁護士相談数118件(内電話相談62件、面談相談56件、出張相談0件)であった。全体としては第1期より1割程度減ったが、第1期が毎日受付していたことを考慮すれば、依然として多い相談数と言えよう。電話相談が先ず第一歩で、「電話相談から面談相談への移行」が自然に流れるようにすることが、権利擁護を実現していく上で重要であると感じた。
5 標準事業案の策定
(1) 高齢社会対策本部は、2010年(平成22年)3月及び7月に高齢者に対する法的サービスのバリアフリー化につき、各弁護士会の支援センターによる取組みから各弁護士会自体による取組みへと一層強化すべく、各弁護士会における高齢社会対応のための「標準事業案」を策定した。
ア「標準事業案」は以下のとおりである。
〇電話相談・・・・・・弁護士会で電話相談を週1回実施(各弁護士会の実情に応じ実施回数を調整)。平日昼、平日夜、土曜日相談など各弁護士会の実情に応じて実施。担当弁護士の負担軽減のため、相談担当者の事務所に転送して相談を受けることも検討。
〇 自宅への出張相談・・・・・・自宅(入所、入院中の施設を含む)への出張相談を実施。
〇 拠点への出張相談・・・・・・地域包括支援センター、社会福祉協議会等の相談拠点まで、相談者に来てもらい、出張相談を実施。
〇 福祉専門家からの法律相談・・・・・・福祉の専門家を対象とするFAX相談の実施。福祉の専門家を対象とする無料電話相談の実施。
〇 高齢者の消費者問題対策・・・・・・高齢者を支援する行政、各機関とのネットワーク構築。消費者委員会と高齢者委員会の連携。ケアマネージャー、ケースワーカー等への啓発活動。高齢者、地域住民への啓発活動。電話相談、出張相談、地域包括支援センターにおける定期相談等の実施。
〇 権利擁護活動の拡充・・・・・・【成年後見制度利用促進】成年後見市町村長申立の支援。成年後見人等候補者の家庭裁判所への推薦。市民後見人養成講座への参加(選別は必要)。親族後見人に対するアドバイス。法人後見人に対する人材派遣(法人の選別は必要)。【高齢者虐待対応】専門職チーム派遣【その他】処遇困難ケース等カンファレンスへの参加。
などを挙げている。
イ その他、〇法テラスとの連携 〇公設事務所との連携 〇ネットワーク構築(医療・福祉機関、社会的支援者と連携、情報交換) 〇人材育成 〇新規分野の開拓 など、全般にわたっている。また、障がいのある人についても(事実上)日弁連高齢社会対策事業の対象とするとしている。
ウ 中心となっているものは相談業務であり、とりわけ、電話相談、出張相談を中心とし、相談を実効あらしめるために、広報、ネットワーク構築、法テラスとの連携、人材育成などの基盤整備が必要と考えられることから、これらについての対応も標準事業案に組み入れられている。
また、各弁護士会における実情に配慮し、全事業を最低限実施すべき内容とするのではなく、実施することが望ましい内容として策定している。
なお、相談業務については、法的サービスのバリアフリー化を果たすため、実情に応じ、電話相談、出張相談の両者あるいはそのいずれかを実施することが望ましいとする。
(2)高齢者への法的サービスへの需要としては、財産管理、遺言、相続、信託、消費者被害救済、成年後見、介護サービス契約締結、高齢者虐待防止などがあり、それぞれの高齢者の年齢に応じたものが考えられる。
高齢者・障がいのある人のための電話相談を実施している東京、大阪などの弁護士会における相談件数は、年間1,000件をはるかに超えており、また、鳥取県での3ヶ月間のモデル事業では第1期に136件、第2期に118件の弁護士相談を受けており、大規模、小規模にかかわらず、法的サービスに対する需要の高さを物語っている。
高齢者にこれらのサービスを提供するためには、人の生活全般に関わる活動が不可欠になる。したがって、有効な法的サービスをしようとすれば、法廷における訴訟活動だけではなく、地域の中に出かけて行き、行政機関、社会福祉士、医療関係者などと連携、協力してこのような需要にきめ細かく対応する活動が求められるようになる。
高齢者に対して法的サービスを提供するには、相談を受けることが最初となるが、相談を受けること自体について、高齢者の特性に応じた対応が必要となる。高齢者の中には移動困難な人も多く、そのような人が弁護士に相談するためには、電話相談あるいは出張相談が利用できるようにするなど、法律相談の方法が柔軟に工夫され、法的サービスのバリアフリー化が図られていることが必要になる。いくら多様な法的サービスのメニューをそろえても、相談されなければ、絵に描いた餅となってしまう。
弁護士会での相談を待っているだけでは高齢者の相談需要を十分に喚起することはできないことは、電話相談の多さがこれを物語っている。
このような観点から考えるとき、上記の日弁連高齢社会対策本部の標準事業案は、適切な提案であると評価できる。
6 各弁護士会での活動の強化
・・・地域に住む人が安心安全に生活するために
(1)地域に住む人が、安心安全に生活するためには、医療、福祉(社会保障)や警察などのセイフティネットが必要である。
近年の高齢者を狙った悪徳商法による消費者被害や振り込め詐欺などの犯罪等を見るに、適切な相談機関の存在は、高齢者にとってのセイフティネットの一つといえる。
そして、高齢者の人権を擁護し、高齢者が最後まで自分らしい人生を全うできるように総合的な法的支援を行うことは、弁護士・弁護士会に課せられた社会的使命のうちの一つであると考えられるが、これを実現する為には、その地域に住む人が相談したり事件を依頼したりするその地域の弁護士であり、その弁護士の相談を容易にするその地域の弁護士会の活動である。
(2)成年後見制度及び介護保険導入の年である2000年(平成12年)前後、中国5県の各弁護士会は、高齢者の権利に関して、さまざまな努力をしてきた。
広島弁護士会は、1998年(平成10年)「高齢者等財産管理センター『あんしん』」を設立した。
岡山弁護士会は、1997年(平成9年)財団法人リーガルエイド岡山の下に、「高齢者障がい者支援センター」が設立された。
山口県弁護士会は1999年(平成11年)「高齢者・障害者権利擁護センター」を設立した。
島根県弁護士会においては、弁護士、社会福祉士、司法書士その他業種と共同で2000年(平成12年)に「出雲成年後見センター」2001年(平成13年)に「石見成年後見センター」「松江成年後見センター」2009年(平成21年)に「益田・鹿足成年後見センター」をそれぞれ設立した。
鳥取県弁護士会においては、弁護士、社会福祉士、司法書士その他業種と共同で、2002年(平成14年)に「成年後見ネットワーク鳥取」2004年(平成16年)に「成年後見ネットワーク米子」2009年(平成21年)に「社団法人成年後見ネットワーク倉吉」をそれぞれ設立した。
それぞれの弁護士会が、それぞれの地域の事情に合わせて対応してきたと言える。すなわち設置主体がまちまちであり、また業務内容もまちまちである。
(3)しかし、そこで言う地域の事情というのは、弁護士側の事情(法的サービス提供側の事情)の方が大きかったと言える。2000年(平成12年)当時と現在(2010年(平成22年)4月1日)の弁護士数を対比すると
広島弁護士会は、266名から424名へ
岡山弁護士会は、168名から282名へ
山口県弁護士会は、68名から125名へ
島根県弁護士会は、21名から54名へ
鳥取県弁護士会は、24名から54名へ
と増加している。1.6~2.5倍増している。
一方、各県の現在の高齢化率は、各県のホームページの最新情報(2010年(平成22年)7月時点での最新情報)により、高齢化率、65才以上の人口、総人口の順に記載すると、
広島県 22.9% 655,115人 2,859,300人
岡山県 24.2% 470,913人 1,948,679人
山口県 26.6% 389,775人 1,464,566人
島根県 28.9% 208,411人 720,112人
鳥取県 26.1% 154,147人 590,613人
である。いずれも高齢化率は全国平均の22.2%を上回る。
(4)日本が超高齢社会に突入したという状況に、各県の高齢化率や、弁護士側の事情(法的サービス提供側の事情)の変化を合わせ考慮して、権利擁護という視点からこれまでの対応をさらに見直す必要がある。その際、日弁連高齢社会対策本部の提案した「標準事業案」が参考になる。
その第一歩として、相談体制の充実の問題がある。各弁護士会において、面談相談の他に、電話相談あるいは出張相談について、権利擁護のための総合的な体制が取れているかを確認されることを求める。
当連合会は、各弁護士会が、その地域にふさわしい権利擁護のための高齢者支援センターのあり方を模索し、同センターを設置し、その業務内容を充実させるため、弁護士・弁護士会の活動を強化することを求めるものである。
以上