中弁連の意見
中国地方弁護士会連合会は、民法の成年年齢の引下げによって生じうる消費者被害の拡大のおそれを払拭しうる施策が未だ十分に実現されず、引下げに対する国民のコンセンサスも得られていない現状においては、民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げることに反対する。
以上のとおり決議する。
2017年(平成29年)10月13日
中国地方弁護士大会
提案理由
1 民法の成年年齢引下げに関する議論の経緯
我が国の民法は、1896年(明治29年)の制定以来、成年年齢を20歳と定めて今日に至っているところ、昨今、これを20歳から18歳に引き下げる民法改正法案の立案作業が進められている。
すなわち、2007年(平成19年)5月に成立した「日本国憲法の改正手続に関する法律」(いわゆる「国民投票法」)は、その附則第3条第1項において、「国は、この法律が施行されるまでの間に、年齢満十八年以上満二十年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう、選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法(明治二十九年法律第八十九号)その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。」と規定した。
この附則の定めにしたがい、法制審議会は、2008年(平成20年)2月、法務大臣から民法上の成年年齢の引下げの当否に関する諮問(諮問第84号)を受け、審議会内に民法成年年齢部会を設置して調査審議を行った。その後、第160回会議(2009年(平成21年)10月28日開催)において、同部会がとりまとめた「民法の成年年齢の引下げについての最終報告書」(以下「最終報告書」という。)に基づき、民法の成年年齢を18歳に引き下げるのが適当である旨の意見を採択し、法務大臣に答申した。
この答申を踏まえて、現在、成年年齢の引下げに関する民法改正法案の検討が進められている。
2 最終報告書の結論には留保が付されている
法制審議会の答申の基礎となった最終報告書は、結論として「民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げるのが適当」との意見を述べているが、そこには一定の留保が付されている。
すなわち、最終報告書は、「民法の成年年齢の引下げの法整備を行うには、若年者の自立を促すような施策や消費者被害の拡大のおそれ等の問題点の解決に資する施策が実現されることが必要」であり、「引下げの法整備は、これらの施策の効果が十分に発揮され、それが国民の意識として現れた段階において、速やかに行うのが相当」というのである。
しかしながら、翻って我が国の現状を概観したところ、後述するとおり、最終報告書が指摘する諸施策はほとんど実現されておらず、施策の効果も十分に発揮されていないばかりか、成年年齢引下げに対する国民のコンセンサスさえも得られていない。そうである以上、最終報告書の掲げる成年年齢引下げの法整備を行う条件は、未だ整っていないというべきである。
本決議は、少なくとも最終報告書の指摘する条件すら整っていない現時点において、民法の成年年齢を拙速に引き下げることに反対するものである。以下では、民法の成年年齢の引下げによって生じうる具体的な問題点を、消費者被害の拡大のおそれを中心に指摘したい。
3 消費者被害の拡大のおそれ
(1)未成年者取消権の喪失
ア 未成年者取消権の有する2つの機能
現行民法においては、未成年者は、親権者の同意なく単独で行った法律行為を、未成年者であることのみを理由として取り消すことができる(民法第5条第2項)。この未成年者取消権は、社会経験に乏しく判断能力も未熟な未成年者が違法又は不当な契約を締結するリスクを回避するとともに、未成年者を消費者被害(消費者トラブル)から保護するための極めて重要な手段として機能している。
それにとどまらず、未成年者取消権は、未成年者に違法又は不当な契約の締結を勧誘しようとする悪質な事業者に対する強い抑止力としても機能している。19歳以下の未成年者と20歳以上の成年者との間では消費生活センター等に寄せられる相談の件数や内容が大きく異なることや、20歳の誕生日を待って取引の勧誘に及ぶ悪質な事業者がみられることは、これまでにも指摘されてきたところである。
イ 消費者白書から窺える若年者の消費者相談の傾向
たとえば、平成29年版「消費者白書」によると、2016年に全国の消費生活センター等に寄せられた年齢層別の相談件数は、15歳から19歳までの層が1万6237件であったのに対し、20歳から24歳までの層は3万9375件、25歳から30歳までの層は3万8266件であった。このように、同じ若年者であっても、20歳未満の層と20歳以上の層とでは相談件数に極めて大きな開きが見受けられるのである(20歳から24歳までの層の相談件数は、15歳から19歳までの層の相談件数の約2.4倍に至っている。)。
他方で、商品・サービス別の相談件数をみると、「フリーローン・サラ金」に関する相談は、15歳から19歳までの層では相談件数の上位15位にも入らないのに対し、20歳から24歳までの層の男性では3位、女性では15位に入っている。また、脱毛エステに代表される「エステティックサービス」に関する相談は、10歳代女性の相談件数が141件であるのに対し、20歳代女性の相談件数は2708件に及んでおり、特に20歳から24歳までの層の相談件数が極めて多いことが特徴的である。
その他、マルチ取引(マルチまがい取引を含む。)に関する相談件数は、少なくとも過去10年にわたり20歳代の相談件数が他の年齢層と比べて突出して多く見られる。マルチ取引は、親族・友人・同僚関係や先輩・後輩関係などの近しい人間関係を利用して勧誘がなされることの多い取引形態であるが、20歳代の相談件数が突出している原因は、判断能力の未熟さによるところだけでなく、成年に達した直後に友人や同僚などから勧誘を受けるケースが多いところにあるといわれている。
以上に指摘したデータを読み解けば、現行法のもとでは、20歳以上の者が消費者被害の主たる対象となっていること、裏を返せば、未成年者取消権の存在が、20歳未満の者が消費者トラブルに巻き込まれることに対する強い抑止力として機能していることが浮かび上がってくる。
ウ 島根県消費者センターにおける未成年者の消費生活相談の傾向
島根県消費者センターによると、同センターに寄せられる未成年者に関する相談の多くは、いわゆるワンクリック詐欺被害に関するものであるが、未成年者取消権の行使が問題となりうる事案も相当数見受けられるとのことである。たとえば、2016年(平成28年)4月から2017年(平成29年)5月までの間に同センターに寄せられた未成年者に関する相談件数は74件であり、このうちの約半数が未成年者取消権の行使が問題となりうる事案であったという。
また、消費者被害対応の最前線に立つ消費生活相談員によると、進学または就職を機に一人暮らしを始めたばかりの若年者が、単身での社会生活に不慣れな時期に、自ら意図せぬ取引(インターネットを介した通信販売、新聞購読契約、インターネット・プロバイダ契約等)を交わしてしまったという相談を受けることが多いという(なお、平成29年版「消費者白書」も、「高校を卒業して大学に入学するときや、学生から社会人になるときなど、新生活が始まるタイミングで一人暮らしを始める若者は多く、それまで実家で生活していたときは保護者が対応していたような、世帯ベースで発生する消費生活上の契約について、若者が当事者として判断するようになる中でトラブルに発展するケース」がみられると指摘している。)。
さらに、島根県内の大学・短期大学等のキャンパス内や学生寮などでも化粧品等のマルチ取引被害が広まることがあるが、その被害者のほとんどは20歳以上の成年者であり、特に、20歳の誕生日を迎えた直後ころに友人や知人からマルチ取引への勧誘を受けたという事案が多くみられるとのことであった。
エ 小括
このように未成年者取消権は、未成年者を消費者被害(消費者トラブル)から保護するための手段として機能すると同時に、未成年者に対して違法又は不当な契約の締結を勧誘しようとする事業者への強い抑止力としても機能しているのである。
仮に、民法の成年年齢が20歳から18歳に引き下げられた場合、未成年者取消権を失う18歳、19歳の若者たちは、進学や就職という人生の新たなステージに立つと同時に、様々な事業者からの契約締結への勧誘や友人・知人などを通じたマルチ取引への勧誘などに、文字どおり一人で対峙することを余儀なくされるのである。
また、文部科学省が実施した「平成28年度学校基本調査(確定値)」によると、高等学校卒業者の大学・短期大学・専門学校への進学率は71.1%であり、就職率の17.8%を大きく上回っている。そうすると、我が国の18歳、19歳の若年者の多くは、未だ確固たる経済的基盤を有していないものと考えられる。それにもかかわらず、18歳、19歳の若年者も「成年」として消費者金融や信販会社から与信を受けることができるようになれば、十分な社会経験や経済的基盤を有さず、充実した消費者教育も受けていない若年者が、またたく間に多重債務や貧困に陥ってしまう可能性も否定できない。
ましてや、現代はインターネットやスマートフォン、SNS等の普及により、様々な情報が飛び交うとともに、様々な契約が手元の端末で極めて容易になされる時代である。未成年者取消権の喪失により、18歳、19歳の若年者に消費者被害が拡大するおそれは極めて高いといわなければならない。
(2)若年者に対する被害救済の施策が整っていない
ア 最終報告書は、「民法の成年年齢を引き下げても18歳、19歳の者の消費者被害が拡大しないよう、消費者保護施策の更なる充実を図る必要がある」と述べた上で、部会における議論のなかで出された意見として、取引の類型や若年者の特性に応じて事業者に重い説明義務を課したり、業者による取引の勧誘を制限したりする、若年者の判断力不足に乗じて取引が行われた場合には、契約を取り消すことができるようにする等の施策を紹介している。
しかしながら、最終報告書で紹介されたような施策を実現する法整備は、現時点ではまったく行われていない。そうすると、現状で民法の成年年齢が引き下げられた場合、18歳、19歳の若年者は未成年者取消権を喪失するばかりで、何らの代替的保護も受けられなくなるのである。
イ ところで、内閣府消費者委員会が公表した2017年(平成29年)1月10日付け「成年年齢引下げ対応検討ワーキング・グループ報告書」は、「成年年齢が引き下げられるまでの間に新たに成年となる18歳、19歳の消費者被害の防止・救済のための消費者教育、制度整備及びその他の措置が整わない場合、これらの者が消費者被害に遭う危険性が高まる」と述べて、成年年齢の引下げによる若年者への消費者被害の拡大を懸念するとともに、消費者教育の充実や各種制度整備の必要性を指摘している。
同報告書はさらに、成年年齢が20歳から18歳に引き下げられた場合を想定し、成熟した成人期に移行する準備段階にある18歳から22歳までの者を「若年成人」と捉え直した上で、若年成人の消費者被害の防止・救済のための制度整備のあり方を提案する。具体的には、消費者契約法について、若年成人に対する配慮に努める義務や不当勧誘に対する取消権を設けること、特定商取引法について、連鎖販売取引における若年成人の判断力不足に乗じて契約を締結させる行為を行政処分の対象とすることや、訪問販売における若年成人の知識・判断力等の不足に乗じて契約を締結させる行為を行政処分の対象として明確化すること、若年成人に被害の多い商品等に関する執行を強化することなどを提案している。
ウ このように、若年者に対する被害救済の施策に関する議論は未だ道半ばといわざるを得ず、具体的な法整備は何ら実現していない。既に述べたとおり、成年年齢の引下げによる消費者被害の拡大のおそれは現実的かつ深刻である。そうである以上、成年年齢の引下げを先行させ、施行までの間に被害救済制度の構想に着手するのではなく、引下げ以前に制度整備に関する具体的な議論・検討を深めておくべきである。
(3)消費者関係教育の効果は未だ十分に発揮されていない
ア 最終報告書は、「民法の成年年齢を引き下げても消費者被害が拡大しないようにするため、若年者が消費者被害から身を守るために必要な知識等を習得できるよう消費者関係教育を充実させることも必要」と述べ、具体的には、契約に関する様々な法教育を充実させること、クーリングオフ制度等の消費者保護制度の基本や悪徳商法の特徴、対策などの消費者教育を充実させること、金融経済リテラシーを身につけさせるための金融経済教育を充実させることが必要であると指摘する。
イ ところで、消費者関係教育については、2012年(平成24年)12月に「消費者教育の推進に関する法律」(以下「推進法」という。)が施行されている。同法は、消費者教育を「消費者の自立を支援するために行われる消費生活に関する教育(消費者が主体的に消費者市民社会の形成に参画することの重要性について理解及び関心を深めるための教育を含む。)及びこれに準ずる啓発活動」(同法第2条第1項)と定義するとともに、国や地方公共団体が、消費者教育の推進に関する諸施策を策定及び実施する責務を有することを明記した。
ウ しかしながら、推進法の施行から十分な時日を経ていないこともあり、関係各機関による様々な工夫や努力にもかかわらず、現時点においては、推進法に基づく消費者教育が国民に浸透したとは言い難い状況にある。
たとえば、内閣府が2014年(平成26年)1月に実施した「消費者行政の推進に関する世論調査」においては、「消費者教育の機会が確保されることについて、守られていると感じるか」という質問に対し、「感じない」「どちらかといえば感じない」と回答した者の割合は合計68.4%に上っている。また、「何か商品を購入したり、サービスを利用したりする際、契約書や約款が必要な時、これらの内容をよく読む方か」という質問に対し、「内容を理解するまでよく読む」と回答した者の割合はわずか16.2%にとどまり、逆に「ほとんど読まない」と回答した者の割合は21.2%であった。
さらに、内閣府が2015年(平成27年)9月に実施した同調査においても、「消費者市民社会」について知っていた者の割合は21.5%にすぎず、このうち内容まで知っていた者の割合はわずか3.0%であった。
エ また、実際に学校教育現場で消費者教育に割かれている授業時間が少ないとの指摘や、学校教育での学習がどの程度効果があったのか不明確であるとの指摘もある上、悪質商法や消費者保護に関する制度など消費生活の分野における変化が速く、消費者教育を担当する学校教員にとって指導の負担が大きく、適切な教材に関する情報提供も十分ではないとの声もある。
オ 以上に述べたとおり、消費者関係教育は、最終報告書が充実の必要性を求めているにもかかわらず、未だ国民の間に十分浸透しているとはいえず、諸施策の効果も十分に発揮されているとはいえない(少なくとも、効果の有無に関する客観的な検証はなされていない)のである。
4 消費者被害の拡大のおそれ以外の懸念も払拭されていない
最終報告書は、成年年齢の引下げに伴う問題点として、既に述べた契約年齢の引下げに伴う消費者被害の拡大のおそれを指摘するほか、親権の対象となる年齢も引き下げられることによる問題点を指摘する。具体的には、自立に困難を抱える18歳、19歳の者が親などの保護を受けられにくくなり、ますます困窮するおそれがあるとか、高校3年生で成年(18歳)に達した生徒については親権者を介しての指導が困難となり、生徒指導が困難になるおそれがあるなどと述べる。
しかしながら、消費者被害の点と同様に、親権の対象となる年齢の引下げに伴う問題点についても、未だ十分な解決策は打ち出されていない。
5 成年年齢引下げに対する国民のコンセンサスが得られていない
(1)最終報告書は、民法の成年年齢の引下げを行う場合の問題点の解決に資する施策は、「その性質上、直ちに効果が現れるというものではなく、その効果が実際に現れ、国民の間に浸透するのには、ある程度の期間を要する」ため、「現時点で直ちに民法の成年年齢の引下げの法整備を行うことは相当ではな」く、「関係府省庁が行う各施策の効果等の若年者を中心とする国民への浸透の程度を見極める必要」があり、「これらの施策の効果が十分に発揮され、それが国民の意識として現れた段階において」引下げの法整備を行うのが相当と結論づけている。
(2)この点、内閣府が2013年(平成25年)10月に実施した「民法の成年年齢に関する世論調査」では、18歳、19歳の者が親などの同意なく契約できるようにすることについて「反対」と回答した者の割合が79.4%に達した。また、読売新聞が2015年(平成27年)に実施した全国世論調査でも、成年年齢を18歳に引き下げることについて「反対」と回答した者の割合は53%に上った。なお、後者の調査で「反対」と回答した者の年代別割合は20代が66%、30代が59%であり、特に若年者からの反対意見が多いことが注目される。
これらの世論調査ののち、成年年齢の引下げに対する国民のコンセンサスが得られたことを示す事情はない。
(3)以上の事実に照らせば、成年年齢の引下げに対する国民のコンセンサスは未だ十分に得られておらず、引下げに伴う問題点の解決に資する施策の効果が国民一般の間に浸透しているともいえない状況である。
6 結語
もとより未成年者も当然に基本的人権を有するのであるから、その自己決定権は十分に尊重されるべきである。特に、中学校や高等学校を卒業して就労している未成年者は、成人と何ら変わらぬ社会生活を営み、納税の義務を果たしているにもかかわらず、社会生活上必要な契約等の行為については親権者の同意を要する状況にある。その意味で、成年年齢の引下げは、未成年者の自己決定権の尊重につながるという積極的な意義も認められるところである。また、国際的にも私法上の成年年齢を18歳と定める国は多く、成年年齢を引き下げることで、このような国際的潮流とも合致するという意義を認めうる。
しかしながら、成年年齢の引下げに一定の評価すべき点が認められるとしてもなお、現時点においては、引下げによって生じうる様々な懸念が何ら払拭されていないことは、既に述べたとおりである。
以上の理由から、本決議を提案するものである。
以上