中弁連の意見

 中国地方弁護士会連合会は、「子どもの貧困」解消への取り組みとして、ひとり親家庭に育つ子どもの貧困問題改善のため、最高裁判所、日本弁護士連合会及び厚生労働省に対して、養育費の算定において子どもの養育費額の拡充を求めるとともに、内閣総理大臣、内閣府及び法務省に対して、子どもの養育費の取決めを推進し、また、養育費確保のための新たな制度の導入を求める。

以上のとおり決議する。

2015年(平成27年)10月9日

中国地方弁護士大会

 

提案理由

1 ひとり親家庭に育つ子どもの貧困問題

 厚生労働省が2014年(平成26年)7月にまとめた2013年(平成25年)国民生活基礎調査で、平均的な所得の半分を下回る世帯で暮らす18歳未満の子どもの割合を示す「子どもの貧困率」が、2012年(平成24年)に16.3% と過去最悪を更新したことが分かった。約6人に1人の子どもが貧困状況にあることになる。
とりわけ、子どもがいる現役世帯 のうち、「大人が一人」の世帯の貧困率は54.6%に上り、子どもがいる現役世帯全体の貧困率が15.1%であることに比すと、大人が一人の世帯の貧困率が極めて高くなっている。なお、離婚母子家庭では14.4%  、離婚父子家庭では8%  が生活保護を受給しており、約1割のひとり親家庭が生活保護を受給している状況にある。また、ひとり親家庭で養育される子どもの中学校卒業後の進学率は93.9%であり 、全国進学率98.2% との差が生じており、高等学校卒業後の進学率に至っては41.6% と、全国進学率70.1% との差が大きく広がっている。学歴と生涯賃金収入に一定の相関関係がある以上 、ひとり親家庭に育った子どもたちが貧困のために進学することができず、自身の賃金収入によって貧困から抜け出すこともできないという深刻な悪循環が生じている。
2013年(平成25年)6月、子どもの貧困対策推進法が成立したものの子どもの貧困問題の直接的抜本的改善に直ちに繋がっているとはいえない。

 

2 養育費の算定における子どもの養育費額の拡充

 上記のとおり、ひとり親家庭に育つ子どもの貧困問題は深刻であり、養育費額の公正な算定は、子どもの成長発達の保障や子どもの福祉の増進にとって不可欠というべきである。しかしながら、現状、公正な養育費額の算定が行われているかについては疑義が存する。すなわち、家庭裁判所の調停や審判において、あるいは協議離婚の際においても、多くの場合、東京・大阪養育費等研究会が2003年(平成15年)3月に判例タイムズ1111号で発表した「簡易迅速な養育費の算定を目指して―養育費・婚姻費用の算定方式と算定表の提案」で提案する養育費額の簡易算定表(以下「簡易算定表」という。)にしたがった養育費額の決定が行われているのが実情であるところ、この簡易算定表については、「全体的に額が低い」「個別の事情が反映されていない」等の多くの問題点が指摘されている。その結果、権利者世帯の収入が、算定される養育費額を加えてもなお最低生活水準にすら満たないケースも数多く散見され、ひとり親家庭の子どもの貧困を固定または押し進め、特に子どもの教育環境を両親家庭に比して著しく低い水準に固定化して、教育の機会を失わせ、貧困の連鎖を生む等、ひとり親家庭の子どもに酷な結果をもたらす一因となってきたことは、2012年(平成24年)3月に日本弁護士連合会が提出した「養育費・婚姻費用の簡易算定方式・簡易算定表」に対する意見書で主張されているとおりである。

 両親の年収と子どもの数・年齢区分だけで養育費額を算定する簡易算定表によって、誰でも簡易迅速に養育費額を算定することが可能となり、書籍やインターネット等で簡単に入手できることで、この簡易算定表は一般に広く普及するところとなった。しかし、簡易算定表が発表されて10年以上経過した現在においても、簡易算定表の仕組み、その前提となる算定方法及び算定表の妥当性については何ら公的な検証がされておらず、いわば「表」だけが一人歩きをしており、義務者が負う生活保持義務(子どもに自己と同程度の生活を保持させる義務)が満たされない等の不公正な結果であったとしても、簡易算定表の定める幅の中での養育費額の決定を迫られているのが現実である。また、子どもの教育に要する費用は、入学先に納付する費用にとどまらず進学準備のための通塾費用や学校で参加する部活動の費用、修学旅行費用等も含まれるところ、簡易算定表は、かかる費用の公平な分担を簡易迅速に取り決める機能を果たしてはいない。

 そこで、裁判所、弁護士会及び厚生労働省等の養育費実務関係機関は、子どもの成長発達を保障する視点に立った上で、改めて簡易算定表の仕組みと合理性の有無を検証し、地域の実情やその他の個別的な事情を踏まえて、養育費の算定額が真に子どもの福祉を実現するに足る金額となるような新たな算定方式を検討すべきである。

 そして、新たな算定方式の検討結果が出されるまでは従前の簡易算定表を用いるとしても、家庭裁判所における養育費算定実務においては、子どもの福祉の視点を盛り込み、可能な限り事案ごとの個別事情を勘案した上で、養育費の算定における子どもの養育費額の拡充を図るべきである。

 

3 ひとり親家庭における養育費の取決め及び受給の状況と取決め後の履行確保制度の不備

 ところで、離婚ひとり親家庭における統計ではあるが、2011年度(平成23年度)全国母子世帯等調査によれば、養育費の取決め状況は、離婚母子家庭で37.7% 、離婚父子家庭で約18% に止まり、特に、離婚母子家庭では2006年(平成18年)調査の38.8% を下回る結果となっている。また、上記調査によれば、過去に養育費を取り決めた場合で現在も受給しているかとの調査項目においては、離婚母子家庭で19.7% 、離婚父子家庭において4.1% との結果が明らかとなり、養育費の取決め後の履行確保が重要課題であることが浮き彫りとなった。

 子どもの権利条約第27条第4項においても、「締約国は、父母又は児童について金銭上の責任を有する他の者から、児童の扶養料を自国内で及び外国から、回収することを確保するためのすべての適当な措置をとる。」として、養育費確保についての国の責務が定められている。

 現在までに、国は、期限未到来の養育費債権につき給料等の継続的給付に係る債権に対する差押えを認める制度を新設し、養育費債権についての強制執行を認める等しているが、不十分である。

 

4 養育費確保のための新制度の導入

 日本における養育費の取決めが進んでいない大きな原因は、離婚の9割 が協議離婚であり、協議離婚においては養育費の取決めがされていなくても、離婚の届出が受理されるところにある。

 この点、当事者間の協議のみで養育費を取り決められない場合、家事手続によって決定するとの現行制度の下では、貧困ゆえに、養育費請求手続を執るために必要な費用及び時間のない当事者を救済することはできない。
そこで、養育費の確保のためには、まずは、迅速かつ容易に養育費を取り決めることができるように、国や地方公共団体において、養育費確保のための強制機関を設置すべきである。
たとえば、オーストラリアにおいては、権利者が行政機関である児童扶養機関に養育費申請書を提出すると一定水準の養育費が算出され、行政手続の中で養育費を算出する制度が設けられている。

 また、日本弁護士連合会は、2004年(平成16年)3月に発表した「養育費支払確保のための意見書」の中で、養育費について簡易迅速に債務名義が取得できる制度として、協議離婚届出にあたり、養育費の額及びその支払方法に関する合意書を届出できる「養育費取決め届出制度」の新設及びこの合意書を届け出たがその履行がなされない場合、権利者は子どもの住所地を管轄する家庭裁判所に養育費の支払命令を申し立てることができる「養育費支払命令制度」の新設を提言している。当連合会においても、かかる制度の導入を改めて提言するものである。

 そして、上記の新制度や家事手続等により養育費支払いの債務名義を取得したとしても、現在のところ、義務者の収入や勤務先、資産等を調査するための実効性ある制度はなく、かかる点に関しての支援制度として、ⅰ)税務署による義務者の収入情報の開示、ⅱ)社会保険事務所による義務者の勤務先情報の開示、ⅲ)銀行等金融機関に対する資産調査において本店調査のみで全支店の資産開示を可能にする制度等の導入が必要である。
さらに、諸外国においては、国・行政が積極的に養育費の確保を支援している例が見られる。たとえば、スウェーデンでは、養育費の取決め額が一定の水準を下回っている場合には、その養育費の不足分が国(社会保険事務所)から給付され、一定水準を超えている場合で、義務者が取り決めた養育費を支払わないときには、国(社会保険事務所)が養育費補助手当を支給する形で立替払いを行い、義務者に対しては強制徴収を行う制度が採られている。また、オーストラリアでは、権利者が行政機関である児童扶養機関に対して養育費を登録すると、義務者と権利者との間の直接の法律関係が切断され、連邦政府と義務者との間の権利義務関係に転換し、児童扶養機関が義務者から養育費を徴収して、社会保障省を通じて権利者に給付する制度となっている。
我が国においても、国・行政が主体となった養育費確保のための実効性ある制度の導入を検討すべきである。

 

5 まとめ

 養育費は、子どもの健やかな成長に必要な生活費そのものである。両親の離婚ないし婚外子の出産という子ども本人にとっては何ら責任を負うべきではない事由によって、子どもが貧困に陥ることがあってはならない。
そもそも、「子どもの貧困」の問題を解消するためには、親だけに責任を委ねるのではなく、国・行政が主体となった取組みを行わなければいけないことは言うまでもないことであるが、特に、ひとり親家庭における子どもの貧困と養育費に関する問題点に着目して、ひとり親家庭における子どもの教育の機会を保障し、貧困の連鎖を断ち切るため、本決議を提案するものである。

以上

 

  1. 厚生労働省2013年(平成25年)国民生活基礎調査
    http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa13/dl/03.pdf
  2. 「子どもがいる現役世帯」とは世帯主が18歳以上65歳未満で子どもがいる世帯(出典:厚生労働省2013年(平成25年)国民生活基礎調査)
  3. 厚生労働省2011年度(平成23年度)全国母子世帯等調査
  4. 同上
  5. 厚生労働省2011年度(平成23年度)全国母子世帯等調査
    特別集計、出典:2014年(平成26年)8月29日閣議決定「子供の貧困対策に関する大綱について」p.8 http://www8.cao.go.jp/kodomonohinkon/pdf/taikou.pdf
  6. 文部科学省2011年度(平成23年度)全国学校基本調査http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2012/02/06/1315583_2.pdf
  7. 厚生労働省2011年度(平成23年度)全国母子世帯等調査
  8. 文部科学省2011年度(平成23年度)全国学校基本調査
  9. 厚生労働省大臣官房統計情報部「賃金構造基本統計調査」
  10. 厚生労働省2011年度(平成23年度)全国母子世帯等調査
  11. 同上
  12. 同上
  13. 同上                                                                                                                  
  14. 同上
  15. 厚生労働省人口動態統計特殊報告2009年度(平成21年度)「離婚に関する統計」http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/rikon10/index.html