中弁連の意見

中国地方弁護士会連合会は、国会、厚生労働省、中央最低賃金審議会、各地の地方最低賃金審議会に対し、

 

1 必要な中小企業支援策を実施した上で、地域別最低賃金の全国加重平均額を2030年代前半には1500円に引き上げること

2 地域別最低賃金の地域間格差を早期に是正した上で、全国一律最低賃金制度を導入すること

3 特定最低賃金について、決定・改正の「申出の要件」や「必要性判断」に関する中央最低賃金審議会答申の運用方針を是正し、特定最低賃金の調査審議、決定・改正が促進されるようにすべきこと

 

を求める。以上のとおり決議する。

 

2024年(令和6年)10月25日

中国地方弁護士大会

提案理由

 

第1 勤労の権利と最低賃金制度

憲法第27条第1項は、「勤労の権利」すなわち、生存権を基本理念とし、国民が労働によって生計を立てる機会を得る権利を保障している。同様に、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「社会権規約」という)第6条第1項は、「労働の権利」を定め、「すべての者が自由に選択し又は承諾する労働によって生計を立てる機会を得る権利を含む」としている。

憲法第27条第2項は、これを前提に、「賃金…その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」と規定する。これに関連して、社会権規約第7条は、「すべての者が公正かつ良好な労働条件を享受する権利を有する」と定め、特に、「公正な賃金及びいかなる差別もない同一価値の労働についての同一報酬」及び「労働者及びその家族のこの規約に適合する相応な生活」を確保する労働条件とすることを要求している。

以上により、最低賃金制度は、憲法や国際人権法上の勤労権保障により必須とされるものであり、特に、賃金の公正性、労働によって生計を得る権利の保障の観点により運用されなくてはならない。

 

第2 最低賃金の経過

 1 2005年(平成17年)までの最低賃金の状況

2005年(平成17年)まで、地域別最低賃金の全国加重平均額は、660円台までにとどまり、1年に数円しか上昇しない年も存在した。これは、最低賃金の影響を受けることの多い非正規労働者(パート労働者等)の多くは、家計補助的であって家計に重大な影響を与えないと見られていたこと、最低賃金の水準の低さが社会的な関心を集めることが少なかったことなどが挙げられる。

法令との関係で言えば、「地域別最低賃金は、地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない。」(最低賃金法第9条第2項)と定められ、①労働者の生計費、②労働者の賃金、③通常の事業の賃金支払能力の3要素を総合考慮するとされるところ、実際には、各地域の賃金上昇率が最も重要視されたため、引上げ幅が低い水準となってきたと評価される。

 2 その後の最低賃金の引上げ状況

その後、低賃金の非正規労働者の増加により最低賃金の水準の低さが社会的な関心を集め、特に生活保護水準とのいわゆる逆転現象が強く非難されるようになった。そのため、2008年(平成20年)7月施行の改正最低賃金法では、第9条第3項で「生活保護に係る施策との整合性に配慮する」とされ、最低賃金の大幅な引上げが進められるようになった。つまり、最低賃金の考慮要素のうち、労働者の生計費が、生活保護費との関係で重視されるようになったため、最低賃金の引上げ幅が大きくなったものと言える。

2014年(平成26年)に生活保護水準との逆転現象が全都道府県で解消された後も、政府は低所得者層の所得増加により経済成長を図る成長戦略として政策的な最低賃金の引上げを図ってきた。2024年(令和6年)に地域別最低賃金の全国加重平均額は、1055円に達した。これは、最低賃金の3つの考慮要素についての従前の理解自体が見直され、政府主導の賃金上昇に関する政策目標が中央や各地の最低賃金審議会の審議に反映されたものと言える。なお、経済学の立場からは最低賃金の引き上げは雇用の縮小や失業の増大をもたらすと指摘されてきたが、ここ20年間で最低賃金が390円程度引き上げられたにもかかわらず、これによる失業の増大等は特に報告されていない。

そして、岸田首相(当時)は、「最低賃金を2030年代半ばまでに全国加重平均で1500円に引き上げる」との方針を2023年(令和5年)8月31日に示し、更に、2024年(令和6年)3月13日にはこの目標のより早期の達成に努力する旨を表明している。石破首相は、2024年(令和6年)10月4日の施政方針演説において、「2020年代に全国平均1500円」と述べ、目標の更なる前倒しを明らかにしている。

 3 最低賃金の地域間格差の拡大

地域別最低賃金は、1998年(平成10年)には最高額が東京都の692円に対して最低額は宮崎県の589円で、その差額は103円、格差率は85.1%であった。しかし、その後は地域間格差の拡大傾向が続き、2008年(平成20年)には最高額が東京都の766円に対して最低額は鹿児島県等3県の627円で、その差額は139円、格差率は81.9%となり、2018年(平成30年)には最高額が東京都の985円に対して最低額は鹿児島県の761円で、その差額は224円、格差率は77.3%に拡大した。2024年(令和6年)には、最高額が東京都の1163円に対して最低額は秋田県の951円で、その差額は212円、格差率は81.8%となり、地域間格差は若干減少したが、それでも2割近くの大きな格差となっている。

 

第3 日本の賃金の状況

 1 30年間以上賃金が上昇しない現状

日本の労働者1人あたり名目賃金は、1991年(平成3年)以降の過去30年間で、概ね横ばいであり、1991年(平成3年)を100とした指数は2020年(令和2年)で100.1である。実質賃金で見ても、長期デフレの影響もあり、2020年(令和2年)の1991年(平成3年)比指数は103.1となっている。アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス等の先進諸国の名目賃金が8割から14割上昇し、実質賃金でも3割から5割近く上昇しているのと比較し、日本の賃金不上昇は際立っている[1]。

更に、近年は物価上昇のため、2023年(令和5年)の実質賃金は2020年(令和2年)と比較して約3%の減少となっている。実質賃金は、1990年以降で最低水準となっている[2]。

実質賃金の要因分析によると、2000年(平成12年)比の2022年(令和4年)の労働生産性は約23%上昇したが、労働分配率(労働者1人あたりの付加価値のうち賃金に充てられる割合)は約7%減少している[3]。総じて言えば、労働生産性の上昇に対して労働者への分配が減少していると言える。更に、1990年(平成2年)に10%前後であった社会保険料率(従業員負担分)は、上昇し続け、現在15%を超えており、この点でも賃金手取額の減少を招いている。

他方で、法人税率は最も高かった1985年前後の43.3%から、累次の法改正により税率の低減が続き、現在、過去最低水準の23.2%となっている[4]。その影響もあって、企業の内部留保(利益剰余金)は2024年3月期時点で過去最高の600兆円となり、過去20年間で3倍に膨らんでいる。

 2 非正規労働者の増加が賃金低下の原因となっていること

1989年(平成元年)に約2割だった非正規労働者の割合は、2011年(平成23年)には35%以上となり、その後も30%台後半で高止まりしている。厚生労働省「令和5年賃金構造基本統計調査」によると、正規労働者の年間賃金平均は336万円に対し、非正規労働者の年間賃金平均は226万円である。このように、低収入の非正規労働者の拡大が賃金不上昇の原因となっている。特に、女性労働者のうちの非正規労働者の割合は5割以上となっており、男女間賃金格差の要因となっている[5]。また、男性の非正規労働者の割合も上昇し続け、2割以上となっており、賃金全体の低下の原因となっている。

 3 低待遇の正規労働者の増加

正規労働者においても、賃金は上がっていない。特に、近年、低賃金かつ長時間労働の「正社員」が増加しており、いわゆる「ブラック企業」として社会問題化している。

年収300万円未満の男性正規労働者は、特に25~34歳など若年層において増加している。特に、週60時間以上の労働をしている25~34歳の男性正規労働者のうち年収300万円未満が2017年(平成29年)には2割に達している[6]。つまり、「ハードワークワーキングプア」が増加し、悪質な企業の食い物とされている。その手法として、名ばかり管理職や、違法な固定残業代や裁量労働制が用いられていることもある。

  このように、正規労働者の労働条件の劣化は、労働者全体の賃金を押し下げる要因になっている。

 4 最低賃金の引き上げが重要な政策課題となっていること

以上のとおり、もともと主たる生計維持者ではないいわゆる主婦パートや学生アルバイトが主要な適用対象で、最低賃金の水準が生計に与える影響が小さかったのに対し、近年は最低賃金ないしその近傍の賃金による労働者が増加している。

そして、最低賃金の引上げは、最低賃金ないしその近傍の賃金で働く労働者のみならず、賃金体系の整合性の観点から最低賃金よりも高い賃金で働く労働者の賃金にも影響する。

最低賃金の上昇は、賃金が過去30年間上昇せず、近年は物価高のため実質賃金の減少が続く日本において、労働者の賃金の底上げに繋がる極めて重要な政策課題となっている。

 

第4 全国一律の最低賃金1500円の必要性

 1 最低生計費調査の結果から

全国労働組合総連合(全労連)が実施した最低生計費調査によると、2023年3月時点で労働者1名の「健康で文化的な最低限度の生活」を実現するために必要な収入は、全国各地で月22~25万円程度であり、大都市でも地方でも大きくは異ならない[7]。ここでいう「健康で文化的な最低限度の生活」とは、余暇活動や冠婚葬祭等の交際費を含め多くの人々の生活実態を反映するための「生活実態調査」、及び保有率7割を物品保有の標準とするための「持ち物財調査」を実施した上で、質素ではあるが贅沢ではない「ふつうの暮らし」をするのに必要な生計費を算出したものである。大都市では住居費(アパート賃料)が高いのに対し、地方では住居費は安いものの公共交通機関の利便性が低く、通勤その他生活を営むために自動車の保有を余儀なくされることが、大都市と地方で最低生計費が大きくは異ならない原因となっている。

また、日本労働組合総連合会(連合)が実施した最低生計費調査(連合リビングウェイジ)[8]においても、2023年7月時点で労働者1人の「健康で文化的な生活ができ、労働力を再生産し社会的体裁を保持するために最低限必要な賃金水準」は、地方でも自動車保有を前提とすれば概ね月22万円以上であり、自動車保有をしない前提での大都市部の金額よりも高額となっている。

以上のとおり、地方でも労働者1人に必要な賃金水準は月22万円以上であることから、これを、正月・祝日関係なく週40時間働いた場合の月173.8時間労働により換算すると時給1300円前後となるが、政府が労働時間短縮の目標としてきた年間1800時間労働(月150時間労働)により換算すると時給1500円前後となる。

 2 都道府県単位の最低賃金の不合理性

地域別最低賃金は、都道府県を単位としている。これは都道府県単位で、①労働者の生計費、②労働者の賃金、③通常の事業の賃金支払能力が異なるからとされている。

確かに、都道府県によって1人当たりの県民所得や賃金水準に差はある(都道府県単位のデータで、これらは東京都が圧倒的に高い。)。これが都道府県単位の合理性の根拠とされている。しかし、同じ東京都でも、23区と島嶼部では、労働者の賃金や企業の収益の状況は異なる。また、同じ北海道でも、大都市の札幌市と辺境地域では大きく異なる。同じ都道府県でも都市部と農村・山村では経済状況・生活状況が異なることは、むしろ通常のことである。

他方で、同一の都市圏にあり、労働者の賃金や企業の収益状況はほぼ同一であるにもかかわらず、県境で大きく最低賃金が異なってしまう場合もある。

そして、都道府県により大きくは異ならない労働者の生計費こそが、最低賃金の決定において最も重視されるべきことは、労働者が労働によって生計を立てることの権利性(憲法第27条第1項・第2項、社会権規約第7条)から明白である。

以上のとおり、都道府県単位の最低賃金は、単位として大雑把に過ぎる場合も、逆に無用な区域分けとなっている場合もあり、いずれにせよ、国民1人1人の生活に関わる最低賃金の水準を決定する単位としての合理性は乏しいと言える。

 3 最低賃金1500円は勤労権及び社会経済上から必須であること

低賃金の労働者の賃金を引き上げることは、内需拡大をもたらし、経済の好循環により、経済成長に繋がる。労働者が生み出した付加価値が、徒に企業に内部留保として集積されるのではなく、公正な労働分配率により労働者に分配され、資本主義経済のゆがみが是正される。労働が正当に評価されることにより、労働者の労働意欲も増大する。また、低所得者層の所得・資産状態が改善されることにより、生活保護等の公的負担も減少することが期待される。

就職氷河期以降、低賃金の非正規労働者が増大し、正規労働者の労働条件も劣化するなど、勤労の権利(労働によって生計を立てる権利)や賃金等の労働条件の公正性がおざなりにされてきた。このことが、若い世代が低所得に追いやられ、結婚・子育てを希望してもできずに少子化が著しく進行し、特に地方で人口減少が加速するなど、「失われた30年」の大きな要因となっている。

労働者が生計を立てられ、希望すれば結婚や子育ても可能となる水準でこそ、公正な賃金の水準である。このことは、社会権規約第7条が権利として保障するとおりである。その上で、最低生計費調査で前提とされた、労働者1人が質素ではあるが贅沢ではない「ふつうの暮らし」ができる賃金水準は、労働者の最低限の権利(最低賃金)として保障されなければならない。

いまこそ、労働者の生活を維持し、労働者が働いて生計を立てることに希望を持ち、持続可能な日本社会とするためにも、最低賃金は1500円とされなければならない。政府もそのことに気付いたからこそ、ようやく最低賃金1500円の目標を掲げるようになったと評価できる。

 4 最低賃金引き上げに伴う中小企業支援策について

最低賃金の大幅な引き上げは、中小企業の経営に大きな影響を与えることから、支援策が必要となる。中小企業は、全般に人件費比率(労働分配率)が高く、最低賃金引き上げの影響力は大企業以上に強い。

この点、事業場内で最も低い賃金(事業場内最低賃金)を引き上げ、設備投資等を行った中小企業にその費用の一部を助成する業務改善助成金制度が存在する。2021年度(令和3年度)の全国の申請件数は4739件であり、近年増加しているものの、更なる制度の周知・拡充が必要である。

また、中小企業が、賃金の引上げ等によるコスト増を、取引価格に転嫁することができない実態があることから、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)や下請代金支払遅延等防止法等の積極的な適用と、そのために必要な法改正をすべきである[9]。

更に、人件費比率が高い中小企業にとって社会保険料は大きな負担となっていることから、中小企業の事業主負担の社会保険料率の低減を検討すべきである。

 5 まとめ(意見の趣旨1及び2)

以上により、必要な中小企業支援策を実施した上で、最低賃金は、地域間格差を数年かけて縮小していきつつ、2030年代前半には、全国一律で時給1500円の水準とするべきである[10]。

 

第5 特定最低賃金の運用の是正について

 1 特定最低賃金の制度・概況

地域別最低賃金とは別に、特定の事業・職業に適用される特定最低賃金は、「労働者又は使用者の全部又は一部を代表する者」の申出があった場合に、都道府県労働局長等が必要と認めるときは、最低賃金審議会の調査審議・意見を踏まえて決定・改正するものである(最低賃金法第15条第1項・第2項)。特定最低賃金は、賃金水準を設定する際の労使の取組の補完や公正競争の確保の役割を果たすものであり、賃金が労働の対償であることに鑑みると事業・職種によっては地域別最低賃金よりも高い水準が望ましい場合があり得ることから、制度として認められている。

2024年(令和6年)3月時点で、全国に224件の都道府県別・業種別の特定最低賃金が存在し、適用使用者数は8万4500人、適用労働者は283万人に及ぶ[11]。

 2 申出の要件、改正等の必要性判断が運用上限定されていること

1986年(昭和61年)2月14日中央最低賃金審議会答申(以下「昭和61年答申」という)において「申出の要件」が、運用方針として示されている。それによると、「労働協約ケース」で新しく特定最低賃金を決定する場合には、①関係労使の間で、同種の「基幹的労働者」の相当数(原則として1000人以上)に適用される賃金の最低額に関する合意(労働協約)があり、②基幹的労働者の2分の1以上が労働協約の適用を受けること、③労働協約の当事者の労働組合又は使用者の全部の合意により行われる申出であること、改正する場合には、②の「2分の1」の要件が「3分の1」とされる以外は要件が同じとされている[12]。

そして、労働局長が決定・改正の必要性の有無につき判断するためには、最低賃金審議会に意見を求めることとされるが、その際、最低賃金審議会は、「全会一致の議決に至るよう努力する」とされ(1982年(昭和57年)1月14日中央最低賃金審議会答申)、実際には全会一致以外の運用は行われていないとのことである[13]。

 3 特定最低賃金の決定・改正が困難となっていること

以上のとおり、特定最低賃金は、特定業種の労働者の最低賃金を地域別最低賃金よりも引き上げ、労働者の待遇改善を図る重要な意義を持つものでありながら、様々な要件が課せられているため、合意形成が困難となっている。

2023年(令和5年)の厚生労働省「労働組合基礎調査」によると、労働組合加入者の雇用者に占める割合を示す「推定組織率」は16.3%となり、過去最低を更新した。このような状況の下で、基幹労働者の3分の1以上に適用される労働協約などの条件を満たすことは、年々厳しくなっている。

そして、条件を満たして改正を申し出ても、最低賃金審議会における決定・改正の必要性の調査審議において全会一致が要求されるために、使用者側が反対して金額の調査審議に入れないという実例も存在する[14]。

以上の状況のため、特定最低賃金が改正されないまま放置され、地域別最低賃金の上昇に追い越される事態が頻出している。2024年(令和6年)3月時点で、224件の特定最低賃金のうち79件もの特定最低賃金が地域別最低賃金を下回り、無意味なものとなっている。

 4 「申出の要件」「調査開始の必要性判断」の運用是正の必要性

特定最低賃金は、労使のイニシアティブにより調査審議に入るべきものであり、組織率の低下は労働組合の自助努力や労働者の意識向上により改善すべきとの見方もあり得る。しかし、事業・職種に応じて労働者の賃金改善を図る重要性はますます大きくなっていることからすると、やはり労働組合の組織率低下に対応して、制度を改善していくべきである。すなわち、決定・改正の申出要件として要求される労働協約の適用範囲に関する基幹労働者の2分の1以上や3分の1以上などの要件は、3分の1以上や4分の1以上などに緩和することが検討されるべきである。この程度に緩和されたとしても、労使のイニシアティブに基づくとの特定最低賃金の性質が変更されるものではない。

また、申出があっても最低賃金審議会において決定・改正の必要性を判断するのに、公労使の全会一致を求めるのは明らかに行き過ぎである。一定割合の労働協約の存在により、労使間で特定最低賃金の決定や改正につき一定の合意形成が存在しながらも、最低賃金審議会の使用者側委員の1名が反対すれば、労働協約締結に至る関係者の多大な努力が無に帰するのは、不合理である。

そもそも以上のような厳格な要件は、最低賃金法に存在せず、同法の規定以上に特定最低賃金の決定・改正を制限するものである。そして、中央最低賃金審議会の答申は、地方最低賃金審議会を法的に拘束するものでもない[15]。そして、内容的にも、昭和57年や昭和61年の中央最低賃金審議会の答申は、見直すべき時期に来ていると言える。

 5 まとめ(意見の趣旨3)

以上により、決定・改正の「申出の要件」や「必要性判断」に関する中央最低賃金審議会答申の運用方針を是正し、特定最低賃金の調査審議、決定・改正が促進されるようにすべきである。

 

以上の理由から、本決議を提案するものである。

以上

 


[1] 内閣府「令和4年度年次経済財政報告」第2-1-5図を参照

[2] 日本経済新聞2024年(令和6年)2月6日記事「23年の実質賃金2.5%減、2年連続減 90年以降で最低水準」

[3] 内閣府「令和5年度年次経済財政報告」第2-1-6図を参照

[4] なお、中小法人の軽減税率(本則)は、1985年前後の31%から、現在は19%に低減されている。

[5] 総務省「労働力調査」長期時系列表1 b-3を参照

[6] 後藤道夫氏ほか3名・福祉国家構想研究会編「最低賃金1500円がつくる仕事と暮らし」(2018年・大月書店)19頁の図4(厚生労働省「就業構造基本調査」より後藤道夫氏(都留文科大学名誉教授)作成)を参照。

[7] 全労連ホームページ「『最低賃金』と『生計費』が5分で分かる」及び前掲「最低賃金1500円がつくる仕事と暮らし」28頁以下の中澤秀一氏(静岡県立大学短期大学部准教授)論文を参照。

[8] 連合ホームページより「連合リビングウェイジ(2023簡易改定版)」の「都道府県別リビングウェイジ」を参照。

[9] 政府も「経済財政運営と改革の基本方針2024」において、「価格転嫁対策」として「独占禁止法の執行強化、下請Gメン等を活用しつつ事業所管省庁と連携した下請法の執行強化、下請法改正の検討等を行う。「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を周知徹底する。」と述べる。

[10] 地方議会における最低賃金の全国一律化を求める意見書の採択は、2020年から2023年の間に計164議会にのぼり、都道府県では島根と岩手で採択されている(朝日新聞2024年3月2日記事を参照)。島根県議会では、「最低賃金を抜本的に引き上げるとともに、全国一律最低賃金制度をめざし、地域間格差の是正をはかる」とする意見書が、2022年(令和4年)3月及び2024年(令和6年)3月の2回、いずれも全会一致で採択されている。このように、最低賃金の抜本的引き上げと全国一律化は、地方の声として上がってきていると言える。

[11] 厚生労働省ホームページ「特定最低賃金について」を参照。次項の申出の要件、調査審議の必要性判断等についても同ホームページを参照。

[12] もう一方の「公正競争ケース」(事業の公正競争の確保を目的とする)では、決定の「申出の要件」は、「企業間、地域間又は組織労働者と未組織労働者の間等に産業別最低賃金の設定を必要とする程度の賃金格差が存在する場合」とされる(昭和61年答申)。これにつき、「申出の内容は個別の事案により種々異なることが想定され、また賃金格差の程度についてもその生ずる要因は多様であり、申出の要件として定量的要件を一律に付すことは適当ではない」としつつ、「当該最低賃金の適用を受けるべき労働者又は使用者の概ね1/3以上のものの合意による申出があったものについては受理・審議会への諮問が円滑に行われることが望ましい」と解されている(「『公正競争ケース』検討小委員会報告」1992年(平成4年)5月15日中央最低賃金審議会了承)。また、改正の「申出の要件」は、「事業の公正競争を確保する観点から同種の基幹的労働者について最低賃金を改正することが必要であることを理由とする申出」としつつ、「当該最低賃金の適用を受ける労働者又は使用者の概ね3分の1以上のものの合意により行われるものを含む」としている(昭和61年答申)。事業の公正競争の観点が入るが、結局「3分の1以上」の割合が重視されていると言える。

[13] 例えば、鳥取地方最低賃金審議会「第1回鳥取県電子部品・デバイス・電子回路、電気機械器具、情報通信機械器具製造業最低賃金専門部会」(2023年(令和5年)9月11日)議事録5頁を参照。なお、鳥取地方最低賃金審議会の議事録は、すべてホームページにより公表されている。

[14] 高知県では、2007年(平成19年)6月に一般貨物自動車運送業につき特定最低賃金が910円と定められたが、その後は改正されないままである。これにつき、2021年(令和3年)に3年ぶりに「基幹労働者の3分の1以上に適用される労働協約」の要件満たして労働者側が改正の申出をしたにもかかわらず、高知地方最低賃金審議会において、使用者側の反対のために改正の必要性ありとならず、金額の調査審議に入れなかった。なお、2022年(令和4年)は3分の1要件を満たせず、労働者側からの申出自体ができなかったとのことである。

[15] 労働調査会出版局編「改訂4版 最低賃金法の詳解」81頁は、「地方最低賃金審議会は直接には中央最低賃金審議会の指揮系統に属するものではない。しかし、都道府県労働局長が厚生労働大臣の指揮監督に属することもあるが(第三〇条職権等)、全国的見地から中央最低賃金審議会が決定したものは、地方最低賃金審議会においても尊重されるものと考えられる。」と述べる。