中弁連の意見
中国地方弁護士会連合会は、日本政府に対し、速やかに核兵器禁止条約に署名・批准するよう求める。
また、たとえ未署名であったとしても、核兵器禁止条約の締約国会議が開催される場合は、核保有国との橋渡しのためオブザーバーとして参加し、核兵器廃絶のため積極的に関与するよう求める。
以上のとおり決議する。
2021年(令和3年)11月26日
中国地方弁護士大会
提案理由
1 核兵器禁止条約の採択・発効
2017年(平成29年)7月、国際連合において122か国の賛成の下に核兵器禁止条約(TPNW)が採択され、2021年(令和3年)1月22日、同条約が発効した。同条約は、2021年(令和3年)11月現在、86か国が署名し、56か国が批准している。
核兵器禁止条約は、(a)核兵器その他の核爆発装置(以下「核兵器」という。)の開発、実験、生産、製造、取得、保有又は貯蔵、(b)核兵器又はその管理の直接的・間接的な移転、(c)核兵器又はその管理の直接的・間接的な受領、(d)核兵器の使用又は使用の威嚇、(e)同条約が禁止する活動に対する援助、奨励又は勧誘、(f)同条約が禁止する活動に対する援助の求め又は受入れ、(g)自国の領域又は管轄・管理下にある場所への核兵器の配備、設置又は展開の容認等を禁止することをその内容としている。
2 核兵器禁止条約に至る歴史的経緯
日本国内では、東京地方裁判所1963年(昭和38年)12月7日判決において、広島・長崎における原爆の無差別投下は軍事目標主義を規定する戦時国際法に違反するとされた(いわゆる下田判決)。
国際社会においては、1968年(昭和43年)、核兵器の不拡散に関する条約(NPT・1970年(昭和45年)発効)の調印がなされて以降、核軍縮が進められた。
1996年(平成8年)7月、国際司法裁判所(ICJ)が、国連総会の要請に対する勧告的意見において、核兵器の使用・威嚇は一般的には国際法に違反すると述べた。
2000年(平成12年)のNPT再検討会議で、核保有国も含めた参加国は、核兵器の全面廃絶に関して明確に合意し、2010年(平成22年)開催のNPT再検討会議でも、最終文書で確認された。さらに、2011年(平成23年)、国際赤十字代表者会議は、すべての国家に対し、法的拘束力を持つ国際条約によって、核兵器の使用禁止と完全廃棄を目指す合意をすることを求める決議を発出した。このことを契機として、3度の国際会議が開催され、核廃絶に向けた機運が高まった。
しかし、2015年(平成27年)のNPT再検討会議では、核保有国が消極的な態度を示したため、核兵器の全面廃絶に向けたさらなる最終文書の合意ができないまま終了した。
そこで、同年12月、国連総会において「核兵器のない世界のための法的措置に関して議論する国連作業部会」(OEWG)が設置された。国連総会は、2016年(平成28年)10月、上記OEWGの報告書を受け核兵器を禁止し全面的廃棄に導く法的拘束力のある文書(後の条約案)を協議するため、2017年(平成29年)に国連の会議を招集することを決定した。同会議では、核兵器の廃絶を求める国々や被爆者や核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)など世界の非政府組織(NGO)の賛同があり、同年7月7日、122カ国の賛成で核兵器禁止条約が採択された。
以上の経緯で生まれた核兵器禁止条約では、国際法に照らし核兵器が違法な兵器であるとされた経緯をふまえ、前文で、核兵器の使用の被害者(「Hibakusha」と条約に表記)が受けた容認し難い苦しみに言及し、あらゆる核兵器の使用は、武力紛争の際に適用される国際法の諸規則、特に国際人道法の諸原則及び諸規則に反することが確認された。
核兵器禁止条約は、国際社会の声をふまえ、核兵器の違法性を国際法の規範として確認した。このことは、核兵器廃絶に向けた一里塚として、歴史的意義があるものといえる。
3 日本政府の見解の誤り
現在、日本政府は「核兵器の使用をほのめかす相手に対しては通常兵器だけでは抑止を効かせることは困難であるため、・・核兵器を有する米国の抑止力を維持することが必要」として、「核兵器を直ちに違法化する条約に参加すれば、米国による核抑止力の正当性を損ない、国民の生命・財産を危険に晒すこと・・になりかねず、日本の安全保障にとっての問題を惹起」するなどとして、核兵器禁止条約には署名しないとする。
しかし、核抑止論は、そもそも、非核三原則を国是とし、永年にわたり核兵器の廃絶を求める決議を国連総会に提案し、採択してきている日本政府の態度と真っ向から矛盾する。
また、核抑止論は、核兵器の使用を前提とする議論であり、その抑止が崩れると核兵器が使用され、人類が滅亡する危険性を有する。また、意図的ではなくとも、人為的ミスや誤作動により核兵器が使用される可能性もある。実際に核攻撃があったとする装置の誤作動により核戦争の勃発寸前にいたったこともある。
一方、核兵器禁止条約は、核兵器が再び使用されないことを保証する唯一の方法は、核兵器を完全に廃絶することにあるとするものであって、合理性と正当性が認められる。
4 核抑止論は日本国憲法と相容れないこと
日本国憲法は、前文において「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し」、第9条において、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と規定する。
核抑止論は、相手方に対し、核兵器の使用がありうると思いこませることによって、紛争を防止しようとするものであるところ、それは相手方と対峙し敵対する関係に終始しながら、自己の要求を貫徹しようとする立場にほかならず、相手方との間に信頼関係を築いていくことによって紛争を防止しようとする「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」する立場とはおよそ矛盾するものである。特に「武力による威嚇」の「放棄」は、核兵器の使用を論理的前提とする核抑止論とは相容れないものである。
5 核兵器廃絶こそ被爆国である日本の責務である
現在、核兵器は、米国、ロシア、英国、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮の9か国が保有しており、地球上に、約1万3000発以上存在すると推定されている。そして、その核兵器の約9割は、米国とロシアが保有している(2021年(令和3年)1月現在)。
日本は、広島と長崎への核攻撃による被爆、そしてビキニ環礁における核実験による被爆を体験した世界唯一の戦争被爆国である。核兵器は熱線・衝撃波・爆風により一瞬で数多の人間の命を奪う。さらに、核分裂により放出される放射線は、長期間にわたって人体に影響をもたらす。戦後76年を経過した現在においても、多くの被爆者が原爆由来の放射線の影響に苦しめられている。このことは、21世紀に入っても全国で原爆症認定集団訴訟が提訴され、多くの原告の請求が認容されたことからも明らかである。さらに、広島では国の援護区域対象外の「黒い雨」降雨地域に在住していた者が、被爆者健康手帳の交付等を求める訴訟を起こし、その請求が裁判所で認められ、被爆者と認定されるなど被爆者のたたかいは現在も続いている。
日本政府は、以上のような被爆者の受けた被害から目を背けることなく、二度と同様の経験を人類に与えることのないようにと願う被爆者の思いに応え、核兵器の廃絶に向けた行動を取るべき責務がある。
日本政府が、速やかにこの条約に署名し、批准することこそが「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占める」(日本国憲法前文)ことにもつながるはずである。
6 中国地方弁護士会連合会のこれまでの活動
当連合会は、被爆地広島の弁護士会を構成員とする連合会として、また、基本的人権の擁護を使命とする弁護士の団体として、これまでにも、1995年(平成7年)に、「第1に、中国、フランスに対し、核実験再開に強く抗議し、今後の核実験の即時中止を要請し、中国、フランスを初めとするすべての核保有国が、核廃絶に向けて真摯な努力をするよう求めるとともに、第2に、国際司法裁判所に対し、核兵器の使用及び威嚇が国際法に違反するものであるとの勧告的意見をすみやかに出されるよう求める。」といった決議をなすなど、全世界から核兵器を廃絶することを求めてきた。
核兵器廃絶は、当連合会の悲願でもある。
7 結語
以上より、当連合会は、この度の核兵器禁止条約の発効を受け、全世界から核兵器を廃絶させるため、日本政府に対し、速やかに同条約に署名・批准するよう求め、また、たとえ未署名であったとしても、同条約の締約国会議が開催されるときは、核保有国との橋渡しのためオブザーバーとして参加し、核兵器廃絶のため積極的に関与するように求める。
以上の理由から、本決議を提案するものである。
以上