中弁連の意見

 中国地方弁護士会連合会は、ハンセン病患者であることを理由としてハンセン病療養所、刑事収容施設等に特別に設置された法廷(以下「特別法廷」という。)につき、長年に亘りその問題点に気付くことなく放置し、中国地方の弁護士が国立ハンセン病療養所長島愛生園・同邑久光明園等に設置された特別法廷に関与して人権侵害に加担してきた責任を痛感し、ハンセン病回復者及びその家族をはじめ被害を受けた全ての方々に謝罪する。そして、日本弁護士連合会及び各弁護士会と連携して、被害救済及び名誉回復のために最大限の努力をしていくとともに、今後二度とこのような人権侵害を看過し、あるいは加担することのないよう、常に基本的人権の擁護と社会正義を実現するために必要となる鋭敏な人権感覚の涵養に努めること、ひとたび人権侵害ないしその危険性が認められたときは、これを放置することなく、日本弁護士連合会、各弁護士会及び各弁護士とともに、一致協力して、速やかに人権を救済・回復するために行動することを決意する。

 そのうえで当連合会は、

  1.  最高裁判所に対し、特別法廷の違憲性を明確に認めること、ハンセン病回復者を含めた第三者機関を設置の上で特別法廷のさらなる調査・検証を行い被害救済策、名誉回復措置及び再発防止策を講じること
     
  2.  最高検察庁に対し、特別法廷の刑事事件(勾留場所・刑の執行等も含む)につき、前項と同様第三者機関を設置の上で調査・検証を行い名誉回復措置及び再発防止策を講じること、とりわけ特別法廷における刑事事件の手続・内容を徹底的に検証の上再審請求などを含めた被害救済策を講じること

 を求める。 

 

以上のとおり決議する。


2017年(平成29年)10月13日
中国地方弁護士大会

提案理由

1 はじめに

 熊本地方裁判所は、2001年(平成13年)5月11日、「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟につき、「らい予防法」が違憲であるとして原告ら勝訴の判決(以下「熊本地裁判決」という。)を言い渡して国の責任を断罪し、国の控訴断念により熊本地裁判決は確定した。

 当連合会は、熊本地裁判決確定後の2001年(平成13年)11月2日、「ハンセン病元患者らの人間回復を進める宣言」を採択し、各地方自治体が主体となって推進した無らい県運動を含むハンセン病隔離政策による人権侵害を当連合会が長年見過ごしてきた責任を反省するとともに、ハンセン病回復者の人間回復のために全力をもって努力することを宣言した。

 しかし、当連合会は、特別法廷の問題をはじめとする司法手続におけるハンセン病回復者の不当な偏見に基づく差別的取扱いについて十分に調査してきたとは言い難く、この問題を傍観してきたと言わざるを得ない。

 昨年、今年と特別法廷の問題がクローズアップされ、各種調査も行われたことから、上記の宣言を踏まえて、改めて特別法廷の問題を中心にハンセン病隔離政策に関する法曹の責任について考える必要がある。

 

2 「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟判決後の立法、行政及び司法の主な動き

 国の熊本地裁判決控訴断念公表の2日後、内閣総理大臣は、「ハンセン病問題の早期かつ全面的解決に向けての内閣総理大臣談話」を発表した。

 2001年(平成13年)6月、衆参両議院において、「ハンセン病問題に関する決議」と題する謝罪決議がなされた。

 同月、議員立法により、「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」が制定された。

 同年、厚生労働省は、前述の「ハンセン病問題の早期かつ全面的解決に向けての内閣総理大臣談話」に基づき、ハンセン病回復者などで構成される統一交渉団と定期協議を実施することを認め、同年から現在に至るまで毎年少なくとも1回、「ハンセン病問題対策協議会」を開催して協議を行い、その協議結果に基づき、ハンセン病問題解決に向けた諸施策を実施している。後述の「ハンセン病問題に関する検証会議」の設置もその一つである。

 2002年(平成14年)3月及び同年5月、厚生労働大臣は、全国主要50紙に、「ハンセン病患者・元患者の方々へ心より謝罪いたします。」(3月)、「ハンセン病患者・元患者の方々等へ」(5月)との謝罪広告を掲載した。

 同年、厚生労働省の委託事業として、「ハンセン病問題に関する検証会議」が設置され、同会議は、2005年(平成17年)5月、最終報告書を提出した。右報告書には、特別法廷の違憲性が指摘されている。

 2008年(平成20年)6月、議員立法により、「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」(ハンセン病問題基本法)が制定された。

 2009年(平成21年)、厚生労働省は、「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」の施行日である6月22日を「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日」と定め、同年以降毎年、同省主催による追悼、慰霊及び名誉回復の行事を開催している。

 これらに対し、司法(裁判所)は、最近に至るまで、ハンセン病問題に何らの関心を示すことなく、特別法廷指定の主体であったにもかかわらずその検証に着手しようとせず、自身の責任を明らかにしてこなかった。

 

3 裁判所による検証及び報告、その問題点並びに裁判所の責務

 1950年代に起きたいわゆる「菊池事件」(ハンセン病とされる男性が殺人罪などに問われ、無罪を訴えながら死刑が確定し執行された事件)の裁判の再審を求める動きの中で、2013年(平成25年)11月、全国ハンセン病療養所入所者協議会等が最高裁判所に対し、特別法廷の正当性について検証するよう申し入れた。このことを契機として、最高裁判所は、やっとその重い腰を上げ、2014年(平成26年)5月、「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査委員会」を設置し、最高裁判所が司法行政事務として過去に行った特別法廷に関する調査を実施した。

 かかる調査を踏まえ、最高裁判所は、2016年(平成28年)4月25日、「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査報告書」(以下「本報告書」という。)を公表した。

 本報告書によれば、1948年(昭和23年)から1972年(昭和47年)までの間に、特別法廷の上申は96件であり、そのうち95件が認可され(刑事事件94件、民事事件1件)、1件が撤回され、却下事例がなかった(認可率99%)。

 また、上記認可された95件のうち、中国地方では、①特別法廷での裁判が、岡山県で20件(開廷場所:長島愛生園で9件、岡山刑務所で8件、邑久光明園で2件、岡山地方裁判所で1件)も行われたこと、②その20件のうち、開廷場所指定の上申をしていた裁判所は、岡山地方裁判所が15件、広島高等裁判所が1件、中国地方管内以外の裁判所が4件であったことが判明した。

 そして、本報告書は、ハンセン病に罹患しているとの一事をもって開廷場所の指定を行うという定型的な運用が、遅くとも1960年(昭和35年)以降は裁判所法第69条第2項に違反していたことを認めた。

 最高裁判所による誤った指定の運用が、ハンセン病患者に対する偏見、差別を助長することにつながるものになったこと、当事者であるハンセン病患者の人格と尊厳を傷付けるものであったことについて、遅まきながらもその責任を認めて反省及び謝罪の意を表明したという点は評価できるものである。

 しかしながら、本報告書が特別法廷の違憲性を認めなかった点については、なお不十分であると評さざるを得ない。

 本報告書の公表に先立って、「ハンセン病を理由とする開廷場所指定の調査に関する有識者委員会」(以下「有識者委員会」という。)からは、「ハンセン病療養所は、それ自体が激しい隔離・差別の場であり、その内部における法廷も一般社会から隔絶された隔離・差別の場であったといわざるを得ない。そもそも、療養所自体一般の人々に近づきがたい、許可なくして入り得ない場所であるから、その中に設けられた法廷は、さらに近づきがたいものであった。」との指摘がなされた上で、特別法廷が裁判の公開原則(憲法第37条、第82条第1項)を満たしていたかどうか、違憲の疑いがぬぐいきれないとの意見が出されていた。

 そうであるにもかかわらず、本報告書では、有識者委員会の意見を真摯に受け止めることなく、裁判所の掲示場及び療養所の正門等への掲示を指示した内部文書の存在や、実際に傍聴をされた幾つかの事例の存在を理由として、特別法廷の公開原則違反の違憲性を認めていない。

 しかしながら、前述の有識者委員会の指摘は頗る正当である上、いわゆる瀬戸内三園(長島愛生園、邑久光明園、大島青松園)はいずれも瀬戸内海の離島にあり自由な行き来などなかったのであって一般市民の傍聴可能性はないに等しいのであるから、特別法廷の公開原則違反は明白である。

 また、「菊池事件」の特別法廷においては、法曹三者がいずれも予防衣と呼ばれる白衣を着用し、長靴を履き、記録や証拠物等をゴム手袋をしたうえで火箸等で扱っていたことが判明している。こうしたハンセン病患者に対する差別・偏見に満ちた取り扱いは、到底、公平な裁判所による裁判が確保されていたとはいえず、憲法第37条1項に違反する。さらに、公開原則違反の下で、「菊池事件」のごとき刑事裁判手続が行われていたことを考慮すれば、特別法廷は適正手続保障(憲法第31条)にも違反するものである上、憲法に従って行われる「裁判」を受ける権利を保障した憲法第32条にも反するものである。

 さらに、本報告書により、ハンセン病であるというだけで感染の危険性等について個別的、具体的に、特別法廷指定の必要性を判断することなく、機械的定型的に開廷場所を指定するという運用が行われていたことが明らかになった。そのため、裁判所法違反であるだけでなくハンセン病患者への合理性を欠く差別であって、憲法第14条第1項違反である。この点については、有識者委員会も明確に指摘しているところである。本報告書においても、裁判所法第69条第2項違反と認める過程で、最高裁判所が特別法廷指定につき定型的な運用を行っていたと認め、同運用は、遅くとも1960年(昭和35年)以降、合理性を欠く差別的な取り扱いであったことが強く疑われることに言及している。にもかかわらず、憲法第14条第1項違反については、検討することすら行われていない。特別法廷の指定行為は、単に「ハンセン病患者に対する偏見、差別を助長することにつながるもの」であるにとどまらず、最高裁判所がハンセン病患者に対する偏見、差別の主体であったことを十分に自覚すべきである。

 以上のとおり、本報告書には様々な問題点があり、人権の最後の砦たる最高裁判所におけるさらなる検証と被害救済等は不可欠である。

 したがって、最高裁判所は、

① 現段階での検証結果においても明白になっている特別法廷の違憲性を直ちに認め、

② 独善に陥ることがなきよう被害者たるハンセン病回復者を含めた第三者機関を設置し、特別法廷のさらなる調査・検証を行い、被害救済、名誉回復措置及び再発防止策を講じるべき責務を負っている。

 

4 検察庁の謝罪、その問題点及び検察庁の責務

 最高検察庁は、2017年(平成29年)3月、最高裁判所が違法性を認めた1960年(昭和35年)以降の特別法廷に関与したことについての責任を認め、謝罪を表明した。

 最高検察庁が最高裁判所と同様、自らの過ちを認めて謝罪したことは異例であり、評価できるとしても、「菊池事件」の再審請求などについては、「事由がない」として拒否したことは到底是認できない。

 最高検察庁が自らの責任を認めつつも再審請求をしないのは、ハンセン病政策により発生した人権侵害の被害救済を放棄していると言わざるを得ない。

 前述のとおり、特別法廷には様々な憲法違反があり、検察庁は、「菊池事件」などにおいて憲法違反の刑事裁判手続に関与した上で国家刑罰権を行使した責任がある以上、公益の代表者として、かつ、再審請求権者として(刑事訴訟法第439条第1項第1号)、刑事司法の誤りを是正し、社会正義を実現する義務がある。

 したがって、最高検察庁は、

① 特別法廷の刑事事件(勾留場所・刑の執行等も含む)につき、前項と同様の第三者機関を設置の上で調査・検証を行い名誉回復措置及び再発防止策を講じ、

② 特別法廷における刑事事件の手続・内容を徹底的に検証の上再審請求などを含めた被害救済策を講じるべき責務を負っている。

 

5 弁護士等の責務

 特別法廷がハンセン病政策の被害者の基本的人権を著しく侵害するものであることは言うを俟たない。

 その責任はもとより日本弁護士連合会、当連合会、各弁護士会及び各弁護士(以下総称して「弁護士等」という。)にも存する。我々弁護士等は、特別法廷の設置に何らの異議を唱えることなく長年放置し、拱手傍観したのみならず、特別法廷による人権侵害に加担してきた。その責任は、裁判所、検察庁に匹敵するほど重大である。

 当連合会も、熊本地裁判決確定後の2001年(平成13年)11月2日、「ハンセン病元患者らの人間回復を進める宣言」を採択し、当連合会がハンセン病隔離政策による人権侵害を長年見過ごしてきた責任を反省するとともに、ハンセン病回復者の人間回復のために全力をもって努力することを宣言したことは前述したとおりである。

 ところが、弁護士等は、特別法廷問題に関しては、同問題が明らかになって以降も、実質的な検証等を行うことなく、特別法廷による被害者の被害救済、名誉回復及び再発防止策を講じることはなかった。

 したがって、当連合会は、

①長年に亘り特別法廷の問題点に気付くことなく放置し、中国地方の弁護士が国立ハンセン病療養所長島愛生園・同邑久光明園などに設置された特別法廷に関与して人権侵害に加担してきた責任を痛感し、ハンセン病回復者及び家族をはじめ被害を受けた全ての方々に謝罪し、

② 再び同じ過ちを繰り返さないために、日本弁護士連合会及び各弁護士会と連携して、当連合会内弁護士に対するハンセン病問題の研修(例えば、長島愛生園・邑久光明園に赴き、入所者の話を直接聞く機会を設けるなど)を行うなどし、被害救済、名誉回復及び再発防止に向けて、最大限の努力を行うべき責務を負っている。

 

6 各弁護士の人権感覚の涵養と人権侵害事件に対する弁護士等の果敢な行動の必要性

 弁護士等が特別法廷を始めとするハンセン病問題をより深刻に受け止めなければならないのは、弁護士法第1条に定められた「基本的人権の擁護と社会正義の実現」を使命とする弁護士等が、様々な基本的人権が侵害されていることが明らかな問題であったにもかかわらず、これを放置してきたというのみならず、その人権侵害に加担していた点にある。

 弁護士法が施行されて以来、弁護士等は様々な人権擁護の取組みを行ってきた。

 例えば、刑事弁護の分野においては、刑事委員会(刑事弁護センター)を中心に被疑者・被告人の権利を擁護するための諸活動を行ってきた。人権擁護委員会における人権侵犯救済申立ての手続を始め、各委員会活動において、女性、障がい者、子ども、消費者、犯罪被害者等の様々な社会的弱者の人権擁護の取り組みを行ってきた。委員会活動以外でも、人権侵害を受けた方々への被害回復の取組みを行っている弁護士も多い。

 そうであるからこそ、とりわけ特別法廷の問題は、刑事手続という弁護士が必ず関わる場面で発生したものであり、弁護士等がもっと早期に取り組む必要性を感じて行動できなかったのか、という思いを拭いきれない。また、ハンセン病問題全体についても、もっと早期に、例えば1953年(昭和28年)の「らい予防法」制定時に、弁護士等が憲法違反の人権問題として取り上げることができなかったのか、とたびたび指摘されるところである。

 特別法廷を始めとするハンセン病問題は、基本的人権の擁護を使命とする弁護士一人一人が目の前にある現実を当たり前のものとして看過することなく、「この状況は人権を侵害しているのではないか」と常にアンテナを張りめぐらせながら、日々の業務や委員会活動に当たる必要性を再確認させられた。

 弁護士等がその使命を果たすためには、ハンセン病問題の研修、委員会活動、各種の人権擁護活動などを通じて、報道等で接する様々な社会情勢や溢れるほどの情報の裏に隠された真実を見抜く力を養い、人権侵害の事実を見逃さない鋭敏な人権感覚を涵養する必要がある。

 そして、ひとたび人権侵害ないしその危険性があると感じたときは、弁護士等が一丸となって速やかにその問題について対応するための行動を起こすことがなによりも必要である。

 二度とハンセン病問題のような悲劇が起こらないよう、弁護士等がハンセン病問題の教訓を学び、活かしていかなければならない。

 

7 終わりに

 ハンセン病回復者及びその家族が、長年にわたり受けてきたすさまじい差別の記憶は未だ癒えてはいない。熊本地裁判決から15年以上経った現在でも、多くのハンセン病回復者が、本名を名乗ることができず、帰郷や墓参も遠慮している。そして、多くのハンセン病回復者やその家族は、自身ないし家族がハンセン病に罹患した事実を隠しながら生活しており、社会のハンセン病、ハンセン病回復者及びその家族に対する偏見・差別も依然根強いものがある。

 この状況を打破し、ハンセン病回復者やその家族が自身あるいは身内がかつてハンセン病に罹患していたことを包み隠さず公にすることができ、ハンセン病回復者が偽名を捨て去り堂々と本名を名乗って帰郷や墓参を行うことができる社会を実現することにより、初めてハンセン病問題が最終解決したといえる。そのためには様々な解決すべき困難な課題があるが、なかでもハンセン病問題の主たる加害者である国家権力、すなわち、立法、行政及び司法が、それぞれ、真相究明を行い、被害救済を実施し、再発防止策を講じるなど真摯な総括を行うことが必要不可欠である。それは、同時にハンセン病に対する偏見・差別を除去する最も効果的な啓発活動でもある。

 立法及び行政の総括が十分なものとは言い難いとしても、司法のそれは両者に比して著しく立ち遅れていることは疑いのない事実である。

 我々弁護士は、司法の一翼を担う法曹として、司法による真摯な総括がなされなければハンセン病問題の最終解決が成り立つ余地がないことを肝に銘じるべきである。

 そして、弁護士が、二度と、ハンセン病問題と同様の人権問題を看過し、あるいは加担することのないよう、人権意識を高め、人権侵害に対してはその救済・回復に向け果敢に行動することにより、その使命を実現するよう努力しなければならない。

 

以上の理由から、本決議を提案するものである。

以上