中弁連の意見

中国地方弁護士会連合会は、学校現場において、教員と弁護士との連携のもとで法教育をさらに推進するため、以下の事項を求める。

 

  1. 国及び中国地方の各県の教育委員会に対し、法教育の意義や内容、弁護士との連携について積極的に学校現場に周知するなど、学校における法教育の一層の普及及び推進に向けた施策を講じること
  2. 中国地方の各県の教育委員会に対し、教員と弁護士の連携を充実したものとするため、弁護士との間で法教育の実践方法や教材などについて研究する機会を設けること
  3. 国及び中国地方の各県に対し、学校における弁護士の法教育への取組みや、教員と弁護士との連携に対し、必要な予算措置を講じること

 

以上のとおり決議する。

2019年(令和元年)11月1日
中国地方弁護士大会

提案理由

1 学校における法教育の意義

 学校における法教育は、子どもたちに、個人を尊重する自由で公正な民主主義社会の担い手として、法や法制度の基礎にある考え方を理解してもらい、法的なものの見方や考え方を身につけてもらうための教育である。

 そもそも法は、多様な個性を持った人々が、あるべき社会を実現し、ともに生きていくためのルールである。そして、日本国憲法のもと、我々が目指す社会は、全ての国民の基本的人権が保障され、立場の異なる様々な者が個人として尊重される、自由で公正な社会である。このような社会を実現するためには、まず、社会の構成員一人ひとりが、「立憲主義」、「個人の尊重」、「自由」、「公正」などの社会の基礎となる価値や原則について、単に表面的な知識にとどまらず、自らが参加する社会のあり方として、主体的に理解しなければならない。その上で、他者との積極的な対話に基づいて、多様な意見を受け止め、事実や論拠に基づいた合理的かつ理性的な議論を行い、社会の問題やルールについての合意形成を目指す能力を身につける必要がある。学校における法教育は、このような社会参加のための資質や能力を、未来を担う子どもたちに身につけてもらうことを目的とするものであって、子どもたちの成長や発達段階に応じた法教育が行われるべきことは、学習権(憲法第26条第1項、児童の権利に関する条約第28条、第29条)の保障という観点からは、社会の責務でもある。

 

2 法教育に対する弁護士会の取組み

 このような法教育の意義を踏まえ、中国地方弁護士会連合会及び各県の弁護士会では、学校における法教育活動に積極的に取り組んできた。

 すなわち、当連合会では、2010年(平成22年)の第64回中国地方弁護士大会にあわせて法教育シンポジウムを開催し、その成果をもとに、同大会において、「法教育に関する宣言」を採択した。さらに、当連合会に設置された「市民のための法教育委員会」を通じて、各弁護士会における法教育の取組状況について意見交換を行ったり、外部講師を招いて勉強会を実施するなどしている。

 また、各弁護士会でも、法教育を担当する委員会を中心に、弁護士の学校派遣授業(出前授業)や、ジュニア・ロースクール及び裁判傍聴会の実施など、学校における法教育活動に精力的に取り組んできたところである。

 

3 近年の法教育を取り巻く動き

 近年の学校における法教育を取り巻く状況について、以下の動きがある。

(1)選挙権年齢の引下げ

 2015年(平成27年)6月に公職選挙法等の一部を改正する法律が成立し、これを受けて、2016年(平成28年)6月から、選挙権を有する者の年齢が満18歳以上に引き下げられた。これによって、高等学校などの生徒の一部は、現実に投票に参加する機会を持つことになり、生徒や教員にとって、政治や社会への参画がより身近に捉えられるようになった。このような中で、学校では、たとえば模擬投票授業が実施されるなど、選挙参加に関する教育の機運が高まりをみせている。

(2)アクティブ・ラーニングの視点

 2016年(平成28年)12月の中央教育審議会の答申に基づいて、2017年(平成29年)3月には小学校及び中学校の新学習指導要領が告示され、小学校では2020年(令和2年)度から、中学校では2021年(令和3年)度から、それぞれ完全実施される予定である。また、2018年(平成30年)3月には高等学校の新学習指導要領が告示され、2022年(令和4年)度入学の第1学年から学年の進行に合わせて実施される予定である。

 新学習指導要領では、知識や技能の習得にとどまらず、得た知識などを生かして社会的課題を解決するための思考力や判断力、表現力の育成が重視され、かかる能力を育むために、「主体的・対話的で深い学び」として「アクティブ・ラーニング」の視点が取り入れられている。このアクティブ・ラーニングは、特定の学習内容を指すものではなく、各教科の学習過程の中で、学ぶことに興味や関心を持ち(主体的な学び)、他者との協働や対話などを通じて自己の考えを広げ(対話的な学び)、情報を精査して意見を形成したり、問題を見いだして解決したりしていく(深い学び)ことを重視するものである。

(3)高等学校の新必履修科目「公共」

 社会の複雑化及び多様化の中で、社会に生起する様々な問題に対応する能力を養うべく、新学習指導要領では、高等学校における公民科の新必履修科目として、「公共」科目が新設された。

 「公共」では、他者と協働する自立した主体として社会に参画するため、個人の尊重や民主主義、法の支配などの公共的な空間における基本的原理を理解することが求められている。そして、身につけた知識や考え方を活用して、政治的主体や法的主体として社会の諸課題について考察を深め、その上で、現実の問題についても、生徒自らが課題を設定し探究していくことなどが求められている。
 

4 弁護士が法教育の中で果たす役割

 学校における法教育を取り巻くこれらの動きの中で、弁護士及び弁護士会は、次のような役割を果たすことができる。

(1)選挙権年齢引下げと法教育

 選挙権年齢の引下げに伴って、学校では、たとえば選挙管理委員会による模擬投票が行われるなど、選挙に関する教育の機運が高まっている。しかし、それが選挙権や選挙制度についての知識を形式的になぞる教育となってはならない。

 民主主義社会では、表現の自由や知る権利の保障のもと、主権者である国民が様々な立場から意見を表明し、他者との議論の過程を経て合意形成に至ることによって、自由で公正な社会が実現される。そして、議会制民主主義における選挙及び投票は、国民が政治過程に参加する最も重要な機会である。学校における教育は、このような選挙及び投票の民主主義における価値について理解を促すものでなければならない。

 この点、弁護士による模擬投票の授業は、たとえば、生徒に主体的に政策を検討させ、異なる立場からの議論の過程を重視し、自らの投票の社会における影響を考察するなどの工夫がなされており、このような弁護士のノウハウを学校現場での法教育に生かすことにより、単なる知識伝達型にとどまらない充実した法教育が実現できる。

(2)アクティブ・ラーニングの実践

 従来から弁護士が実践してきた法教育は、アクティブ・ラーニングの視点による授業とも親和的である。

 たとえば、弁護士が学校で実践してきた「ルール作り授業」では、身近に生ずる問題を取り上げ、子どもたち自身が問題の所在を把握し、それぞれの立場から解決策を考え、議論を通じて他者の立場にも考えを巡らせつつ、最終的な合意を目指す過程が体験されている。これは、まさにアクティブ・ラーニングにおける、主体的な学び、対話的な学び、深い学びの過程そのものといえる。

 そして、弁護士は、日常の職務の中で、事実及び論拠に基づいて合理的に思考したり、相手方当事者の立場も検討した上でその者を説得するなど、正解のない問題について議論を深める作業を行っている。このようなスキルを有する弁護士が関与することで、授業におけるアクティブ・ラーニングはより活性化するものと考えられる。

(3)新必履修科目「公共」について

 「公共」では、民主主義及び法の支配などの基本的原理や、司法制度や政治参加などの概念を取り扱うところ、弁護士はこれらの原理や概念について知見を有する専門家として、学校現場における教育に協力することができる。

 また、「公共」では、理解した基本的原理や概念を活用し、現実の社会の諸課題を探究することが求められており、そのためには、たとえば「ゴミ処分場の設置場所の選定」や「大学の無償化の是非」といった、現実の社会的課題を取り上げて検討することが、教育効果を高める上で重要である。

 この点について、教育現場では、ときに中立性を過度に意識するあまり、具体的な社会問題を取り上げることに躊躇する傾向もみられるところ、相互に異なった立場から議論することを職務とする弁護士が授業に関与し、多面的な見方や考え方を促すことにより、多様な意見に配慮した授業が可能になるはずである。

 

5 学校における法教育の一層の推進のために

以上のとおり、学校における法教育の一層の推進のため、教員と弁護士のより緊密な連携が期待されるが、そのためには、以下に挙げる課題の解決に向けて、適切な措置が講じられるべきである。

 

(1)法教育に関する情報の不足

 弁護士が関与する法教育の取組みを実践している学校は、学校現場全体からすれば、未だ限られているのが実状である。このような現状の背景には、学校現場における情報の不足がある。教員の中には、従来の知識伝達型の教育の流れの中で法や法制度を捉える傾向もみられ、学校現場において、法教育の意義及び内容について十分な認識が共有されているとは言いがたい。また、そもそも、弁護士の学校派遣をはじめとする法教育活動について、弁護士会が積極的に取り組んでいること自体を知らない教員も多い。
 したがって、学校における法教育の一層の推進の見地から、国及び教育委員会において、法教育の意義やその内容、弁護士会の法教育に対する取組みについて、これまで以上に積極的に学校現場に周知するなどの施策が講じられるべきである。

 

(2)教員と弁護士の連携

 学校における法教育の主たる担い手が、教育について専門的知識及び技能を有する教員であることは当然である。一方で、教員の多くは法や法制度に精通しているとはいえず、学校における法教育の実践にあたっては、教育の専門家である教員と法の専門家である弁護士が連携し、ともに授業を創っていく姿勢が必要である。
 そのためには、教員と弁護士との間で、法教育の実践方法や教材について研究する機会が求められる。このような機会を通じて、たとえば選挙権年齢の引下げに関しては、主体的な政治参加の視点に基づく政策検討型の模擬投票の実施などが検討されるべきである。また、「公共」に関しては、法的概念を扱う授業における教員と弁護士の役割分担について意見交換したり、現実の社会的課題を扱う授業の具体的な実践方法について研究したりすることも期待される。さらに、これまで教員と弁護士の連携によって得られた法教育の実践例や、そこで用いられた指導案及び教材などについて、共有し検討する取組みもなされるべきである。

 

(3)継続的な取組みや連携を支えるための予算措置

 これまで述べてきたとおり、学校教育を取り巻く動きの中で、学校における法教育の機会は拡充されるべきである。弁護士及び弁護士会としても、このような要請に対応すべく一層の研鑽を行い、法教育の担い手となる弁護士の養成に取り組んでいかなければならない。

 

 しかし、今後広がっていくべき法教育について、教員と弁護士との連携が継続的かつ安定的なものとなるためには、予算面における裏付けが必要である。この点について、現在のところ、学校における法教育の取組みに対し、現場の裁量で弾力的に活用できる予算が確保されているとは言いがたい。そのため、弁護士の学校派遣については、弁護士会が、限られた予算の中から日当の支給などの支援を行っているのが実状である。
未来を担う子どもたちに法教育の機会を保障することは、国及び地方公共団体の本来的な責務であるといえる。したがって、学校における法教育を推進するため、弁護士の学校派遣などの法教育の取組みや、教員と弁護士の連携に対し、それを支える予算措置が講じられるべきである。

 以上の理由から、本決議を提案するものである。

以上