中弁連の意見
中国地方弁護士会連合会は、性暴力被害者に対する支援をより一層充実させるために、国、各地方公共団体に対し、次のとおり、求める。
- 性暴力被害者の置かれた立場を理解し、誤解と偏見をなくすよう国民に周知、広報すること
- 各地の性暴力被害者支援団体と警察、検察庁、各地方公共団体の支援・相談担当者、児童相談所、保健所、医療機関、学校等の関係各機関、及び専門家が被害支援事例のカンファレンスや意見交換会、勉強会、相互の研修を開く等、「お互いの顔がみえるような」連携を取ることができる施策を策定し、実施すること
- 各地の性暴力被害者支援団体が安定した運営をできるように、財政的支援をすること
以上のとおり決議する。
2016年(平成28年)10月14日
中国地方弁護士大会
提 案 理 由
第1 性暴力被害に対する誤解と偏見をなくす必要性
1 性暴力被害の概要
性暴力被害は「魂の殺人」と言われるように、被害者は自己の尊厳を踏みにじられる。
そして、被害後も、不眠、うつ状態、解離性障害、摂食障害、自殺念慮等に苦しめられ、自己嫌悪と人間不信に陥り、その被害が長期間にわたることが多い。そのため、被害者は外に出ることができず、働くことも社会生活を送ることも困難になることが多い。
被害現場が被害者の自宅や職場である場合、被害者が転居や転職を余儀なくされる。しかし、転居費用等を加害者に請求できる場合は極めて少なく、被害者は性暴力によって、経済的損害を被ることもある。
インターネットが発展した現在では、一番知られたくない被害者の個人情報がインターネットにさらされることすらある。
被害者が勇気を出して、警察に届け出れば、警察、検察、裁判所で繰り返し被害状況を聞かれ、そのたびに被害を思い出し、苦しみが続く。
頼りにしていた親族、弁護士にすら、心ない言葉をかけられることもある。
このように、性暴力被害は、重大かつ多岐にわたるものだが、以下のとおり、警察の認知件数は少ない。
2 性暴力被害の実態
2016年度(平成28年度)犯罪被害者白書によれば、2015年(平成27年)の強姦の認知件数は1167件、強制わいせつの認知件数は6755件であった。
しかし、2015年(平成27年)3月に内閣府男女共同参画局が発表した「男女間における暴力に関する調査」によれば、異性から無理やりに性交された被害女性の67.5%は誰にも相談せず、また、相談した被害女性のうちでも、「友人・知人に相談した」が22.2%で一番多く、警察に相談した被害者は4.3%に過ぎない。
これらの統計からすると、実際の性暴力被害件数は、認知件数の何十倍にもなることは明らかである。
3 被害者が相談できなかった理由とレイプ神話
性暴力被害者が誰にも相談しなかった理由は、2012年(平成24年)発表の内閣府の「男女間における暴力に関する調査」によれば、「恥ずかしかった」46.25%、「どこに(誰に)相談していいかわからなかった」17.6%、「相談してもむだ」16.5%、「自分にも悪いところがあったと思ったから」16.5%であった。
ところで、性暴力被害については、往々にして「被害者の挑発的服装や行動が原因である。」、「若い女性だけがレイプ被害に遭う。」、「レイプ加害者のほとんどは見知らぬ人である。」、「本気で抵抗すればレイプは完遂されない(本気で抵抗しなかった被害者が悪い)。」等の、いわゆる「レイプ神話」が存在する。
相談者が相談できなかった理由の一番が「恥ずかしかった」ということにある背景には、被害者もレイプ神話に取り込まれているからだと考えられる。
4 レイプ神話の誤りと二次被害
しかし、レイプ神話は、誤解と偏見に基づく思い込みである。
児童に対する性虐待や高齢者が施設内で性暴力に遭うことは、しばしば報道で目にする事実である。また、男性の被害者も存在する。
上記2015年(平成27年)内閣府調査では、異性から無理やり性交された場合の加害者は、交際相手・元交際相手が28.2%、配偶者・元配偶者が19.7%、職場・アルバイトの関係者が13.7%であって、全く知らない人は11.1%であった。このように、性暴力の加害者は、多くが被害者と人間関係がある。
さらに、性暴力被害者自身の著書や講演、性暴力被害者の心理に関する多くの研究で明らかなように、性暴力被害の現場で加害者に抵抗することは極めて困難である。横浜で起きたセクハラによる損害賠償請求事件で、東京高等裁判所は、「米国における強姦被害者の対処行動に関する研究によれば、(中略)逃げたり声を上げたりすることが一般的な対応であるとは限らないと言われていること、したがって、強姦のような重大な性的自由の侵害の被害者であっても、すべての者が逃げだそうとしたり悲鳴を上げるという態様の身体的抵抗をするとは限らない」と判示して、被害者が逃げたり、悲鳴を上げて助けを求めなかったとしても、被害者の供述が不自然ではないと認定した(平成9年11月20日判決)。
秋田県で起きた強制わいせつによる損害賠償請求事件で、仙台高等裁判所秋田支部は、上記東京高等裁判所と同旨の判示を展開し、「性的被害者の行動のパターンを一義的に経験則化し、それに合致しない行動が架空のものであるとして排斥することは到底できないと言わざるを得ない。」と明確に述べている(平成10年12月10日判決)。
しかし、被害者自身も私たちもレイプ神話に取り込まれて、被害者は誰にも相談できずに、一人で問題を抱え込み、心身ともに被害が長期化、遷延化する。
そして、被害者が勇気を出して相談した場合、相談を受けた警察、弁護士、行政の担当者、医療機関スタッフから、レイプ神話に基づく心ない言葉をかけられ、二次的な被害に遭うこともある。
5 性暴力被害者への理解を深め、誤解と偏見をなくすこと
このような現状が続けば、性暴力被害者は、誰にも相談できず、相談したとしても二次被害に遭って支援が中断してしまうといった事態になる。
そこで、性暴力被害者とその被害への理解を深め、誤解と偏見をなくし、二次被害をなくすことが重要である。
そのためには、まず、性暴力被害者に関わる警察、女性相談センター、犯罪被害者支援団体、検察官、弁護士、学校関係者等に対し、誤解と偏見をなくすための適切かつ効果的な研修等を実施すると共に、国、地方公共団体において、学校教育現場で性暴力被害の実態や性暴力被害者の心身に及ぼす被害の深刻さ等を学び理解を深めることができるように周知、広報を続けることが必要不可欠である。
よって、国、各地方公共団体に対して、性暴力被害者の置かれた立場を理解し、誤解と偏見をなくすために、性暴力被害者に関わる諸機関の関係者の研修を行うと共に、とりわけ学校教育現場、更には、広く、国民に周知、広報することを求める。
第2 「お互いの顔がみえるような」連携の必要性
1 「さひめ」の活動を通じて
島根県では、産婦人科医師、助産師、臨床心理士、元家裁調査官、弁護士等の有志が、2014年(平成26年)1月11日、しまね性暴力被害者支援センターさひめ(以下「さひめ」という。)を発足させ、同年4月14日に一般社団法人化し、性暴力被害者に対する支援活動を行っている。
さひめは、連携型のいわゆるワンストップ支援センター(被害者がそこへ行けば必要十分な支援を受けることができる、ないし、必要十分な支援へつながる連携体制が整ったセンター)として設立された。
さひめは、週3回、午後6時から午後10時まで、2名の支援員が事務所に待機して電話相談を受けている。支援員は、産婦人科医師、助産師、臨床心理士、元家裁調査官、元養護教諭、弁護士等、様々な職種の専門家が参加している。
さひめの相談実績は、2015年(平成27年)4月から2016年(平成28年)3月までの間では、メール相談がのべ114件、電話相談がのべ58件、産婦人科治療がのべ8件、カウンセリングがのべ63件、弁護士相談がのべ18件であった。このうち、他機関からの紹介は、弁護士からの紹介が5件、スクールカウンセラーからの紹介が1件、養護教諭からの紹介が5件、児童相談所からの紹介が3件、検察庁からの紹介が1件で、設立当初から増加している。
さひめでは、上記の様々な職種の専門家が支援員として、クローズドではあるが、ケースに関する情報や経験を交流しあい、連携し合って、相談からカウンセリング、法律相談、受任へとつなげており、更には、支援員同士の密接な関係、支援員と関係各機関の密接な関係から、紹介事例が増えていると考えられる。
2 連携の内実とは
性暴力被害者支援については、心身の回復、経済的損害の回復、刑事裁判への対応、居住等の支援等、多岐にわたるきめ細やかな対応が必要とされるため、警察、検察庁、各地方公共団体の支援・相談担当者、児童相談所、保健所、学校、医療機関、性暴力被害者支援団体等支援に関係する機関の連携が必要である。
こうした連携を目的として、各地で、関係機関の協議会、連絡会等が開催されている。
しかし、会議を開くことに重きが置かれ、常日頃の活動となると、各機関が何処に相談していいのか迷ったり、各機関の連携を取ることができないことがある。
確かに、関係機関同士の協議会、連絡会ももちろん重要であるが、活動の中心である支援員(行政の相談担当者を含む)同士の連携がより重要であるということがさひめの活動から明らかになったといってよい。
協議会、連絡会で、年数回、機関の上級職にある人たちが参集するだけではなく、実際に支援活動をしている支援員同士が話し合ったり、支援例を勉強したり、相互に研修をしたりといった実践的で顔がみえる連携をすることで、安心して、被害者を他の機関につないだり、相談したりすることができるのである。
よって、国、各地方公共団体に対して、各地の性暴力被害者支援団体と警察、検察、各地方公共団体の支援担当者、児童相談所、保健所、医療機関、学校等の関係各機関が、被害支援事例のカンファレンスや意見交換会、勉強会、相互の研修を開く等、「お互いの顔がみえるような」連携を取ることができる施策を策定することを求める。
なお、事例カンファレンスでは、被害者の個人情報保護との関係が問題になるが、被害者から同意書を得ることができた事例に限るなどの工夫をした上で実施することが必要である。
第3 財政的支援の必要性
1 さひめの場合
さひめは、一般社団法人であり、慈善団体等からの助成金と寄付及び会費が主な収入源である。
支援員は、さひめから一定距離以上の人に交通費が支給されるのみで、全くのボランティアである。
2 他のワンストップ支援センター
ワンストップ支援センターの先駆者は大阪の「SACHICO」であるが、民営であり、寄付金で運営しており、代表者の講演で財政的支援を呼びかけている。
性暴力救援センター・東京(SARC)、レイプクライシスセンターつぼみ(東京)、千葉性暴力被害支援センターちさと、性暴力被害者支援センターひょうごは、ホームページ上で、会員募集と寄付金の呼びかけを掲載している。
性暴力被害者支援センター北海道(SACRACH)では、運営主体であるNPO法人が寄付金への協力を求めている。
3 財政的支援の必要性
性暴力被害者支援のためには、ワンストップ支援センターが必要不可欠である。
例えば、2011年(平成23年)3月に閣議決定された「第2次犯罪被害者等基本計画」及び2012年(平成24年)7月に発表された内閣府男女共同参画会議「女性に対する暴力に関する専門調査会」の報告書において「ワンストップ支援センターの設置促進」が明記され、2012年(平成24年)5月には、内閣府犯罪被害者等施策推進室(当時)から「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター開設・運営の手引き」が公表された。
しかしながら、「第3次犯罪被害者等基本計画」によれば、国からの支援については、警察庁が民間被害者支援団体に対し、性犯罪被害者支援業務(直接支援、相談業務)を委託した場合の委託費程度である。地方公共団体においても、業務委託費がある程度で、人件費や運営費といった中核部分に対する経済的支援はない。
ワンストップ支援センターが、行政が主体となって運営されている場合は格別、寄付金や助成金で運営を続けていくことは、いわば綱渡りをしているようなもので、支援員の熱意がなくなれば、たちまち活動が停止してしまうおそれがある。
また、被害者のためには、ワンストップ支援センターにおける医療費補助、カウンセリング費用の補助、法律相談料の補助が必要であるが、寄付金や助成金だけではいつまで続けられるか分からず、不安定である。
さらに、ワンストップ支援センターの質を維持するためには、支援員の研修が必要であるが、これにも経費が必要である。
具体的にどの程度の経費が必要になるかという点については、日本弁護士連合会の「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターの設置に関する意見書」(2013年(平成25年)4月18日)において、「性暴力救援センター・大阪(SACHICO)の経費を参照する。手引きによると、設立時に約850万円、その後の維持に、医師の手当てとは別に運営費が年間351万円かかるとある。ただし、相談員は時給400円(交通費込み)とボランティアに近い状態で働いており、相談員に求められるスキルの高さを考えると決して十分な待遇ではない。ワンストップ支援センターが十分機能を発揮するためには人材の確保は重要である。仮に時給1000円で2人体制(事件が発生し被害者が来所した際の対応等を考えれば、2人体制が望ましい。)とした場合でも、この5倍はかかる。すなわち、SACHICO規模のワンストップ支援センター設置には初期費用で数千万円、その後の維持に年間数千万円はかかると考えられる。」と指摘されている。
SACHICOは、病院拠点型(病院に相談室を設置して、来所相談を基本として支援する。)なので、すべてのワンストップ支援センターの維持費に数千万円かかるとは考えられないが、それでも維持及び運営には多額の費用が必要であることは明らかである。
よって、国、各地方公共団体に対して、各地の性暴力被害者支援団体が安定した運営をできるように、財政的支援をすることを求める。
以上