中弁連の意見
中国地方弁護士会連合会は、国に対し、人権の促進及び擁護のための国内機構の地位に関する原則(いわゆる「パリ原則」)に則った政府から独立した人権機関の早急な設置を求める
以上のとおり決議する。
2024年(令和6年)10月25日
中国地方弁護士大会
提案理由
第1 パリ原則の採択
国連総会は、1993年(平成5年)12月20日、国際的な人権基準を各国国内で実施するためのシステムとして、国連加盟国に対して政府から独立した人権機関(なお、「国内人権機関」と呼ばれることもある)の設置を求める決議を採択した(パリ原則)。
第2 同原則により求められる政府から独立した人権機関の概要・機能
パリ原則において、政府から独立した人権機関については、裁判所に無い、次のような機能を持たせることが期待されている。
① 簡易、迅速に人権救済し、またその予防を目的とする機能
② 人権政策の提言機能
③ 人権教育機能(人権保障の推進のための人権に関する教育及び研究プ
ログラムの作成を支援し、学校等におけるプログラムの実施に参画し、また、情報伝達及び教育を通じて、世論の関心を高め、人権促進の宣伝をする機能)
④ 国際協力機能(人権の保護及び促進を担う国際連合及び関連機関や他
国の人権機関と協力する機能)
なお、人権侵害に対しては、まず、裁判手続を通じた司法的解決という方法が考えられる。
しかしながら、全ての人権侵害事例について司法的解決が可能であるとはいえない。すなわち、裁判手続による解決には、多大な時間を要することや、立証責任の制約があることに加えて、時効制度や除斥期間制度が存在することから、人権侵害を受けた者が迅速に適切な救済を受けることができない場合も生じうる。例えば、旧優生保護法のもとで、障害等を理由に不妊手術を強制された人たちが国に対して賠償を求めている訴訟においても、除斥期間制度の適用が争点となっている。
また、裁判所には、人権政策機能(上記②)、人権教育機能(上記③)及び国際協力機能(上記④)は無い。
第3 世界各国における政府から独立した人権機関の設置状況
現在、国連加盟国のうち、既に120か国以上において政府から独立した人権機関が設置されている。
また、国内人権機関世界連盟(GANHRI)が、各国におけるパリ原則に則った政府から独立した人権機関の設置状況等について5年ごとに審査を行っている。具体的には、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、米州の4つの地域組織の代表により構成された認定小委員会が、各国の政府から独立した人権機関に関して、パリ原則により求められた構成並びに独立性及び多様性が保障されているかを評価している。
これにより、パリ原則の要請が全面的に実現されている政府から独立した人権機関についてはA、部分的に実現されている政府から独立した人権機関がBと認定されることになるが、2023年(令和5年)4月時点では、各国の政府から独立した人権機関のうち、Aと評価されたものは88、Bと評価されたものは32となっている。
また、日本を除く26か国の政府から独立した人権機関により、アジア太平洋地域の地域組織である「アジア太平洋国内人権機関フォーラム」が構成されているが、そのうち、Aの評価を受けているのは16である。
第4 日本の現状
1998年(平成10年)、自由権規約委員会が日本政府に対して、「人権侵害の申立てに対する調査のための独立した仕組みを設立することを強く勧告する。」という総括所見を出し、2001年(平成13年)、人権擁護推進審議会が「人権救済制度の在り方について」を答申した。これを受けて、2002年(平成14年)、人権擁護法案が国会に提出された。
もっとも、この法案は、人権救済手続を、一般救済手続と、関係者への出頭要求・質問、物件の提出要求、立入検査等のより強い権限が「人権委員会」に与えられる特別救済手続に分けたうえで、特別救済手続の対象となる人権侵害については、国又は地方公共団体の公権力の行使に当たる職員による虐待や差別等に限定し、それ以外の人権侵害が特別救済の対象とならない等、救済される人権の範囲を限定しているという点で問題があった。その一方で、報道機関等による人権侵害については、特別救済の対象とされる等、言論表現の自由に対する侵害のおそれが指摘されていた。また、人権委員会の設置場所が法務省の外局とされ、予算については法務大臣を通じて要求することとされているうえ、委員が両議院の同意を得て内閣総理大臣によって任命されるとされていることなど、パリ原則で求められた独立性確保の視点からしても問題があった。
これらの事情から、2002年(平成14年)に提出された人権擁護法案については、廃案となった。
その後も、後記のとおり、国連人権条約機関の勧告が続き、2008年(平成20年)5月、国連人権理事会は、第1回日本政府報告書審査にて、日本政府に対し、政府から独立した人権機関の創設を勧告した。これを受けて、日本政府は、「勧告をフォローアップする」と表明した。
民主党政権下であった2012年(平成24年)11月、人権委員会設置法案が国会に提出されたが、衆議院解散により審議がなされることなく、廃案となった。
第5 国連による勧告等
1 国連人権理事会によるもの
国連人権理事会は、安全保障理事会、経済社会理事会と並ぶ三大理事会の一つとして2006年(平成18年)に発足した、各国の人権状況について定期的に審査し、改善を勧告する、国連の正式な機関であるが、2008年(平成20年)5月、第1回日本政府報告書審査が行われた。この際、日本が未だに政府から独立した人権機関を設立していないことについて勧告がなされたこと、また、日本政府が、その勧告を受けて「フォローアップする」と表明したことは、既に述べたとおりである。
その後も、2012年(平成24年)10月の第2回日本政府報告書審査、2017年(平成29年)11月の第3回日本政府報告書審査及び2023年(令和5年)1月の第4回日本政府報告書審査において、未だに上記表明が履行されていないことが、繰り返し指摘されている。
2 国際人権諸条約に基づく各条約機関の勧告
以上のほか、各種の人権諸条約により設置された条約機関が、1998年(平成10年)6月以降、日本政府に対して、多数回にわたり、政府から独立した人権機関の設立を勧告している。
具体的には、自由権規約委員会、人種差別撤廃委員会、社会権規約委員会、女性差別撤廃委員会、子どもの権利委員会、拷問等禁止委員会等が、日本政府に対して、政府から独立した人権機関の設立を勧告してきた。
3 直近の勧告
以上に加えて、大手芸能事務所における性加害事案について、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会が、2024年(令和6年)5月28日までに公表した調査報告書の中で、日本に政府から独立した人権機関がないことにつき懸念を示したうえで、救済に障害を生じさせないよう、その設立を求める等、日本政府に対して様々な勧告をおこなったのは、記憶に新しいところである。
第6 我が国における政府から独立した人権機関設置の必要性
1 他国との比較
前記第3のとおり、現在、国連加盟国のうち、既に120か国以上において政府から独立した人権機関が設置されているとされる。そのうち、2023年(令和5年)4月の時点では、パリ原則の要請が全面的に実現された政府から独立した人権機関が設置されているとしてAの評価を受けているものは、88に達する。
対して、日本においては、未だに政府から独立した人権機関が設置されておらず、国際的な常識から大きく乖離している。なお、いわゆるG7の中で、政府から独立した人権機関が設置されていないのは、日本だけである。
2 国連からの勧告
前記第5のとおり、日本政府に対しては、国連の正式機関である国連人権理事会や各種の人権諸条約により設置された条約機関等から、繰り返し政府から独立した人権機関の設置について勧告がなされている。
とりわけ、国連人権理事会が、日本政府に対して、政府から独立した人権機関の早期設立を勧告し、日本政府がこれをフォローアップするとの態度を表明したことは重要である。
これは、国連及び国際社会に対する公約であり、必ず実行されなければならない。
3 司法手続による救済が十分ではない人権侵害事例の存在
(1)大手芸能事務所における性加害事案
前記第5.3のとおり、最近、大手芸能事務所における性加害事案が明らかとなった。
同事案については、被害発生から相当期間が経過していることから立証責任が壁となりうることや消滅時効期間や除斥期間の問題が生じうることに加え、被害者が多数に及ぶとされていることや、性加害という事案の性質や社会的関心が大変高いことなどからして、公開による訴訟手続による解決をはかるには、相当な困難や支障が予想される。
(2)出入国管理局被収容者死亡事案
2021年(令和3年)3月6日、名古屋出入国在留管理局の収容施設に収容されていた被収容者(30代女性、スリランカ国籍)が死亡する事案が発生した。
2021年(令和3年)8月10日、出入国在留管理庁調査チームが公表した調査報告書においては、同管理局の対応や判断について、反省点や改善すべき点があるとされている。その一方で、同管理局収容施設の職員ら13名については、刑事告訴による捜査と検察審査会の不起訴不当の議決を受けた再捜査を経ても、不起訴処分となり、捜査が終結されている。
また、現在、死亡した被収容者の遺族が国家賠償請求訴訟を提起しており、その帰趨が注目されるが、仮に遺族の請求を認容する判決がなされても、それは、被告となった国に対し、遺族に対する賠償を命じるものにすぎず、出入国在留管理制度の運用改善を直接に命じるものではない。もちろん、国において、同手続の中で明らかとなった事情を踏まえて、事実上、自発的な出入国管理制度の運用改善策をとることはありうる。しかしながら、同訴訟は、出入国管理制度の運用改善に直結するものではない。
なお、このことは、ほかの国家賠償請求訴訟にも妥当することである。
このような事情から、前記第2②記載のとおり、人権政策の提言機能を有する政府から独立した人権機関の設置が求められる。
(3)小括
以上のように、司法手続による救済が十分ではない、あるいは、同手続による救済には必ずしもなじまない人権侵害事例が存在する。
これらの事例において個別の救済をはかるだけではなく、人権政策を推進し、その後の同様の事案発生を予防するためにも、政府から独立した人権機関の設置が必要である。
第7 結論
以上に述べた諸点から、パリ原則に則った政府から独立した人権機関の早急な設置が必須である。
以上の理由から、決議を提案するものである。
以上