中弁連の意見

当連合会は、子どもの成長発達権の保障を目的として、

 

  1.  各地方公共団体に対して、スクールソーシャルワーカーを増員し、適正な人員を必要な時間数、小学校、中学校に配置ないし派遣することを求め、国に対して、そのための十分な財政的援助をなすこと
     
  2.  国及び各地方公共団体に対して、子どもシェルターの設立・運営につき財政援助を含めた積極的かつ継続的な支援をなすこと

 を求める。

 以上のとおり決議する。

2010年(平成22年)10月1日

中国地方弁護士大会

提案理由

1 子どもの貧困と子どもの成長発達権侵害の現状

(1)子どもの権利条約は、その前文において、子どもが「その人格の完全かつ調和のとれた発達のため、家庭環境の下で幸福、愛情及び理解のある雰囲気の中で成長すべき」であり、「社会において個人として生活するために十分な準備が整えられるべきである」ことを理念として掲げ、「児童の身体的、精神的、道徳的及び社会的発達のための相当な生活水準についてのすべての児童の権利」を認めている(第27条)。そして、締約国には、「この条約に於いて認められる権利の実現のため、すべての適当な立法措置、行政措置その他の措置を講ずる」ことが義務づけられており(第4条)、「児童の生存及び発達を可能な最大限の範囲において確保する」ことが求められている(第6条第2項)。
 日本国憲法も、子どもに対して、幸福追求権(第13条)、生存権(第25条)、教育を受ける権利(第26条)を保障しており、国及び地方公共団体には、子どもに対して、子どもの成長発達権を保障するための具体的施策を講じる責務が課されている。
 当連合会は、これまで、国に対して、子どもの権利条約の速やかな批准を求め(第46回・1992年(平成4年)大会決議(福山))、1994年(平成6年)に同条約が批准された後は、各地方公共団体に対して、子どもの権利条約に関する立法措置、行政措置等について「積極的な法整備や行動計画の策定の要請、啓蒙活動の要請」を行い(第48回・1994年(平成6年)大会決議(岡山))、また、「子どもの権利保障状況についての検証制度及び子どもの相談、救済制度を盛り込んだ条例制定の要請」(第61回・2007年(平成19年)大会宣言(広島))を行ってきたところである。

 

(2)ところが、厚生労働省の調査によれば、2007年度(平成19年度)におけるわが国の相対的貧困率(※ 脚注参照)は15.7%であり、子どもの相対的貧困率も14.2%とされており、実に7人中1人の子どもは貧困状態である。このことは、OECDの対日経済審査報告書2006年度(平成18年度)版でも指摘されていたところであり、わが国の子どもの貧困は深刻な状況にある。
また、子どもに対する虐待に目を転じると、児童相談所に寄せられる虐待相談件数は、1998年度(平成10年度)は6,932件であったのに、2007年度(平成19年度)以降は約4万件と、10年で5倍以上も増加している。特に、子どもに対する虐待による傷害事件や死亡事件も、2007年度(平成19年度)以降は年間300件を超えるようになり、減少する兆しはみられない。
このように、子どもを取り巻く環境は、危機的かつ深刻な状況にある。
そして、近時の研究によれば、虐待の背景には、貧困問題が存在している割合が極めて高いことが報告されており、経済的貧困が、子ども自身の心身の発達や成長過程、学力に著しい悪影響を及ぼすこと、子どもが大人に成長した後にも継続して悪影響を及ぼすこと、さらには、貧困問題が世代を超えて連鎖していくことも明らかになってきている。
こうした状況への対応として、子どもの貧困問題、子どもに対する虐待問題に対して、子どもを起点として、子どもに直接アプローチする手法による制度の構築、維持、拡充が喫緊の課題である。

 

2 スクールソーシャルワーカー

(1) スクールソーシャルワーカーの意義、役割
 スクールソーシャルワーカーは、不登校、いじめ、暴力行為、非行等の問題を解決するため、子どもの可能性を引き出して自らの力によって解決できるような条件作りに参加するとともに、問題を抱える子どもの周辺環境に働きかけ、保護者、教職員、関係機関等との連携、協働により問題を解決に導くことを職務内容としている。一般的には、社会福祉士や精神保健福祉士の資格を有する者が務めることが多い。
 学校現場にスクールソーシャルワーカーが配置されることにより、子どもにかかわる諸問題につき、個人と環境の両面から多角的に分析することが可能となり、貧困など、問題の根本的な要因を早期に発見することができる。
 また、周辺環境に対しても適切な働きかけがなされることにより、問題が深刻化することを未然に防止し、問題解消への道筋をつけることが期待できる。
 加えて、スクールソーシャルワーカーは、教育分野(文部科学省所管)と福祉分野(厚生労働省所管)という縦割行政の風通しをよくするとともに、学校教員の多忙、家庭や地域の教育力の低下といった今日的な教育現場における課題に対応すべき役割を担っている。
 実際、スクールソーシャルワーカーの活動により、たとえば、不登校の子どもやその親の抱える経済的問題解決に道筋をつけ、子どもの学校復帰を実現した事例も報告されている。
 このように、スクールソーシャルワーカーは、子どもの成長発達権を保障するために、必要不可欠な社会的資源である。

 

(2)スクールソーシャルワーカーの必要性
 文部科学省は、スクールソーシャルワーカーの特徴及び有用性に着目し、2008年度(平成20年度)に「スクールソーシャルワーカー活用事業」(モデル事業)を3年間の継続事業として開始した。ところが、同事業は、当初の予定に反し1年度限りで廃止され、各地方公共団体の補助事業に切り換えられてしまったため地方公共団体が自己負担しなければならなくなり、スクールソーシャルワーカーの設置自体を断念する地方公共団体が続出し、スクールソーシャルワーカーの制度は、その意義、役割、効果を十分発揮することができず、制度としても定着しないまま、現在に至っている。このようなスクールソーシャルワーカーに関する国の施策の現状は、子どもの成長発達権の保障や、周辺環境の調整を、子ども、保護者、学校教員、関係機関職員等の個人の能力に委ねようとするものに他ならず、子どもの置かれた危機的かつ深刻な状況に真摯に目を向けるのではなく、むしろ放置するに等しいものである。先に述べたスクールソーシャルワーカーの意義、役割、効果に鑑みれば、スクールソーシャルワーカーの増員及び勤務時間の確保は、子どもの成長発達権を保障し、子どもの貧困を解消する重要な方策として、是非とも必要である。
 また、スクールソーシャルワーカーの意義、役割、効果が十分に認知され、それが遍く学校現場において機能するようになるためには、まずもって公立学校における義務教育の場においてスクールソーシャルワーカーの制度を定着させることが肝要である。
 国は、本年7月にまとめた「子ども・若者ビジョン」において、子どもの貧困問題への対応について言及するとともに、相談体制の整備としてスクールソーシャルワーカーについてとりあげ、その支援を謳った。もっとも、具体的な施策の進展は、今後にかかっており、注意深く国及び全国の各地方公共団体の動向を注視していく必要がある。
 このような状況をふまえ、当連合会としては、全国の各地方公共団体に対して、子どもの成長発達権を保障することを目的として、スクールソーシャルワーカーを増員し、適正な人員を必要な時間数、小学校、中学校に配置ないし派遣することを求め、国に対して、そのための十分な財政的援助をなすことを求めるものである。

 

3 子どもシェルター

(1)子どもシェルターの必要性
 子どもシェルターとは、貧困その他の要因により家庭的環境での生活ができなくなった子どもを一時的に保護し、安心して衣食住ができる環境を与える非公開の民間施設である。
 貧困その他の要因により、家庭において最低限度の生活をさせてもらえない、あるいは家を追い出されてしまった子どもにとって、「今晩帰る家がない」ことは切実な問題である。また、このような子どもは自分の声に耳を傾け一緒に今後のことを考えてくれる大人の愛情に接触する機会も少ない。子どもには、自分で自分の衣食住を賄うだけの経済力も社会的な交渉力もないのであって、安全に眠ることができ、食べることができ、親身に話を聞いてくれる人間がおり、保護されている場所が必要である。
 しかしながら、家族や地域社会の連帯、連携が希薄になっている現代社会においては、行き場をなくした子どもが緊急避難できる場所は格段に減少している。
 行き場をなくした子どもを一時的に保護する社会的制度としては、児童福祉法上児童相談所における一時保護制度及び民間機関への一時保護委託の制度が存在する。
 しかしながら、18歳未満の子どもの保護に関して広島県を例にとってみると、一時保護制度について広島県及び広島市の収容可能人数は計40人(広島県20人、広島市20人)でしかなく、既存の民間機関への一時保護委託制度の活用にも限界があることから、十分な受け入れ体制が整っているとはいえない状況である。この傾向は全国的にも散見されており、一時保護制度及び一時保護委託制度の運用は、保護の必要性が極めて高いケース、例えば、年少で虐待の程度が著しい子どもしか受け入れられないという結果となっている。すなわち、18歳未満の子どもに関しても、行き場をなくしたすべての子どもが保護を受けることは不可能という現状がある。
 また、児童福祉法で保護の対象とされているのは、18歳未満の子どものみであるため、18歳以上の女子については売春防止法上の保護として婦人相談所での保護が可能であるものの、18歳以上20歳未満の者を保護するための社会制度は基本的に存在していない。しかしながら、18歳以上であっても、未成熟であったり、あるいは多様な生活課題を持っているが故に、社会において個人として生活するために未だ十分な準備ができておらず、一時的な居場所の提供や法的支援を必要とする者は決して少なくない。したがって、このような、いわば法の保護の隙間にある18歳以上20歳未満の子どもを対象に、緊急一時避難的な保護を行うとともに、自らの選択による自立のための支援を行う場が必要とされている。
 以上より、子どもの年齢を問わず広い受け入れが可能であり、最低限の衣食住、心身の療養、将来の人生設計を考えることが可能な場所を提供し、親身になってくれる大人との接触を通じて、子どもの健全な成長と発達をサポートする社会的基盤が必要となる。これを実現するのが、子どもシェルターである。

 

(2)全国での子どもシェルター設立の動き
 子どもシェルターの必要性は、弁護士や福祉関係者を中心に近年活発に議論されるようになり、多数の市民、企業、NPO団体等の協働によって2004年(平成16年)に東京都で全国最初の子どもシェルターが設立された。次いで愛知県、神奈川県、さらに2009年(平成21年)には岡山県において、中国地方で初となる子どもシェルター「モモ」が設立されるなど、現在、全国に4つの子どもシェルターが存在する。これら既存の子どもシェルターは、いずれも弁護士が理事の多数を占めており、子どもシェルターの設立・運営、また入所した子どもの代理人としての活動等、弁護士が子どもシェルター事業に大きく参画している。広島県でも弁護士を中心として2011年(平成23年)の子どもシェルターの設立をめざして準備が進められている。このように、子どもシェルター設立の動きはその社会的需要が顕著なことから全国的に広がりを見せており、今後より活発になっていくことが予想される。

 

(3)子どもシェルター設立・運営における経済的課題
 子どもシェルターはその性質上、子どもシェルター内で子どもと接するスタッフが常時必要となるため、複数の常勤スタッフを雇用しなければならない。また、子どもシェルターは、原則非公開でありかつ子どもの権利擁護のため適切な環境に設置しなければならないために、そのような環境下にある不動産を取得あるいは賃借しなければならない。さらに、子どもシェルターでは、行き場を失った子ども達の精神的・身体的ストレスを早期に発見し、適切な治療を施す必要があり、医療費の負担も必要不可欠である。したがって、子どもシェルターを設立し、安定的、継続的な運営をしていくためには、当然一定の継続的収入がなければならない。
 しかし、これまで設立された子どもシェルターは、すべてNPO法人(非営利非政府組織)として設立、運営されており(東京都では後に社会福祉法人に変更)、民間の援助、寄付金という一時金で運営されているに過ぎず、継続的収入源がないのが現状である。そのため、各子どもシェルターは、正規の雇用スタッフ等は必要最小限にとどめ、その他は有志ボランティアによって運営している状況である。岡山の子どもシェルター「モモ」でも、現在は県の緊急雇用対策事業による交付金と医療福祉事業団からの助成金により常勤スタッフ3名を雇用しているが、各々期間が2年半と1年間に限定されているため、今後の資金繰りが重要な課題となっている。
 このような状態では、子どもシェルターの安定的、継続的な運営は困難である。

 

(4)子どもシェルターに対する公的支援の必要性
 以上のように、公的支援のない施設が、民間の援助、寄付金等の一時金だけでシェルター運営を継続していくことは困難である。また、このような状況では、子どもの成長発達権を確保するために子どもシェルターの必要性が切迫しているにもかかわらず、経済的問題から新たな子どもシェルター設立を断念せざるを得ないといった事態も予想される。
 そこで、当連合会は、国及び全国の各地方公共団体に対して、子どもシェルターの設立・運営につき、積極的かつ継続的な財政援助をなすことを求めるものである。

以上

※ 相対的貧困率 等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根 で割って調整した所得)の中央値の半分に満たない世帯員の割合をいう。
※ 子どもの貧困率は、17歳以下の子ども全体に占める、中央値の半分に満たない17歳以下の子どもの割合を言う
(平成21年10月20日 厚生労働省「相対的貧困率の公表について」より)