中弁連の意見
- 2011年(平成23年)3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生し、東京電力福島第一原子力発電所1、2、3号機は、原子炉炉心から放射性物質を環境に大量放出・拡散し(以下「福島第一原発事故」という)、「安全神話」が崩壊した。福島第一原発事故から4年が経過した2015年(平成27年)7月現在、未だ11万0726人もの福島県民が避難生活を余儀なくされている。
- 福島第一原発事故では、原発の安全神話に依拠し、複合災害(地震・津波と原発)や過酷事故(シビアアクシデント)対策等、「万が一の災害」を想定せず、緊急事態応急対策等拠点施設(以下「オフサイトセンター」という)への過信もあいまって、事前の原子力災害訓練や避難計画がきわめて不十分であったことなどにより、避難指示の住民への情報伝達が機能せず、住民の混乱を招いた。
- 原子力災害が複合災害になる可能性や、通信手段が失われることなどを念頭に、住民への伝達方法を含む緊急時の情報体制や避難計画を策定する必要がある。
また、避難指示は、迅速に行わなければならない一方、むやみに避難区域を広げてしまうと、避難経路で交通渋滞が生じ、よりリスクの高い原発周辺の住民が迅速に避難できない状況になってしまう可能性が高く、高齢者や障がい者、入院患者など、自力での避難が困難な要援護の住民の避難支援は、広域避難では極めて難しいものとなることを想定すべきである。したがって、避難計画の策定に当たっては、実効性を伴った避難区域の範囲・避難経路・避難手段・避難場所を決定し、かつ、避難先の受入計画も、長期にわたる避難者の生命・健康に十分配慮して策定する必要がある。
- このように、福島第一原発事故における避難の実態から得られた教訓は、重大、かつ、多岐にわたっており、そもそも、原子力災害から住民の生命・健康を守るためには、厳格な設計基準等の規制基準が定められるべきことは勿論であるが、さらに、原子炉施設からの公衆の十分な離隔がとられていること(以下「離隔要件」という)及び実効性のある避難計画が策定されていること(以下「実効性ある避難計画」の策定という)も必要であることが明らかとなった。
- IAEA(International Atomic Energy Agency・国際原子力機関)や米国の基準においては、原子力発電所の設置・運転の許認可の要件として、公衆を被ばくから守るための立地審査における離隔要件と緊急時計画の実効性が求められている。
しかし、日本の現行法制度においては、この「離隔要件」や「実効性ある避難計画」の策定は、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(以下「原子炉等規制法」という)に基づく原子炉の設置(変更)許可の要件となっておらず、また、これらの要件についてチェックする機関も仕組みもない。
- さらに、避難計画の策定プロセスにおいては、情報公開も不十分であり、かつ、避難させられる原子炉施設の周辺住民の意思を反映する法制度も一切ない。
- 現在策定されている避難計画については、その実効性が疑問視されている。
上記の「離隔要件」及び「実効性ある避難計画」なくして、原子炉の運転を開始することは許されない。
よって、中国地方弁護士会連合会は、国、原子力規制委員会、関係地方自治体及び電力会社に対し、それぞれ、次のとおり、求める。
- 国は、原子炉等規制法を改正し、「離隔要件」及び「実効性ある避難計画」の策定を、原子炉設置(変更)許可の要件とすること
- 原子力規制委員会は、原子力規制委員会規則を改正し、「離隔要件」及び「実効性ある避難計画」の策定を、原子炉設置(変更)許可の要件とすること
- 原子炉施設の立地自治体及び周辺自治体は、原子力災害にかかる避難計画の策定手続きにおいて、住民自治の担い手である住民の意思を反映すべく、徹底した情報公開と住民参加の方策を講じること
- 電力会社は、発電用原子炉について、原子力規制委員会によって、「離隔要件」及び「実効性ある避難計画」の策定の要件が充足されていると認められるまでは、当該原子炉を運転してはならないこと
以上のとおり決議する。
2015年(平成27年)10月9日
中国地方弁護士大会
提案理由
第1 福島第一原発事故の教訓
1 福島第一原発事故による原子力発電の安全神話の崩壊
(1) 2011年(平成23年)3月11日午後2時46分、観測史上最大のマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が発生した。直後から津波が発生し、これらの災害により、死者1万9225人、行方不明者2614人、負傷者6219人の人的被害が生じた[平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)について(第151報)消防庁対策本部]。
(2) 一方、同日午後3時27分ごろには、津波の第1波が、同35分ごろには、第2波が、福島第一原子力発電所に到達し(いずれも福島第一原子力発電所の沖合1.5㎞に設置された波高計の記録)、同35分ごろには、福島第一原発1号機、その後、42分頃までの間に、2~5号機の電源喪失により、原子力発電所の遠隔操作ができず、原子炉炉心により大量の放射性物質を環境に放出・拡散し、多くの住民が、放射線被ばくし、広範囲に放射能汚染をもたらした。福島第一原発事故は、IAEA(International Atomic Energy Agency・国際原子力機関)が定めた最悪のレベル7であった。
なお、国会に設置された「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」(以下「国会事故調査委員会」という)は、福島第一原発事故の原因を津波のみに限定することに疑念を呈し、「安全上重要な機器の地震による損傷はないとは確定的には言えない」と述べている。
(3) 福島第一原発事故後4年が経過した2015年(平成27年)7月現在、福島県災害対策本部の公表した福島県の避難者数は、未だ11万0726人(県内避難者6万5300人、県外避難者4万5395人、避難先不明31人)に上っている。
(4) 福島第一原発事故は、発電用原子炉施設(以下「原発」という)において過酷事故(重大事故)が起こり得ること、そして、過酷事故(重大事故)が起こった場合には、多くの市民が避難を余儀なくされ、生命・健康、生活基盤等の根幹が、広汎に危険にさらされることを、明らかにした。
原発の安全神話が崩壊した現在、原発の安全性を再検討することが求められている。
同時に、万が一、原発で事故が起こった場合にも、公衆を被ばくから守るため、原発が公衆から十分に離れていることが必要であり、実効性のある避難計画が必要である。
以下では、市民の生命・健康に極めて重要な関係を有する離隔要件及び避難計画の内容・実効性・原発の許可基準・再稼働における法的位置づけ等を、福島第一原発事故における避難実態を基に検討する。
(5) 福島第一原発事故については、国会事故調査委員会、政府による「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」、民間による「福島原発事故独立検証委員会」が、それぞれ、事故原因・避難の実態などを調査し、報告書が公表されているところ、それぞれの報告書の事実認識・問題意識・提言は、一部異なる点があるものの、おおむね共通したものであり、以下に掲げる避難実態とまとめは、主として、それら3つの報告書を基礎としたものである。
2 福島第一原発事故における避難実態
(1) 緊急事態応急対策等拠点施設(オフサイトセンター)の役割と機能不全
原子力災害発生時において、住民の安全確保を図るための応急対策を行う拠点施設として、いわゆるオフサイトセンターが、原発周辺の地方自治体に設置された。
しかし、大熊町にあるオフサイトセンターや代替施設である福島県相馬合同庁舎も被災したため、同センターと各機関との連携がとれず、各市町村は、官邸主導で実施された対応を十分に把握できず、自主的な判断で避難の対応を検討せざるを得ない事態が生じた。そのため、オフサイトセンターは、緊急事態応急対策等拠点としての役割・機能を果たすことができなかった。
(2) 政府による避難指示と結果
ア 政府は、2011年(平成23年)3月11日午後6時45分東京電力から異常事態の発生の通報を受け、午後7時03分原子力緊急事態宣言をし、午後9時23 分、「3㎞圏避難、3~10㎞圏屋内避難指示」、同月12日午前5時44分「10㎞圏避難指示」、午後6時25分「20㎞圏避難指示」、同月15日午前11時01分「20㎞~30㎞圏屋内退避指示」、同月25日「20㎞~30㎞圏自主避難要請」と避難指示を次々と拡大していった。
イ そもそも、政府による最初の避難指示は、迅速に行うべきであった。また、どこの住民が、どこに避難するかという想定もない中での避難指示であった。
さらに、屋内避難指示は、本来は、避難をするために外に出ることによって被ばくしてしまうよりも、短期間(最長2日間程度)、屋内でプルーム(放射能雲)をやり過ごす方が、被ばく量が少なくて済むという一時避難として想定されていたものである。しかし、4月22日の屋内退避指示解除まで、結果的に屋内避難が長期化した。
政府は、屋内退避指示を出した10日後の3月25日に、自主避難要請を出し、それを選択した住民もあり、そのため、店が閉まったりし、また、行政による物資の支援も不十分で、屋内退避した人々にとっては、十分な生活基盤を失った状態が続いた。
ウ 特に、問題であったのは、「避難指示」ではない「自主避難」要請であった。「自主避難」とは、官邸に詰めていた枝野官房長官(当時)らが議論した際「車などの移動手段を持ち、自分で離れた場所へ移動、および避難場所の確保ができる人たちに関しては自主避難してもらう。しかし、そのような手段を持たない人に政府がバス等を用意しても乗る順番等でもめてパニックが起きる可能性がある。半径20㎞~30㎞圏の住民で独自に動けない人には屋内避難のままでいてもらう」という文脈で生まれた、新しい概念であった。
しかし、その概念の意味内容が曖昧であり、結果として多くの住民に不安を与えた。特に避難、屋内退避、それ以外の地域が入り乱れていた自治体で問題が生じた。
エ 上記アに記したように、政府の避難指示は、事故翌日までに、3㎞圏、10㎞圏、20㎞圏と拡大され、その度に、住民は、不安を抱えたまま長時間移動せざ るを得なかった。
オ また、福島第一原発事故の発生後、被害が拡大していく過程で避難区域が何度も変更され、多くの住民が判断の材料となる情報をほとんど知らされないまま、複数回の避難を余儀なくされた。
(3) 原発周辺の地方自治体における避難実態
ア 立地自治体を含む原発周辺の地方自治体は、原子力災害を想定してマニュアルや避難計画を策定していたが、原発事故によって町外に住民が避難することは事実上想定されておらず、屋内退避あるいは公共施設への避難のみを想定した具体的な計画が作成されていた。
しかし、福島第一原発事故では、原発から20㎞圏内にも避難指示が出るなど、想定されていた避難計画より広範囲の避難指示が出された。したがって、今後は、原子力災害の重大性・広域性を想定したマニュアルや避難計画が策定されるべきである。
イ 実際、当初想定されていた政府主導の避難態勢(政府が、避難指示を発出する)は、津波によりインフラ機能が失われ、実効性がなくなり、地方自治体が独自に避難指示を出さなければならない事態となった。
例えば、政府が「20㎞~30㎞圏屋内避難指示」を出したのを受け、いわき市が「外出自粛」を市全体に要請した。しかし、30㎞圏外に住む市民の多く(34万人中、5万人)が市外へ避難した結果、住民の流出が起こり、それにより周辺自治体の住民の不安が煽られ、流通業者の出入りが減り、物資が入らなくなるといった周辺自治体での経済活動や生活が困難なものとった。
したがって、避難指示による人や物資の流れを想定し、周辺自治体との連携を踏まえた避難計画の策定が求められる。
(4) 住民への情報提供の不十分性
ア 福島第一原発周辺の5町(双葉、大熊、富岡、浪江、楢葉)の住民で、同年3月12日午前5時44分に発出された10㎞圏内の避難指示よりも前に事故の発生を知っていた住民は20%以下であり、多くの住民の情報源は、テレビなどのメディアであった。
イ また、被害が拡大していく過程で、避難区域が広がり、多くの住民が複数回の避難を強いられたが、この間、事故の深刻さや避難期間の見通しなどの情報を含め、的確な情報を伴った避難指示を受けることができなかった。その結果、多くの住民は、ほんの数日間の避難だと思い、「着の身着のまま」で避難したが、そのまま長期の避難生活を送ることを余儀なくされた。
ウ 政府が、住民に避難の判断の材料となる情報をほとんど提供しないまま、ついには自主避難要請まで至ったことは、避難の判断を住民個人に丸投げしたともいえ、国民の生命・安全を預かる政府の責任を放棄したと言わざるを得ない。
(5) 複数回の避難と入院患者の避難
ア 事故翌日までに、政府からの避難指示は、3㎞圏、10㎞圏、20㎞圏と拡大され、双葉・大熊・富岡・浪江・楢葉・広野各町では、20%を超える住民が6回以上の避難を行っていた。その中には、前述のように、後に高線量であると判明する主に飯舘村等の地域に、それと知らずに避難した住民がいた。
したがって、最初の避難指示で、避難先を福島第一原発から20㎞以遠にしていれば、複数回避難が避けられた可能性があり、先を予測した対応が必要であった。
イ また、福島第一原発から20㎞圏内には、5市町村に7つの病院があり、事故当時、合計約850人が入院しており、そのうち約400人が人工透析等が必要な重篤な症状を持つ、又はいわゆる寝たきりの患者であった。
避難指示が発出された際、これらの病院の入院患者は、近隣の住民や自治体から取り残され、それぞれの病院が独力で避難手段や避難先を確保しなければならず、しかも、複数回の避難を強いられた結果、前述のように、2011年(平成23年)3月末までに、7つの病院及び介護老人保健施設を合わせての死亡者数は、60人に上った。
そのなかでも、特に悲惨だったのは、双葉病院であり、重篤患者34人と老人保健施設の98人は、約230㎞、かつ、10時間の移動を強いられ、車内で3人が死亡し、到着の翌日、11人が死亡した。
ウ このような過酷な状況に陥った要因は、医療スタッフの不足、避難区域が広範囲に及び、健康な住民も避難手段を必要としたため、交通インフラが逼迫したこと、患者が長距離・長時間の避難を強いられたことなどによる。
(6) ベントによる放射性物質の放出と避難中の被ばくの強要
ア 本来、住民は、放射性物質が、外部に放出される前に、避難を完了している必要があるところ、福島第一原発1号機では、同年3月12日5時44分の10㎞圏避難の指示に際し、住民の避難完了前に、ベント(格納容器内の水蒸気の圧力が高まり、容器そのものが破壊されるおそれが生じた際、水蒸気を外に逃がすこと)が実施され、原子炉施設から、放射性物質が放出された。
イ また、同日午後6時25分に、20㎞圏避難の指示がされたが、住民の避難が完了しないうちに、2号機・3号機で合計4回のベントが実施され、多くの住民が避難中に、被ばくを強いられた。
(7) 避難中の死亡者
ア 福島県内で、「震災関連死」(東日本大震災による直接の死亡ではなく、避難中の体調悪化などによる間接的な死亡で、福島県内の市町村が認定し、災害弔慰金が支給される。)と認定された人は、昨年9月末までに、1793人で、うち震災後1週間から1ヶ月以内(256人)、同1ヶ月から3ヶ月以内(333人)、同3ヶ月から6ヶ月以内(315人)、同半年から1年以内(349人)で、66歳以上は、1624人(約90%)であり(2014年12月27日付福島民報からの引用)、その多くが、「原発事故関連死」と言われている。
イ また、福島県災害対策本部の今年8月21日現在の「平成23年東北地方太平洋沖地震による被害状況即報(第1500報)」によると、「関連死」は、1948人になっている。
(8) 救助の断念
福島県浪江町請戸地区では、津波で被災し救助を待っていた人が多数おられたにもかかわらず、2011年(平成23年)3月12日早朝に避難命令が出されたため、その救助を断念せざるを得なかったという非情な事実があった。
3 福島第一原発事故の教訓
(1) 離隔要件の必要性
福島第一原発事故は、過酷事故が起こり得ることを明らかにした。
福島第一原発事故による被ばくを避けるため、2011年(平成23年)9月22日時点で、福島県で15万0837人(政府の指示による避難者10万0510人、自主避難者5万0327人)の住民が避難を余儀なくされたが、そもそも、事故が起きた場合に、公衆に被ばくによる影響を及ぼさないために、原発の立地は、公衆との間に十分な離隔(すなわち、原則として人が居住していない非居住区域や、低人口地帯等の条件)が取られている必要がある。
ところが、福島第一原発事故以前には、「原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめやすについて」(昭和39年5月27日原子力委員会決定・平成元年3月27日原子力安全委員会一部改訂)(以下「立地審査指針」という)が定められていたものの、仮に重大事故や仮想事故があったとしても、放射性物質の影響が及ぶのは、原発の敷地内に留まると解釈され、公衆との間の十分な離隔は確保されていなかった。
(2) 「実効性ある避難計画」の必要性
ア 更に、福島第一原発事故は、放射性物質の放出から公衆の安全を守るためには、福島第一原発事故前に、日本においてとられてきた多重防護という考え方(すなわち、深層防護の第1層から第3層までの原子炉施設の安全設計の問題のみの対応)では足りず、放射性物質が大量に放出される過酷事故(重大事故)への対策(同第4層:シビアアクシデント対策)及び放射性物質の影響を緩和するための周辺住民等の避難計画等(同第5層)が、それぞれ、独立して確保されなければならないことを、明らかにした。
イ 福島第一原発事故では、原発の安全神話に依拠し、複合災害(地震・津波と原発)や過酷事故対策等の「万が一の災害」を想定せず、オフサイトセンターへの過信もあいまって、事前の原子力災害訓練や避難計画が極めて不十分で、また、避難指示の情報伝達が機能せず、住民の大混乱を招いた。
したがって、複合災害の可能性や、通信手段が失われることなどを想定して、住民への情報伝達方法を含む緊急時の情報体制や実効性のある避難計画を策定する必要がある。
ウ また、避難指示は、迅速に行わなければならない一方、むやみに避難区域を広げてしまうと、避難経路で交通渋滞が生じ、よりリスクの高い原発周辺の住民が迅速に避難できない状況になってしまう可能性が高い。
エ また、高齢者や障がい者や入院患者など、自力での避難が困難な要援護の住民の避難支援は、広域避難では極めて難しいものとなることを想定し、避難計画の策定に当たっては、実効性を伴った避難区域の範囲・避難経路・避難手段・避難場所を決定し、かつ、避難先の受入計画も、長期に亘る避難者の生命・健康に十分配慮して策定する必要がある。
(3) このように、福島第一原発事故は、離隔要件の必要性と「実効性ある避難計画」の必要性を再認識させた。
離隔要件と「実効性ある避難計画」なしには、原発が設置・運転されてはならない。
福島第一原発事故を受けて、日本の原発が離隔要件と「実効性ある避難計画」の要件を満たしているのか否かについて、改めて、既設の原発についても遡って、厳格に検証が行われるべきである。
しかしながら、福島第一原発事故後の今も、現実には、このような検証は行われておらず、また、このような検証を行う法制度にもなっていない。
第2 離隔要件を巡る法的問題点とあるべき姿
1 福島第一原発事故以前
(1) 福島第一原発事故前の原子炉等規制法第23条第1項は、原子炉施設を設置(変更)するためには、原子炉の区分に応じて各大臣の許可(実用発電用原子炉施設の場合は、経済産業大臣の許可)を受けなければならないと定め、その許可要件として、同法第24条第1項第4号は、「原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。以下同じ。)、核燃料物質によつて汚染された物(原子核分裂生成物を含む。以下同じ。)又は原子炉による災害の防止上支障がないものであること」と定めていた。
(2) そして、各大臣は、この許可基準の適用について、原子力安全委員会の意見を聴き、これを十分に尊重しなければならないとされており、上記基準について審査するための指針として、「立地審査指針」が存在した。
立地審査指針には、「1 原子炉の周辺は、原子炉からある距離の範囲内は非居住区域であること」「2 原子炉からある距離の範囲内であって、非居住区域の外側の地帯は、低人口地帯であること」「3 原子炉敷地は、人口密集地帯から、ある距離だけ離れていること」と、「離隔要件」を定めていた。
しかし、この「ある距離」とは具体的な距離で定められていたのではなく、事故の場合に住民が浴びることを容認させる線量(非居住区域の全身線量の「めやす値」は、小児(甲状腺)に対して、1.5シーベルト以下、全身に対して0.25シーベルト等)によって定められていた。また、「重大事故」及び「仮想事故」は、いずれも、格納容器が破損することを仮定ないし仮想していなかった。その結果、「立地審査指針において、具体的な適用としては、『非居住区域』『低人口地帯』の範囲は、わが国の原子力発電所のほとんど全ての場合、原子炉施設の敷地内に包含されている。従って、実質的に、設置許可上必要な原子炉の安全性は、原子炉施設の敷地内で確保されている」(「安全審査指針の体系化について」平成15年2月原子力安全委員会)とされ、重大事故及び仮想事故の場合でも、敷地外に居住する周辺住民に与える影響はほとんど無視できるという驚くべき解釈で運用されていた。
(3) 他方、この立地審査指針は、福島第一原発事故以前、原子力安全委員会の原子力基準・指針専門部会の下に設けられた立地指針検討小委員会において、見直しが検討されており、米国のNRC(Nuclear Regulatory Commission・米国原子力規制委員会、以下「NRC」という)やIAEA等の立地基準等を参考にして、「大きな潜在的危険性のある原子力施設には念のため緊急時対応計画が必要であるとの国民的合意があることや国際的な基準類との整合性の向上の観点から」、中間報告案も策定されていた。
2 原子炉等規制法の改正
(1) 福島第一原発事故を受けて、原子炉等規制法は大幅に改正された。
原子力安全規制体制において、原子力安全・保安院、原子力安全委員会は廃止され、新たに設置された原子力規制委員会が安全審査を行うこととなった。
(2) しかし、改正原子炉等規制法第43条の3の6は、発電用原子炉施設の設置(変更)許可基準として、第1項第4号に、「発電用原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によつて汚染された物又は発電用原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであること」と定めたが、この規定は、改正前の原子炉等規制法第24条第1項第4号の内容を、そのまま引き継いでいるに過ぎない。
(3) 原子炉等規制法の改正を受けて、原子力規制委員会は、「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」(以下「設置許可基準規則」という)を定めるとともに、「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」の規程その他の規則及び関連内規等で構成される規制基準(以下これらをまとめて「新規制基準」という)を決定し、2013年(平成25年)7月8日に施行した。
(4) なお、改正原子炉等規制法には、設置許可基準適合性がバックフィット(既設の原発についても遡って適用され、新しい基準への適合性が求められること)される規定(第43条の3の14、第43条の3の23)が導入され、原子力規制委員会は、事業者から設置許可(変更)申請が出されると、同申請が改正原子炉等規制法に定められた許可基準に適合しているか否かの安全審査を行うこととされている(これは、一般に「適合性審査」と言われている)。
3 消えた「離隔要件」
(1) 本来であれば、旧原子力安全規制下において存在した「立地審査指針」=「離隔要件」は、福島第一原発事故の教訓を踏まえて、より厳格なものに改められるべきであった。
そして立地審査指針を厳格にあてはめれば、既存ないしは新設予定の原発は、すべて「離隔要件」が確保されていないから、立地の要件を満たさず、バックフィットの規定により、新規制基準に不適合となる筈であった。
(2) しかるに、原子力規制委員会は、旧原子力安全規制下における「立地審査指針」を引き継ぐことをせず、意図的に立地審査指針を新規制基準の体系から除外し、もって、新規制基準において、「離隔要件」の基準を欠落させた。
(3) そのため、現在、「離隔要件」は、原発の設置(変更)許可の要件ではなくなり、したがって、原子力規制委員会の適合性審査の対象とされておらず、国のいかなる機関も、責任をもって、これを審査する仕組みがない。
4 IAEA及び米国では、原発の設置・運転の許認可の要件として、「離隔要件」が求められている
一方、世界的にみれば、原子力発電所の設置・運転の許認可の要件として、立地審査の中で、「離隔要件」が求められている。
(1)IAEAの基準
IAEAの策定する基準の一つである、「原子炉施設の立地評価 安全要件」(Site Evaluation for Nuclear Installations NS-R-3,IAEA,2003)においては、「立地評価の主たる目的は、事故による放射性物質放出の放射線影響から公衆と環境を防護することである。また、通常運転での放出も考慮されるべきである。」としている(以下「」内に引用した訳文は、「2010年11月 独立行政法人原子力安全基盤機構」による)。
そして、同基準は、「立地地点の適性評価において、以下の側面を考慮しなければならない。」として、①「特定の立地地点の地域において発生する外部事象の影響」(自然現象:地震、津波、洪水、火山、人為的事象:航空機落下、工場火災)、②「放出された物質の人及び環境への移行に影響を及ぼすような立地地点及びその周辺環境の特徴」(人口分布、人口密度、地理、地層、気象、水文、放射線物質の拡散・移行・沈着、水の利用)、③「外部領域の人口密度、人口分布及びその他の特徴。ただし、これは、緊急時対策の実施可能性及び個人と集団に対するリスク評価の必要性に影響を与える限りにおいてである。」(人口分布、人口密度、道路・交通網、特殊住民群、情報、伝達、医療施設、学校)をあげ、これら3つの側面に対する立地評価の結果、「立地地点が容認できず、設計上の特性、立地地点の防護対策あるいは運営管理手順により欠陥が補償できないことが示された場合には、当該立地地点は不適切であると考えなければならない。」とされている。
立地における「離隔要件」に関して、同基準は、「施設の設計と工学的安全施設を考慮し、予想されるあるいは可能性のある放射性物質の放出について適切な推定」を行い、この放出された放射性物質が「人と環境に到達し影響を及ぼす可能性のある直接的及び間接的経路を特定して評価し」、「放射性物質放出に伴う公衆と環境への放射線リスクが容認可能なほどに低いことを確実にすることに関連して、原子炉等施設の立地と設計を確認しなければならない。」としている。
(2) 米国の基準
米国では、原子炉から半径約640m以内が立入制限区域、約4.8㎞以内が、低人口地帯に指定される。人口2万5000人以上の町は、その外れであっても原発から約6.4㎞離れていなければならない。さらに、半径32㎞以内の人口密度が制限され、16㎞と80㎞以内が、原子炉事故の発生に備えて緊急計画地帯(EPZ)とされる(「科学」2015年85巻4号。佐藤暁「ヤツコ元NRC委員長との対話から:原子力発電の将来」から引用)。
5 「離隔要件」を原発の設置(変更)許可要件として、原子炉等規制法に具体的に定めるべきであり、少なくとも、設置許可基準規則に明確に規定すべきである
以上のとおり、IAEAや米国の基準は、設置許可・運転許可の前提条件ないしは許可基準として、「離隔要件」を求めており、原子力規制委員会が、改正原子炉等規制法及び設置許可基準規則として、「離隔要件」を審査しないという現行の法制度は、原発に求められるべき安全性の重要な審査事項を欠落させていると言うべきである。
我が国においても、今後も、仮に原発の存続と運転を認めるのであれば、最低限、過酷事故(重大事故)が起こり得ることを前提に、原発について、立地における「離隔要件」を厳格に定め、審査されるべきである。
具体的には、国は、離隔要件を設置(変更)許可要件として、原子炉等規制法に具体的に定めるべきであり、原子力規制委員会は、これらの要件について、設置許可基準規則に明確に規定すべきである。
そして、既設原発について、原子力規制委員会において、離隔要件に適合しているか否かを審査し、この要件を充足していると判断されなければ、原発の運転を認めるべきではない。
第3 避難計画を巡る法的問題点とあるべき姿
1 福島第一原発事故の教訓
福島第一原発事故は、原発事故に備えた「実効性ある避難計画」の策定の必要性を明らかにした。
「実効性ある避難計画」の策定なくして、原発は、設置(変更)・運転されてはならない。
したがって、「実効性ある避難計画」の策定は、原発の設置(変更)や運転の要件とされるべきである。
しかるに、福島第一原発事故以前も、以後も、原発事故の避難計画に関する日本の法体系や原発の規制体制は、上記のようなものとなっていない。
2 避難計画の法体系
(1) 避難計画の法的な位置づけ
ア 原子力災害の際の地域住民の避難計画を含む緊急時計画は、災害対策基本法の体系の中に位置づけられている。
災害対策基本法における災害の定義は、主に自然現象に起因した事象が想定されていた。しかし、1999年(平成11年)9月に発生した東海村JCO臨界事故の教訓から、原子力災害の特殊性に鑑み、同年12月に原子力災害対策特別措置法(以下「原災法」という)が制定された。
上記2つの法律に基づき、都道府県は防災会議を設置し、都道府県地域防災計画を策定し、市町村は、これと整合的な形で市町村地域防災計画を策定することとなっている。
つまり、原子力災害における地域住民の避難計画は、これら地方自治体の防災計画の中で定められることとなっている。
イ また、原子力規制委員会は、原災法に基づき、2012年(平成24年)10月、原子力災害対策指針を策定し(その後、4回改定)、都道府県・市町村の地域防災計画は、この指針に基づいて策定されることとなっている。
ウ 更に、内閣府と消防庁の連名で、地域防災計画作成マニュアル(都道府県分・市町村分)が策定されている。それとは別に、原子力規制委員会が「地域防災計画策定に当たって考慮すべき事項について」を策定・公表しており、これは、地域防災計画作成マニュアルの解説資料的な位置付けとされている。この地域防災計画作成マニュアルは、ほぼ、地域防災計画の詳細なひな形といってもいいものであり、現に各都道府県で策定されている地域防災計画は、その大部分がマニュアルの構成・文言に沿った内容となっている。
(2) 住民の避難計画はどこで策定されるか
原子力災害が生じた場合、どの地区の住民が、どの手段で、どこに避難するのか、といった具体的な行動は、地域防災計画の中に書き込まれている場合や、地域防災計画とは別に「原子力災害避難行動計画」が策定されているケースがある(但し、未整備の都道府県も少なくないのが現状である)。
(3) 原子力規制委員会が避難計画を審査する仕組みになっていないこと
以上みてきた法体系は、原子炉等規制法等、原発の設置許可等の審査基準に関する法体系とは全く異なるものであり、相互に関連していない。つまり、原子力規制委員会は、原発の設置(変更)許可申請の審査において、地域住民の避難計画を審査する仕組みになっていない。
また、緊急時の「広域避難計画」の作成は、原発30㎞圏内の自治体に丸投げされ、その実効性をチェックする機関も仕組みも全くない。
福島第一原発事故後に改正された改正原子炉等規制法においても新規制基準においても、事故時に周辺住民が安全に避難できる実効ある「避難計画」の策定が、具体的に定められなかった。
したがって、「実効性ある避難計画」は、原子力規制委員会の適合性審査の対象とされていないし、国のいかなる機関も、責任をもって、これらを審査する体制がない。
(4) 住民の意思や意見を反映する仕組みがないこと
避難計画について、最も利害関係を有すると共に、地域の様々な実情や避難の際のニーズについて最も知識を有しているのは、避難の対象となる当の地域住民である。したがって、本来であれば、避難計画は、地域住民の意思を反映して策定されるべきである。
しかしながら、避難計画の策定プロセスには、避難させられる地域住民の意思を反映する法制度も一切ない。
3 IAEA及び米国では、原発の設置・運転の許認可の要件として、実効性ある緊急時計画の策定が求められている
(1) 先に述べたように、我が国においては、原子力災害対策に関しては、災害対策基本法、原災法が定められ、安全規制と原子力災害対策は異なる法体系の下におかれ、地域住民の避難等に関する緊急時計画は、立地自治体や周辺自治体が策定するものとされ、原発の設置(変更)・運転に関し、避難計画は、原子力規制委員会の審査の対象外とされている。
すなわち、地域住民の避難等に関する緊急時計画の策定は、原子力発電所の設置(変更)許可の審査と連動していない。
しかし、世界的にみれば、原子力発電所の設置・運転の許認可の要件として、実効性ある緊急時計画の策定が求められている。
(2) IAEAの基準
IAEAの策定する基準の一つである、原子力発電所の安全設計(Safety of Nuclear Power Plants:Design.NS-R-1、SSR-2/1)においては、深層防護(より高い安全性を求めるために、仮にいくつかの安全対策が機能しなくとも、全体として適切に機能するような多層的な防護策を構成すべきという考え方)の第5層として、事故により放出される放射性物資による放射線の影響を緩和することが求められ、そのために十分な装備を備えた緊急時管理センターの整備と原子力発電サイト及びサイト外の緊急事態に対する緊急時計画と緊急時手順の整備が必要とされ、それが実行可能であることが確認されなければならないとされている。
またIAEAの「原子炉施設の立地評価 安全要件」(Site Evaluation for Nuclear Installations NS-R-3,IAEA,2003)においては、前記のとおり、立地地点の適性評価において、第3の側面として、「外部領域の人口密度、人口分布及びその他の特徴。ただし、これは、緊急時対策の実施可能性及び個人と集団に対するリスク評価の必要性に影響を与える限りにおいてである。」(人口分布、人口密度、道路・交通網、特殊住民群、情報伝達、医療施設、学校)をあげ、緊急計画の実施可能性を立地評価において求めている。そして、「住民に対する放射線影響の可能性、緊急時計画の実行可能性とそれらの実行を妨げる可能性のある外部事象や現象を考慮し、提案された立地地点に対する外部領域を設定しなければならない。」とし、「プラント運転開始に先立つ外部領域に対する緊急時計画の設定において、克服できない障害が存在しないことをプラントの建設が始まる前に確認しなければならない。」としている。
(3) 米国の基準
米国では、スリーマイル島事故後、NRCの緊急時計画の規則は、公衆の健康と安全を守るための規制体系の重要部分であるとみなされ、深層防護の考え方を進めるためのものとして用いられている。
緊急時計画は、許認可発給条件の一つとなっており、建設許可申請時に提出する予備安全解析書(PSAR)には、予備的な計画が、運転許可申請時に提出する 最終安全解析書(FSAR)には、最終的な計画が必要となる。
NRCは、州と地方政府の策定した緊急時計画の妥当性及び実行可能性、並びに原子力発電施設の許可申請者の策定した原子力発電施設内の緊急時計画の妥当性と実行可能性を判断する。州と地方政府の策定した緊急時計画の妥当性と実行可能性については、NRCは、FEMA(Federal Emergency Management Agency・連邦緊急事態管理庁)が行った評価をもとに判断される。
NRC規則では、全出力運転の認可を出す前に、緊急事態において、公衆の健康と安全を守るための十分な体制を講じることが保証できる所見を求めている(§50.47 Emergency Plans)。
原子力発電施設内・外の緊急時計画は、NRCの定める基準に適合しなければならないが、米国においては、妥当で実行可能な緊急時計画の策定が原子力発電施設の運転許可条件になっており、IAEAの要求する5層目の深層防護が規制基準とされているのである。
実際、米国ニューヨーク州ロングアイランドにあるショーラム原子力発電所について、自治体や住民が同意できる実効性のある緊急時計画を策定できず、最終的には商業運転を行う前に廃炉が決定されたという例もある。
4 「実効性ある避難計画」を設置(変更)許可要件として、原子炉等規制法に具体的に定めるべきであり、少なくとも、設置許可基準規則に明確に規定すべきである
(1) 以上のとおり、IAEAや米国の基準は、設置許可・運転許可の前提条件ないしは許可基準として、「実効性ある避難計画」を求めている。一方、原子力規制委員会は「避難計画の実効性」を審査しないという現行の法制度(改正原子炉等規制法及び設置許可基準規則)は、原発に求められるべき安全性の重要な審査事項を欠落させており、深層防護の第5層については、法制度上、審査機関が存在しないのであって、世界基準から大きく後退しているものである。
(2) 我が国においても、今後も、原発の存続と運転を認めるのであれば、最低限、過酷事故(重大事故)が起こり得ることを前提に、住民の生命及び健康を守る最後の砦として、万が一過酷事故(重大事故)が生じた場合の周辺住民を確実、かつ、安全に避難させるための「実効性ある避難計画」が策定されるべきである。
具体的には、国は、避難計画を設置(変更)許可要件として、改正原子炉等規制法に具体的に定めるべきであり、少なくとも、原子力規制委員会は、これらの要件について、設置許可基準規則に明確に規定すべきである。
そして、既設原発について、原子力規制委員会において、避難計画の実効性を審査し、この要件を充足していると判断されなければ、原発の運転を認めるべきではない。
第4 避難計画の現状と徹底した情報公開と住民参加の下で「実効性ある避難計画」を策定することの必要性
1 島根原発と立地自治体及び周辺自治体の概況
島根原発の立地自治体(島根県及び松江市)、周辺自治体(30㎞圏内の自治体・安来市、出雲市、雲南市、鳥取県、米子市、境港市)の社会的にみた概況は、次のとおりである。
島根原発から10㎞圏内に、島根県庁、松江市役所、島根県警、松江市消防本部などの行政機関、保育園、小学校、中学校、高校、島根大学等の教育機関、災害拠点病院を含む医療機関、介護施設、松江刑務所等がある。また、島根原発から30㎞圏内には、松江市、出雲市、安来市、雲南市、境港市、米子市があり、そこにも、多くの小中高等学校、保育園、短期大学、大学もあり、各種行政機関、裁判所といった数多くの公的機関がある。
そして、島根原発から30㎞圏内に住む住民は、約46万9000人にものぼる。
2 立地自治体及び周辺自治体の避難計画の現状と問題点について
(1) 島根県及び鳥取県と30㎞圏内の6自治体(松江市、出雲市、安来市、雲南市、境港市、米子市)は、福島原発事故を受けて2011年(平成23年)5月に「原子力防災連絡会議」を設立した。島根県は、2012年(平成24年)11月に「原子力災害に備えた島根県広域避難計画」を策定し、鳥取県及び上記6自治体も広域避難計画を策定している。これらの広域避難計画は、約46万9000人もの住民を対象とするものである。
そもそも、避難計画は、事故時に、最大でどの程度の放射性物質が放出され、どのくらいの時間で拡散するか、どのくらいの期間で、どの範囲で影響が及ぶのか、どの程度の被害が生じるのかといったことが明確にならない限り、実効性あるものにはならない。しかし、立地自治体及び周辺自治体の作成した広域避難計画は、いずれも策定にあたり前提とされた条件が不明であり、およそ「実効性ある避難計画」とはいえない。
(2) 広域避難計画では、自家用車による段階的避難(まず、原発から概ね5㎞圏内の住民を先に避難させ、5㎞圏外の住民は、その間、屋内退避をし、5㎞圏内の避難が終わった後に避難を開始すること)を想定している。しかし、自家用車による避難は、福島第一原発事故で明らかなように、渋滞を引き起こし、余計な被ばくを強いるものである。また、事故時には、段階的な避難指示に従わず、自主的に避難を始めるものも相当数にのぼると想定され、段階的な避難を想定すること自体非現実的である。
現実に、島根大学の研究グループが松江市民を対象として行った調査によると、回答者の約5割が、原発事故時には、行政の指示を待たずに自己判断で避難する可能性を示している(2015年(平成27年)6月6日付山陰中央新報)。
(3) 広域避難計画では、各地域ごとに避難先と避難ルートを定めている。当該避難ルートの出発点は、それぞれの地域における一時集結所や自宅を想定している。しかし、平日の日中に事故が発生した場合、市民は一時集結所や自宅を出発点とした避難ルートを通ることはない。さらに、決められた避難ルートが、地震や積雪、浸水等によって通行不能になった場合、指定された避難ルートでの避難は不可能となり、さらに避難に時間を要することになる。また、想定されている避難ルートでは、事故時に放出された放射性物質の影響を避けることができず、住民らに被ばくを強いるものである。
また、決められた避難経由所や避難先施設には、土砂災害危険区域や津波の危険地域に立地する施設が多数指定されており、原災法及び災害対策基本法施行令に定める要件を満たしておらず、避難住民の安全が守られない。
さらに、避難先となっている自治体の避難者の受入れ準備も十分できておらず、避難先として有効に機能するか甚だ疑問である。
(4) 高齢者や障がいのある人など自力で避難することが困難な要援護者や自家用車を持っていない住民を避難させるためのバスや人員の確保についても、必要となるバスや人員数の推計根拠が明らかでなく、実効性も乏しい。また、児童・乳幼児、妊産婦、外国人、観光客・旅行者などの災害弱者の安全な避難や、避難後の生活について具体的な対策が講じられていない。
(5) 島根県の地域防災計画において緊急被ばく医療について定められているものの、立地自治体及び周辺自治体における広域避難計画においては、広域避難を必要とする事態に対応する緊急被ばく医療に関する事項について、何ら具体化されていない。
(6) 立地自治体及び周辺自治体における広域避難計画は、県の計画に基づいて、各自治体が策定することとなっている。それぞれが策定した計画に齟齬がないか等チェックする機関や仕組みがなく、実効性が担保されていない。
(7) さらに、立地自治体及び周辺自治体における広域避難計画の策定について、住民への周知も徹底されておらず、上記(2)の調査結果によれば、自らの避難ルートについて、原発に最も近い松江市鹿島町の37.6%、同市島根町の33.8%、両町以外の48.0%が、「全く知らない」と回答している。
原発事故時における避難計画として実際に機能するか疑問である。
(8) 2015年(平成27年)7月14日付け山陰中央新報によれば、島根県は、広域避難計画を大幅に改定し、避難ルートのタイミングを新たに盛り込んだり、避難時のスクリーニングの地点を追加したりする等の変更を行う予定である。これに伴い、周辺自治体の広域避難計画も改定されることになる。しかし、予定されている改定は、上記(1)ないし(7)の問題点を解決するものではない。また、避難ルートの変更等、住民らへ周知徹底させなければ、無用な混乱を生じさせるおそれもある。
3 徹底した情報公開と住民参加の下での避難計画の策定
(1) 原子力災害において、その生命及び健康が危険にさらされるのは、原発周辺の住民であり、したがって、避難計画を含む対応策の内容について、最も利害関係を有するのは、周辺の住民である。
しかしながら、現状の避難計画は、徹底した情報公開と住民参加のもとで、策定されているとは言い難く、そのことが、上記のとおり、実効性に対する様々な問題が生じる要因となっている。
(2) 国連人権理事会特別報告者アナンド・グローバー氏の、2012年(平成24年)11月15日から26日の日本での調査に基づく「到達可能な最高水準の心身の健康を享受する権利に関する報告」(「国連グローバー報告」)は、日本政府に対し、「地域社会、特に、社会的弱者を、原子力政策と原子力規制の枠組みに関する意思決定過程の全段階に確実に参加させることを求める。これには、原発の運転、避難区域、被ばく限度、健康モニタリング、賠償額に関する決定も含まれる。」と、勧告している。
(3) 原発の立地自治体及び周辺自治体は、原子力災害にかかる避難計画の策定手続きにおいて、住民自治の担い手である住民の意思を反映すべく、徹底した情報公開と住民参加の方策を講じるべきである。
4 「離隔要件」と「実効性ある避難計画」の策定なくして原子炉の運転は許されない
「離隔要件」が満たされていること及び「実効性ある避難計画」が策定されていることが原子力規制委員会によって認められるまでは、原子炉の運転は許されるべきではない。
第5 原発問題と中国地方弁護士会連合会の基本的立場
1 原発については、安全性、経済性、環境への影響、放射性廃棄物、労働者被ばく等多岐にわたる問題が指摘されており、中国地方弁護士会連合会(以下「当連合会」という)及び日本弁護士連合会(以下「日弁連」という)も、次のとおり、原子力に依存しないエネルギー政策へ移行すべきである旨の宣言・決議を行っているところである。
(1) 当連合会は、2011年(平成23年)11月に開催された第65回中国地方弁護士大会において、「福島第一原子力発電所事故による被害の適切な救済とエネルギー政策の転換を求める決議」を採択し、「国及び電力会社に対し、①中国電力上関原子力発電所の新設及び島根原子力発電所3号機の増設を含む原子力発電所の新増設を中止し、②既存の原子力発電所については、島根原子力発電所1号機など、運転開始後30年を経過したもの、同1号機、2号機を含め大規模な地震が発生することが予見される場所に設置されたものは、直ちに廃止し、③その他のものについても、10年以内の期限を定めて、段階的に廃止すること」、「国に対し、原子力に依存したエネルギー政策から、再生可能エネルギーへの転換及びエネルギー消費抑制と効率的利用を要とする、持続可能なエネルギー政策への移行を図り、そのために実効性のある制度を具体的に実施すること」を求めたところである。
(2) また、2012年(平成24年)5月の日弁連総会においては、「東日本大震災被災者及び福島第一原子力発電所事故被害者に対する支援活動を継続し、確実な安全性が確保されない限り停止中の原子力発電所の再稼働を許さない宣言」として、「深刻な原子力発電所事故被害の再発を未然に防止するため、現在停止中の原子力発電所については、福島第一原子力発電所事故の原因を解明し、その事故原因を踏まえた安全基準について、国民的議論を尽くし、それによる適正な審査によって確実な安全性が確保されない限り、再稼働しないことを求める。」旨の宣言がなされた。
(3) さらに、2013年(平成25年)10月、広島市において開催された第56回日弁連人権擁護大会においては、「福島第一原子力発電所事故被害の完全救済及び脱原発を求める決議」として、「国は、我が国の原子力推進政策を抜本的に見直し、以下のとおり原子力発電と核燃料サイクルから撤退すること。(1) 原発の新増設(計画中・建設中のものを全て含む。)を止め、再処理工場、高速増殖炉などの核燃料サイクル施設は直ちに廃止すること。(2) 既設の原発について、安全審査の目的は、放射能被害が『万が一にも起こらないようにする』ことにあるところ、原子力規制委員会が新たに策定した規制基準では安全は確保されないので、運転(停止中の原発の再起動を含む。)は認めず、できる限り速やかに、全て廃止すること。(3) 今後のエネルギー政策につき、再生可能エネルギーの推進、省エネルギー及びエネルギー利用の効率化と低炭素化を政策の中核とすること」との決議がなされた。
2 また、日弁連は、2014年(平成26年)6月20日付で「新規制基準における原子力発電所の設置許可(設置変更許可)要件に関する意見書」において、「原子力規制委員会は、新規制基準には以下の点に関する審査基準が欠けているので、既設の原子力発電所についての設置変更許可の適合性審査を停止すべきである。」として、「1 原子炉と周辺住民との間に、福島第一原子力発電所事故を踏まえた離隔がとられていること。」「2 事故時に、周辺住民が安全に避難できる避難計画が策定されていること。」という意見を表明した。
3 仮に、原子力規制委員会が規制基準に適合していると判断をしたとしても、原発の再稼働のためには、立地自治体の同意の必要がある。2014年(平成26年)6月、島根県弁護士会は、日弁連及び当連合会との共催で、日弁連第57回人権擁護大会プレシンポジウムとして、「原発・エネルギー政策をめぐる地方自治体の役割と住民参加」と題するシンポジウムを行い、この問題について、議論を深めた。
4 2015年(平成27年)8月、九州電力の川内原発が、新規制基準の下で再稼動されたことを巡り、火山対策や避難計画等様々な懸念が提起されているという状況の中、同9月12日には、広島弁護士会が、日弁連及び当連合会との共催で、「原発再稼動の是非」と題するシンポジウムを開催し、原発再稼動について、多角的な議論を行った。
第6 結論
本決議は、当連合会及び日弁連の上記の宣言・決議と基本的方向性を一にし、かつ、当連合会が共催した上記シンポジウムにおける問題意識を踏まえたものであるところ、特に、住民の安全を守るための重要な問題点のひとつとして、「離隔要件」と「実効性ある避難計画」に焦点を当てたものである。
以上の理由から、本決議を提案するものである。
以上
注)本文中の引用文に付した下線は、提案者において付したものである。