中弁連の意見

  1.  中国地方弁護士会連合会は、弁護士が労働紛争の解決のために十分に活用されていない現状を顧みて、労働紛争の解決に一層積極的に取り組むとともに、労働紛争を予防するためには労働者及び使用者の双方が労働法制を十分に理解した上で法律関係を形成することが重要であることを認識し、労働形態の多様化等に伴い労働法制が複雑化している現状を見据え、労働者及び使用者へ労働法制の周知徹底を図るために立法の提言を含む幅広い取り組みを行うことを宣言し、日本弁護士連合会、各弁護士会連合会及び各弁護士会並びに各弁護士に対し、同様の取り組みを行うよう要請する。
     
  2.  中国地方弁護士会連合会は、国に対して、労働審判制度について、現在手続が行われている全国5つの地方裁判所支部以外の地方裁判所支部においても労働審判の実施が行えるよう、必要な裁判所支部の人的物的整備及びそれに要する予算措置を早急に実施することを求める。

 

2018年(平成30年)9月14日

中国地方弁護士大会

提案理由

1 弁護士による、労働紛争の予防及び解決並びに労働法制の周知徹底のための取り組みの必要性について

(1)労働紛争解決制度の利用状況について
行政による労働紛争解決システムである個別労働紛争解決促進法に基づく都道府県労働局の相談、助言・指導、あっせん制度は、2001年(平成13年)10月の制度施行以来、毎年度利用件数が増加し、高止まりの状態が続いている。
厚生労働省が発表する「平成29年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によれば、各都道府県労働局及び労働基準監督署に設置されている総合労働相談コーナーに寄せられる総合労働相談件数は、110万4758件となっており、10年連続で100万件を超えている。うち民事上の個別労働紛争相談件数は、25万3005件となっている。民事上の個別労働紛争相談の内訳は、①「いじめ・嫌がらせ」が最も多く全体の23.6%を占めており、次いで、②「自己都合退職」(12.8%)、③解雇(10.9%)に関連する相談が続いている。
これに対して、平成29年の全国の地方裁判所における労働紛争解決手続の新受件数は、労働関係民事通常訴訟事件3527件及び労働審判3369件にすぎず、個別労働紛争相談件数からすれば低水準にとどまっている。
労働者及び使用者の権利が適切に守られるよう、我々弁護士こそが紛争の予防及び解決に積極的に取り組まなければならないのは当然のことである。
 
(2)労働法制の複雑化
近時、派遣労働者、契約社員(有期契約労働者)、パートタイム労働者、短時間正社員、業務委託または請負労働者、家内労働者、在宅ワーカーなど、働き方の多様化が進み、ICT時代の進展とともに、更なる多様化が予測されるところである(厚生労働省ホームページ「さまざまな雇用形態」参照)。
こうした流れもふまえ、変形労働時間制や裁量労働制等法定労働時間を弾力化し、あるいは柔軟化する法律や、非正規労働者を保護する法律等が制定されてきたが、こうした法制が必ずしも労働者及び使用者に十分理解されているとはいえないと思われる。
さらに、本年6月29日に成立した「働き方改革を推進するための関連法律の整備に関する法律案」(以下「働き方改革関連法案」という。)には、残業時間の上限規制、さらに高度プロフェッショナル制度の創設等の内容が盛り込まれた。労働時間規制の適用除外制度を創設する高度プロフェッショナル制度の導入には、労働者の健康生命をおびやかす大きな危険性があるなどと指摘されており、既に日本弁護士連合会が「高度プロフェッショナル制度を創設する法案の国会提出に反対する会長声明」(2018年(平成30年)3月8日)でも表明していたところである。そして、同制度を含む労働時間規制等の諸制度は、内容が複雑で、制度の適用の有無に関する判断が必ずしも容易ではないなどとの批判もなされている。
以上のように、労働法制は現状においても相当に複雑であり、また、将来的にはさらなる複雑化が予想されるところである。

(3)労働法制の複雑性(理解困難性)がもたらす問題
労働者及び使用者の労働法制に対する理解不足は違法な労働状態の発生につながることになる。
そしてこうした違法な労働状態は、労働者の過労死、うつ病等の精神障害の発症、不当解雇、残業代不払等の非人道的ともいえる問題の招来につながることになる。
一方で使用者側にとっても、法令の理解に誤りがあった場合、労働者から法的責任を追及されれば、企業の経営上大きな問題が生じかねない状態にある(2017年(平成29年)には、大手運送会社が従業員に対し未払残業代として総額230億円を支払ったとの報道もあった。)。また、最高裁が平成30年6月1日に出したハマキョウレックス事件及び長澤運輸事件の上告審判決では、有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働契約法第20条に違反する不合理な待遇格差があると認められる賃金項目がある場合、有期契約労働者は使用者に対して不法行為に基づく損害賠償請求ができるとの判断もなされている。
したがって、労働者及び使用者双方にとって労働紛争発生の予防は重要であり、そのためには労働法制への理解は必須であるといえる。

(4)労働法制の周知徹底の必要性
労働者は国民の大半を占める存在であり、労働法は非常に広汎かつ多数の者に関係している法令である。しかし、労働関係法令で複雑な内容を定めていることが少なくはなく、労働者及び使用者が十分にこれを理解して運用することが当然であるとは到底いえないものがある。そこで、我々弁護士が労働紛争の予防に貢献するためには、まずは自らが労働関係法令を正確に理解すべく研鑽に努めることはもちろんであるが、さらに労働者及び使用者が労働法制を十分に理解して運用することが可能となるよう、積極的な取り組みをしていくことが必要であると思われる。
その取り組みの方向性については様々なものが考えられるが、例えば労働関係法令においては、「労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者」(以下「従業員過半数代表等」という。)と使用者との協定が、法定要件緩和の要件となっているものがある(例として、労働基準法第36条の時間外・休日労働協定や、同法第24条第1項の賃金控除協定がある。)。さらに企画業務型の裁量労働制(同法第38条の4第1項)のように、労使委員会の設置や決議が、法定要件緩和の要件となっている制度もある。
しかし、従業員過半数代表等が法制を十分理解した上で協定を締結しなければ、その法制が適法・適正に運用されるはずがない。
加えて、裁量労働制等さらに複雑なものについては、その適用を受ける個別の労働者にも制度の十分な理解が必要である。
そうすると、弁護士会内でも鋭意検討した上で、例えば従業員過半数代表等や個別労働者にまずもって研修の場を提供し、さらには法制として研修を義務付け、研修を受けたことを効力発生要件とすることなど、従業員過半数代表制をより実効性のあるものにしたり、個別労働者の理解を徹底するような立法提言をすることも考えられるところである。
なお、研修については、例えば各地の労働協会等、研修を提供している機関は現存するし、経済団体と労働組合が共催で研修機関を設置することも可能と考えられるので、実現可能性は十分ある。そして、これら研修には、弁護士を講師派遣しての協力も行うことになろう。
立法までの間にできることとして、弁護士会における労働者や中小企業等の事業主に対する労働相談の充実を検討すべきである。さらに、既に実施している単位会もあるが、就職を控える高校生、大学生等への労働法教育、商工会議所等経済団体での講義を通じて労働法制の周知徹底を図るといったことも考えられる。この点に関しては、既に日本弁護士連合会が「ワークルール教育推進法(仮称)の制定を求める意見書」(2017年(平成29年)2月17日付け)を公表しており、当連合会としてもこうした法律の制定に向けて活動をしていくべきである。また、労働局、労働委員会等の関係機関と協力して研修を実施するといったことも考えられる。

(5)まとめ
そこで当連合会は、当連合会所属の弁護士に対し、労働紛争の予防及び解決に積極的に取り組むよう呼びかけるとともに、労働法制の周知徹底のために立法の提言を含む幅広い取り組みを行うことをここに宣言し、日本弁護士連合会、各弁護士会連合会及び各弁護士会並びに各弁護士に対し、同様の取り組みを行うよう要請する。

 

2  労働審判制度実施支部のさらなる拡大の必要性について

 (1) 宣言第1項で掲げたように、労働法制の内容が適切に実施され、労働者及び使用者の権利擁護及び義務履行が適正かつ迅速に行われるためには、労働相談への対応及び労働紛争解決制度の充実が必要不可欠である。
 近年増大している個別労働紛争に関する紛争解決制度の中で、2006年(平成18年)4月に開始した労働審判制度の評価は高い。その理由としては、「紛争の実情に即した迅速、適正、かつ実効的な解決を図る」(労働審判法第1条)とされているところ、原則3回以内の期日で手続を終えるものとされている。そして、2013年(平成25年)から2017年(平成29年)の実績によれば、申立てから終局までの審理期間は平均79.1日、調停成立率70.0%、審判率16.4%、取下げ率8.3%であり、審判が言い渡された場合も異議申立率は59.0%にとどまるので、平均的には申立てから約2か月半強で約80%もの事件が調停、審判または取下げで解決するという、高い解決率を誇っているのである。そして、年間の全国での新受件数は、3500件前後で推移している。 現在の労使関係をとりまく状況や、法改正により新たな制度が導入される動きからは、今後も個別労働紛争は減少することはなく、労働審判手続の必要性も減ることはないといえる。

(2) 労働審判制度の利用について、個別労働紛争は全国どこででも発生しうるものであること、そして、前項で述べた制度の有益性からは、利用者にとって裁判所までのアクセス面での障害を取り除く必要がある。本来であれば全ての簡易裁判所で手続が行われてよいと考えるが、少なくとも全ての地裁支部で実施されるべきである。
 しかし、労働審判制度の施行時には地裁本庁のみの取扱いで開始し、労働審判の申立件数が順調に伸びたものの、支部での実施については、ようやく2010年(平成22年)4月から、東京地裁立川支部と福岡地裁小倉支部の2支部で実施されるようになった。さらに、日本弁護士連合会、全国の各弁護士会連合会及び各弁護士会による労働審判実施支部拡大運動の成果もあり、2017年(平成29年)4月から、静岡地裁浜松支部、長野地裁松本支部、広島地裁福山支部の3支部で労働審判事件の取扱いを開始することとなったが、未だこの5支部での実施にとどまっている。
 実施していない支部地域の労働者及び使用者にとっては、労働審判制度を利用したくとも審判期日における本庁までの移動にかかる時間的、金銭的なコストが大きく、申立てを断念するケースもあったことが報告されている。

(3) 当連合会でも、2012年(平成24年)10月に福山市で開催した第66回中国地方弁護士大会で、「支部地域住民の「裁判を受ける権利」が公平に保障されるよう、司法機能の充実を求める決議」を、所属する5弁護士会共同で提案し、採択された。
 しかし、このような全国での運動にもかかわらず、わずか5支部での実施に拡大されただけである。

(4) 個別労働紛争の適正かつ迅速な解決を図るためには、労働審判制度をさらに利用しやすくするための手当てが必要であり、そのためには労働審判実施支部のさらなる拡大が必要不可欠である。
 国(最高裁、法務省、財務省、厚生労働省)においては、労働審判実施支部の拡大を早急に検討し、裁判所支部の人的物的基盤整備に必要な予算措置を講じるべきである。

以上