中弁連の意見
中国地方弁護士会連合会は、LGBTsに対する差別と偏見をなくし、性自認及び性的指向における多様性を尊重し、LGBTsにとっても住みやすい地域社会を実現するべく、国及び中国地方の各地方自治体に対し、次の施策の実施を求める。
- 各自治体の選挙、教育、福祉、医療、雇用、被害者支援その他の行政活動において、議会の議員、自治体の職員及び自治体内の住民に対して教育・啓発活動を行って理解促進に努めるとともに、性自認及び性的指向による差別を許さないための諸施策を講じること
- 各自治体において、いわゆる同性パートナーシップ認証制度の導入を進めるとともに、各自治体の行政サービスのうちでLGBTsとそのパートナーを含む家族に適用可能なものを平等に提供すること
- 政府及び国会において、「性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」の制定を速やかに進めるとともに、民法・戸籍法等の婚姻等に関する諸規定の速やかな改正に着手し、LGBTsに対する権利の保障及び差別と不利益の解消を図ること
以上のとおり決議する。
2021年(令和3年)11月26日
中国地方弁護士大会
提案理由
第1 はじめに-LGBTsについて
1 性の多様性
人の性のあり方は多様である。
性は出生時の身体的特徴から「男性」「女性」の2つに割り当てられ、戸籍に記載され、社会でも2つの性別による区別がなされてきた。
しかし、実際には性を構成づける要素は複数あり、本人の意思では変えることはできない。
その要素には、「性自認」(「男性である」「女性である」「どちらでもある」「どちらでもない」などの性的自己認識)や「性的指向」(恋愛や性的関心の対象がどの性別に向くか)等がある。多様な性は、数十種類にのぼり、例えば、性的指向が自分と同じ性の人である同性愛者(女性同士ならレズビアン(Lesbien)、男性同士ならゲイ(Gay))、性的指向が男女どちらでもある両性愛者(Bisexual)、出生時に割り当てられた戸籍上の性と性自認が一致しないトランスジェンダー(Transgender)などがあるがこの4つに限られるものではない。そのため、多様な性のうち、割合として少数の側となる人々を総称する呼び方は様々あるが、ここでは「LGBTs」と呼ぶ。
2 LGBTsが受けてきた差別被害
長年、LGBTsは差別や偏見、無関心による被害を受け続けてきた。日本では、かつて同性愛や性別違和があることを病気として扱い、または変態として偏見の目で見る時代があった。このような見方が誤っているとの知見が平成初め頃までには確立されたが、社会には根強い偏見や無理解から生じる差別、中傷、侮蔑、嘲笑あるいは無関心が続いている。
日高庸晴宝塚大学教授の2016年(平成28年)当事者意識調査によれば、当事者の約7割以上が職場や学校での差別的発言を経験している。また、約6割が学校生活(小学校・中学校・高校)でいじめを経験している。
自殺を考える割合も高く、2016年(平成28年)に公表された「主に岡山県内の性的マイノリティを対象とした学校生活に関するアンケート調査」では、46%が自傷行為を経験し、64%がもう生きていたくないと思ったことがあると回答している。また、上記日高教授のゲイ・バイセクシュアル男性対象の1999年(平成11年)調査及び2005年(平成17年)調査では全体の65%は自殺を考えたことがあり、15%前後は実際に自殺未遂の経験があることが示されている。2012年(平成24年)に閣議決定された自殺総合対策大綱にもLGBTsの自殺防止対策の必要性が記されている。
3 府中青年の家事件(東京高裁1997年(平成9年)9月16日判決)
1990年(平成2年)、東京都教育委員会による同性愛者に対する差別事件が発生し(府中青年の家事件)、1997年(平成9年)には東京高裁で違法と評価される判決が出された。同判決では「都教育委員会を含む行政当局としては、その職務を行うについて、少数者である同性愛者をも視野に入れた、肌理の細やかな配慮が必要であり、同性愛者の権利、利益を十分に擁護することが要請されているというべきであって、無関心であったり知識がないということは公権力の行使に当たる者として許されないことである」と判示された。
4 国連人権機関からの指摘
日本は国連人権機関から、LGBTsの人権擁護が国際基準を満たしていないとの指摘を受け続けている。
条約機関による審査では、自由権規約委員会から2008年(平成20年)と2014年(平成26年)にLGBTsの差別に関連する法整備が実現していないことについて早急な対応が求められている。また、2013年(平成25年)にはLGBTsということを理由に社会権が制限されている現状に社会権規約委員会から懸念が示され、女性差別撤廃委員会からは2016年(平成28年)にレズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダーの女性が抱える困難を意識した政策の実現が求められている。
また、国連機関による審査では、国連人権委員会の普遍的定期審査でLGBTsの改善勧告は1回目1件、2回目5件、3回目13件と増えている状況にある。
5 日本弁護士連合会の活動
(1)受刑者の刑務所処遇に対する勧告
性同一性障害を有する受刑者からの人権救済申立事件において、2009年(平成21年)に黒羽刑務所長宛てに、2010年(平成22年)に東京拘置所長宛てに、被収容者の性自認を尊重した処遇を行うよう勧告した。
(2)東京都知事発言に対する警告
2014年(平成26年)4月22日、日弁連は、石原慎太郎東京都知事(当時)による「(同性愛者は)どこかやっぱり足りない感じがする。」「日本を駄目にする我欲を満たすための野放図な害悪」という発言に関する人権救済申立事件において、同氏に対しLGBTsの人権を侵害していると指摘して警告を行った。
(3)2019年(令和元年)7月18日「同性の当事者による婚姻に関する意見書」
2015年(平成27年)に455名の申立人から同性間の婚姻が認められていないことに対する人権救済申立を受けて、日弁連は同意見書を令和元年に発表し、性的指向が同性に向く人々は、互いに配偶者と認められないことによる各種の不利益を被っていることは、性的指向が同性に向く人々の婚姻の自由を侵害し、法の下の平等に違反するものであり、憲法第13条、第14条に照らし重大な人権侵害として、関連する法令の改正をすみやかに行うよう国会に求めた。
(4)2021年(令和3年)2月18日「同性の者も事実上婚姻関係と同様の事情にある者として法の平等な適用を受けるべきことに関する意見書」
上記(3)意見書とは別に、法令等における「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」等の解釈において、法令上の性別が同じ者を除外することなく、法を平等に適用し、その保護を図るべきであるとの意見を発表し、国会や内閣、地方自治体等に求めた。
第2 LGBTsに関する立法や施策等
1 性同一性障害者の性別の取扱の特例に関する法律(2003年(平成15年))
議員立法により、一定の要件を満たせば、家庭裁判所の許可に基づき、法令上の性別の取扱と戸籍上の性別記載を変更できるようになった。しかし、生殖機能を手術で除去することを求める要件については世界保健機構(WHO)から2014年(平成26年)に人権侵害である旨の指摘がなされている。
2 各省庁の取組み
(1)人権啓発
1999年(平成11年)に制定された「男女共同参画基本法」及び2000年(平成12年)に制定された「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」に基づき、男女共同参画行政及び人権教育・啓発行政において、性的少数者の人権啓発が進められてきた。
また、2009年(平成21年)の「子ども・若者育成支援推進法」に基づく「子ども・若者ビジョン」でも「性同一性障害者や性的指向を理由として困難な状況に置かれている者等特に配慮が必要な子ども・若者に対する偏見・差別をなくし、理解を深めるための啓発活動を実施します」と定められた。
(2)教育
文部科学省は、2010年(平成22年)に「児童生徒が抱える問題に対しての教育相談の徹底について」との通知を出し、性同一性障害の児童生徒について「各学校においては、学級担任や管理職を始めとして、養護教諭、スクールカウンセラーなど教職員等が協力して、保護者の意向にも配慮しつつ、児童生徒の実情を把握した上で相談に応じるとともに、必要に応じて関係医療機関とも連携するなど児童生徒の心情に十分配慮した対応」を学校に求めた。また、2015年(平成27年)4月には「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細やかな対応の実施等について」という通知を、2016年(平成28年)には「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細やかな対応等の実施について(教職員向け)」という周知資料を作成し公表した。
(3)自殺防止対策
2006年(平成18年)の自殺対策基本法に基づく「自殺総合対策大綱」では、2012年(平成24年)に「自殺念慮の割合等が高いことが指摘されている性的マイノリティについて、無理解や偏見等がその背景にある社会的要因の一つであると捉えて、教職員の理解を促進する」ことが明記された。
(4)職場でのLGBTsに対するハラスメント防止対策
2016年(平成28年)、人事院は人事院規則10-10における「国家公務員におけるセクシュアルハラスメント」には「性的指向若しくは性自認に関する偏見に基づく言動」が含まれるとの解釈通知を発出した。
また、厚生労働省は、男女雇用機会均等法に基づく事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針の2020年(令和2年)改正で「職場におけるセクシュアルハラスメントには、同性に対するものも含まれるものである。また、被害を受けた者(以下「被害者」という。)の性的指向又は性自認にかかわらず、当該者に対する職場におけるセクシュアルハラスメントも、本指針の対象となるものである。」との記載が追加された。
2019年(令和元年)に改正された労働施策総合推進法の附帯決議を受けて、2020年(令和2年)1月15日付けで事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針が告示され、その中で、性的指向・性自認の望まぬ暴露(アウティング)や性的指向・性自認に関する侮辱的な言動もハラスメントとして挙げられ、職場での被害防止義務の対象及び相談や紛争解決制度といった労働行政の対象となった。
3 自治体での同性パートナーシップ制度制定の動き
2013年(平成25年)に東京都渋谷区が始めた登録型同性パートナーシップ制度は全国に広がりを見せ、2021年(令和3年)7月1日の時点で110の自治体が実施した。実施自治体人口は総人口の37.5%を超える。中国地方では岡山県総社市、広島市、岡山市で導入されている。2021年(令和3年)度中に山口県宇部市を含む7自治体が実施予定である。
実施自治体は、基礎自治体だけでなく、茨城県、大阪府、群馬県でも導入されている。また、同性カップルだけでなく、兵庫県明石市や東京都足立区、福岡県古賀市では同性カップルが養育している子どもも対象とするファミリーシップ制度を導入するなど制度の内容は自治体ごとに異なっている。
直接の法的効果はないが、制度利用者を家族として扱って公営住宅入居を認めるなど他の行政サービスと連携させる自治体もあり、また、保険や住宅ローンなどで同性パートナーシップ制度利用を前提にする民間企業も出ている。
理解促進のための人権啓発効果も高く、毎年複数の自治体で導入が進んでいる。
4 自治体での同性カップルに対する行政サービス提供の動き
同性パートナーシップ認証制度実施自治体の広がりとともに、自治体で同性カップルを家族として扱う行政サービスの提供も進み始めている。
例えば、岡山市では、同性パートナーシップ宣誓書受領証等の提示により、市営住宅の入居申込みや同居申請、市営墓地の使用承継申請、岡山市犯罪被害者等支援金支給事業で配偶者を対象とする給付金申請、救急搬送証明書の交付申請などを認めている。また、同市では、同性パートナーシップ宣誓をしなくても市民病院で家族として扱う、里親になる、火葬・埋葬手続を行う、DV相談を受けることを可能とした。
加えて、広島市でも同性パートナーシップ宣誓をしたカップルに対し、罹災証明書の交付申請や保有個人情報開示請求申請を認めている上、宣誓をしていなくても市立病院での病状説明同席や面会、手術同意、救急車への同乗ほか高齢者福祉や障害者福祉、子育て支援等、同性カップルを家族と認めて取り扱う行政サービスを提供している。
従って、同性パートナーシップ認証制度の実施自治体の拡大とともに、同性カップルを家族として扱う行政サービスの提供も、家族としての平等取扱いのために必要である。
5 国会における動き
2021年(令和3年)6月の第204回国会では、「性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」の法案について、一旦は与野党間において協議が整ったものの与党内での法案の取りまとめの調整がつかず、結局、法案提出が見送られた。
第3 結婚の自由をすべての人に訴訟札幌地裁違憲判決(札幌地裁2021年(令和3年)3月17日判決)
1 2021年(令和3年)3月17日、札幌地方裁判所は、同性間の婚姻を認める規定を設けていない民法及び戸籍法の婚姻に関する諸規定について、「異性愛者に対しては婚姻という制度を利用する機会を提供しているにもかかわらず、同性愛者に対しては、婚姻によって生じる法的効果の一部ですらもこれを享受する法的手段を提供しないとしていること」は、立法府の裁量権の範囲を超えたものであって、その限度で憲法第14条第1項に違反するとの判決を言い渡した。
2 本判決では、「異性愛者と同性愛者との違いは、人の意思によって選択・変更しえない性的指向の差異でしかなく、いかなる性的指向を有する者であっても、享有し得る法的利益に差異はないといわなければならない。」との判断が示されるとともに、判断理由として、明治時代から近時まで同性愛を精神疾患とする誤った知見のもとで同性愛に対する否定的な意見や価値観が形成されてきたものの1992年(平成4年)頃までには外国及び我が国において、同性愛は精神疾患ではないとする知見が確立したこと、憲法第24条の趣旨に照らせば、同条や民法等の諸規定は同性愛者が営む共同生活に対する一切の法的保護を否定する理由となるものとはいえないこと、我が国においても登録パートナーシップ制度を導入する地方自治体が増加していること、同性婚を法律によって認めるべきとの世論も2015年(平成27年)の調査当時からおおむね半数に達し、比較的若い世代(60歳未満)においては性的指向による区別取扱いの解消を要請する国民意識が高まっていることを認定しているところである。
3 LGBTsについての誤解が十分に解消されていない人々の意見により法的整備が阻害されまたは遅滞し、LGBTsやそのパートナーの婚姻や共同生活における不自由が継続することは、正に不合理なことといわざるを得ない。
このような問題こそ、国及び地方自治体が先頭に立って立法措置等による制度変更を行って法的保障を認め、全世代の意識を変えていく姿勢が求められているといえる。
第4 今後の課題と決議
1 上記のとおり法律の整備や行政の取組みが積み上げられてはきたが、LGBTs全体の差別や偏見をあらゆる分野でなくしていくための施策としては非常に不十分である。
例えば、選挙における投票の際、投票所入場整理券に性別欄が記載されているため、トランスジェンダーは投票に際して、多数の選挙人の前で何度も性別を確認され、多大なストレスを与えられ自尊心を傷つけられることから、投票そのものを避け、民主政の根幹たる選挙権の行使が事実上妨げられる事態となっている。
また、LGBTsに理解がない医療関係者の対応を避けて必要な医療を受けることができない、病院や介護施設で同性パートナーを家族として扱わないために看取りの場から排除される、保健行政から性別違和に悩む当事者に医療機関情報が提供されない、同性パートナーが犯罪被害にあっても犯罪被害者支援給付金が支給されない、同性間でのストーカーやドメスティックバイオレンスが発生したときにこれに対応する行政や司法関係者に理解が少なかったりシェルターや相談窓口などの社会資源も乏しかったりするなど、課題は山積みである。
2 そこで、先般の第204回国会で法案提出が見送られた「性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」の制定を速やかに進めるとともに、民法・戸籍法等の婚姻等に関する諸規定の速やかな改正に着手し、LGBTsに対する権利の保障と差別と不利益の解消を図ることを求める。
一方で、社会に暮らす人々の意識が実質的に変わり、差別や偏見をなくすためには、地方自治体における継続的かつ幅広い場面での取組みが必要である。そこで、各自治体において同性パートナーシップ認証制度の導入を進めるとともに、同制度の有無にかかわらず、各自治体の選挙、教育、福祉、医療、雇用、被害者支援その他の行政活動において、議会の議員、自治体の職員及び自治体内の住民に対して教育・啓発活動を行って理解促進に努め、性自認及び性的指向による差別を許さないための諸施策を講じること及び各自治体において、各自治体が提供する行政サービスのうちでLGBTsとそのパートナーを含む家族に適用可能なものを平等に保障することを求める。
第5 最後に
我が国は、「SDGs実施指針」のもと、世界を、誰一人取り残されることのない持続可能なものに変革し、2030年(令和12年)までに、国内外においてSDGs(Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)を達成することを目指している。そして、同指針においては、「あらゆる人々が活躍する社会・ジェンダー平等の実現」が我が国の「SDGsモデル」の確立に向けた優先課題の一つとして掲げられている。
そこで、LGBTsに対する差別や偏見の解消を推進することによってジェンダー平等を実現し、我が国、ひいては世界を、誰一人取り残されることのない持続可能なものとすべきである。
以上の理由から、本決議を提案するものである。
以上