中弁連の意見

中国地方弁護士会連合会は、真に公正・公平な刑事手続を実現し、えん罪被害を根絶するために

 

  1. 国に対し、刑事訴訟法を改正し、
    (1)全ての事件における被疑者及び参考人の取調べの全過程(任意捜査段階を含む)を録音録画の義務付けの対象としたうえ、被疑者の取調べ状況の録音録画記録媒体についてはそれを犯罪の成立を立証するための証拠(実質証拠)として使用することは禁止すること
    (2)検察官に対し、全ての事件において、当該事件の捜査の過程で作成または入手した全ての証拠について、弁護人に開示することを原則的に義務付けること
    (3)起訴前保釈制度を創設すること
    (4)被疑者に取調受忍義務がないことを明文の規定をもって定めること
    (5)弁護人の被疑者取調べへの立会権を保障する規定を設けること
     
  2. 法務大臣、検事総長、国家公安委員会及び警察庁長官に対し、弁護人が、接見室内に自由に電子機器を持ち込むこと、及び弁護人が、被疑者・被告人の防御のために、接見室内において電子機器を適切に活用することを妨害しないこと

 

を求めるとともに、私たち弁護士が、日々の弁護実践を通じて、また、現行の刑事司法制度の問題点を調査、検証し、それを市民と共に議論することを通じて、真に公正・公平な刑事手続を実現することを宣言する。


2017年(平成29年)10月13日
中国地方弁護士大会

提案理由

第1 はじめに

 日本の刑事司法手続はこれまでに数々のえん罪事件を生み出してきた。近年も、再審で無罪となった氷見事件(富山)、足利事件(栃木)、布川事件(茨城)、一審で全員無罪となった志布志事件(鹿児島)等のえん罪事件が後を絶たず、本年3月10日にも、窃盗罪に問われた広島の元アナウンサーに対し最高裁において逆転無罪判決が言い渡された。

 えん罪事件が繰り返されてきた大きな要因の一つは、いわゆる「人質司法」の下、外部からの連絡を遮断された「密室」において、威迫、利益誘導、偽計及び詐術等を用いて自白を強要するという捜査手法を抑止できるだけの方策が、制度的にも運用的にも甚だ不十分であったことにある。

 厚労省郵便不正利用事件では、警察だけではなく検察までが威迫と利益誘導によって自白を迫り、また被疑者の有罪を立証するために虚偽の捜査報告書まで作成していたことが白日の下にさらされた。

 同事件を端緒に始まった「刑事司法改革」では、「密室」での糾問的取調べに依存する従来の刑事裁判のあり方が抜本的に改革されることが期待されていた。しかしながら、2016年(平成28年)5月の刑事訴訟法の改正は、「大きな改革」というには不十分な内容に止まった。

 すなわち、この法改正では、「人質司法」と評されるべき現行の勾留・保釈制度の問題については全くといってよいほど改善されるところが無かった。また、従来「密室」を利用して行われてきた取調べを可視化するについても、その対象事件は大きく限定され、捜査機関による「証拠隠し」や「証拠のねつ造」を防止するための証拠開示制度についても、一覧表の交付制度の導入等の微調整的改善に止められた。

 これらの改善が不十分な点については、今回の法改正の原点に立ち戻った議論を直ちに開始し、抜本的な改革に着手すべきである。

 また、現状の「人質司法」の下では、弁護人が、身体を拘束された被疑者・被告人と、その防御の準備のために対面することができるのは接見室内での接見の場に限定される。ところが、拘置所等の逮捕・勾留された者を収容する施設では、弁護人が接見室内にパソコン等の電子機器を持ち込み接見において活用することさえ原則的には禁止するという運用がとられている。かかる違法な運用が現在までまかり通っているのも、無罪推定原則・当事者対等主義といった刑事訴訟法の理念や、接見交通権が憲法に由来する刑事手続上最も重要な基本的権利であることがないがしろにされてきたことの表れというべきであって、直ちに是正されなければならない。

 以上を踏まえた抜本的な法改正や運用の改善がなされてこそ、日本の刑事司法手続は真に公正・公平なものとなる。

 

第2 全ての事件における被疑者及び参考人の取調べの全過程(任意捜査段階を含む)を録音録画の義務付けの対象としたうえ、被疑者の取調べ状況の録音録画記録媒体を実質証拠として使用することは禁止されるべきこと

1 全ての事件において被疑者及び参考人の取調べの全過程(任意捜査段階を含む)の録音録画を義務付けることの必要性

(1)わが国の刑事手続においては、捜査段階における被疑者の取調べは、弁護人の立会を排除し、外部からの連絡を遮断されたいわゆる「密室」で行われ、違法・不当な取調べを事前に抑制するについても、事後的にそれを検証するについても、長らく有効な方策が講じられてこなかった。その結果、威迫、利益誘導、偽計及び詐術等の手段を用いた取調べが行われ、数多くの虚偽自白・虚偽供述が生み出され、えん罪事件が発生してきた。

 近年においても、捜査段階で自白した6名を含む12名の被告人全員に対して無罪判決が言い渡された志布志事件、無実の人間が相次いで逮捕・勾留されて虚偽自白したことが後に判明したPC遠隔操作事件など、違法・不当な捜査の結果、虚偽自白調書が作成された事件は後を絶たない。また、厚労省郵便不正利用事件では、警察だけではなく、検察までが威迫と利益誘導によって自白を迫り、被疑者の有罪を立証するために虚偽の捜査報告書まで作成していたことが白日の下にさらされるところとなり、同事件を端緒に始まった「刑事司法改革」では、取調べを可視化することの必要性が議論されるに至った。

 すなわち、捜査段階における全ての取調べを録音録画する方法により記録すれば、当該記録を通じて取調べの過程を検証することができるため、違法・不当な取調べを抑止する効果が期待され、えん罪を防止するのに有効であり、「密室」での糾問的な取調べによって作出された調書に依存してきた刑事裁判が改革されることが期待された。

 

(2)そして、2016年(平成28年)5月の刑事訴訟法の改正により、初めて、一定の対象事件について、捜査機関に身体拘束下の被疑者取調べの全過程の録音録画が義務付けられた。

 もっとも、上記の法改正により録音録画が義務付けられたのは、裁判員裁判対象事件及び検察独自捜査事件に限定され、それらの事件が公判請求全事件に占める割合は3%に満たないことから、取調べの録音録画に期待される、えん罪防止効果が及ぶ範囲は極めて限定的である。志布志事件、PC遠隔操作事件の事案や、いわゆる痴漢えん罪事件、近時、最高裁が逆転無罪判決をなした窃盗えん罪事件等についても対象外とされることとなる。もとより、取調べの録音録画による可視化の要請が、裁判員裁判対象事件・検察独自捜査事件にのみ限られるべき理論的な根拠はなく、むしろ、法定刑の比較的軽い事件こそ長期の身体拘束を避けるために虚偽自白がなされる危険があるとも考えられ、録音録画を義務付ける事件を重大事件に限定することに合理的な根拠は存しない。

 また、上記の法改正においては、身体拘束をされていない被疑者や参考人の取調べは録音録画の義務付けの対象とされなかった。しかしながら、過去のえん罪事件において、任意捜査の名のもとに身体拘束されていない被疑者に対し違法・不当な取調べが行われ虚偽自白が生み出されていることや、目撃者等の参考人についてもその供述の信用性が決定的に重要な意味を持つことがあり得ることからすれば、身体拘束を受けている被疑者の取調べに限って録音録画を義務付けるだけでは、えん罪の防止策として不十分である。

 

(3)以上より、「密室」での糾問的取調べに依存してきた従来の刑事裁判を改革し、えん罪を防止するためには、速やかに、全ての事件について、捜査機関に対し、被疑者及び参考人の取調べの全過程(任意捜査段階を含む)の録音録画を義務付ける法改正がなされなければならない。

 

2 被疑者の取調べ状況の録音録画記録媒体を犯罪の成立を立証するための証拠(実質証拠)として使用することは禁止されるべきこと

(1)ところで、近時、公判において、被疑者の取調べ状況の録音録画記録媒体を、検察側が犯罪の成立を立証するための証拠(実質証拠)として供述調書に代えて申請する事案が散見される。しかしながら、被疑者の取調べ状況の録音録画記録媒体は、あくまで供述の任意性を判断するためなどの証拠としてのみ使用が許容されるべきであり、犯罪の成立を立証するための証拠(実質証拠)として使用されることは許容されてはならない。

(2)既に述べたとおり、取調べの可視化の必要性が議論され、一部の事件について身体拘束下の被疑者取調べの全過程の録音録画を義務付ける法改正に至ったのは、違法・不当な取調べを抑止し、えん罪を防止するためであって、取調べの録音録画記録媒体を実質証拠として使用することは法改正において想定された利用方法を超える。このことは、刑事訴訟法第322条第1項に基づき請求する書面の任意性に争いがあるときに、当該書面が作成された取調べの録音録画記録媒体の取調べを請求することを検察官に義務付けた改正法の規定の構造からも明らかである。

   ところが、改正法に定められた録音録画記録媒体の利用方法を超えて、取調べ状況の録音録画記録媒体を実質証拠として用いることが許容されてしまうのならば、公判手続は、捜査機関の行った長時間の取調べを記録媒体の再生により視聴し、その適否を審査する手続と化してしまい、直接主義の原則を大きく逸脱する。また、弁護人の立会が排除されていること等、わが国の被疑者の取調べ制度の運用の実情を踏まえても、公判手続には捜査からの独立性が厳格に求められなければならないところ、取調べ状況の録音録画記録媒体を実質証拠として審査するような公判審理は、捜査から独立した手続とは言い難く、公判中心主義の原則にも反する。

(3)以上より、被疑者の取調べ状況の録音録画記録媒体は、あくまで供述の任意性を判断するためなどの証拠としてのみ使用が許容されるべきであり、犯罪の成立を立証するための証拠(実質証拠)として使用されることは禁止されなければならない。

 

第3 全件・原則的な証拠開示義務を検察官に課すべきこと

1 2007年(平成19年)10月10日に再審無罪判決が言い渡された氷見事件では、捜査機関が押収した電話通話履歴の中に被告人のアリバイを裏付ける情報があったにもかかわらず、公判で取り調べられないままに有罪判決が言い渡された。2011年(平成23年)5月24日に再審無罪判決が言い渡された布川事件では、弁護人が繰り返し証拠開示を求めたにもかかわらず、検察官はプライバシーの侵害を理由に開示を拒み、再審段階になってようやく、死体検案書、毛髪鑑定書、録音テープ等が開示され、無罪判決につながった。厚労省郵便不正利用事件では、検察官が虚偽の捜査報告書まで作成していたことが明らかとなった。
 弁護人に全ての証拠が開示されていればえん罪を防止できたケースもあり得ることは、こうした過去の実例からも明らかである。
 

2 証拠開示に関しては、2004年(平成16年)5月に改正された刑事訴訟法により、公判前整理手続に付された事件につき、被告人及び弁護人に、検察官に対する類型証拠及び主張関連証拠についての証拠開示請求権が認められ、証拠開示の範囲は一定程度広がった。
 もっとも、その後も、証拠の存否、類型証拠該当性、主張との関連性をめぐって、検察官と弁護人との間でしばしば争いが生じ、弁護人が開示を希望する証拠の全てが開示されるわけではない状況が続いた。
 

3 次いで、2016年(平成28年)5月に改正された刑事訴訟法では、証拠開示制度をより拡充するための施策として、①公判前整理手続等における検察官の保管する証拠の一覧表の交付制度の導入(同法第316条の14第2項ないし第5項、第316条の28第2項)、②公判前整理手続等の請求権の付与(同法第316条の2第1項、第316条の28第1項)、③類型証拠開示の対象の拡大(同法第316条の2第1項、第2項、第316条の28第1項)がなされることとなった。
 

4 しかし、上記3①の証拠の一覧表に記載すべきとされている事項は、証拠物については品名及び数量、供述録取書については書面の標目、作成の年月日及び供述者の氏名、その他の証拠書類については、書類の標目、作成の年月日及び作成者の氏名だけであり、証拠の内容について明らかとすることは必要とされていない。このため、弁護人がかかる証拠の一覧表の交付を受けたとしても、その記載から検察官の手持ち証拠の内容を推知することは、多くの場合不可能であって、えん罪を防止するための証拠開示制度の拡充策としては甚だ不十分と言わざるを得ない。
 また、公判前整理手続等に付されていない事件については、従前どおり、裁判所の訴訟指揮権の行使による証拠開示が認められる余地があるに過ぎない。
 

5 捜査機関は、その強制力と公費を用いて広範な証拠収集が可能であるのに対し、他方当事者である被告人及び弁護人はあくまで私人に過ぎないため証拠収集には限界があり、証拠収集能力に格段の差異があることは明らかである。刑事訴訟においては、検察官と被告人は対等な当事者であるのに、こうした状況では実質的な対等(武器対等)が実現されているとは言い難い。そればかりか、捜査機関に、自らの想定と合致する証拠だけを追い求め、それと合致しない証拠は隠そうとする傾向のあることは、先に述べたえん罪事件の実例からも明らかである。公益の代表者である検察官であっても、刑事裁判上は一方当事者にすぎないのであり、検察官に真相の究明のために必要な証拠の存在の全てを主体的に明らかにすることを期待するのは、制度として不合理である。
 したがって、被告人の防御権保障を十全なものとし、えん罪を防止するためには、全ての事件について、原則として、弁護人に、捜査機関が当該事件の捜査の過程で作成または入手した全ての証拠を開示する制度が創設されるべきである。
 

6 なお、捜査機関が作成または入手する証拠の中には、開示に適さない弊害を伴うものがあるから、全ての証拠を開示対象とするのは不相当である、との指摘もある。
 しかしながら、弊害の防止が必要であるとしても、それは弊害を防止するために例外をいかに認めるべきかという問題であって、原則的な証拠開示制度の創設の必要性を否定する根拠とはなり得ない。そのような弊害は、例えば、検察官において、特定の証拠を開示することによって国家の重大な利益または個人の生命・身体等の重大な権利・利益を害する具体的かつ現実的な危険があるときは、裁判所に対し、当該証拠についての開示義務の免除を申し立てる制度など、開示による弊害が認められる例外的な証拠についてのみ、開示対象から除外し、または開示時期もしくは方法を制限するための制度を併設すれば、開示による弊害を防止することは可能である。
 このように、弊害を防止するための方策は様々に考案し得るところであって、原則的な証拠開示制度の創設のために、そうした議論こそが求められるものである。

 

第4 起訴前保釈制度を創設すべきこと

 勾留は、身体の自由を奪い、甚大な精神的・肉体的苦痛を与え、職を失わせるなど深刻な社会生活上の不利益を生じさせかねない強力な不利益処分であって、本来、必要最小限に止められるべきものである。

 ところが、現在の刑事訴訟法においては、被疑者段階における身体拘束からの解放手続としては、勾留決定及び勾留延長決定に対する準抗告、勾留執行停止並びに勾留取消ししか存在しない。勾留期間の継続は、無罪推定の原則が及ぶ被疑者の正当な権利行使に対して、不当にその自由を奪い、社会生活上の不利益等様々な不利益を与えるものであると同時に、その防御の準備を困難にし、えん罪の危険を増大させるものである。さらには、自由と引き換えに捜査機関の筋書きに沿った供述をすることを被疑者に強要する効果をもたらし、その結果、えん罪事件を発生させてきた。

 このように、自己に不利益な供述を強要されるのは、まさしく「人質司法」と評される身体拘束によるものであって、このような身柄拘束は憲法が保障する自己負罪拒否特権を侵害するものである。

 市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)第9条第3項は、「刑事上の罪に問われて逮捕され又は拘留された者は、裁判官又は司法権を行使することが法律によって認められている他の官憲の面前に速やかに連れていかれるものとし、妥当な期間内に裁判を受ける権利又は保釈される権利を有する」と規定され、司法官憲への引致後釈放を要求する権利があることが定められている。そして、国際人権(自由権)規約委員会は、日本政府の第5回定期報告書に対する総括所見において、起訴前保釈の導入を勧告している。

 日本と類似した刑事訴訟法を有するとされる韓国においては、被疑者に対して、保証金の納入や住居の制限、法院又は検察官が指定する日時・場所に出席する義務、その他適当な条件を付して釈放を命じることができる、起訴前保釈に相当する制度が既に導入されている。さらに、近年、同国においては人質司法からの脱却が進んでおり、起訴時勾留率・捜査段階における勾留数それ自体が大きく減少している。

 勾留が罪証隠滅や逃亡の防止を目的とする制度であるとしても、公訴提起前の勾留期間は職を失わせるなどの深刻な社会生活上の不利益を生じさせるに十分な長さであること、上記のような勧告の存在や他国の状況を考慮すると、公訴提起前の保釈を一切、許容しない現行制度は不合理である。

 したがって、刑事訴訟法第207条第1項但書を削除して、公訴提起前に保釈をすることができるものとすべきである。

 

第5 取調受忍義務を否定すべきであること

 過去のえん罪事件の中には、「密室」での過酷な取調べにより、被疑者が虚偽の自白を強要されたことに原因があるケースが存在する。

 被疑者も、当初は事実を否認し、自白調書の作成を拒否していたものの、長時間に亘って取調べを強制され、取調官により詰問されることにより、最終的には、精神的な限界を超えて、過酷な取調べから逃げたい一心で、裁判官であれば真実を見極めてくれるはずだとの期待の下、虚偽の自白に応じてしまったケースがその典型である。

  そもそも、憲法第38条第1項は被疑者に対し黙秘権を保障しているのであるから、被疑者が捜査機関の取調べに応じるか否かは、被疑者の自由であるはずであり、学説上の通説も取調受忍義務を否定している。取調べとは、本来は、被疑者の言い分を聞き取る制度であり、言い分を述べるか否か、言い分を述べる機会に出頭するか否かは、被疑者の自由であるべきなのである。

  そうであるにもかかわらず、これまで、捜査機関は、刑事訴訟法第198条第1項但書の形式的な反対解釈により取調受忍義務を肯定し、逮捕・勾留されている被疑者に対し取調べを受けることを強制している。そのため、捜査官からいかに過酷な取調べがなされようとも、被疑者には逃げる術が全くなく、これが虚偽の自白の温床となっているものである。

 憲法で保障された黙秘権を実質的に保障するためには、刑事訴訟法第198条第1項を「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の明示した意思に反しない限り、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる」と改正し、同項但書は削除すべきである。

 

 第6 弁護人の被疑者取調べへの立会権を認めるべきであること

 被疑者が、虚偽の自白に応じてしまう理由の一つに、法律や裁判制度に対する知識不足がある。一度、自白調書が作られてしまうと、ほぼ確実に有罪認定の証拠とされてしまい、これを覆すのは非常に困難であるという現実があるが、被疑者には、そのような知識がないため、裁判官であれば真実を見極めてくれるはずだと安易に期待し、虚偽の自白に応じてしまうのである。

  また、被疑者は、精神的に動揺している状態にあり、法律の専門家でもないため、取調べの内容を適切に理解することが困難である。法律の専門家ではない被疑者が、黙秘権を行使するか否か、供述するとしてもその範囲及び内容を検討するためには、法律の専門家である弁護人の立会権の保障が不可欠である。

  被疑者の虚偽自白を防止するためには、法律と裁判制度の専門家である弁護人が、被疑者の取調べに立ち会い、被疑者がその場で弁護人のアドバイスを受ける機会を保障することによって、被疑者の弁護人依頼権を実質化する必要がある。

 また、「密室」での違法・不当な取調べを抑制するためには、上述の録音録画による取調べの可視化だけでは不十分であり、弁護人の立会を認めるべきである。
 実際、既に欧米諸国、韓国、台湾など諸外国では、弁護人の立会が、当然の制度として位置付けられている。

 日本においても、日米地位協定にかかる刑事手続においては、日本側が刑事裁判権行使する好意的考慮という運用改善の中で、米軍人・米軍属の被疑者については実質的には弁護人立会権を認めていると評価できる運用が行われているし、犯罪捜査規範第180条第2項は「取調べを行うに当たつて弁護人その他適当と認められる者を立ち会わせたときは、その供述調書に立会人の署名押印を求めなければならない」と規定されており、取調べに弁護人を立ち会わせる場合があることを予定している。

以上より、次の事項を法制化すべきである。

(1)取調べへの弁護人立会権の法制化
(2)被疑者への弁護人立会権があることの告知
(3)被疑者が弁護人立会を希望した場合に、弁護人が立会するまで取調べを中止しなければならないこと。
(4)弁護人立会権が侵害された場合の自白調書の証拠能力を排除すること。

 

第7 接見室への電子機器の持ち込み・利用を理由として接見を拒む現在の運用は直ちに是正されるべきであること

  1. 近時、携帯電話、スマートフォン、パソコン、タブレット端末、デジタルカメラ等の電子機器(以下「電子機器」と総称する。)が普及し、世の様々な業務において活用されるに至っているところ、弁護活動においても、被疑者・被告人との接見において、電子機器を有効に活用し得る場面は多々存在する。
     例えば、検察官が請求した証拠としての電磁的記録を被告人に対して再生する、検察官から開示を受けた証拠や主張書面等の膨大な記録を電磁的記録として保存し、それを接見時に提示して証拠の検討に用いる、被疑者・被告人の負傷状況や精神状態について証拠を保全するために撮影を行う、パソコンなどのワープロ機能を利用してメモをとる、などといった場面である。
     近時、当連合会が中国5県の弁護士を対象に実施したアンケート調査においても、電子機器の使用の必要性について、身体拘束を受けていない被疑者・被告人と打合せをする場合と、身体拘束を受けている被疑者・被告人と警察署・拘置所等で接見して打ち合わせをする場合とで、「異ならない。」または「身体拘束を受けている場合のほうが高い。」と回答した者の割合は回答者全体の90%以上に上った(回答者総数140名中、「異ならない。」と回答した者は75名、「身体拘束を受けている場合のほうが高い。」と回答した者は53名であった。)。
     ところが、現状では、拘置所等の逮捕・勾留された者を収容する施設においては、接見室への電子機器の持ち込み自体を禁じる旨の、あるいはそれを事前に申し出るよう求める旨の掲示がされている。そして、この掲示を当然の前提として、電子機器の所持の有無を弁護人に対して質問し、これに答えない限り接見させないという事案や、所持する電子機器を預けない限り接見させないという事案が報告されている。
     
  2. 弁護人の弁護活動は憲法上及び刑事訴訟法上保障されているものであり、刑事訴訟法第39条第1項が保障する接見交通権も、憲法第34条及び憲法第37条第3項の弁護人依頼権に由来する権利である。この接見交通権は、被疑者・被告人が弁護人による援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人からいえばその最も重要な固有の権利の一つである。そして、接見とは「被告人等と弁護人とが口頭での打合せ及びこれに付随する証拠書類等の提示等を内容とする」ものである以上、被疑者・被告人と弁護人との打合せに際し、弁護人が当該打合せにおいて使用する電子機器の持ち込み・利用を国側が制限することは、接見交通権を侵害するものであるため、許されない。
     
  3. この点、国側では、①「接見とは即時的直接的な意思の疎通であるから電子機器の利用はこれに含まれない」ため、現在の運用は接見交通権の侵害には当たらない、②接見室への電子機器の持ち込み・利用は庁舎管理権によって制限し得るものである旨を主張しており、これに沿う判決も出されている(東京高判平成27年7月9日、いわゆる竹内国賠控訴審判決など。)。
     しかしながら、①大阪地判平成16年3月9日及び大阪高判平成17年1月25日(いわゆる後藤国賠第1審及び控訴審)の判決においては、上述のとおり、接見とは、「被告人等と弁護人とが口頭での打合せ及びこれに付随する証拠書類等の提示等を内容とする」とされている。そして、このような考え方が、憲法第34条及び刑事訴訟法第39条第1項の趣旨に沿うことは、前述のとおりである。したがって、上記①の接見の定義は、接見の範囲を極めて狭く捉えるものであって、誤りである。
     また、②刑事訴訟法第39条第2項では、「接見又は授受」については、「法令」で「必要な措置を規定することができる」と定めており、接見交通権の制約には「必要な措置」について「法令」による明文の規定を要求している。そして、上記②の「庁舎管理権」なるものがこのような明文の規定に該当しないことは明らかであり、かつこれ以外にも、弁護人が接見時に電子機器を利用することに際して、直接的に制限を認める法令は、存在しないというべきである。
     
  4. 以上のとおり、拘置所等に関して報告されている前記の事案における対応は明らかに接見交通権の侵害に該当する違法なものとである。
     実際上も、スマートフォン、パソコン、タブレット端末等の電子機器が広く普及し、世の様々な業務において活用されるに至り、刑事訴訟においても電磁的な記録媒体が証拠として用いられるに至っている。また、捜査機関も、取調べを含む捜査活動の中で電子機器及び電磁的記録を広く利用しているところである。このような現状において、被疑者・被告人との接見においても、弁護人が電子機器を有効に活用し得る場面が多々存するにもかかわらず、大幅にその利用が制限されている現状は、不公平というほかない。そのため、かかる事態は直ちに是正されるべきものである。
     よって、当連合会は、法務大臣、検事総長、国家公安委員会及び警察庁長官に対し、弁護人が、接見室内に自由に電子機器を持ち込むこと、及び弁護人が、被疑者・被告人の防御のために、接見室内において電子機器を適切に活用するのを妨害しないことを求める。

 

第8 まとめ

 以上のとおり、当連合会は、えん罪被害を根絶するために、必要な法整備、運用の是正を求めるとともに、改めて、今後とも、私たち弁護士が、日々の弁護実践を通じて、また、現行の刑事司法制度の問題点を調査、検証し、それを市民と共に議論することを通じて、真に公正で公平な刑事手続を実現するための努力を継続することを宣言する。

以上