中弁連の意見
現在我が国では人口構造の高齢化が急速に進行している。高齢者の増加により、自らの判断能力・身体能力の減退によって財産の管理等に支障を来すようになることを懸念する人や、自らの死後に思いを馳せ、その将来に様々な問題(いわゆる「親亡き後」問題、事業承継問題、相続問題等)が生じることを懸念する人が増加することが予想される。そして、こうした懸念を抱く人々の中には、生じうる問題に対して事前に対処しておきたいと考える人も多いと思われる。そこで、上記のような懸念に対処するための手段を検討していく必要があるが、その手段のひとつとして考えられるのが信託制度である。信託制度は、基本的には設定者たる委託者が自らの財産を受託者に移転し、受託者は委託者が定めた「信託の目的」に従い受益者のために財産の管理又は処分及びその他の目的の達成のために必要な行為をするという制度である。信託制度には、①原則として委託者の財産を受託者に完全に移転する、②受託者に信託の目的を達成するために必要なあらゆる行為をする権限が与えられている、③「信託の目的」及び「信託行為」の設定によって信託財産に対して委託者の意思を長期にわたって反映させることが可能となっている、といった特徴があり、これらの特徴が、社会の高齢化に伴って増加することが予想される上記のような諸問題に対処する上で非常に有効な手段となりうる。 しかしながら、現在の信託制度を取り巻く環境には以下のような問題があり、こうした問題によって信託制度の有効な活用が阻害されている。
まず、第一点として、信託の担い手の問題が挙げられる。現在の信託の主要な担い手である信託銀行、信託会社が個人向けに提供するサービスは一定規模以上の金銭を対象とするものが主流であり、一般市民が所有するような比較的小規模な不動産(居住用不動産等)、動産等は管理コスト等の問題からあまり引き受けていないのが実情である。そこで、現在の信託の担い手があまり引き受けていない比較的小規模かつ多様な財産を有する人が信託を活用できるようにするためには、そうした財産を引き受ける新たな信託の担い手(弁護士、NPO、社会福祉法人等)が必要になる。しかしながら、営業として信託を引き受けるためには信託業の免許、登録を受ける必要があるところ、現行の信託業法の下では信託業の免許、登録を受けるためには多額の資金が必要となるといった非常に厳しい要件が一律に設定されている。したがって、新たな信託の担い手が信託業の免許、登録を受けて営業として信託を引き受けることは極めて困難な状況にある。
また、第二点として、税制の問題が挙げられる。現行税制の下では、信託設定時(遺言による信託の場合には委託者死亡時)に受益者に信託財産全体が一時に贈与(又は遺贈)されたものとみなされ、受益者に対して贈与税(又は相続税)が課税されるようになっているため、受益者に十分な納税資力がない場合には、信託制度の活用を躊躇せざるを得ない状況にある。
上記のような問題を解消し、信託制度が十分に活用できる環境をつくりだすためには、①一定の条件の下で弁護士、NPO、社会福祉法人等による営業としての信託の引受けが可能となるような信託業法の改正を行うとともに、②信託制度の活用を阻害しない税制を構築することが必要である。
よって、中国地方弁護士会連合会は、国に対し、信託業法及び信託税制の改正等の制度整備を求めることをここに宣言する。
2013年(平成25年)10月11日
中国地方弁護士大会
提案理由
1 高齢化社会がもたらすもの
現在我が国では人口構造の高齢化が急速に進行している。特に、2012年(平成24年)以降は、我が国の人口ピラミッドの頂点にあたるいわゆる「団塊の世代」(1947年(昭和22年)から1949年(昭和24年)までの3年間に出生した世代)が65歳を迎えるため、人口構造の高齢化傾向に一層拍車がかかることになる。
高齢者に生じる可能性がある問題としては、まず判断能力・身体能力の減退が挙げられる。厚生労働省によれば、2020年(平成32年)における「認知症高齢者の日常生活自立度」Ⅱ(日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意すれば自立できる状態)以上の高齢者数は410万人に増加すると予想されており、これは65歳以上高齢者の10人に1人が認知症に直面する可能性があることを意味する。したがって、これからは現在以上に認知症高齢者を取り巻く問題(判断能力の減退による財産管理への支障等)が増加することが予想される。また、判断能力の減退がない場合にも身体能力の減退によってやはり財産の管理等に支障を来すということも十分考えられる。したがって、これからは現在以上に自らの判断能力・身体能力の減退によって様々な問題が生じることを懸念し、こうした問題に対する事前の対処を希望する人が増加することが予想される。
また、人は年を取れば自らの死後に思いを馳せ、その将来に様々な問題が生じることを懸念することも多くなるものと思われる。例えば、障がいのある子がいる人であれば、親である自分が亡くなった後の障がいをもつ子の財産管理と身上監護にどう対応するか、またどう備えるかといういわゆる「親亡き後」問題が生じることを懸念することが多くなるであろうし、事業を行っている人であれば、自分の事業を誰にどのように承継させるかという事業承継の問題が生じることを懸念することが多くなると思われる。また、前記のような事情がない人も、自分の財産を誰にどのように相続させるかという問題が生じることを懸念するということは十分にあり得ると思われる。したがって、これからは現在以上に自らの死後に様々な問題が生じることを懸念し、こうした問題に対する事前の対処を希望する人が増加することが予想される。
2 信託制度の活用可能性
信託制度は、基本的には設定者たる委託者が自らの財産を受託者に移転し、受託者は委託者が定めた「信託の目的」に従い受益者のために財産の管理又は処分及びその他の目的の達成のために必要な行為をするという制度である。<br /> 信託制度は、実質的に財産管理機能を有しており、この点において財産管理契約、任意後見制度、法定後見制度等と共通点を有している。そこで、信託制度が他の類似制度との比較においてどのような特徴を有しているのかという点が重要であるが、信託制度の特徴は以下のような点にあると考えられる。
まず、第一点として、原則として委託者の財産を受託者に完全に移転するという点が挙げられる。その結果、委託者は信託の対象となった財産について処分権限を失うことになる。このため、信託制度は財産管理(特に消費者被害による財産の流出防止等)のために有効な機能を有しているといえる。
次に、第二点として、信託以外の類似制度においては、財産管理を行う者(受任者、任意後見人、法定後見人)は与えられた代理権の範囲内で財産を管理するのに対し、信託制度においては原則として受託者に信託の目的を達成するために必要なあらゆる行為をする権限が与えられているという点が挙げられる。このため、信託制度においては、受託者が目的達成のために他の制度と比べてより柔軟な対処を行うことができるといえる。
また、第三点として、信託制度においては、「信託の目的」及び「信託行為」によって信託財産に対して委託者の意思を長期にわたって反映させることが可能となっているという点が挙げられる。例えば、通常の遺言では実現困難とされている「後継ぎ遺贈」(第一次受遺者の受ける財産上の利益が、第一次受遺者の死亡を条件に第二次受遺者に移転するというような形態の遺贈)を、信託設定当初の受益者が死亡した場合に備えて次順位の受益者を設定することで実質的に可能にするいわゆる「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」もその特徴が活かされる一場面であるといえる。
以上のように、信託制度は、人口構造の高齢化の進行に伴って増加が予想される諸問題に対処するための有効な手段であるといえる。
なお、現行の信託法は2006年(平成18年)に制定されたものであるが、制定時の議論においても、高齢者や障がい者の生活を支援する、あるいは確保する目的での信託の活用が意識されている。
3 広がらない信託制度活用
(1)信託制度を取り巻く現状
上記のとおり、信託制度は人口構造の高齢化の進行に伴って増加が予想される諸問題に対処するための有効な手段であり、社会において広く活用されることが期待されているが、現状においては現行の信託法が制定された当初期待されていたほどには十分活用されていないと思われる。その原因には様々なものがあると考えられるが、主要な原因は概ね以下の二点であると思われる。
(2)業法による制約
現在の信託制度の主要な担い手である信託銀行、信託会社が個人向けに提供するサービスは一定規模以上の金銭を対象とするものが主流であり、一般市民が所有するような比較的小規模な不動産(居住用不動産等)、動産等は管理コスト等の問題からあまり引き受けていないのが実情である。
前記のとおり人口構造の高齢化の進行により、自らの判断能力・身体能力の減退によって生じることが懸念される問題や、自らの死後に生じることが懸念される様々な問題に対する事前の対処を希望する人が増加することが予想されるところ、こうした問題に直面する人が常に一定規模以上の金銭を有しているとは限らない。むしろ現在の信託の担い手である信託銀行、信託会社があまり引き受けていない困難な比較的小規模かつ多様な財産を有し、そうした財産を信託財産とすることを希望する人の方が多いのではないかと思われる。
そこで、現在の信託の担い手があまり引き受けていない比較的小規模かつ多様な財産を有する人が信託を活用できるようにするためには、そうした財産を引き受ける新たな信託の担い手が必要になる。この点、現行の信託法が制定された際にも、衆議院法務委員会においては「来るべき超高齢化社会をより暮らしやすい社会とするため、高齢者や障害者の生活を支援する福祉型の信託について、その担い手として弁護士、NPO等の参入の取扱い等を含め、幅広い観点から検討を行うこと。」との付帯決議が、また、参議院法務委員会においても「高齢者や障害者の生活を支援する福祉型の信託については、特にきめ細やかな支援の必要性が指摘されていることにも留意しつつ、その担い手として弁護士、社会福祉法人等の参入の取扱いなどを含め、幅広い観点から検討を行うこと。」との付帯決議が付されている。
しかしながら、営業としてすなわち営利の目的をもって反復継続して信託を引き受けるためには信託業の免許、登録を受ける必要があるところ、現行の信託業法の下では、信託業の免許、登録を受けるためは1億円または5000万円以上の資本を有する株式会社を設立し、2500万円または1000万円の営業保証金を準備しなければならないといった非常に厳しい要件が一律に設定されており、容易に免許、登録を受けることができる状況にはない。したがって、上記のように新たな信託の担い手として期待されている弁護士、NPO、社会福祉法人等が現行の信託業法の下で反復継続して信託を引き受けようとした場合、営利の目的ではない態様すなわち無報酬で引き受けざるを得ないが、そのような条件で信託の担い手となる者が現れることを期待することは困難である。なお、この点に関して、2008年(平成20年)2月に金融庁より「中間論点整理~平成16年改正後の信託業法の施行状況及び福祉型の信託について~」が公表されており、福祉型信託の受託者の担い手拡大について言及されているが、その後受託者の担い手拡大について具体的な動きは見られない。
(3)税法上の問題
現行税制の下では、信託設定時(遺言による信託の場合には委託者死亡時)に受益者に信託財産全体が一時に贈与(又は遺贈)されたものとみなされ、受益者に対して贈与税(又は相続税)が課税される。そうすると、受益権の内容が定期的な金銭の交付等であった場合、受益者は信託設定時(委託者死亡時)には受益権に基づく給付をほとんど受けていないにもかかわらず信託財産全体の財産的価値を前提とする課税を一時に受けることになる。このような課税制度の下では、信託制度を活用できる場面が著しく制限されてしまう。
4 現行制度を前提とした活用の努力
以上のとおり、現行制度の下では信託制度を十分に活用することが難しい状況にある。しかし、前記のとおり、信託制度は人口構造の高齢化の進行に伴って増加が予想される諸問題に対処するための有効な手段であるのは事実であり、現行制度を前提とした信託制度の活用も十分検討すべきである。
(1)信託業法との関係
例えば金銭のみを安全に管理したいというような事案であれば、現在の信託制度の主要な担い手である信託銀行、信託会社が個人向けに提供するサービスで十分対応が可能となる。そのような場合には、財産管理契約や任意後見契約とそれらのサービスを組み合わせることによって信託制度を活用することが可能である。
また、親族等に信頼できる受託者が存在する場合には、弁護士がスキームの構築、信託監督人への就任、受託者からの業務受託等といった方法で信託制度の活用に寄与することが想定し得る。
(2)税制との関係
事案によっては、優遇税制(配偶者控除制度、特別障害者扶養信託制度等)の活用等によって税制上の問題を克服することができる場合もあると思われる。
5 信託制度が活用可能な環境の整備
以上のように、現行制度の下でも事案によってはある程度は信託制度の活用が可能であると思われるが、信託制度をより一層活用しやすい制度とするためには、以下のような制度整備が必要であると思われる。
(1)信託業法
比較的小規模かつ多様な財産を有する人であっても必要に応じて信託制度を利用できるようにするために、現行法より信託業への参入要件を緩和し、一定の条件の下で弁護士、NPO、社会福祉法人等が営業として信託制度の担い手となることができるようにすべきである。
なお、具体的な参入要件(非法人受託者を認めるか否か、業務範囲(受託額、受託期間等)に制限を加えるか否か等)については、今後慎重に議論を深めていく必要がある。特に、委託者の財産を受託者に移転するという信託制度の特性に鑑みれば、受託者に対する監督体制をどのように構築するかという点については十分に議論がなされるべきである。
(2)税制
この点については、既に日本弁護士連合会が2012年(平成24年)1月19日に「税制改正提言-福祉分野における信託活用のための信託税制の在り方-」において指摘しているように、受益者が現実に受益を受けた時点でその都度課税を行う現実受益時課税の考え方を導入すべきであり、仮に従来の信託行為時課税を維持する場合においても、受益権の評価を適正に行った上で課税するという原則を導入すべきである。また、特別障害者扶養信託の特例の拡充や、類似の特例措置の創設も検討すべきである。
6 結論
当連合会は、信託制度が十分に活用できる環境をつくりだすためには、①一定の条件のもと弁護士、NPO、社会福祉法人等による営業としての信託の引受が可能となるような信託業法の改正を行うとともに、②信託制度の活用を阻害しない税制を構築することが必要であると考える。 よって、国に対し、信託業法及び信託税制の改正等の制度整備を求める次第である。
以上