中弁連の意見

中国地方弁護士会連合会は、子どもの教育を受ける権利を保障するために、国、各地方公共団体及び日本学生支援機構に対し、次の施策を講じるよう求める。

 

  1.  国及び地方公共団体は、公立高等学校授業料を無償化するとともに、私立高等学校の就学支援金制度を拡充すること
  2.  国及び地方公共団体は、国公立の大学の授業料について、大幅に減額するとともに、所得に応じた減免施策を充実させること
  3.  国及び地方公共団体は、給付型奨学金制度を創設すること
  4.  国は、貸与型奨学金については、無利子奨学金をより一層充実させるとともに、収入額が一定額を超えた場合に所得額に応じた金額を返還できる所得連動返還型の奨学金制度など経済的負担が少ない貸与型奨学金制度を創設すること
  5.  国及び日本学生支援機構は、貸与型奨学金の返済困難者に対し、個々の返済困難者の事情に配慮した柔軟な対応をすること

 

以上のとおり決議する。

2016年(平成28年)10月14日

中国地方弁護士大会

提 案 理 由

第1 はじめに

 憲法26条第1項は「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」と定め、この条項に基づき、教育基本法第4条(教育の機会均等)第1項は経済的地位によって教育上差別されないことを定め、同条第3項は、国及び地方公共団体は、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならないことを定めている。

 また、我が国は「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(以下「社会権規約」という。)を1976年(昭和51年)に批准している。社会権規約第13条第1項は、教育についてのすべての者の権利を認めるとし、第2項(b)は、「種々の形態の中等教育(技術的及び職業的中等教育を含む。)は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、一般的に利用可能であり、かつ、すべての者に対して機会が与えられるものとすること」とし、同項(c)は、「高等教育は、すべての適当な方法により、特に無償教育の漸進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられること」を定める。我が国は、社会権規約第13条第2項(b)及び(c)の規定の適用に当たり、これらの規定にいう「無償教育の漸進的導入」に拘束されない権利を留保していたが、2012年(平成24年)9月になってこの留保を撤回している。

 さらに、我が国は、「子供の権利条約」を1994年(平成6年)に批准しているが、同条約28条1項(b)は、「種々の形態の中等教育(一般教育及び職業教育を含む。)の発展を奨励し、すべての児童に対し、これらの中等教育が利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられるものとし、例えば、無償教育の導入、必要な場合における財政的援助の提供のような適当な措置をとる」とし、同項(c)は、「すべての適当な方法により、能力に応じ、すべての者に対して高等教育を利用する機会が与えられるものとする」と定める。

 子どもの教育には、将来の社会の担い手を育てる意義もある。子どもの生まれ育った家庭の経済的理由によって子どもの教育機会が制限されないよう、高等学校を始めとする後期中等教育及び大学等の高等教育の授業料及び奨学金制度を社会全体のものとして構築しなければならない。

 

第2 我が国の現状

1 高等学校の授業料の現状

 今日、高校学校等の進学率は約98%に達しており、国民的教育機関となっている。しかし、近年、経済状況の悪化に伴い、学費が納入できず卒業が困難となるなどの問題が指摘されていた。そこで、家庭の経済的状況にかかわらず、すべての就学意欲のある高校生等が安心して教育を受けることができるようにするため、2010年(平成22年)に「公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律」が成立し、公立高校の授業料が無償となり、国立・私立高校の授業料には授業料の金額を上限として月額の高等学校等就学支援金が支給されることとなった。しかし、2014年(平成26年)の改正によって「高等学校等就学支援金の支給に関する法律」と法律名が変更されるとともに、所得制限が設けられ、対象世帯は市町村民税所得割額が30万2400円未満(夫婦と子ども2人の4人世帯で世帯年収約910万円未満)の世帯に限られるようになった。また、高等学校等就学支援金には支給限度額が設けられており、現在の支給限度額は全日制私立高校の年間授業料を下回っている。

 一方、文部科学省「平成26年度子供の学習費調査」によれば、1年間の学校教育費(授業料、修学旅行費、学校納付金、図書費、通学関係費等)は公立高校で24万2692円、私立高校で74万0144円となっている。さらに、1年間の学校外活動費(学習塾・家庭教師等の補助学習費等)は、公立高校で16万7287円、私立高校で25万5151円となっている。前述の高等学校等就学支援金は、学校設置者が受領し、授業料に充てるものであるため、授業料以外の学校教育費、学校外活動費は支援の対象とならない。

 文部科学省「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」によると、2014年度(平成26年度)に高等学校を中途退学した生徒のうち、主たる理由を経済的理由とした者だけでも、公立・私立合わせて1208人であり、そのうち54.5%が授業料を滞納していたことを考慮すると、高校進学後、保護者等の経済力により、教育の機会を奪われている子どもはなお存在する。

 なお、各地方自治体において独自の支援制度を設けていることがあり、例えば、大阪府においては、市町村民税所得割額が15万4500円未満(夫婦と子ども2人の4人世帯で世帯年収約590万円未満)の世帯では私立高校の授業料が無償となり、市町村民税所得割額が15万4500円未満(同様に年収約590万円以上約800万円未満)の世帯では授業料負担が20万円となるように授業料支援補助金を支給している。2016年(平成28年)6月27日に発表された「平成27年度私立高校3年生の保護者を対象とした高校生活満足度調査の結果について」によると、「無償化制度があったので、私立高校に就学することができた」と回答した割合は、回答全体の中では83.7%であり、さらに、世帯年収別に見た結果では、同制度の適用を受けられる年収の最上位となる年収600万円以上800万円未満の世帯においても83.6%であり、すべての世帯層で8割以上の回答が得られた。また、当該制度の対象であった世帯は全体の59.2%であり、40.8%の世帯では対象とならなかった。この結果は、授業料負担を理由として私立高校への進学が妨げられる状況が多く存在しているということを示すとともに、年収要件に該当しない世帯においても同様の状況が相当数存在している可能性があることを示している。

 

2 大学授業料の現状

(1)我が国においては、大学の授業料は高騰し続けている。
 国立大学(現在の国立大学法人)においては、1975年(昭和50年)に年額3万6000円であった授業料が、2014年(平成26年)には年額53万5800円と約15倍になっており、私立大学においても、1975年(昭和50年)に年額18万2677円であった平均授業料が、2014年(平成26年)には年額86万4384円と約5倍となっている(文部科学省ホームページより)。
 ここで、物価の変動を見てみると、総務省統計局によれば、2010年(平成22年)基準消費者物価指数(全国・年度平均・持家の帰属家賃を除く総合(1947年度(昭和22年度)~最新年度))は、1975年(昭和50年)には58.8であったところ、2014年(平成26年)において104.3である。物価の変動を考慮してもなお、上記の授業料の高騰が著しいことは明らかである。
 元々、戦後の教育改革により、教育の機会均等を実現するため、一県一国立大学の原則とともに、その授業料等の学費は低く設定されていた。しかし、その後、受益者負担論により授業料が値上げされていき、それに加え、私立大学の学費の値上げが行われると、「格差是正」のための国立大学の学費の値上げも正当化され、現在に至っている。

(2)このような学費の高騰にもかかわらず、授業料の減免を受けることができる学生は、少数にとどまっている。
 1982年度(昭和57年度)においても、国立大学の授業料免除率は12.5%であったが、その後の授業料の高騰とは反対に、授業料の免除率は2002年度(平成14年度)には5.8%まで低下した。その後、大学の授業料免除率の引き上げや奨学金負担軽減策が取られ、関連予算が拡充されたものの、2015年度(平成27年度)の国立大学の授業料免除率は10.3%にとどまっている。また、私立大学が授業料減免措置を行う場合に、その2分の1以内の金額が国から補助されるが、その対象者の割合は数%にとどまっている。

 

3 奨学金の現状

(1)学生の置かれた経済的状況
 前述のように、近年、大学の授業料が大幅に高騰しているが、1970年代、80年代の時期は、それほど問題視されなかった。それは、日本が本格的な高度経済成長を 遂げ、終身雇用と年功序列を特徴とする日本型雇用が維持されていたことから、たとえ授業料が値上げとなっても、子どもが大学に入学する年齢になると、正規雇用である親の賃金もそれに見合って上昇していたので、授業料の高騰による負担の増加の問題が顕在化しなかったためである。
 しかし、1990年代に入りバブル経済が崩壊して以降、非正規雇用が増加し、また正規雇用を含むすべての労働者に対しても賃金カットがなされるようになり、世帯年収は、1990年代後半をピークに下がり始めた。世帯年収(中央値)でいえば、1998年(平成10年)には544万円であったものが、2014年(平成26年)には415万円となり、この間、約130万円も下がっている。これに対応するように、家庭から学校生活費への給付額は、2002年度(平成14年度)の155万7000円をピークに減少し、2014年度(平成26年度)には119万40000円にまで下がっている(以上大学昼間部の金額)。
 このように、親の収入に頼れない状況下で大学に進学しようと思えば、奨学金に頼らざるを得ない。また、雇用不況の中、金銭的に無理をしてでも大学卒の学歴を身に着けたいと考える者もいる。その結果、奨学金の受給状況は、1992年度(平成4年度)では大学昼間部では全体の22.4%に過ぎなかったものが、2014年度(平成26年度)になると全体の51.3%にまで上昇している。この数値は、日本では、もはや奨学金を借りなければ大学に進学できなくなったことを示している。
 独立行政法人日本学生支援機構(以下「機構」という。)が、今年公表した「平成26年度学生生活調査」によれば、昼間部大学の授業料は年間平均104万4600円、通学費・生活費等を含めた学生生活費は年間平均186万2100円となっている。これらの費用を貸与型奨学金で賄おうとすれば、学生は、修了までに非常に高額な奨学金返済義務を負うこととなる。

(2)現行の奨学金制度
 日本の奨学金制度のほとんどは貸与型であり、奨学金の中核を占める機構が行う大学等奨学金事業についていえば、すべて貸与型として行われており、無利子奨学金(第一種奨学金)と有利子奨学金(第二種奨学金)がある。機構の奨学金は年々事業規模を拡大しており、当初予算における貸与人員は1998年度(平成10年度)の約38万人から2016年度(平成28年度)の約132万人と約3.5倍に拡大しており、2016年度(平成28年度)予算における貸与人員についていえば、無利子奨学金が47万4000人、有利子奨学金が84万4000人となっている。
 また、機構の奨学金は、申込時に個人保証か機関保証を選択する必要があり、機関保証を選択した場合には、毎月奨学金から保証料を差し引いた額が学生の口座に振り込まれる仕組みである。借りた奨学金の返還を延滞すると、割賦月額に対して延滞金が課される。2014年(平成26年)3月以前の延滞金賦課率は10%であったが、同年4月以降に生じる延滞金は5%である。

(3)奨学金の返済状況
 このようにして、奨学金を受給してせっかく大学に入学しても、雇用環境の悪化により、大学生の就職率自体が相対的に低下し、就職できたとしても非正規雇用、あるいは正規雇用者であっても低賃金の職種に就かざるを得ない若年層が増加している。
 機構の調査では、2014年度(平成26年度)末の奨学金の滞納者数は32万8000人であり、そのうち3か月以上奨学金を滞納している人は17万3000人である。また、滞納者の約45%が非正規労働者又は職のない人であり、年収300万円未満の人が約78%にも上っている。このことは、若年層の貧困が奨学金返還を困難にしていることを示すものといえよう。
 また、保証につき個人保証を選択した場合には、本人が返済できなくなると、保証人として、高齢者となった親などが年金などから無理な返済を続けて、その生活もが破綻するというケースも生み出している。

(4)奨学金の回収強化の状況
 大学生の2.6人に1人が、機構の奨学金を利用しているところ、回収率は、第一種奨学金が96.9%、第二種奨学金が96.0%である(いずれも、2014年度(平成26年度))。
 機構では、延滞分の回収率が年々低下していることから、回収当年度分の返還時点での延滞をさせないことを、回収に当たっての主要な目標としており、そのために、①口座振替への原則全員加入、②債権回収会社(サービサー)による督促架電及び回収の委託、③コールセンターでの相談体制の強化、④法的措置の強化、⑤個人信用情報機関の活用といった施策を行っている。

(5)奨学金の返済に苦しむ人の増加
 このように、近年の経済情勢を背景に奨学金を返したくても返せない人が増加する一方で、返済金の回収強化策が進められている結果、自分の力ではどうすることもできず奨学金返済に苦しむ人が増加している。2015年(平成27年)11月18日に日本弁護士連合会主催で実施された全国一斉奨学金問題ホットラインにも773件の相談が寄せられた。その中には、収入が乏しいため、少しずつ奨学金の返済を行っていたところ、返済金の回収強化のために、返済額を増額するよう求められ困っているというものや、奨学金を受けた本人は学校卒業後も職につけず、収入がないため返済ができず、保証人になったものの年金収入しかない高齢の親族が請求を受け、支払うことができない、よもやこのようなことになるとは思わなかった、といったものがあり、問題の深刻さが浮き彫りになったところである。

 

4 教育の機会均等が損なわれていること

 子どもの教育費についても、子どもの教育を受ける権利(憲法第26条)、親の経済力により教育機会を差別されない平等原則(憲法第14条)、さらには、教育についての子どもの権利(子どもの権利条約第28条)の観点から、個人ではなく社会全体で負担するという理念に基づき、制度を構築する必要がある。そうすることで、初めて実質的に教育の機会の均等を図ることができる。しかしながら、現在の我が国においては後期中等教育及び高等教育を受けるためには、多額の費用を要することになる。

 そして、近年の雇用情勢の変化、とりわけ派遣社員の増加など非正規雇用の増大と貧困層の拡大により、子どもの親の世代の貧困化が進行しており、子どもの教育費の負担に耐えられず、子どもの学業続行を断念せざるを得ない状況にある。

 また、奨学金を返済する世代においても、非正規雇用の拡大等に伴う不安定な雇用状況及び低賃金層が増加した結果、奨学金の返済が困難となり家計の破たんを招いたり、連帯保証人が機構の求償に怯える状況が続いている。

 このような状況のもと、子どもが進学を希望したとしても、親の経済的状況や連帯保証人を付することができず、機関保証を得ても負担が増大すること、そして何よりも将来、奨学金の返済が困難になる恐れがあることなどから進学を断念せざるを得ない結果をもたらしており、子どもが等しく教育を受ける機会を保障されていない状況にある。

 

第3 諸外国の現状

1 多くの国が後期中等教育を無償化していること

 諸外国では多くの国で後期中等教育を無償としている。公立高校では授業料や教科書代が無償となるアメリカ合衆国では、州ごとに取扱が異なるが、早くも1827年(文政10年)にマサチューセッツ州で無償化が実現していた。このほか、1944年(昭和19年)にイングランド・ウェールズで無償化が実現したイギリス、1919年(大正8年)のワイマール憲法で無償化となったドイツなど、先進国では随分前から高校の授業料は無償とされている。現在、主要先進国の中で高校の授業料を徴収しているのは、イタリアと日本だけである。

 我が国は社会権規約を1976年(昭和51年)に批准したが、同規約第13条第2項(b)及び(c)の規定(中等教育・高等教育)の適用に当たり、これらの規定にいう「無償教育の漸進的導入」に拘束されない権利を留保した。2012年(平成24年)9月になって日本はこの留保を撤回したが、この段階で権利を留保していたのは、批准160か国中、日本とマダガスカルの2か国だけであった。それほどに、日本の高等学校無償化の取組は国際的にも突出して遅れた状況にあった。

 

2 多くの国で学生の負担の軽減を図っていること(国立国会図書館「諸外国における大学の授業料と奨学金」2015年(平成27年)7月9日)

(1)諸外国における高等教育機関の授業料と奨学金については、OECDによれば、授業料水準の高低と公的補助水準の高低によって、①低授業料・高補助、②高授業料・高補助、③高授業料・低補助、④低授業料・低補助に分類される。
 ①低授業料・高補助の国は、ドイツや北欧諸国であり、②高授業料・高補助又は④低授業料・低補助のいずれかに分類される国が多数を占める。③高授業料・低補助に分類されるのは、我が国、韓国、チリの3か国にすぎない。

(2)そして、OECD加盟34か国における国公立大学の授業料の有無と給付制奨学金の有無を見ると、日本のように、国公立大学の授業料が高めで、かつ、国による給付制奨学金の制度が設けられていない国は、OECD加盟国には存在しない。
 高額授業料と言われるアメリカ合衆国や韓国のみならず、授業料を無償とする国でさえ、給付型奨学金によって、更に学生への経済的負担の軽減を図っているのである。

(3)そして、近年は諸外国においても授業料と奨学金を併せた制度の見直しが進行中である。
 国の財政状況の厳しさは世界的に共通しているものの、国民の負担のみを増す政策は容易には実現せず、国民の理解を得るための配慮が多く見られる。例えば、イギリスは、大幅な授業料値上げによって②高授業料・高補助のモデルへ移行しつつも、給付制・貸与制の奨学金を同時に拡充している。また、日本と同様、③高授業料・低補助の韓国では、給付制奨学金の制度を新たに設け、低補助から高補助へのシフトを図っている。

 

3 給付型奨学金を取り入れる国が増大していること

 上述のとおり、2014年度(平成26年度)には、OECD34か国の中で、③授業料水準が高く、公的補助水準が低いモデルに分類されているのは、日本、韓国及びチリの3カ国のみであった。もっとも、チリは、2016年(平成28年)に30%の学生の大学授業料を無償とし、今後も対象を拡大することを視野に入れている。韓国も2008年(平成20年)から給付制奨学金の制度を設け、対象を拡充させている。

 また、②高授業料、高補助に分類されるオランダ、イギリス及びアメリカ合衆国においても、給付制奨学金の制度が存在する。

 日本のように国公立大学の授業料が高めに設定され、かつ、国による給付制奨学金の制度が設けられていない国は、少なくともOECD諸国にはなく、国際的に見て、日本の奨学金制度は大きく立ち後れていると言わざるを得ない。

 さらに、低授業料、高補助のモデルに分類されるデンマークは、高等教育の授業料は無償とされ、また、給付制奨学金も標準就業年限+1年を上限に、全学生が受給できるなど、日本とは大きな開きがある。

 

4 教育財源についての国際比較

 ところで、教育の無償化や奨学金問題を議論する際に、常に政府が消極的な理由とするのが財源問題である。ちなみに、我が国の2015年度(平成27年度)予算では、高等学校等就学支援金3830億円、高校生等奨学給付金79億円、大学等奨学金事業(無利子奨学金事業)748億円、国立大学・私立大学等の授業料減免395億円の各予算規模である。文部科学省予算の国家予算に占める割合は約6%に過ぎない。
 なお、我が国の公財政教育支出の対GDP比は、3.8%であり、データの存在するOECD加盟国の中で最下位である(文科省資料「我が国の教育行財政について」Ⅱ.諸外国と比較した我が国の教育投資(1))。

 今こそ、我が国も、フィンランドが1990年代初頭に失業率が20%を超える経済不況に苦しんでいた際に、オッリベッカ・ヘイノネン教育相が主導して、教育の無償化を維持したことに学ぶべきである。同教育相は教育が有償化された場合には生活保護などの国家予算の負担が増大することを理由に財務省を説得したとのことである。その結果、フィンランドは、世界有数の教育立国となり、IT産業の成長で景気を回復したのである。ちなみに、フィンランドの教育予算は国家予算の16%である(2003年(平成15年))。

 教育は国家の大計である。財源問題を理由に国家の大計を誤ってはならない。

 

第4 子どもの教育を受ける権利を保障するために当連合会が求めること

1 後期中等教育の無償化等

 今日、国際的に後期中等教育の無償化に所得制限を設けているような先進国はない。まずは、2014年(平成26年)から設けられた高校授業料無償化制度の所得制限を撤廃すべきである。高校授業料無償化制度導入時に、文部科学省は「この制度は、国民的な教育機関となっている高等学校等の教育を社会全体で支えることを目的としています。また、諸外国では後期中等教育が無償とされていることや経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約にも中等教育における『無償教育の漸進的な導入』が規定されるなど、高校の無償化は世界的にも一般的なものといえます。こうしたことを踏まえて、所得による制限なく支援することとしています。」としていた(文部科学省「公立高等学校の授業料無償化及び高等学校等就学支援金制度Q&A」)。高校の無償化が世界的に一般的であることは、現在も変わりがないのであって、わずか数年で撤回して所得制限を設けることは到底許されない。

 また、私立高校の1年間の学校教育費は公立高校の3倍以上となっていること、私立高校に通学する生徒が必ずしも高所得世帯とは限らないことからすれば、私立高校に通う低所得者世帯及び中所得者世帯の生徒に対する就学支援金の加算支給(現在の加算の上限は17万8200円)の抜本的な増額を図るべきである。

 さらに、授業料以外の教育費(修学旅行費、学校納付金、図書費、通学関係費、学習塾・家庭教師の補助学習費等)も軽視できない負担となっている。結局、高校の授業料の無償化だけでは、その後の大学等の高等教育への進学はおぼつかないのである。したがって、就学支援金の充実、給付型奨学金制度の拡充は不可欠である。


2 高等教育の無償化(減額化)・大学授業料等の減免

(1)上記のとおり、入学金や学費が払えず大学進学を断念する者や、入学しても授業料の支払いのために長時間のアルバイトを余儀なくされたり、卒業後も多額な奨学金の借金を抱える者が少なくないのが現状である。
 国民の「教育を受ける権利」は、日本国憲法第26条によって保障されているにもかかわらず、上記のような我が国の現状は、国民の(高等)教育を受ける権利を侵害し、ひいては日本の未来を危うくすることにもなりかねない。

(2)政府は、2012年(平成24年)9月11日、社会権規約第13条第2項の(b)(c)「中等教育及び高等教育の漸進的無償化」条項の留保を撤回している。したがって、高等教育を無償化させることが、国際社会に対する我が国の責務となっているのである。
 教育費用は社会全体で負担すべきとの理念に照らしても、国は、直ちに教育への財政支出を増やし、大学の授業料について大幅に減額をし、所得に応じた減免制度も充実させるべきである。

 

3 給付型奨学金制度の創設

 高等教育に関する日本の奨学金制度はそのほとんどが貸与型であり、国の制度として給付型の奨学金はない。

 貸与型奨学金は、原則として高等教育終了後にその返済が開始されることとなるが、これは、単に教育費の自己負担を後回しにしているに過ぎず、教育費を社会全体で負担すべきとの理念に反する。

 授業料が高騰した現状において、このような高額な奨学金債務は、奨学金返還者の大きな負担となるとともに、奨学金の利用を考えている者に対し、将来の高額な債務の負担を懸念して、高等教育機関への進学そのものを断念させるなどの萎縮効果を生じさせており、教育機会の均等の保障に反する結果となっている。

 したがって、奨学金制度は返済義務のない給付型を原則とすべきである。


4 経済的負担が少ない貸与型奨学金制度の創設

(1)貸与型奨学金の無利子化及び所得連動返還型奨学金制度の創設

ア もっとも、大学の学費が高騰している昨今、学費のすべてを給付型奨学金で賄うには多くの財源が必要となるため、即時全面的に給付型奨学金のみに移行するのは事実上困難とも考えられる。給付型奨学金制度を充実させた上で、それでも不足する学費を補うために貸与型の奨学金制度が必要な場合には、飽くまで給付型奨学金を補完するものとして位置付け、利用者の負担をできる限り少なくすべきである。
 現在の日本の貸与型奨学金制度は、有利子のものが大きな割合を占めているが、返済期間が長期に及ぶこともあいまって、利子は奨学金制度利用者の大きな負担となっている。また、理念的にも、利子まで自己負担とすることは利用者はあくまで自身の負担で教育を受けているにすぎず、教育を受ける権利の社会権としての側面として、そもそも国は国民に対し教育を受ける機会を整備すべき義務を負っているという理念と相容れない。

イ また、労働者の賃金の低下が続き、不安定な非正規雇用者が増えている現状において、経済状況が厳しく、返済を延滞する奨学金返済者が増加している。このような奨学金返済者の経済的状況に対応できるように、現行の所得連動返還型奨学金制度を見直すべきである。
 現行の所得連動返還型奨学金制度は、飽くまでも奨学金申請時の家計支持者の年収のみを基準として適用の可否が決定されることから、奨学金申請時の家計支持者の年収が要件に該当しない限り、貸与者自身の年収がいくら低くても、返還猶予を受けられないという問題がある。加えて、貸与者の年収が300万円を超えるまでは無制限に返還猶予を受けられるが、年収が300万円を超えた場合には年収によらず定額での返還が求められることとされており、収入が少ない者にとっては返還が重い負担となってしまうことに問題がある。

ウ 政府においても、所得連動型奨学金制度有識者会議において、現行の所得連動返還型奨学金制度の見直しを行うよう検討しており、2016年(平成28年)3月31日には「新たな所得連動返還型奨学金制度の創設について(第一次取りまとめ)」が発表された。新たな制度の主な特徴は、①申請時の家計支持者の所得要件は設けず、年収300万円以下の全員に適用可能とする、②所得が一定額となるまでは所得額にかかわらず定額(2000円)を返還する、③所得が一定額を超えた場合には、課税対象所得に9%を乗じた返還額とする、④返済猶予制度の申請可能年数を原則10年間とするというものであり、2017年度(平成29年度)新規貸与者からの適用が検討されている。
 しかし、このような制度は、①返済開始最低所得額(返済を開始することとなる所得の最低ライン)を設けていないため、返済が見込めない所得層にまで返済を課すこととなること、②申請可能年数を原則10年間と定めているため、右年数を経過してもなお返済困難な経済状態にある者に対して返済を課すことになることという制度上の問題点が残されている。
 エ 以上から、新しい所得連動返還型奨学金制度の創設に当たっては、①所得が一定額未満の者に対しては返済を求めないという返済開始最低所得額を設定する、②申請可能年数について制限を設けないこととする、とすべきであり、さらに、返済額が小さくなることでかえって返済期間が長期化することのないよう、③返済終了期限を設定する、などといった利用者の負担が少ない、適切なものにすることが重要である。

(2)保証の廃止
 個人保証の場合、本人が返済できなくなると、前述のように、年を取った親などが年金などから無理な返済を続けるというケースを生み出している。また、返済できない利用者は最終的に自己破産等の法的債務整理手続を採らざるを得ないところ、保証人である親などに迷惑をかけたくないとして、法的債務整理手続きに踏み切れないケースが多くある。
 現行の奨学金制度は、その借入額が大きくなること、返済期限が長期間にわたること、貸付時には利用者本人と保証人の返済能力が審査されて貸し付けられるものではないこと、返済時には保証人が高齢者となっていることが多いこと等、保証人に過度の負担を課すものである。本来教育を受ける権利を保障するのは国の責務であって、その責任を親などの保証人に転嫁することは許されないことからすれば、個人保証は廃止すべきである。
 他方で、機関保証については維持するとすれば、その保証料が高額であることから、奨学金の利用自体が不可能となる者が多くなる。したがって、機関保証も含めて保証自体を廃止すべきである。

(3)延滞金の廃止
 そもそも延滞金が課せられるのは、ペナルティー又は返済促進の手段にある。
 確かに、奨学金は将来の収入が引当てになってはいるが、借入時には将来の仕事や収入が予期できるものではなく、返済困難は、多くは雇用形態の悪化という本人の責任ではない理由によって生じており、これに対してペナルティーを科すというのは不合理である。
 また、延滞金が返還促進の手段となるのは、本人に十分な返済能力があることが前提となるが、実際には、先ほど述べた雇用形態の悪化など本人の力ではどうにもできない理由によって返還困難が生じていることが多いことからすれば、延滞金は何ら返還促進の手段となるものではない。
 したがって、延滞金は廃止するべきである。


5 現行制度の運用を改善し、奨学金貸与者が経済的な困窮に陥ることのないよう配慮すること

 機構の奨学金制度では、返済困難に陥った人に対する救済制度及びその運用は極めて不十分である。そこで、以下のように運用を改善すべきである。さらに、国としても必要な措置を講ずるべきである。

(1)救済制度の要件緩和
 返還期限の猶予は、災害、傷病、経済的困難、失業等の場合に、本人の申請によりその返済期限が猶予される制度である。
 前述した所得連動型返還制度の見直しがなされるまでの救済策として、この返還期限の猶予制度を利用しやすいものとすべきである。しかし、現行制度は、経済的困難を理由とする返還期限猶予は、給与所得者で年収300万円以下の者を対象にしているが、それは税額込の総収入を意味するとされ、扶養する子ども等がいる場合には、全く救済とはならない。また通算10年という利用期間の上限があり、今日の厳しい雇用環境に全く適合していない。
 したがって、返還期限の猶予については、収入基準を緩和し、利用期間の上限は撤廃すべきである。

(2)救済制度の運用による制限の撤廃
 返還期限の猶予、返還免除等の救済制度は、運用上も様々な不合理な制限がある。
 例えば、返還期限の猶予以外の救済制度についていえば、延滞金が発生している場合にはこれを解消しない限り救済制度の利用が認められない。返還期限の猶予について見ても、延滞金が発生している場合には要件が厳しくなっている。返済するための資力がないから救済制度の利用を求めているのに、救済制度の利用のために延滞金の解消を求めるのは矛盾である。そもそも、救済制度の内容が複雑で周知されていないこと、複雑な手続きが必要であること、機構の担当者自身の知識が不十分であること、等の本人の責めによらない事情から、救済制度を利用できずに延滞金が発生しているケースもある。その場合には、本来救済制度の利用によって延滞金の発生を防げていたはずなのであるから、延滞金の発生が救済制度の障害になるというのは不合理である。
 したがって、このような不当な運用による制限は直ちに止めるべきである。

(3)所得連動返還型奨学金制度の利用
 前述したように、現行の所得連動返還型奨学金制度を見直すべきであるが、現在返済困難に陥っている人に対してもその制度見直しの恩恵を与えるべく、現在返済困難に陥っている人に対しては、見直し後の所得連動返還型奨学金制度への変更を認めるべきである。

(4)延滞金の徴収の停止
 前述したように、延滞金の制度自体を廃止すべきであるが、現在返済に困っている人を救済すべく、既に発生している延滞金の徴収についてはこれを停止すべきである。
 そして、延滞金の制度廃止、延滞金の徴収停止が実施されるまでの間は、努力して少しずつ返済しても元金が全く減らないという事態をなくすべく、返済金の充当順序は、元金、利息、延滞金の順序にすべきである。

(5)保証人からの徴収の停止
 これも前述したように、保証自体廃止すべきであるが、現在返済に困窮している者に対して、保証人を担保に取立てを迫ることになれば、奨学金利用者の社会的自立を妨げることなる。したがって、既に発生している保証債務の徴収については、これを停止すべきである。
 そして、保証の廃止、保証債務の徴収停止が完全に実施されるまでの間は、保証債務の履行を求める際には、保証人の置かれた経済状況等に配慮して無理な請求がなされないようなルールを作るべきである。例えば、限られた年金などからの徴収を自粛し、自宅土地建物等生活に必要な財産からの回収は厳に慎むべきである。

(6)救済制度の周知
 返還困難となった人の多くは救済制度の存在自体を知らないものと考えられる。したがって、返還困難となった人に対しては、救済制度について、機構の方から、救済制度を教示すべきである。

以上