中弁連の意見
当連合会は、国に対し、
- 証拠開示の対象は捜査において取得された証拠の全部とする。
- 証拠開示を被告人・弁護人の請求権とし、検察官はこれに応じる義務を負う。
- 検察官が証拠の標目を弁護人に明らかにしなかった場合や裁判所の証拠開示命令に従わなかった場合には、裁判所は公訴を棄却する。
との内容の刑事訴訟法の改正を求める。
以上のとおり決議する。
2010年(平成22年)10月1日
中国地方弁護士大会
提案理由
1 従前の証拠開示
わが国においては、戦後の新刑事訴訟法の下で、当事者主義訴訟構造が採用された。当事者主義のもとでは各当事者が独自に自己の訴訟準備を貫徹することを前提とするが、現実には証拠収集のための強制捜査の権限を有する検察官と比較して、弁護人にはそのような権限は一切なく、証拠の偏在の問題が叫ばれて久しい。しかも、真実の発見という見地からしても、不意打ちや術策によって真実の発見が遠のくとすれば本末転倒であり、その意味でも証拠開示によって相手方当事者に防御を整える余裕を保障する必要がある。しかし、長らく、当事者が証拠調べ請求した際の相手方当事者の閲覧権などを保障した刑事訴訟法第299条の規定を除けば、明文上の証拠開示制度は存在しなかった。
判例上は、1969年(昭和44年)4月25日最高裁決定が、証拠の「閲覧が被告人の防御のために特に重要」であること、「罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるとき」との厳しい要件の下で、裁判所の訴訟指揮権に基づく証拠開示を認めている。しかし、同決定は、被告人・弁護人に証拠開示請求権を認めるものではなく裁判所の訴訟指揮という裁量によること、弁護人の方で「一定の証拠」を特定し開示を求める「具体的必要性」を示さなければならないため被告人・弁護人にとってその存在や内容を知り得ない証拠については開示の申し立てそのものができないこと、「防御のため特に重要」「罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるとき」といった要件が厳しすぎることなどの問題点がある。実務上の運用においても、反対尋問の2~3週間前にようやく検面調書が開示される程度であり、証拠偏在の問題が解消するレベルには到底及ばなかった。
このような、日本における証拠開示の法制度と運用は、国際人権規約第14条第3項(b)にも違反するものである。
以上の観点から、日弁連は、被告人・弁護人の全面的証拠開示請求権を認める立法措置を講ずるべきであるとの提言を行ってきた(1988年(昭和63年)3月「刑事訴訟法における証拠開示制度の立法措置要綱」など)。
2 類型証拠開示、主張関連証拠開示制度の意義と限界
ところで、裁判員裁判導入に先立ち導入された公判前整理手続において、類型証拠開示、主張関連証拠開示の各制度が新設された。これらの各制度は、証拠開示の時期が早く、かつ開示される証拠の点数も多いという意味では、従前の最高裁決定に基づく証拠開示よりは格段に進歩したものであり、一定の意義がある。しかし、その一方で、日弁連が求めてきた全面証拠開示の制度とは異なるものであり、以下の諸点において問題を抱える不十分な制度と言わざるを得ない。
まず、類型証拠開示については、類型該当性による限定(例えば6号書面を除いた証人予定者以外の第三者の供述書や供述調書、捜査メモなどは類型該当性がない)、検察官の主張あるいは検察官請求証拠との関連性による限定、6号書面の要件による限界(6号書面には「検察官請求証拠で直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの」の要件がある)などの問題点がある。
次に、主張関連証拠開示についても、予定主張との関連性があり、かつ開示の相当性があることが認められなければならないとの限界がある。例えば、敵性証人、接触できない証人については予定主張自体が不可能なのであるから、この制度では証拠開示を求められないという致命的欠陥がある。
実務上も、「証拠の厳選」の大義名分の下、検察官の請求証拠は極めて限定され、その後の類型証拠開示、主張関連証拠開示でやっと証拠の全貌が判明するために、弁護側の予定主張の方針が定まらず、公判前整理手続きが長期化するとの問題も生じている。2010年(平成22年)5月2日には、竹崎博允最高裁長官も「公判前整理手続きが長引き、審理開始まで時間がかかりすぎている」、「公判前整理手続きが長引けば被告の拘置期間が長くなり、(証人の証言など)証拠価値も下がる。検察官、弁護士とともに無駄を省く努力をすれば改善するだろう」と記者会見で述べている。
さらには、同年6月には、大阪地裁の裁判員裁判で、検察が手持ち証拠を開示していなかった事実が判明し、同事件を担当した裁判長が「公判前整理手続きの趣旨を無にし、弁護側の防御に重大な不利益が生じた。裁判員裁判であればさらに不利益が大きくなる」と指摘したことが報道されている(2010年(平成22年)6月21日付け産経新聞)。このような問題の前には、検察官の不開示に対して何らペナルティのない現行制度では全く無力と言わざるを得ない。
以上から、現行の類型証拠開示、主張関連証拠開示の制度には限界がある。
3 全面証拠開示の法改正こそが必要である
本来、当事者主義訴訟構造の下では、弁護人も検察官と対等に証拠を持ってこそ、当事者主義が実現するはずである。保釈が認められず被告人との打合せもままならず、強制捜査の権限もなく、決して十分とはいえない国選弁護費用で闘うことを強いられる弁護人の立場からすれば、少なくとも捜査機関の手持ち証拠の全面開示を義務づけ、その際に証拠の標目を明らかにさせる法制度が必要である。そのような制度が実現すれば、公判前整理手続き段階での混乱も回避出来る。
わが国は、経済的には先進国なのかもしれないが、こと刑事訴訟制度について言えば、取調の可視化は未だ実現せず、証拠の偏在も解消されないなど、到底、他の先進国のレベルには及ばない人権後進国である。
是非とも、刑事訴訟法を改正し、証拠の全面開示を認めるべきである。
以上