中弁連の意見

中国地方弁護士会連合会は、島根原子力発電所の立地自治体及び周辺自治体に対し、島根原子力発電所2号機の設置変更及び再稼働の是非を判断するため、下記の各事項を求める。

 

  1.  島根原子力発電所における原子力災害に対応するための避難計画について、専門家及び住民による検証に基づき、その実効性を確保すること
  2.  島根原子力発電所の安全性及び原子力災害時の避難計画の実効性に関する徹底した情報公開を行ったうえで、同発電所の設置変更及び再稼働の是非の判断について、住民投票を行うこと
  3.  上記1及び2項の条件が満たされなければ、島根原子力発電所2号機の設置変更及び再稼働に対し、了解または同意してはならないこと

 

以上のとおり決議する。

 

2021年(令和3年)11月26日

中国地方弁護士大会

 

提案理由

第1 はじめに

  1. 2011年(平成23年)3月11日の東北地方太平洋沖地震を契機として発生した福島第一原子力発電所事故(以下「福島第一原発事故」という。)は、原子力発電所の「安全神話」の崩壊、重大事故・甚大な被害が発生することを明らかにした。福島第一原発事故当時、日本に設置されていたすべての原子力発電所54基が稼働を停止したが、それから10年、日本の原子力発電所は、新規制基準[1]適合性審査を受け、2021年(令和3年)9月現在、廃炉が決定しているものを除いた全33基のうち9基が再稼働をしている。
     原子力発電は、運転により大量の放射性物質を発生させるものであり、ひとたび重大事故が発生し、放射性物質が発電所外に放出された場合の影響は甚大である。例えば、放射線によって健康に影響を受けるおそれがあるにもかかわらず、放射線は目に見えないため、自ら被ばくをしたか否か、どの程度したか容易にわからない。また、放射性核種は半減期が長期にわたるものがあるため、長期間土壌や海洋等の環境を汚染し、汚染された地域で生活をすることが不可能になる。
     しかも、原子力発電については、仮に、新規制基準に適合していると判断されたとしても、自然災害や重大事故は勿論、発電所の人的・物的等様々な要因により、重大事故を起こす可能性をゼロにすることはできない。そのため、原子力発電所の再稼働には多くの問題がある。
     
  2. 中国地方弁護士会連合会は、2015年(平成27年)10月9日、第69回中国地方弁護士大会において、「原子炉施設の設置(変更)許可に関し、原子炉施設と公衆との間に十分な離隔がとられていること(「離隔要件」)及び『実効性ある避難計画』が策定されていることを要件とするよう求める決議」を、賛成多数により可決した。同決議は、内閣総理大臣、経済産業大臣、衆・参両院議長、原子力規制委員会、原子炉施設の立地自治体及び周辺自治体の長、全国の電力会社に送付されたが、残念ながら、同決議によっても、原子力発電所の設置変更の要件(許可基準・規制基準)に何らの変更もされなかった。
     それから6が経過した今日、中国電力株式会社(以下「中国電力」という。)島根原子力発電所(以下「島根原発」という。)2号機については、2021年(令和3年)4月30日、原子力規制委員会が新規制基準適合性に関する実質的な審査を終え、同年6月23日、審査書案を了承し、同月24日、審査書案を同年7月23日まで、国民に対するパブリックコメントに付した。同年9月15日、原子力規制委員会は、審査書を確定し、設置変更許可処分を行った。同日、中国電力は、島根県知事に対して、同許可処分について報告し、事前了解を求めた。
     当連合会は、今般、原子力規制委員会の設置変更許可処分後に行われる立地・周辺自治体による再稼働の了解・是非の手続について、地域住民の安全を守るための避難計画の実効性確保を前提に、住民自治の担い手である住民参加の視点を重視した手続、具体的には、再稼働の是非に関する住民投票の実施を求めるべく、本提案をするものである。

 

第2 島根原子力発電所について

1 島根原子力発電所の概要

 島根原発1号機(電気出力46万kW、沸騰水型)は、島根県松江市片句に、国産第1号として1974年(昭和49年)に営業運転を開始し、2015年(平成27年)4月に営業運転を終了した。

 同2号機(電気出力82万kW、沸騰水型)は、1989年(平成元年)2月10日に営業運転を開始した。島根原発2号機は、現在、営業運転をしていない。

 同3号機(電気出力137.3万kW、改良型沸騰水型)は、2005年(平成17年)年4月26日、増設に係る設置変更許可がなされたが、工事完成前に福島第一原発事故が発生し、営業運転に至っていなかったところ、2018年(平成30年)8月10日、中国電力は、新規制基準に基づく適合性審査の申請をした。

2 立地自治体及び周辺自治体の概況

 島根原発の立地自治体は、島根県及び松江市であり、30km圏内の周辺自治体は、安来市、出雲市、雲南市、鳥取県、米子市、境港市である。

 島根原発から10km圏内には、島根県庁、松江市役所、島根県警察本部、松江市消防本部などの行政機関、裁判所、保育園、小、中、高、島根大学等の教育機関、災害拠点病院を含む医療機関、介護施設、松江刑務所等がある。

 また、島根原発から30km圏内の周辺自治体にも、多くの学校や各種行政機関等がある。

 島根原発から30km圏内に住む住民は、約46万余人にものぼる。このうち、PAZ[2](概ね5km圏)内の人口は約9700人、UPZ[3](概ね5~30km圏)内の人口は約46万人(島根県約39万人、鳥取県約7万人)である。

 

第3 原子力災害時の避難計画の重要性について

1 深層防護(defense in depth)の第5層としての避難計画の重要性

(1)国際原子力機関(IAEA)は、原子力発電所における事故の防止と事故発生時の影響を緩和するために、「深層防護」の考え方を取り入れ、複数の連続かつ独立したレベルの障壁を設け、ひとつの障壁が万一機能しなくても、次の防護レベル又は障壁が機能するよう備えることが、主要な手段であるとし、概略、次の5層からなる防護を提唱している。
 第1層は、通常運転状態からの逸脱や故障の防止、第2層は、運転時の異常な過渡的変化が事故状態に拡大することの防止、第3層は、設計基準内の事故の制御、第4層は、事故の進展防止及びシビアアクシデント対策である。そして第5層は、放射性物質が大規模に放出した場合に、これによる影響を緩和するための所内外の緊急時対応等である。
 原子力発電所周辺の避難計画は、深層防護の第5層に該当し、第4層までの防護レベルのいずれかが機能しなかった場合に、人や環境の安全を守る最後の防護レベルである。

(2)東海第二原発差止判決(水戸地裁2021年(令和3年)3月18日判決)は、発電用原子炉施設の危険性の特質や事故時の深刻な影響に鑑み、深層防護の第1から第5の防護レベルのいずれかが欠落しまたは不十分な場合には、発電用原子炉施設が安全であるということはできず、周辺住民の生命、身体が侵害される具体的危険があると解すべきである旨、判示したうえ、実効性ある避難計画(第5層)の不備を理由に、発電用原子炉の運転の差止を命じた。

2 避難計画の実効性確保の枠組み-現状とあるべき姿

(1)避難計画の実効性は、発電用原子炉の設置(変更)許可の要件となっていないこと
  原子力事故時における避難計画は、安全確保のための第5層に位置づけられる重要なものである。しかるに、避難計画の実効性は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律に基づく発電用原子炉施設の設置(変更)等の許可の要件とはなっていない。そのため、避難計画の実効性は、原子力規制委員会による安全規制の対象とされていない。

(2)避難計画作成の法的枠組み
 原子力災害対策は、我が国の法制上、災害対策基本法(以下「基本法」という。)及びその特別法である原子力災害対策特別措置法(以下「原災法」という。)に基づいて措置されることとなっており、これらの法に基づき、国や地方自治体は、次のような責務を負っている。

ア 国の責務
(ア)国は、組織及び機能の全てを挙げて原子力災害に関し、緊急時対応策等の実施のために必要な措置等万全の措置を講じる責務を有する(基本法第3条第1項、原災法第4条第1項)。   
 (イ)内閣府に設置された中央防災会議は、地震災害や津波災害等とともに、原子力災害についても、防災基本計画を作成する(原災法第28条、基本法第34条)。
 (ウ)原子力規制委員会は、防災基本計画に適合して、原子力災害対策の円滑な実施を確保するため、原子力災害対策指針を定める(原災法第6条の2、基本法第2条第8号)。
 (エ)内閣に置かれる原子力防災会議は、原子力災害対策指針に基づく施策の実施や原子力事故が発生した場合に備えた政府の総合的な取組みを確保するための施策の実施等の責務を司る(原子力基本法第3条の3ないし5)。

イ 地方自治体の責務
(ア)都道府県の責務
① 都道府県は、当該都道府県の地域に係る原子力災害に関する計画を作成し、これを実施すると共に、その区域内の市町村等が処理する防災業務等の実施を助け、かつ総合調整を行う責務を有する(原災法第5条、基本法第4条第1項)。
② 都道府県に設置される都道府県防災会議は、原子力災害について、防災基本計画及び原子力災害対策指針に基づき、都道府県地域防災計画を作成することとされており(原災法第28条、基本法第14条・第40条)、この地域防災計画として、PAZ内及びUPZ内の住民の避難の基本的枠組みとなる広域避難計画を作成し、避難元市町村ごとの避難先地方公共団体、避難経路となる国道等及び避難手段等を定める。
(イ)市町村の責務
① 市町村は、当該市町村の地域に係る原子力災害に関する計画を作成し、これを実施する責務を有する(原災法第5条、基本法第5条第1項)。
② 市町村に設置される市町村防災会議は、市町村地域防災計画を作成することとされており(原災法第28条、基本法第16条・第42条)、この地域防災計画として、都道府県作成の広域避難計画に則ったPAZ内及びUPZ内の設定に基づく市町村内自治区ごとの避難先及び避難経路等を定めた避難計画の作成等を行う。

ウ 避難計画の合理性の確認
内閣府は、原子力防災会議の決定に基づき、原子力発電所の所在する地域ごとに原子力規制庁を含む関係府省庁、地方公共団体等を構成員とする地域原子力防災協議会を設置している。
地域原子力防災協議会は、避難計画を含む当該地域の緊急時における対応が、原子力災害対策指針等に照らして、具体的かつ合理的なものであることを確認し、原子力防災会議で了承するものとされている。

3 立地自治体及び周辺自治体の避難計画の作成状況と問題点について

(1)避難計画の作成状況

ア 島根県、鳥取県、松江市、出雲市、安来市、雲南市、米子市、境港市は、福島第一原発事故を受けて2011年(平成23年)5月に「原子力防災連絡会議」[4] を設立した。
 島根県は、2012年(平成24年)11月に原子力災害に備えた広域避難計画を作成し、鳥取県及び上記6市も広域避難計画を作成している。
 2021年(令和3年)9月7日、国の原子力防災会議は、島根原発周辺の避難計画を含む緊急時対応について、了承した。

イ 国の原子力災害対策指針では、原子力災害時の避難等は、原発から近いPAZにおいては、原子力施設の状況に応じて、放射性物質放出前から予め避難を行い、UPZでは、まず必要に応じて屋内退避を行い、仮に放射性物質が放出された場合には、放出後の放射線量の実測値に基づき、必要な地域は、1週間程度内に一時移転等を行うこととされている。

ウ 島根県及び鳥取県でも、この考え方に基づき、各県の防災計画等で具体的な対応を決めている。
島根県の避難計画では、約12万人が県西部へ、約17万1000人が広島県内へ、約9万7000人が岡山県内に避難することとされ、鳥取県の避難計画では、約7万人が県中部及び東部へ避難することとされている。

(2)避難計画の問題点

ア 原子力災害対策指針の問題点
 原子力災害対策指針は、原子力施設の状況(Emergency Action Level)(以下「EAL」という。)に応じて、緊急事態を、警戒事態(震度6弱以上の地震の発生等)、施設敷地緊急事態(全交流電源の30分以上喪失等)、全面緊急事態(原子炉注水機能喪失等)の3つに区分し、各区分に応じてPAZ、UPZでそれぞれ予防的防護措置を講じることとしている。
 また、同指針は、UPZにおける防護措置の実施を判断する基準として、空間放射線量率等の原則計測可能な値で表される運用上の介入レベル(Operational Intervention Level)(以下「OIL」という。)を設定し、基準に応じて緊急防護措置、早期防護措置、飲食物摂取制限等の措置を定めている。
 しかしながら、UPZ内の住民においては、EALの全面緊急事態においても、避難行動要支援者を含め、ようやく屋内退避を指示されるにとどまり、さらにOIL20μSV/hを超過した時点で、1週間程度以内に一時移転を行うとされており、福島原発事故の教訓を全く考慮せず、被ばくを前提とした避難計画であると批判されている。事故の影響がどこまで進展するか、最悪の事態を考えた場合には、このような悠長な指示に従う住民がどれだけいるのかはなはだ疑問である。
 PAZ内においても、避難の実施により健康リスクが高まる要配慮者は、EALの施設敷地緊急事態に至っても屋内退避が開始されるに留まっている。
 現実には、原子力災害の誘因となりうる自然災害の態様・規模、原発事故の態様や進展状況等、事故による放射性物質の放出・拡散状況等は極めて不確実であり、避難計画作成の前提条件を想定することは難しく、実効性ある避難計画を作成することは困難である。

イ 避難方法の問題点
 島根原発事故時の広域避難計画における避難の方法は、多くの住民が自家用車によって避難することが想定されているが、避難計画で明示された一次集結所等に集結し、指定された避難先に避難するという行動をとることがどこまで期待できるのか不確実である。福島第一原発事故で明らかなように、自家用車による避難は、渋滞を引き起こし、余計な被ばくを強いる。また、事故時には、段階的な避難指示に従わず、自主的に避難を始めるものも相当数にのぼると想定され、段階的な避難を想定すること自体非現実的である。
 自家用車避難が困難な住民の避難はまずは徒歩となっているが、要支援者の一次集結所までの移動は個別の状況を把握しない限り不可能である。さらに、一次集結所からの県の手配するバスが果たして適時適切にやってくるのか等、すべてが不確実であり、合理性がない。
 2015年(平成27年)の調査では、PAZ内の避難行動要支援者は1757人、UPZ内には4万3129人の避難行動要支援者がおり、避難に移動手段を要する一般住民も3万7875人と、実態調査をもとに算出されている。島根・鳥取両県は、中国5県のバス協会・タクシー協会と原子力災害時の緊急輸送に関する協定を締結しているものの、現実には、十分な福祉車両、バスなどの確保は、極めて困難である。

ウ 複合災害時の問題点
複合災害である地震、津波、火山の噴火、暴風雪、浸水、土砂災害等によって、自然災害による人命への直接的危険の発生に加え、屋内退避が不可能となるおそれや、決められた避難道路が通行不能になった場合に指定された避難ルートでの避難が不可能となるおそれがある。

エ 新型コロナウイルス感染防止対策上の問題点
 新型コロナウイルス感染防止のために、避難手段の確保(密を回避するためのバスや福祉車両の必要数の増加)、避難施設のスペースの確保と収容人数の制限、これによる施設の更なる確保、避難施設に入所する際の検査、避難先施設での滞在方法などの各場面において、徹底した対策を行うことは、困難を極め、何ら具体化されていない。

オ 受入れ体制の問題点
 避難先の受入れ体制も十分整備されておらず、避難退域時検査(避難者の汚染状況の検査)方法にも問題があり、その実施が円滑に行われるか否かも疑問である。
 このように、避難計画は、万が一の重大事故の際に、地域住民の安心・安全を確保するにはほど遠いものであり、実効性は全く期待できない。
 2021年(令和3年)6月10日、全国知事会は、「原子力発電所の安全対策及び防災対策に対する提言」をとりまとめ、国に対し、屋内退避の時間、地震等で家屋が倒壊した場合の対応等の避難対策について、具体化を求めるなどしており、このことは、都道府県自体が、原子力防災対策には未だ多くの課題がある旨の認識を有していることを示している。

4 徹底した情報公開と住民参加の下での避難計画の作成の必要性

(1)住民参加の必要性
 原子力災害において、その生命及び健康が危険にさらされるのは、地域住民であり、したがって、避難計画を含む対応策の内容について、最も利害関係を有するのは、地域の住民である。
 しかしながら、現状の避難計画は、徹底した情報公開と住民参加のもとで、作成されているとは言い難く、そのことが、上記のとおり、実効性に対する様々な問題が生じる要因となっている。
 また病院の入院患者、施設入居者、更には自宅における要支援者の避難は、まさしく、要支援者、介護者、家族等の実情を踏まえた意見が反映されなければならない。
 よって、原発の立地自治体及び周辺自治体は、原子力災害にかかる避難計画の作成手続きにおいて、住民自治の担い手である住民の意思を反映すべく、徹底した情報公開と住民参加の方策を講じるべきである。

(2)自治体独自の避難計画検証委員会設置の必要性
 新潟県は、外部の有識者による検証委員会を設け、避難計画の実効性に関する検証を行っており、島根原発の立地及び周辺自治体も十分な検証を行うべきである。
 避難計画の実効性に関する検証は、外部の有識者とともに、利害関係を有する住民も参加する方法によって行われるべきである。

 

第4 自治体による了解(同意)の枠組みと問題点

1 自治体による了解(同意)の枠組み

(1)安全協定に基づく事前了解
 島根県及び松江市(立地自治体)と中国電力との間の「島根原子力発電所周辺地域住民の安全確保等に関する協定」(以下「安全協定」という。)第6条第2項では、中国電力は原子力施設に重要な変更を行おうとするときは、事前に、島根県及び松江市の了解を得るものとすると定められている。
 中国電力は、2013年(平成25年)11月25日、島根県知事及び松江市長に対して、この安全協定に基づき、島根原発2号機の適合性審査に係る設置変更に関する事前了解願を提出し、同年12月、島根県知事及び松江市長は、原子力規制委員会への申請のみを了解する旨回答した。
 原子力規制委員会の設置変更許可(審査の合格)がなされても、安全協定の「事前了解」は留保された状態であり、設置変更許可処分の後、改めて、島根県及び松江市の「了解」の手続きが必要となる。
 すなわち、安全協定上の「事前了解」を原子力規制委員会の設置変更許可後にかからしめるという扱いは、原子力規制委員会の新規制基準に基づく基準適合性の審査後に、立地自治体として、規制委員会の審査資料やその内容・結果を十分に検討して再稼働の是非を判断するという枠組みである。

(2)エネルギー基本計画に基づく理解と協力の帰結たる同意
 また、エネルギー基本計画においては、原発の再稼働に際し、「国も前面に立ち、立地自治体等関係者の理解と協力を得るよう取り組む。」と定められていることから、再稼働については、立地自治体等関係者の同意が必要であると解されている。

2 周辺自治体の事前了解権の欠如と十分な意見聴取の必要性

 周辺自治体は30km圏内に位置し、万が一にも島根原発に重大事故が発生した場合には、重大な影響を受け、避難を余儀なくされる立場にある。
 そこで、これまで、これらの周辺自治体は、中国電力に対して、立地自治体と同様の安全協定の締結を強く求めてきた。しかるに、中国電力はこれに応じていない。
 そのため、島根県は、周辺自治体と「島根原子力発電所周辺地域住民の安全確保等に関する協定」に係る覚書を締結し、島根県が島根原子力発電所に関する重要な判断や回答をするにあたって、周辺自治体に対する説明、意見の聴取等を行い総合的に判断することを約束している。
 従って、島根県は、本件再稼働の同意にあたっては、これらの周辺自治体の意見を十分に尊重して、判断することが求められる。

3 避難計画の実効性確保は、自治体による同意の前提条件であること

 前記のとおり、避難計画については、地域原子力防災協議会において原子力災害対策指針に照らした具体性と合理性が確認され、原子力防災会議において避難計画を含む緊急時対応が了承されるのみであり、その実効性は、担保されていない。
 一方、地方自治体には、原子力災害時に、地域の住民の安全を守るために実効性ある避難計画を含む対応措置を講じる責務がある。
 従って、地方自治体がこの責務を果たすことなく、原子力発電所の再稼働に同意することはあってはならない。

4 住民自治の立場からみた問題点

 原子力発電所は、これが稼働することによって放射性物質(核のゴミ)を生み出す。しかし、人類は、いまだ、その放射性物質を処理する技術を持たない。また、原子力発電所は、自然災害や人的・物的な事故、万が一の重大事故によって、コントロール不能になり、福島第一原発事故、いやそれ以上の甚大な被害を私たちの上にもたらす危険性があることを私たちは知った。そうすると、そのような危険性を伴う原子力発電所の再稼働を認めるか否かは、その地域の住民にとって生死をわける極めて重大な問題であって、その再稼働の同意・是非は、地域住民の意思によるべきである。
 しかるに、後述するとおり、現状の自治体同意における住民参加の仕組みは十分なものとは言えない。

 

第5 地方自治体の了解・同意に対する住民参加

1 住民参加の重要性

(1)民主主義の理念
 憲法は、地方における政治と行政は、国から独立した地方自治体(団体自治)が、地域住民の意思に基づいて(住民自治)処理することを保障している(地方自治の本旨)。
 地方自治法は、住民に地方政治に参加する道を認め、地方自治体の長・議会の議員を選挙する権利、条例の制定・改廃の請求権等を認めている。
 原子力発電所の再稼働が、その立地・周辺自治体で生活をしている地域住民の人格権・生存権、環境に重大な影響を及ぼすことになることは、明らかであり、住民は、重大な利害関係を有する主体(主権者)である。
 従って、原子力発電所の設置(変更)許可から再稼働に至る一連の過程において、民主的正統性(民主主義)の観点から、原子力発電の再稼働及びこれに関する地方自治体の意思決定によって影響を受けることになる住民の意思が最も尊重されるためには、住民が主権者として重要な政策決定を行う必要があり、その点において、住民参加が極めて重要であると言わなければならい。

(2)環境に関わる計画等への住民参加を定めた国際原則・国際条約
 環境に関わる計画や政策に対する住民参加を定めた国際原則・国際条約として、リオ宣言とオーフス条約がある。

ア リオ宣言とは、1992年(平成4年)に、リオデジャネイロで開催された「環境と開発に関する国連会議」(地球会議)において採択された「環境と開発に関するリオ宣言」である。その第10原則には、「国内レベルでは、各個人が(中略)公的機関が保有する環境に関する情報を適切に入手し、かつ意思決定過程に参加する機会をもたなければならない。(中略)司法的及び行政的な手続に効果的に参加する機会が与えられなければならない。」等と定められている。リオ宣言には、日本も賛成している。

イ オーフス条約は、1998年(平成10年)に、デンマークのオーフス市で採択された条約であり、正式名称は、「環境に関する、情報へのアクセス、意思決定における市民参加、司法へのアクセスに関する条約」である。
 オーフス条約は、2001年(平成13年)に発効し、2020年(令和2年)12月現在、全てのEU加盟国、旧東欧諸国等46の国と地域(EU)が批准している。オーフス条約は、リオ宣言第10原則の理念を実現するために、市民参加の国際的な最低基準を具体的に定めたものである。オーフス条約を批准した国は、環境問題について、市民(NGOを含む)が環境を守ることができるように、市民に3つの権利、①情報へのアクセス権、②意思決定への参加権、③司法アクセス権(訴訟の権利)を、具体的に保障するよう定められている。
 日本は、オーフス条約を批准していないが、この条約が、リオ宣言の第10原則を実現するためのものであることを考慮すれば、日本においても、この条約と同様の方向を目指すべきである。

2 新規制基準適合性審査の過程における安全対策に関する住民意見の反映の機会の欠如

 前述のように、原子力規制委員会は、原子力発電所の設置(変更)許可に関し、原子炉の安全対策等に関する規制基準の適合性については審査をするが、避難計画の実効性は審査の対象外であり、放射性廃棄物の処理問題、原発の必要性・経済性・再生可能エネルギー等についても、対象外である。しかも、原子力発電所の安全性についても、当該原子力発電所が規制基準に適合しているか否かの判断をするのみで、当該原子炉が安全であると保障するものではない。
 原子力規制委員会の規制基準への適合性についての「審査書(案)」について、1か月間、国民のパブリックコメントを募集する制度があるが、地域住民の意思が反映される保障がない。

3 あるべき住民参加の方法について

(1)住民参加の現状について
 原子力発電所の再稼働に対する、住民の意思を反映する住民参加の方法について、特別の法律や法制度は、存在していない。
 安全協定にも、立地自治体首長の了解に際し、住民の意見を反映させる方法は、何ら規定されていない。
 また、周辺自治体の首長が、再稼働の可否について、意見を述べるについても同様であり、自治体の議会や安全対策協議会等の意見を聞くという形でしか住民の意思を反映できる法制度は、存在していない。
 もっとも、全国で、重要な公共政策の決定に関し、地方自治体が、まちづくり条例や自治基本条例を制定し、住民の意思を反映させるための住民参加・住民投票制度を作っているところもある。

(2)あるべき住民参加の方向性
 前述した民主主義の理念、及び環境に関する住民参加を定めたリオ宣言及びオーフス条約に則り、環境に重大な影響を及ぼす可能性のある原子力発電については、正確で、必要な情報が、行政から、開示・提供され、それらに基づいて、原子力発電の安全性・エネルギーの種類と経済性・安定供給性・地域振興・環境への負荷、放射性廃棄物の処理問題・避難計画の実効性等の諸問題が住民の間で、十分な議論が行われる必要がある。
 従って、島根県知事や松江市長(立地自治体の首長)は、原子力規制委員会の適合性審査の結果の内容と問題点(争点)及びそれらの根拠について、①県民・市民に正確でわかり易く整理した報告書を作成し、広く県民・市民に頒布し、県民・市民の判断材料にすると共に②その報告書の内容について、県民・市民に説明し、県民・市民の意見を真摯に聴く、公聴会・意見聴取会・意見交換会・討論型世論調査・ワークショップ・パブリックコメント等を行って、時間を十分かけて、住民が熟議し、首長の同意についての県民・市民の意思を集約し、合意形成を図るべきであると考える。

(3)あるべき住民参加のあり方について
 以上のような状況の中で、住民の意思が、最も直接かつ正確に反映される方法としては、再稼働の可否を、住民投票条例(地方自治体が定める場合と住民の直接請求によって定める場合がある)によって、直接問う方法であり、当連合会は、それを提案するものである。
 住民投票を行う際、留意すべき点は、個々の住民が意思を決定する前提問題として、正確で、上記の争点に関する必要でわかり易い情報が、住民に開示・提供されなければならないという点である。
 また、上記の県民・市民への説明に際し、行政から独立した中立・公平な第三者機関(専門家を含む)を設置し、そこで、上記の各争点について、公開の場で意見交換された経過と結果を、報告書にまとめ、それを県民・市民に情報提供をし、県民・市民の意思形成(住民投票)における判断材料に供されるべきであると考える。
 それらの手続きを踏み、住民投票条例に基づいて、住民投票を行い、住民の命・健康・財産・環境を守る使命・役割を有する立地・周辺(関係)自治体の首長は、その結果を尊重して、再稼働の是非を決めるべきである。

 

第6 結語

 当連合会は、今般、原子力規制委員会の設置変更許可処分後に行われる立地・周辺自治体による再稼働の了解・是非の手続について、地域住民の安全を守るための避難計画の実効性確保を前提に、住民自治の担い手である住民参加の視点を重視した手続、具体的には、再稼働の是非に関する住民投票の実施を求める。

 以上の理由から、本決議を提案するものである。

 以上

 

[1]福島第一原発事故後、2012年(平成24)年9月に原子力規制委員会が設置され、2013年(平成25年)に核原料物質、核燃料物質及び原子炉等規制法が改正されたことを受け、原子力規制委員会は、原子力施設の設置・運転に係る許認可の審査のための新しい審査基準を策定した(但し、福島第一原発事故以前の審査指針を引き続き用いているものもある)。規則、内規、審査ガイド等を含むこれら一連の審査基準は、新規制基準と総称されている。

[2]PAZ=予防的防護措置を準備する区域(Precautionary Action Zone)

[3]UPZ=緊急防護措置を準備する区域(Urgent Protective Action Planning Zone)

[4] 関係省庁及び島根・鳥取両県で構成される地域原子力防災協議会及び同作業部会とは別に設置された、島根原子力発電所周辺の2県6市の防災担当責任者によって構成される会議。広域避難計画の策定、原子力防災訓練の実施などを初めとした地域防災計画の具体化に関する取組みを連携して行う役割を担う。(「島根の原子力2021」より)