中弁連の意見

 国は、裁判員裁判における性犯罪被害者保護の具体的方策を検討するために、弁護士会の代表者及び犯罪被害者団体の代表者を加えた検討機関を設置し、直ちにその検討に着手すべきである。

以上のとおり決議する。

2010年(平成22年)10月1日

中国地方弁護士大会

提案理由

1 2009年(平成21年)5月21日、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という。)に基づく裁判員制度が施行された。
 裁判員制度では、強制わいせつ致死傷、強姦致死傷、集団強姦等致死傷並びに強盗強姦及び同致死事件も裁判員裁判の対象事件となっている。また、強制わいせつ、強姦及び集団強姦等事件については、裁判員裁判の対象事件ではないが、これが、他の強姦致死傷、殺人、現住建造物等放火等の裁判員裁判の対象事件の弁論と併合されたときは、裁判員裁判で取り扱われることとなる(以下、これらの裁判員裁判で取り扱われることとなる強制わいせつ等致死傷事件、強姦事件等を「性犯罪事件」と総称する。)。

 

2 そもそも、裁判員制度は、「一般の国民が、裁判の過程に参加し、裁判内容に国民の健全な社会常識がより反映されるようになることによって、国民の司法に対する理解・支持が深まり、司法はより強固な国民的基盤を得ることができるようになる。」(司法制度改革審議会意見書)との趣旨から導入された。
 そして、裁判員制度が新たな国民の司法参加の制度であったため、その円滑な導入のため、刑事訴訟事件の一部の事件から始めることとなった。その範囲については、国民の関心が高く、社会的にも影響の大きい「法定刑の重い重大犯罪」を対象事件とすべきであるとしたのである(司法制度改革審議会意見書)。
 これにより、死刑又は無期の懲役・禁固に当たる罪に係る事件及び法定合議事件であって、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に係るものが裁判員裁判の対象事件とされ(裁判員法第2条第1項)、さらには、対象事件以外の事件であっても、対象事件と併合することが適当と認められるものについては、裁判員裁判によって取り扱うことができるものとされた(裁判員法第4条)。
 こうして、性犯罪事件についても、裁判員裁判によって取り扱われることとなったのである。

 

3 しかしながら、性犯罪事件の被害者(以下「性犯罪被害者」という。)は、自分が性犯罪被害に遭ったことについて他人には知られたくないという思いを極めて強く持っている。特に、裁判員裁判では、一般の国民から6名の裁判員と若干名の補充裁判員が選任され、自分が性犯罪被害に遭ったことが知られることとなるし、しかも、裁判員、補充裁判員及び裁判員候補者は受訴裁判所の管轄地域内の市町村の国民から選任されるため、性犯罪被害者と関係ないし面識のある者や将来において関係ないし面識を持つことになる者が裁判員、補充裁判員又は裁判員候補者になってしまう可能性がある。性犯罪被害者としては、そのような結果となることは決して望まないはずである。
 このような観点から、性犯罪事件については、裁判員裁判によって取り扱うべきではないとの意見がある。
 そこで、性犯罪被害者保護の観点から性犯罪事件については裁判員裁判では取り扱わないものとすることについて、これが相当であるかどうか、国民による裁判過程への参加という裁判員制度導入の趣旨も踏まえながら、十分に検討するべきである。

 

4 仮に、国民による裁判過程への参加の趣旨を重視し、現行制度どおりに、性犯罪事件も裁判員裁判で取り扱うこととしても、性犯罪被害者の保護がおろそかになってはならないのは当然のことである。
 しかしながら、現行制度では、性犯罪被害者保護の観点から、裁判員裁判固有の問題として、例えば、以下のような問題点をあげることができる。

(1) 性犯罪被害者と関係ないし面識のある裁判員候補者を確実に不選任とするための方策
 裁判員候補者のうち性犯罪被害者と関係ないし面識のある者を裁判員に選任しないことは、公正・公平な裁判を実現する上で重要であるし、また、性犯罪被害者の心情の安定・保護の観点からも極めて重要である。
 そこで、裁判員候補者の被害者との関係ないし面識の有無を確認する必要があるが、そのために、裁判員候補者に対して性犯罪被害者が誰であるかが特定されることとなれば、性犯罪被害者に回復しがたい傷を負わせることとなる。
 したがって、性犯罪事件の裁判員選任手続においては、それを望まない被害者については、被害者が誰であるかが特定されることとなってはならない。
 そこで、実務上、裁判員選任手続では、被害者の氏名・住所等の個人を特定する情報を明かさず、被害者による裁判員候補者名簿の確認や裁判員候補者に対するその生活域や職種等の質問によって、裁判員候補者の被害者との関係ないし面識の有無を確認しているようである。
 しかしながら、このような裁判員選任手続における性犯罪被害者保護の具体的な方策は、法律や規則で定められておらず、裁判官の独立の原則もあって、具体的にどのような方法によって裁判員候補者の性犯罪被害者との関係ないし面識の有無を確認するのかが明確に国民に示されておらず、判然としていない。
 また、現代人の生活範囲は広範かつ複雑なものとなっているし、他方で、裁判員候補者に対して性犯罪被害者が誰であるか特定されない方法で確認する必要があるから、こうした確認は相当に工夫して行う必要があるものと思われる。
 そこで、こうした裁判員選任手続における性犯罪被害者と関係ないし面識のある裁判員候補者を確実に不選任とする具体的方策について、十分に検討する必要がある。

(2) 裁判員候補者の守秘義務
 裁判員選任手続において、何らかのきっかけによって、性犯罪被害者が特定されてしまうことも皆無とはいえない。
 しかしながら、現行法では、裁判員候補者には守秘義務が課されていないために、性犯罪被害者としては、自分が性犯罪被害を被ったという事実を他に漏らされてしまうのではないかと不安に思うこととなる。
 他方で、そもそも裁判員に対する罰則付き守秘義務について、これに反対する意見もある。
 そこで、性犯罪事件における裁判員候補者の守秘義務の要否や守秘義務を課すとした場合のこれを担保する方法について、十分に検討する必要がある。

(3) 争いのない事件であっても公開の法廷で被害の詳細が示されることの問題
 裁判員裁判では、実務上、供述調書の全文朗読が原則とされ、図面、写真等も全て展示されるため、争いのない事件であっても、被害状況の全てが公開の法廷で示されることとなる。
 このような事態は、性犯罪被害者にとっては、自らが被った被害の全貌が衆人の下にさらけ出されることとなり、耐え難い苦痛を被ることになる。また、詳細な被害状況が公開の法廷で示されることによって、場合によっては、被害者が特定されてしまうのではないかという懸念もある。
 実務上は、被害状況部分については別途それが記載された書面を配布するなどの方法がとられているようであるが、書証の取調べ方法が法令上朗読又は要旨の告知とされていることとの整合性もあるし、当該書面の刑事訴訟手続上の性質がいかなるものであるのか検証する必要もある。
 そこで、性犯罪事件における被害者の供述調書等被害状況の詳細が記載された証拠の取調べ方法について、十分に検討する必要がある。
 以上指摘した問題点を含め裁判員裁判における性犯罪被害者の保護の方策について、網羅的かつ具体的に十分に検討すべきである。

 

5 裁判員法は、施行後3年経過後の裁判員法の施行状況の検討等の定めを設けている(附則第9条)。しかしながら、裁判員裁判における性犯罪被害者保護の方策については、直ちに検討に着手すべきである。
 そして、このような方策を検討する方法としては、犯罪被害者から法律相談を受け、犯罪被害者の代理人として活動する弁護士で組織される弁護士会の代表者や、日々犯罪被害者と接し、犯罪被害者の声を代弁すべく活動している犯罪被害者団体の代表者を加えた検討機関を設置して行うべきである。

 よって、決議の趣旨のとおり決議する。

以上