中弁連の意見

中国地方弁護士会連合会は、国、中国地方の各県及び各市町村に対し、成年後見制度を必要とするすべての人が、成年後見制度を利用することができるようにするため、以下の事項を要望する。

  1. 市町村長申立てに関し、各市町村において、申立てが必要な事案につき適正かつ迅速に申立てを行うために必要な予算措置、体制整備を行うこと
     
  2. 成年後見制度利用支援事業に関し、助成を必要とする人に対して積極的に助成を行うために必要な予算措置をとり、対象者を市町村長申立てに限定している市町村においては速やかに運用を改めること
     
  3. 市民後見推進事業に関し、市民後見人を積極的に活用するために、適切な支援体制を構築すること

 

以上のとおり決議する。

2015年(平成27年)10月9日

中国地方弁護士大会

 

提案理由

1 成年後見制度は「個人の尊厳」の原理を基礎とする

 2000年(平成12年)に、新しく成年後見制度が作られた。かつての財産管理に偏った禁治産制度から、身上監護を核とした制度となった。新しい成年後見制度は、自己決定の尊重、残存能力の活用、ノーマライゼーションという理念を私法の枠組みの中で実現しようとするものである。

 自己決定の尊重は、憲法第13条の「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、(中略)国政の上で、最大の尊重を必要とする。」という、個人の尊厳を基礎とするものである。

 ノーマライゼーションとは、障がいがある人も家庭や社会で普通に生活できるようにすることであり、要するに、社会でも家庭でも自らの選択した生活が送れるようにすることである。ノーマライゼーションも残存能力の活用も、基本には個人の尊厳を基礎とする自己決定の尊重の理念があるということができる。

 また、2000年(平成12年)に改正された民法第858条においては「成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。」と規定され、療養看護が財産管理と並ぶ後見人の事務とされるとともに、後見事務の遂行にあたっては、成年被後見人の意思を尊重し、心身の状態や生活の状況に配慮しなければならないこととされた。

 現在、我が国において緊急の課題となっている、障害者の権利に関する条約など成年後見制度に大きな影響を持つ世界的な動向への対応は、我が国の成年後見制度において、自己決定の尊重という理念を、いかに実現していくかという課題である。

 

2 現状、成年後見制度の利用は低調である

 ところで、直近5年間の成年後見制度の利用者数は、2010年(平成22年)12月末日時点で14万309人、2011年(平成23年)12月末日時点で15万3314人、2012年(平成24年)12月末日時点で16万6289人、2013年(平成25年)12月末日時点で17万6564人、2014年(平成26年)12月末日時点で18万4670人である(最高裁判所事務総局家庭局が示している統計情報「成年後見関係事件の概況」)。ここでいう、成年後見制度の利用者とは、後見開始、保佐開始又は補助開始の審判がされ、現に成年後見人等による支援を受けている成年被後見人、被保佐人及び被補助人並びに任意後見監督人選任の審判がされ、現に任意後見契約が効力を生じている本人である。

 一方で、潜在的に成年後見制度を必要としている人は、統計上、全国で、認知症高齢者が280万人(厚生労働省老健局2010年(平成22年)推計)、知的障がいのある人が74万1000人(2015年(平成27年)版障害者白書)、精神障がいのある人が320万1000人(同白書)の合計674万人以上に上る。すなわち、成年後見制度の利用者数は増加しているものの、潜在的に成年後見制度を必要としている人の数からすると、成年後見制度の利用は、依然として、きわめて低調であると言わざるを得ない。

 加えて、我が国は、2007年(平成19年)に65歳以上の人口が全人口の21%以上を占める超高齢社会に突入し、また、2014年(平成26年)10月1日現在の総人口に占める65歳以上人口の割合は、26%となっており(2015年(平成27年)版高齢社会白書)、今後ますます高齢者の割合が増加していくことは周知のとおりであり、成年後見制度を利用する必要がある人がますます増えていくことが容易に予想される。

 

3 「成年後見の社会化」に向けた取組み

 成年後見の利用については、適当な申立人がいない、申立費用の準備ができないといった申立時のハードルと、申立ての増加に応じた後見人等の確保が困難、後見人報酬の原資が不十分といった申立後の問題が、制度利用の足かせとして意識されている。
これに対し、現時点において、「成年後見の社会化」、すなわち、「社会福祉のインフラ整備の一環として、国や地方自治体が成年後見制度の利用可能性を広く市民一般に保障する責務を負うべきことになったこと」(「専門職後見人と身上監護」〔第2版〕上山泰著 民事法研究会)という理念から市町村長申立ての制度、成年後見制度利用支援事業、市民後見推進事業が、すでに実施されている。

 市町村長申立ての制度とは、市町村長が、高齢者、知的障がいのある人、精神に障がいのある人で判断能力が不十分と判断される人について、その福祉を図るために必要がある時には、成年後見人等の選任の審判を請求することができるとされる制度である(老人福祉法第32条、知的障害者福祉法第28条、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第51条の11の2)。

 成年後見制度利用支援事業とは、資力の乏しい人に対して、成年後見制度利用にかかる申立費用や報酬を助成する制度であり、厚生労働省所管の事業である。事業開始当初は、助成の対象者を市町村長申立てによる成年後見制度の利用者に限定していたが、2008年(平成20年)4月に当該要件が外された。

 市民後見推進事業は、厚生労働省所管の事業であり、認知症の人の福祉を増進する観点から、市町村において市民後見人を確保できる体制を整備・強化し、地域における市民後見人の活動を推進する事業であって、全国的な波及効果が見込まれる取組を支援するものである。2011年(平成23年)6月には、新設された老人福祉法第32条の2第1項において「市町村は(中略)、民法に規定する後見、保佐及び補助(以下「後見等」という。)の業務を適正に行うことができる人材の育成及び活用を図るため、研修の実施、後見等の業務を適正に行うことができる者の家庭裁判所への推薦その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」と定められ、市民後見人の育成・活用についての市町村の努力義務が規定され、第2項において「都道府県は、市町村と協力して後見等の業務を適正に行うことができる人材の育成及び活用を図るため、前項に規定する措置の実施に関し助言その他の援助を行うように努めなければならない。」と定められ、都道府県の助言及び援助の努力義務が規定されている。

 

4 「成年後見の社会化」は、いまだ道半ばである

 これまでの制度運用においては、親族以外の第三者後見人の選任の増加、市町村長申立ての増加、という2点を指摘することができる。

 直近の5年間で第三者後見人が選任された件数は、2010年(平成22年)が全体の約41.4%、2011年(平成23年)が約44.4%、2012年(平成24年)が約51.5%、2013年(平成25年)が約57.8%、2014年(平成26年)が約65.0%となっている(前記「成年後見関係事件の概況」)。

 また、直近の5年間で市町村長申立てがなされた件数は、2010年(平成22年)3108件(全体の約10.3%)、2011年(平成23年)3680件(同約11.7%)、2012年(平成24年)4543件(同約13.2%)、2013年(平成25年)5046件(同約14.7%)、2014年(平成26年)5592件(同約16.4%)となっている(前記「成年後見関係事件の概況」)。

 第三者後見人の選任、及び、市町村長申立件数が、それぞれ増加傾向にあることは、「成年後見の社会化」が徐々に浸透していると評価することができる。

 しかしながら、「成年後見の社会化」の実現、ひいては、成年後見制度の利用を必要とする人すべてが、利用できるようにする社会の実現という観点からすれば、現状は、いまだ道半ばと言わざるを得ない。

 まず、市町村長申立て制度に関しては、その件数は、いまだ全体の2割に満たない。予算措置を見ても、市町村長申立てに対する取組みにおいて、十分とは言い難く、かつ、自治体間において大きな格差がある。

 また、成年後見制度利用支援事業に関しては、2008年(平成20年)に市町村長申立て事案でなくても支援の対象とすることとされたが、現在でも対象を市町村長申立事案のみとする自治体があるなど、要件において自治体間に格差があり、利用実績から見ても、十分に活用されているとは言い難い。

 さらに、市民後見人に関しては、その選任件数が、2011年(平成23年)全国で92件、2012年(平成24年)118件、2013年(平成25年)167件、2014年(平成26年)213件に留まっている(前記「成年後見関係事件の概況」)。支援体制が十分でないこともあり、その利用が進んでいないのが実情である。

 

5 結語

 以上のとおり、潜在的に成年後見制度を必要としている人の数からすると、依然として、成年後見制度の利用はきわめて低調であると言わざるを得ない。

 加えて、超高齢社会に突入し、総人口に占める65歳以上人口の割合は26%となり、今後ますます高齢者の割合が増加していく我が国において、成年後見制度を必要とする人のさらなる増加が容易に予想される。

 成年後見制度を必要としている人すべてが、成年後見制度を利用できる社会の実現は、急務である。かかる社会の実現にあたっては、「成年後見の社会化」の理念に基づく、市町村長申立て制度、成年後見制度利用支援事業、市民後見推進事業は、いずれも、不可欠な社会保障制度と言っても過言ではない。

 現状において、成年後見制度の利用を促進すべく、市町村長申立ての制度に関し、申立てを適正かつ迅速に行う必要があり、成年後見制度利用支援事業に関し、対象者を市町村長申立てに限定している自治体においては運用を改め、助成を必要とする人に対して、積極的に助成を行う必要がある。また、市民後見推進事業に関し、適切な支援体制を構築し、市民後見人を活用できる環境を整える必要がある。 

 かかる対応により、各制度及び事業の実施に関する地域間の格差を是正するとともに、各事業のさらなる充実を図る必要がある。

 よって、当連合会は、国、中国地方の各県及び各市町村に対し、成年後見制度を必要とするすべての人が、成年後見制度を利用することができるようにするため、市町村長申立ての制度に関し、申立てが必要な事案につき適正かつ迅速に申立てを行うために必要な予算措置、体制整備を行うこと、成年後見制度利用支援事業に関し、助成を必要とする人に対して積極的に助成を行うために必要な予算措置をとり、対象者を市町村長申立てに限定している市町村においては速やかに運用を改めること、及び、市民後見推進事業に関し、市民後見人を積極的に活用するために、適切な支援体制を構築することを要望する。

 以上の理由から、本決議を提案するものである。

以上