中弁連の意見

 中国地方弁護士会連合会は、裁判員裁判における死刑求刑が予想される事案(以下「死刑求刑事案」という)について、下記の運用改善及び法改正を行うよう求める。

  1.  裁判所は、十分な審理日数及び評議日数を確保するとともに、審理の硬直化を避け、必要があれば公判前整理手続で予定していた審理期間の延長を図ること、また、責任能力、犯罪の原因分析、更生可能性に関する被告人及び弁護人の鑑定請求を積極的に採用すること
     
  2.  検察官は、公判前整理手続の段階で、死刑求刑を行う可能性があるか否かを明らかにすること
     
  3.  国会は、死刑を評決するときには、裁判官及び裁判員の全員一致を要件とする法改正を行うこと

 

 以上のとおり決議する。

 

2011年(平成23年)11月18日

中国地方弁護士大会

提案理由

1 裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という)が施行されて3年目となるが、2011年(平成23年)6月30日現在、次表のとおり、計10件の事件で死刑が求刑され、うち8件の事件で死刑の判決が下されている。

 

  裁判所 判決日 罪名 審理日数 評議日数 判決結果 審級
1 東京地裁 H22.11.1 殺人等 5日 4日 無期懲役 確定
2 横浜地裁 H22.11.16 強盗殺人等 6日 3日 死刑 確定
3 仙台地裁 H22.11.25 殺人等 5日 2日 死刑 被告人控訴
4 宮崎地裁 H22.12.7 殺人等 6日 7日 死刑 被告人控訴
5 鹿児島地裁 H22.12.10 強盗殺人等 10日 14日 無罪 検察官控訴
6 東京地裁 H23.3.15 強盗殺人等 7日 6日 死刑 被告人控訴
7 長野地裁 H23.3.25 強盗殺人等 5日 3日 死刑 被告人控訴
8 横浜地裁 H23.6.17 殺人 7日 4日 死刑 被告人控訴
9 静岡地裁沼津支部 H23.6.21 強盗殺人等 3日 3日 死刑 被告人控訴
10 千葉地裁 H23.6.30 強盗殺人等 9日 5日 死刑  

 

 これらの裁判員裁判の裁判期間は、無罪となった⑤鹿児島地裁判決を除き、3~9日程度の審理を終えて、その後2~7日程度の評議を行って判決に至っており、非常に短期間の審理や評議で極刑である死刑の結論が下されていることが明らかである。

 特に、被告人が少年であった③仙台地裁判決の事案においては、社会記録の取扱に問題があったのではないかという指摘がなされている。すなわち、同事案の裁判員の記者会見において、「厚さ5センチの社会記録について、検察側が読んだ部分はペーパー3枚、弁護側が読んだ部分はペーパー4枚に過ぎず、公判で証拠調べに費やした時間は30分程度だった」と報告された。少年の場合、幼少時代の虐待体験などの成育上の問題が非行に結び付く可能性が高い。したがって、犯罪の原因分析や更生可能性の判断を行うためには、社会記録を十分に取り調べるなどして、審理と評議を尽くす必要がある。にもかかわらず、5日間の審理と2日間の評議だけで死刑判決を下すのは、あまりにも短い。

 事案の真相を解明し、誤判を防止するという観点からも、被告人の防御権を保障するという観点からも、このような拙速な裁判は問題である。

 

2 そもそも死刑制度については、先進国の多くが死刑を廃止しており、国連から死刑の廃止を求める勧告が出され、日弁連も当面の間の死刑の執行の停止を求める決議をしているなど、制度の是非そのものが議論されている。

 仮に、死刑制度存置の是非をおいておいたとしても、死刑は国家権力によって生命を奪うことが正当化される極刑であり、誤判であった場合に取り返しのつかないことになることは論をまたない。

 戦後、免田事件や財田川事件など、死刑確定事案が再審によって覆されたケースは4件存在する。それ以外にも、幸浦事件、松川事件のように、下級審での死刑判決が上級審で覆ったケースが5件存在する。また、死刑確定事案ではないが、無期懲役が確定していた足利事件が再審によって無罪とされたことは記憶に新しいところである。このように、職業裁判官によるいわゆる精密司法の下でも誤判の危険は存在しているのである。ましてや、より十分な時間が必要と考えられる一般市民の参加する裁判員裁判で、裁判員の負担を軽減する目的で、死刑求刑事案において拙速な裁判が実施された場合、取り返しのつかないことになる危険はさらに大きい。

 

3 上記1で述べたように、これまでの裁判員裁判で死刑判決に至ったケースは、通常の裁判員裁判よりは多少は長めであるが、それでも3~9日程度の審理と2~7日程度の評議によって死刑を選択しており、極刑を選択するには短すぎると言わざるを得ない。死刑を選択することがやむを得ないといえるかどうか、審理と評議を尽くすために、事案の性質に応じた必要な日程を確保すべきである。

 さらに、死刑求刑事案では、責任能力に問題があったり、何故に残忍な犯行が行われたかの原因が不可解であるケースが多い。そのため、弁護人だけの活動には限界があり、精神科医や臨床心理士などの専門家の分析が不可欠である。また、死刑という極刑を選択するにあたり、被告人の更生可能性について十分に検討し、なお極刑を回避できないと言えるか否かが重要となるところ(永山基準参照)、これも弁護人だけの活動で証明することは非常に困難である。

 そこで第1に、裁判所は、十分な審理日数及び評議日数を確保するとともに、審理の硬直化を避け、必要があれば公判前整理手続で予定していた審理期間の延長を図るべきである。また、被告人及び弁護人の鑑定請求(責任能力を争う精神鑑定だけではなく、情状鑑定(精神科医や臨床心理士が担当し、面接や心理テストを行って、本人の性格や知能、さらに生い立ちにまで遡って犯罪の動機や原因を分析する鑑定)を含む)を積極的に採用すべきである。

 その結果、裁判員の負担が重くなるのは事実であるが、刑事裁判の防御の主体は被告人であって、裁判員の利益が被告人の利益に優先するという発想自体に誤りがある。むしろ、裁判員の立場からしても、死刑を選択すべきか否かという重大な問題につき、慎重かつ適正な判断を行うためには、十分な審理日数及び評議日数を確保することが不可欠である。他方、長期化に伴う裁判員の負担軽減は、十分な休憩、日当の補償、育児・介護サービスの提供、トラウマを抱えた裁判員への精神的ケアなど他の手段によって図るべきである。

 

4 第2に、検察官は、公判前整理手続の段階で、死刑求刑を行う可能性があるか否かを明らかにすべきである。そもそも公判前整理手続は、裁判員が参加する公判前の段階で争点の明確化を図り、審理予定を立てる目的で導入されたものであるが、死刑求刑が行われるか否かによって、死刑制度そのものの合憲性を争うなど弁護活動の内容も大きく変わってくる可能性があり、審理や評議に要する日数も大きく左右されるからである。また、裁判員の立場からしても、公判審理の開始段階であらかじめ検察官から死刑求刑を行う可能性があることを知らされていれば、極刑を回避できないと言えるか否かという観点からも慎重に証拠を吟味し、証人や被告人に関連質問を行うなどして、死刑選択の是非を熟慮出来るようになる。他方、検察官は公判の過程で当初予定していた求刑を最終的に変えることはあるだろうが、少なくとも公判前整理手続の段階で死刑求刑が相当と考えているか否かは明らかに出来るはずである。

 

5 第3に、評決で死刑という極刑を選択する以上、その判断はそれ以外の刑を選択するとき以上に謙抑的であるべきであり、だとすれば裁判官及び裁判員の全員一致を要件とすべきである。そもそも、日弁連は司法制度改革審議会に対し、死刑評決は全員一致を要求すべきとの意見具申をしていた(2002年(平成14年)7月31日付け日弁連司法改革実現本部「裁判員制度の具体的制度設計要綱」など)が、残念なことに、死刑評決も他と同様、少なくとも裁判官1名を含む過半数での評決が採用された(裁判員法第67条第1項)。

 この点、例えば、上記1の②横浜地裁判決の事案において、判決言渡後に裁判長が被告人に控訴を勧めるという異例の説示があったが、これは評議において死刑に反対した裁判員がいた可能性を示唆している。

 そして、死刑制度を存置するアメリカの州においても、2州を除いて(うち1州は特別多数決を要求している)、圧倒的多数の州で死刑判断は陪審員の全員一致が要件とされている。

 現在の裁判員法は、少なくとも裁判官1名を含む過半数での死刑評決を可能としているが、これは死刑はやむを得ない場合にのみ許されるとする永山基準の核心的な前提条件にも実質的に反しており、問題が大きいと言わざるを得ない。国会は早期に裁判員法の改正を行うべきである。

 また、裁判員法第3条第1項に基づいて裁判員裁判の対象事件から除外され、職業裁判官のみによる裁判となった場合においても、やはり死刑評決は全員一致を要件とすべきことに変わりはないから、あわせて裁判所法第77条第1項の改正を行うべきである。

 

6 裁判員法附則第9条では、政府は法律の施行3年後に施行状況に検討を加え、制度の見直しを行うこととされている。すなわち、現行の裁判員法による裁判員制度は完全無欠の制度ではないのであり、当初から施行状況をフィードバックして改善を図ることが予定されている制度なのである。かかる附則の趣旨からも、特に問題の大きい死刑求刑事案については、少なくとも、本決議に掲げるような運用改善及び法改正を早期に行うべきである。

以上の理由から、本決議を提案するものである。

以上